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カオス ある会社員の告白  作者: 國生さゆり
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シーン28 『お任せください、朝帰りは得意です』と嘘を言ってしまった私をお許しください。



 目が開かない。目ヤニが瞼にへばり付いていた。寝返りを打ちながら右手で目をこするとゴツゴツしたものが顔に当たり、痛てっと思いながら開けた視界にぼんやりと女性の顔が映る。よしのさん!!!二日酔いの頭が私に叫ぶ!!よしのさん⁈そうだ!!よしのさんだ!!ズキリと痛む頭をほったらかしにしてキレッキレのアスリート並みの腹筋で起き上がり、彼女の寝顔を凝視した。どう見ても!!よしのさん!!!やっぱり、よしのさん!!どうして!!よしのさん!!!それでも!!よしのさん!!!がなぜここに!!!ねこが頭の上で寝ている彼女は伸ばした右手に猫じゃらしを持ったままで、珍しくこだわりを発揮して財布のひもを緩めて購入した黒のラグの上でうつ伏せ状態で寝ていた。どう考えてもねこと遊んでいて寝落ちしましたと、そう見える、きっとそうだ。そうであってくれと思う、いやいやどう見てもそうでしょうと間違えようのない、いかんせんそんな寝姿だった。




 状況把握に駆け回る私の鼓動はうるさい。目覚めたねこが私の顔を見てニャーと鳴く。頼む、今は静かにしててくれないか。猫にしてはよく話す子でされどニャーと鳴くことはほとんどなく、普段はクルックーと高音で発するねこに、私は急ぎ右手の人差し指を鼻の前で立て小さく「シー」と囁く。ここからどうしたらいいんだ!!起こす、起こさない。起きるのを待つ、待たない。このまま逃げ出す。いやいや自分の家からどこに逃げるんだ。待て!!待て待て待て!!考えろ!!落ち着け!!俺!!!ふと、気になって視線を落として気がついた。私はスーツの上着を着たまま左手にはカバン、右手には鍵を握っていた。よかった。よかったよ!!!俺!!何ごともなく無礼な働きが無かった事に安堵して、安堵⁈、そう!安堵でいいんだ。察するに私は家に入ってそのままベットに倒れ込んで今に至っている。




 よしこさんはね、ねこの魅力に抗えず、遊んでいたら寝落ちした。この状況をそう考えるのが一番自然だ。よしのさんは肉球の匂いは嗅げたのだろうか・・。目覚まし時計が鳴る気配を感じた私は目覚まし時計に鋭い視線を投げつけた。うちの時計は鳴る前に“シャっ”と小さな音がする。もう何年も使っているから、その“シャっ”という音で目が覚めてしまうほどに付き合いが長い。私はカルタ大会の歴戦の優勝者のごとき手捌きで止める。だが、その手の速さを私は制御できず、サイドテーブルに置いてあった本の角に当ててしまい、折り重なる5冊の本が雪崩をうって崩れ落ち、やかましくも重く“バン、ドン、クジョ、ガツン”と派手な音を立てた。私の髪が総毛立つ。「うるさいなー、もう起きる時間なの」薄らぼんやりとした寝惚け声ではなく、よしのさんははっきりとした口調で私に抗議した。「すみません!!私なんぞがベッドに寝て、あなたさまをラグなんかに横たえさせてしまい、しかも猫までもがあなたさまの頭の上で寝てまして!」私は大きな声で、シャキシャキと歯切れ良くそう言った。



 ”おおー”と拍手を送りたくなるような瞬発力を発揮し、起き上がったよしのさんが正座する。パッチリと見開いたよしのさんの目が私をとらえ「お、おはよう、ございます」と言って目を伏せた。そしてもじもじと「ちょっと遊んだら、お暇するつもりでした。ごめんなさい」と小さく頭を下げ、間抜けな私も「こちらこそ」と頭を下げる。え〜っとこの後はどうすればよかったんだっけ〜と古い記憶を引っ張り出そうと懸命に考えるが、私の辞書にはこの場合の記述はなかった。「頭痛いんですか⁈」、「えっ!」、「顔をしかめてるから・・」、「飲み過ぎの二日酔いです。すみません」と私が言うと、よしのさんはテキパキと立ち上がり、キッチンカウンターに伏せてあった100均のコップを手にしながら「頭痛止め、、ポシェットに入って・・た」と呟き、「EVEでいいですか・・?」と私に振り返る。コクリと頷いた私は思い出していた。今日の日のような朝、女性は大胆な行動ができ、男は採点された答案用紙をジリジリと待つ心地で、どこか機嫌を損ねていないかと女性を観察するものだったと・・・、だが、採点されるような問題は私たちの間には発生していない。記憶はないが確信できる。寝シワはあるが二人ともしっかりと、ボタンなんぞが弾け飛んでいない服をきちんと着ているし、いまだに、、、よしのさんはストッキングを履いている。私に至ってはネクタイすら緩めていない。大丈夫だ、、、何がだ、、何が大丈夫なんだ、、、。




 いつの間にかに私の前に立っていたよしのさんが「目がまだ覚めていないので・・コーヒーを、もしよかったら、入れていただけませんか、、あの、、コーヒー飲まないと、しゃっきりしなくて、飲んだらお暇しますから」と錠剤がふた粒のる左手を私に差し出していた。私が「わかりました。準備します」と言いながら右手を出すとよしのさんは掌を返し、私の手に錠剤が落とす。子気味良いタイミングで渡されたコップを煽って立ち上がる。




 脱いだ上着を椅子の背にかけつつ「あなたは・・その・・二日酔いは・・無いですか?」と聞くと、「なんともないです」と応えた声が静かすぎるて、不安を覚えた私は無意識に振り返っていた。「どうしました?」と考えずに聞いてもいた。「すみません。上がり込んで、、、寝落ちして、、朝まで居座って、、」とよしのさんが言った。その声質にさえざえと降る小雨を思い出す。別れの朝に降っていた雨、母が初めて煮物を焦がした年の瀬の日も雨だった、行きたかった会社から不合格通知が届いた日も雨。電車に傘を置き忘れた日ももちろん雨。




 雨は私の人生の、、転機の時に降る。全てを洗い流す雨は恵である、、、そう考えるようになったのはいつの頃からだっただろう。コーヒー豆をミルに入れ「濃いめに作りますね。こちらこそ・・結婚前の女性を家に泊めるようなことして・・申し訳ない・・ねこの肉球は嗅げましたか?」と聞く。「ええ、香ばしかったけど・・奥に甘い香りがありました」とよしのさん。「それはよかった。シャンプーしたばかりだったからかな。そういえば昨夜は楽しかったですね。あんなに飲んだのは久しぶりでした・・」と言いながら、私はいつもよりゆったりとハンドルを回していた。「さちことエースさん・・うまくゆくと良いですね・・」と言ったよしのさんが「良い香り」と言った。「なんの取り柄もない私の唯一のこだわりでして」と応え、コーヒーメーカーにペーパーフィルターをセットした。




 おだやかな時間だった。小さなテーブルを挟んで座った二人ともが無口で、ただコーヒーを飲んでいる。ふと顔を上げたよしのさんに、「朝帰りにお供します」と私は言った。




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