2. あの朝に至るまで ⑦
送っていこうというアレスの申し出を、エスタは一度は断った。
しかしアレスは頑なに首を振った。
「だめだ。明るい時間ならまだいいが、この辺は観光客が多く、たまに問題も発生する。俺は見張りも兼ねてこのへんで食事するようにしているんだ。せめておまえの家の近所までは送らせてほしい」
実際、暗がりの中、なんとなくの方角はわかるものの、見覚えのない建物ばかりが立ち並び、複雑に入り組んでいる道を正しく選べる自信がエスタにはない。
確かに、間違いのない場所まで送ってもらうのが一番なのだろう。
「わかった。ごめんね、忙しいのに」
「いや、役得だ」
エスタの荷物を勝手に持ち、アレスと共に店を出る。せめて支払いは、と言ったエスタから、紙幣を一枚受け取ってくれた。おそらく半額には満たないが、とりあえずエスタは良しとすることにした。
二人で並んで歩く静かな夜道を、たくさんの星々が照らしている。ぎっしりと光を敷き詰めた空は、エスタの記憶にある故郷の空よりも、はるかに美しいものだった。
「どうした?」
足を止めたエスタをアレスは振り返る。そして空を見上げるエスタの様子を見て微笑んだ。
「王都は明るいから、星が見えないらしいな」
「……うん、本当は同じように空にあるんでしょ?見えないって不思議だよね」
「そうだな」
その心地良い同意に、不意にエスタはアレスと離れがたいと感じて、混乱した。
この甘えをどうしたらいいのか、自分をどう律すればいいのかわからない。
「エスタ?酔ったか?」
「うん…ええと、なんだろう」
思わずアレスに手を伸ばして、いやいや何をしているんだと、ひっこめたつもりだった。
が、実際にはアレスの上着をつかんでいることに気が付き、慌ててぱっと離す。そのままエスタは思い通りにいかない自らの手をじっと見つめた。
「どうした?」
迷子か、と苦笑して、アレスはその手を取った。
「……私、アレスのこと本当に尊敬してる」
アレスに軽く手を引かれて、ゆっくりと歩きだしながらエスタは言った。
「光栄だ」
少し間をおいて、アレスは続ける。
「……困らせている自覚はある」
「……あるんだ」
「あるよ」
ちらりとエスタを見て、さみしげに言った。
「だが、おまえが全然帰ってこないから、俺はずっと何もできなかった。村長になんてなるもんじゃないな」
「それは…」
仕事が忙しかったから、という一番言いやすい理由をこじつけようとしたが、声にならなかった。
嘘ではないが本当でもないことを言って、彼を騙すようなことをしたくなかった。
「いや、俺の都合だ。気にするな」
そのまま二人は無言で歩く。裏道なのか、ほとんど人とはすれ違うことなく、すんなりエスタが知っている実家の周辺までたどり着くことができた。
ここまで来れば、もう迷うことはない。このわかれ道をエスタは左に、アレスは右に進めばいい。
荷物をもらい、左の道を一人で進めば家族に会える。
エスタは立ち止まり、暗がりの中に立つアレスを改めて見た。
「……わからないのよ。どうしよう、アレス」
帰りたくない、という普段ならば絶対に言わないような我儘がするりと口をついて出た。
アレスは目を丸くして固まっていたが、すぐにふっと見たことがないような優しい顔で笑うと、そっとエスタの肩を抱いた。
「……うちに来るか?」
エスタはためらいと自虐を捨て、小さく頷いた。
ようやく2が終わりました。
こんなに長くなるはずではなかった…
3はまた日曜か月曜の21時に更新します。




