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カオス ある会社員の告白  作者: 國生さゆり
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シーン3、エースの席はひだまりでウトウト出来て昼寝には最適だ

 

 コンコンとノックされた部署のドアを一斉に注視した。このドアがノックされるのはサイレント同じ効果をみんなに与える。今日はなんの件だろう。手に追えなくなったクレームのなすり付けとか、早期退社の肩叩き業務とか、三角形で歩く為の誰かのお供とかが日々、悲喜交々する事柄がこの部署に持ち込まれる。保存期日が過ぎた資料をシュレッダーするのも私共の大切な業務の一つです。




 ドアを開け放ったのは3年前、未来のエースと評されて移籍して来た人だった。その人が「今日からこちらにお世話になることになりました」と頭を下げて礼を尽くす。その背中は丸く、浣腸ゲームの洗礼を受けた時みたいに強張っていた。最古参の噂の達人からの情報による所、ダブルブッキングの後始末を買って出たがしくじったらしいとの事。やる気を出してのやらかしは、確かにこうなるわなーと思ってしまった私が残酷なのか、しかと今が見えているからこそ、そう思ってしまったのか。吉乃さんが言った「見える景色」という言葉が脳裏でこだまする。ポンコツ上司が「あれ、今日だったっけ??ごめん。ごめん、明後日だと思ってました。さっさっ、入って入って」と言いながら立ち上がり、「今日からここが君の城だよ。席はあそこね」と指差した。絶対的に赴任日を忘れていたくせに、またもその場しのぎの適当さで呼吸するかのように、口にしているこの人の脊髄反射は昆虫並みに優れている。決してディスっているわけではない。この反射神経1つでポンコツ上司は今の上席を、掛かる荒波を四度も潜り抜けて守り抜いて来たのだから、私は素晴らしい才能だと思っている。




 部屋に入ったエースが抱えていたダンボール箱を窓際の机の上に置いた。そこは心地よい陽だまりの席で、柔らかい日差しに心地よく背中をさすられ、ウトウト船を漕ぐのには最適な場所だった。お疲れ様、エース。担ってきた激務の日々はきっと、道理の通らぬ道であったに違いない。誠実は削られ我慢を寡黙という名の無言に変えてはみたが、学び取りつつあった無責任に君は道を譲れなかったからここへ来た。少し休んだ方がいいよ、エース。色相がほんのりと僅かに濁っただけだ。お日様は誰にでも等しく平等であったかいよ。これってさ、みんなが目指している平等の世界線の基本理念だよ、きっと。




 エースの持ち込んだ手荷物が片付いた頃、私は上司に「昼飯どこ行きますか?」と声を掛けた。エースが「自分もご一緒していいですか」と言ったので私は上司の顔を見る。「もちろんだよ」とエースに答えた上司が、「何がいいかな?」とエースに聞く。エースは私の顔を伺うように見た。なんていい人達の集まりなのだろう。平和だ。

 若干の距離はあるけれども、煮込みハンバーグが絶品な古き良き喫茶店風のカフェに行くことになった。交差点で信号待ちしている私に、エースが「こうゆう感じで昼飯に行くの入社してから初めてです」と言った。私はそう話すエースの横顔を盗み見た。表情は朗らかだった。だが罪悪感を抱いているかのように、その口元は固かった。「そうなんだ。今までどうしていたの?」と聞くと、「コンビニのおにぎりとかパワーゼリーで済ませていました」と言ったエースが、私に視線を合わせて「あっ、なんか忙しくしてた方が生きてるって思うたちなんですよ、俺」と言い、私の右側に立っていた上司が「信号変わったよ」と歩き出して「わかるな、自分がやんないとって勝手に刷り込んじゃってね。睡眠時間以外は段取りとか、打ち合わせのシュミレーションしたりするんだよね」と言った。おいおい、そんなわけないだろうと思いながらも私は「2割説って知ってます?会社って2割が残り8割を賄うんですって」と人が話していたのを小耳に挟んだだけなのに、さも自分がトークして得たネタのように口にした。



 「ああ、なんかわかるよ、その話。元々人間の器って同じじゃないのに、一緒に頑張りましょうって無理が出てくるよね」と上司、「リレー競技みたいですよね」とエースくん、おお、二人の会話が成立してると思う私。



 すれ違った女性がなぜか私の顔を見て微笑んだ。気になって振り返った私はその女性がハンカチを落としたのに気付き、拾い上げて「あの、落としましたよ」と言うと、立ち止まった女性が私を見上げ「ありがとうございます。よかったー、友達からもらったハンカチだったんです」と言った顔つきを見て私は固まった。目元が吉乃さんに似ていたからだ。怪訝な目で私を見ていた女性の連れが「ありがとうございます。行こー、よしの」と言ってきっちりと頭を下げる。その仕草を見た私は拒否られていると察した。関わりを持ちたくなければ、持ちたくないほど丁寧な対応をする。それが人間だ。カスタマーセンターがその典型だ。守ろうとすればするほど距離感は生まれ、距離感を隠そうとすればするほど態度は丁寧になる。人間はどこまで進化するのだろう。寝て、食べて、愛を語らうはすでに伝説で、ハリネズミのように何もかもに神経を研ぎ澄まして日々を送っている。寂しさは弱さで、孤独は安心で、テリトリーはもはや主戦場で、家族は重荷で、対面は引きまくった人の勝利で、気遣いはおせっかいで、ほったらかしは、、、愛で。



 やめよう、不毛だ。

 このドロンがらんな小さな世界で私は生きているのだから。



 「おーい」と上司の声が飛んできた。ハンカチを手にした女性がぺこりと頭を下げて歩き出す。私も「すいません、お待たせしました」と口にしながら、立ち止まっている上司とエースくんの元へと駆け出した。




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