シーン30 そなたの視点はそなた次第じゃ。
その夜、当然のようにきっのっちに召喚された。私もいいだろうと、聞いてやろうじゃないかという腹づもりで吉乃さんの前に胡座を組んで座り、糸のように細めた目でじっときつのっちを見ていた。もう40分ほど二人はこうして睨み合っている。「わらわを直視するとは無礼なるぞ」と言ったきっのっちに、私は「確かに君はこの時代ではお姫さんで、こんな態度を取る人はいないだろうけど。だからって私の頭を使って、バケモノとやり合っていいってことじゃないでしょ。脳みその容量オーバーで気狂い一歩手前って感じで、鼻血たれたんだよ。トモッキーのパジャマに擦りつけてやったけどね」とその口調に嫌悪と抗議を織り混ぜて言ってやった。すると口元に安らぎの笑みを讃えたきつのっちが「そんなわけがなかろう。そなた、わたわを信用しておらんのか?」と柔らかく返してきた。ははーんと思った私はそのわざとらしさを「ほら、そんな猫なで声だして、本当はヤバかったって思ってるからでしょ」とピシリと指摘して顔をそむけてやった。
口元を扇子で隠したきつのっちが「フフフ」と笑う。可愛らしい笑い声にクシャクシャと折れ曲がっていた気分がほぐされてゆく。可愛い人に男が敵うわけも無く「でー、どうゆうこと?最初から目当てはトモッキーだったの?それともたまたま偶然?」と聞く。
「わらわはエースを守護しておったのじゃ」、
「えっ??エースからの乗り換えだったの⁈夜風に吹かれてたらとか、願い事を聞いたってあれは全部!嘘だったってこと⁈」
「すまぬ」
「ちぇ。なんだか、がっかりだよ」
「お主、ここへくると普段の硬さがとれ、フランクな雰囲気で語るなぁ。あちらの世界でも今のままであれば良いものを」
「吉乃さんの勘違いだよ」
今日の吉乃さんは純白の着物に黒帯で、金糸と銀糸で刺繍された菊が川の辺りで咲き誇っている、薄手のうす墨色の打ち掛けを羽織っていた。幼女のように髪をおかっぱに切り揃え、化粧をしていない顔は返って若々しく見えた。
「大変だったね」
「フロストから地球儀と時計とやらを進呈された時、いつかお前の国に行ってみたいと言っておられた。弥助を連れて海を渡られたのだと、わらわは思う」
「きつのっちを残して?酷くない?」
「仇を討つは名誉なことぞ。その誉を殿は私に下され、家門の行末をも任せて下されたのだ。充分じゃ。これから先、いくら探しても殿のお体は見つかるまい。死んだと思わせるには誰かが供養の真似事をせねば・・・殿はお命をまた狙われる」と言って暗がりに顔を向け、「茶の湯をこれえ」と言った吉乃さんの横顔は寂しげだった。
★
「苦い・・」と呟いた私に
「エースの父親が早逝したのは本人から聞いておろう」
私は頷いた。
「前回あの者と対峙した時、父親がわらわを庇ったのじゃ」
「庇った?」
「事情を話し、納得するまで何でも答えてやった。全てを知って義侠心が湧いたのであろう。申し訳なくも命を落とした。恩返しにエースを守っておった所に、そなたが現れたのじゃ」
「で、なんでエースから乗り換えたのさ?」
「そなたがうつけだったからじゃ」
「失礼だな」とは言ってはみたものの、確かにそうで、今もそうで、と思わざるおえない。するときっのっちが「だから、仇が取れたのやも知れぬ」と他人事のようにこぼした。「お役に立ててよかったです」一つ一つの発音をわざと粒立てて言い返した。胡座を組んだ左足に肘をついて、手の平にアゴを乗せてこれまでの事を考えていると、「わらわはこれからもそなたの守護ぞ」と言ったきつのっちが、「何か望みはあるか?」と聞く。
吉乃さんの顔に視線を戻してしばらく見ていた。
視線を落としたところで心持ちが言葉となった。
「今まで視野が狭かった気がしてるんだ。見る場所も違ってた気がするし、簡単にはいかないだろうけど・・・、何でも不幸と思えば不幸に感じるし、幸せだと思えば幸せな気持ちになるんじゃないかなって思った。・・ひとりの人の笑顔でいいんだなぁって」、すると吉乃さんが「なかなかそう思わせてくれる人とは会えぬから、生きているのかも知れぬな」と空気多めの声で言い、私は相槌を打って「そうだね」とため息を漏らした。
「そなたに褒美をやろうと言っておる。何が良い?」ときつのっち
「元々、エースの守護だったんだからさ、エースを幸せにしてやって、できればさちこさんんと」
「それはもう決まっておる。何度生まれ変わってもあの二人は縁を持つ定めじゃ」
「そうなんだ!!そうか!!それはよかった!!・・いいな・・」
「そなたは今世をもってこの地球から卒業する」
「えっ!!何で!!お払い箱なの!!やっぱり役立たずだから!!」
「今回の邪気払いで確変が起きての、そなたの契約の箱は満杯となった」
「確変⁈」
「天の気まぐれで、たまにそうなる時がある」
「神なのに、俗っぽいのね」
「次はどこへ行きたい?」
「アンドロメダ星雲」
「相分かった」
「それからさ、吉乃さん。いつまで生きれるかわからないけど、平々凡々とした人生にしてほしいです。格別とか偉業とか、そんなのいらないから普通に。空を見ても道端の花を見ても、風がそよいでも幸せだな〜って思える毎日にしてくれない」というと、ふと笑みを頬に浮かべた吉乃さんが「そなた、今しがた自分で言っておったぞ、Focusする場所と角度じゃと。そなたの視点はそなた次第じゃな」と晴れやかに言った。




