3.臨時雇用 ④
ジニによる怒涛の説明で、状況をすっかり理解したアレスは、招待状に落としていた視線をエスタに向けた。
役場の二階にある村長の執務室で、大きな窓を背に座るアレスの姿は、体格の良さも相まって威厳ある為政者そのものである。
再会した二日前とは、あまりに雰囲気が違っていて、エスタはほっと胸をなでおろした。弟たちの勢いに乗せられ、ここまで来てしまったが、夜会のことを考えていればなんとかなりそうだ。
「リリストーリア・オーウェン=ウォルス…か。聞いたことがあるような気もするが…すぐには思い出せないな。本当にエスタの上司で間違いはないのか?」
「……おそらく。貴族の場合、同姓同名を避けるのが常識だから」
アレスに念を押され、エスタがためらいながらもそう言うと、彼はどっしりと重厚な執務室の机に両肘をついて手を組んだ。
「そうか…経緯は不明だが、俺のような田舎者に、こんなに執着していただけるとはありがたい。こういった機会を、いつもジニに押し付けてしまって、いい加減申し訳ないと思っていたところだ」
「いや?気にすんなよ」
ジニは軽く応じる。
「とりあえずウォルス家に関して、現状わかっていることはまとめたんだが、あんま平民を相手にするような感じじゃねぇんだよな。一族のほとんどが役人だ。親族に領地経営してるヤツもいるが、利益重視じゃなさそうだ。他に商売はしてねぇし…」
「この招待状を本気の親切で書いたってことは?」
フォルテの意見を、ジニが秒殺する。
「ねぇだろ。いくらなんでも失礼すぎる」
「そうだよね。まぁ、もう少し探ってみるよ」
大きく伸びをして、フォルテは肩をぐるぐると回す。体格のせいか、ブォンブォンと風を切る音が聞こえ、エスタはすっとフォルテから一歩離れた。彼はすぐにエスタの動きに気がつき、ごめんごめんと笑う。
「行き詰まると体を動かしたくなっちゃうんだよね」
「いいけど…広いところでやって」
「はーい」
フォルテはすっと背筋を伸ばすと、胸に左手を当てて軽く頭を下げた。警備隊の略式礼は様になっているが、なぜいま行ったのか、エスタには理解できない。
「そうだな。近く時間を見つけるか」
フォルテの礼を受けて応えたのはアレスだった。エスタにあの礼の意味はわからないが、どことなく楽しそうな二人の様子に、肩の力が抜ける。
「うん!俺がパンクする前によろしく」
「わかった」
「じゃあ俺、父さんのとこ行ってくる!受付に言伝頼んでおいたから、まだいるだろうし。招待状は持っていってもいい?」
「ああ。任せた」
アレスから招待状を渡され、そのままフォルテは扉を開けた。
しかし何かを思い出したのか、ジニを振り返り、
「俺は予定通り動くよ……変更があったら連絡して」
と、付け加える。
「ああ。昼には一回戻れよ」
「はーい」
そして、フォルテはエスタに向かってにっこりと笑いかけると、今度こそ執務室を後にしたのだった。
続けてジニが何かを言いかけたところで、
「エスタ」
と、生真面目な表情のアレスがエスタに水を向ける。ジニが片眉を上げ、不満そうに首を傾けたが、アレスは気にはしていないらしい。
そのマイペースさを羨ましく思いながら答えた。
「なに?」
「この一家と共に村まで来たんだろう?親しい間柄ならば、無理にこの件に対して深入りしなくてもいいんだぞ」
「……あちらが先に私を巻き込んできたの。私もハルマ村の一員として、誠意をもっておもてなししないと」
とはいえ、上司であるトーリアやその長男のコントラルのことを思うと、気が重いのも事実ではある。
トーリアに利用されているのかもしれないという不安と、村の役に立ちたいという高揚が交互にエスタに迫った。この苦しさを解消するためには、トーリアと話さなくてはならない。それだけはわかる。
「そうか…ならいいが」
「うん。気にしないで」
エスタの言葉に、アレスは唇を持ち上げて頷く。今回の夜会に関しては、彼と一蓮托生だ。できれば、誰も悲しい思いをしないよう、できる限り力を尽くそうとエスタはそっと決意を固めた。
「はいはいはいはい!解決解決!時間がねぇんだって、サクサク行くぞ」
いったん落ち着いたところで、ジニが五月雨のようにしゃべり始めた。
まずこれ!と、ジニが出した書類には「臨時雇用契約書」の文字がある。
「この内容は関係各所に確認済み。あとは姉さんとアレスが署名すれば完了」
まさか契約書が出てくるとは思わなかったが、内容を確認すれば特に問題はなさそうだ。と、いうよりも二重雇用の可能性に配慮された内容になっており、ちょっとしたお手伝いだから問題ないよね?的な表記になっている。
のちに王都に戻るエスタにとって不利益が出ないよう、考えてくれたのだろうか。
「使うか?」
エスタは差し出されたアレスのペンを、ありがたく借りる。
「この、報酬は時価ってどういう意味?」
エスタの疑問に即座にジニが返答する。
「その時々考えるってことだ。じっくり計算してる時間もねぇし」
「……確かに」
さらさらと署名し、アレスに書類とペンを返した。
「これでいい?」
「ああ。ちょっと待て」
アレスはまた別のインクとペンのセットを抽斗から取り出すと、それらを使ってさらさらと署名した。
案外個性的な文字を書くな、とエスタはぼんやり眺めていたが、ふと乾き始めたインクの色が黒から青に変化したように見えた。
「……変わったインクを使うのね」
「アレスの署名は、必ずこれで書いてんだよ。アホが悪用しねぇようにな」
「すごい、初めて見た」
「出回ってるようなものだと意味がねぇだろ」
じっくりと観察したかったが、ジニはさっさと書類を回収してしまう。
次に置かれたのは、図鑑ほどの厚さがある書類の束だった。
「ここ十年、コナかけてきた貴族と、アレスへの要望がまとめてある。持ち出し厳禁だから、明日また役場で読んでくれ」
「わかった」
「この量をひとつ返事とは、頼りになるな」
アレスが微笑んだのがわかったが、あえてそちらは見ないよう、エスタは視線を泳がせる。アレスの声に、唐突に恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。
「うちの姉は優秀なんだよ」
代わりにジニが答えてくれて、エスタはあからさまにほっとしてしまった。良くないとは思ったが、うまく気持ちをコントロールできなかった。
「あとは…装飾品と、ドレスが必要か…既製品を買うしかないよな」
「と、なると装飾品を増やす必要があるな」
アレスの言葉に、エスタは疑問が湧き上がる。
だが口を出すよりも早く、ジニがぺしりと自分の額を叩いて言った。
「うわ、失念してたぜ…とりあえず俺ので使えそうなのは代用するか」
「こちらでも探しておく」
「よし、じゃあ後は、最近の貴族連中の動向を父さんに聞いてくれ!アレスはどうする?」
「俺も久しぶりの出席だからな。拝聴させていただく」
「わかった――お、いいところで来たな」
軽く扉を叩く音の後、静かにヴァイスが入って来る。
稀に見る苛立ちを湛えた父の姿に、ひっと怯えたのは呼び込んだジニだった。
「フォルテから馬鹿みたいな話を伺いましてね。簡単にまとめては参りましたので、ご説明申し上げましょうかね」
ばん、と書類の束を机に置きヴァイスは勢いよくしゃべり始めた。普段ののんびりとした姿しか知らなかったエスタは、目を丸くしつつも、わかりやすい説明に感心する。
王都に住むエスタよりも詳しい内容もあり、一瞬不思議には思ったが、とにかく話の展開が早いため、疑問を呈する暇などない。理解するので精一杯だ。
しかしおかげでなんとなくエスタは、あちらの事の次第が掴めた。おぼろげな内容ではあるものの、いったんその場にいたアレス、ジニ、ヴァイスに共有し、その日は深夜まで話し合った。




