2. あの朝に至るまで ①
ハルマ村といえば、近年人気が上昇している観光地として有名である。
かつては寂れた田舎の代名詞でもあったが、ハルマ村近隣のアスタル領の研究者であるイーリスによって、魔導が泉質に含まれているということがわかり、爆発的な人気が出ているのだ。今や国内では一大観光地のひとつに数えられるほどだ。
魔導そのものには不思議な効能があり、病を癒すだとか、若返りに効果があるだとか、たくさんの研究者たちがそれぞれの説を提唱している。
かつては人々の生活に、資源として多く取り入れられていたものではあるが、原料である魔導石の採掘量が少なくなっていることもあり、魔導の価値は年々高くなるばかりである。
まれに存在する、魔導を体内に有する魔導士と呼ばれる人々が作り出すことも可能ではあるが、人が保有できる魔導量は魔導石数個分と言われており、資源として期待できるほどではない。
そのため、もう何十年も、平民にとって魔導自体が無縁のものであった。
かつては、医者で治せぬ病は、魔導を絶えず浴びさせて快癒へ向かわせるという、高額だが平民でもなんとか手が届く価格だった治療法も、現在では貴族ですら諦めるしかないとされている。
そんな中、ハルマ村の温泉には魔導が含まれているというのだ。微量であるため、資源となるかどうかはまだまだ研究中ではあるが、現状の医療で太刀打ちできない場合の最後の砦として注目されるのも無理はない。
同時に、若きハルマ村の村長である、アレスの手腕も注目されている。泉質が判明した途端、迷うことなく工事に着手し、貴族用の豪華な宿泊施設、平民用の気軽な宿泊施設、療養用の長期宿泊施設を、ほとんど同時期に完成させた。さらには飲食店の誘致や警備隊の強化などなど、多額の借入れはあったものの、観光地としてハルマ村を繁栄させるべく、迅速に整備を行ったのである。
アレスの出生は貴族ではないものの、見目もそれなりに良く、早くに父を喪った彼は、様々な地位ある人々から縁を結びたいと言い寄られているらしい。
ただ、常に噂はあるが、そのどれもが実態の伴わないものばかりだった。
エスタにとってアレスは、村にいる頃に机を並べた仲ではあるが、友だちというほど親しくもない間柄という認識だった。
しかも、アレスが村長として執務に取り組み初める頃には、エスタはすでに王都へ進学していたため、このハルマ村に起こった怒涛の日々は何ひとつとして体験してはいない。自分で選んだ道ではあるが、なんとなく村に帰ってきても疎外感を勝手に感じていた。
エスタはハルマ村で昔から監査役を務めている家系の長女として生まれ、勤勉で真面目な父と、明るく朗らかな母、元気が有り余っている二人の弟と共に、まっすぐに粛々と育った。
監査役とは、大小かかわらず不正を取り締まるのが務めではある。貧しい村において、他人の商売の粗を探すこの稼業は、本音を言えば窮屈な思いもあった。
ただ、どんなに仕事が立て込もうと、エスタの父は忙しいとは絶対に言わなかった。真面目に仕事をすればするほど嫌われるが、しなければそれはそれで大きな問題につながることもある。下手をすれば、こんな小さな村など、吹き飛んでしまう可能性もあるのだ。
両親は慎重に、けれども確実に仕事を遂行していたのだと、税務官になった今ならわかる。
エスタたち三姉弟は幼いころから徹底的に制限された生活を強いられてきた。不満はあった。僅かな娯楽もご馳走も新しい服も、新年を迎える初日だけに許された贅沢で、常日頃は絵にかいたような質素な生活を送ってきたのだ。すべては、この村の監査役として生活するためであり、かつ、円滑に仕事を遂行するために必要な術であったのだ。
村民が少ないため、両親はよく村の人々の円滑に商売が進むように相談に乗ったり、こっそり書類を整えるなどの仕事を手伝っていた。
表立って引き受けないのは、周囲への配慮だとよく二人は笑っていたが、エスタにはどうしてそこまで村に尽くすことができるのか疑問だった。
学ぶことが好きだったエスタは、十代前半で王都の学校に進学し、奨学生としてそれなりの成績を修めた。卒業後は得意だった法学と算術を生かして、王都で税務官として勤めることになった。
ハルマ村という過疎地から、国の役人になる人物が出るというのは異例で、家族が心から喜んでくれたことが本当に嬉しかった半面、村に戻って稼業に準ずることへの抵抗から、王都での就職選んだ、という気持ちもあったのだ。この頃のハルマ村は、ようやく観光地として機能し始めたばかりだったこともあり、帰らないことにうしろめたさがないと言ったら嘘になる。
だが、家族は誰一人としてエスタに苦言を呈することはなかった。
王都での仕事は、生まれや性別に関係なく、能力のある者は上を目指せる仕組みができていた。周辺国が貴族社会から徐々に離脱し、能力の良し悪しで身の立て方を決めることができる社会を目指していたことも、追い風になっていたのかもしれない。
エスタは粉骨砕身の思いで働いた。
知識を詰め込み、活かし方を覚え、肩書きを手に入れるまでに認められることができた。
そこで出会ってしまったのが、同じ税務官のユグという青年である。同じ平民であるだけではなく、ハルマ村の近隣であるアスタル領出身、さらには村の大恩人であるイーリスの息子だという。親しくなるのはあっと言う間だった。
普段は大変に穏やかであるのに、切れ味鋭い端的な言葉で次々と不正を指摘する。その凛々しさにエスタは一発で恋に突き落とされた。
少しでもユグに近づけるよう、終業後は王立図書館に通い勉強を続けた。国内の自治区ごとの特産品の歴史や、過去の飢饉、貴族の特徴、各商会における得手不得手、さらには繋がりある他国の情勢などなど。
そこで司書として働いていた彼の妹であるヨルンに出会い、運よく友人となることもできたのだ。
エスタはユグへの恋慕を必死に隠して、彼ら兄妹と数年に渡りゆるやかに交流と続けた。
そうしてようやく仕事において自分を認めることができるようになったころ、エスタは驚愕の事実を知ることになる。




