シーン27 「あっ、降ります」
ウチの近くのコンビニが見えてきた所で「すいません、ちょっと、ちょっとだけ買い物したいんです。そこのコンビニで、待っててもらえますか?」と身を乗り出して運転手に言うと、よしのさんが「ウチは近いんですか?」と聞いたので、「ええ、すぐ、そこです」と答えた私に、「私も買いたいものが・・」と言ったよしのさんが「歩きません」と言った。「ああ、そう、そうしたい所ですが、もう・・その・・遅いですし」とマゴマゴと応えている私に、運転手が「どっちでもいいから、早くしてもらえませんか。あんたたちが乗った場所でまだまだ客待ちしてたんですよ。今日は人が街に出てて、稼げそうなんで」と言った。「あっ、降ります」と言ったのはよしのさんで、精算しょうとカードを財布から出そうとするが、カードの端が引っかかって上手く取り出せずにいると、私に「ありがとうございます」と言ったよしのさんが、運転手に「領収書をお願いします」と言ってくれた。少々ではあるだろうが私だって経費を使えなくもない。まして今日は上司のお供だと良からぬ考えをよぎらせていた私に、運転手が「支払い終わらないと、領収書出せないんですけど」と若干嫌味っぽい口調で言った。「すみません」と囁いた私に、よしのさんが「ゆっくり、落ち着いて」と声をかけ、バックミラー越しに見ていたであろう運転手が「なんか、あんたたちいい感じで噛み合ってるね」と言った。気恥ずかしく思った私は「ただの同僚です」とやっと取り出せたカードを掴んで憮然と答え、「この人恥ずかしがり屋さんなんです」と言ったよしのさんに、私は「揶揄わないでください」と言ったがその声は小さくて弱々しく、開け放たれたドアから侵入してくる街の喧騒にかき消されて、誰にも聞こえていなかった。私は力なくカードをタッチする。
支払いを終え、私は領収書を握りしめて下車した。運転手がドアを閉めながら「お幸せにーーー!」と言った。今日は何かと叫ばれる夜だと思いながら下を向いた私に、よしのさんが「面白い人でしたね、ああゆう正直な人、私は好きです」と言って歩き出し、追うようにコンビニの入り口を潜った私はそそくさと、飲み物コーナへと向かいながら、“正直な人“って言ったな。噛み合っているって思っているという事か“などと考えていたら牛乳を鷲掴みしていた。ノロノロと周りを見渡したがよしのさんの姿はなかった。私は安心した。淡い誤解は淡いまま秘めておいた方がいい。そして二人ともが酔っている。酒に流されて進んだ恋は朝日が昇ったと同時に興醒めするのが世の慣わしだ。
先に精算を済ませていたのか、エコバックを持ったよしのさんはコンビニの前で待っていた。
連れ立って歩き出した途端にぐるん、ぐるんと今になって酔いが本格的に回ってきた私の足取りは千鳥のそれに近く、「近くまで送ります」と言ったものの、「いえ、大丈夫です」としっかりと拒否され、「何を買ったんですか?」と聞かれた私は素直に「ウチのネコ、新鮮な牛乳が好きで、帰り道にあるあのコンビニで買って帰るのを、その、日課にしていまして、残りは私の朝食になります」と長々と話したのが待ちきれなかったのか、よしのさんは顔をムズムズとさせていて、その表情に見覚えのある私は「もしかして!ネコアレルギーですか⁈」と慌て、よしのさんは笑いだし「違います!!ネコ大好きなんです!」と言った。酔っていないと言ったよしのさんは嘘つきだ。よしのさんは何を言っても笑い過ぎだし、鼻が赤い。
よしのさん「猫ちゃんなんて名前ですか⁈」
私「ねこといいます」
よしのさん「猫にねこ?」
私「五匹生まれたウチの三女でして、個体が小さすぎて、うまく育つかわからないねこでした。母に頼まれて飼い始めたんですけど・・死ぬかもしれないと思ったら、その・・名前をつけるのが不便に思えて、ねこという名になりました」
よしのさん「いま、いくつですか?」
私 「11年目ですから、人間だと60歳です」
よしのさん「ねこを飼えていいですねー。うちのアパートペット禁止なんです」
私 「会って行きますか?あっ!!あの!!他意は!!!あ、ありません」
よしのさん「ぜひ!!引かないでくださいね。私!猫の肉球の匂い嗅ぐの大好きなんです!」と話すよしのさんは楽しそうだった。
私が覚えていられたのは・・・そこまでだった。




