シーン20 宣誓ーーー、僕たちは幸せです。
会議室に上司、エースと入って行くと、「会見までに様々な準備が必要です。来場者の線引き、案内の送付はどうするのか、実行するにはかなり日数かかります。大体ウチが口火を切る必要はないでしょう」、「しかし、カスタマーセンターはパンク状態です」、「Xには有る事、無い事が上がってます。今のうちになんとかしないと」、「トモッキーさんの事務所とは連携取れてるんですか」とあちらこちらから声が飛んでいた。
企画部部長が私を見つけ「本当に君はトモッキーさんに触れてないのかね」と声を上げた。「ええ、指一本触れてません」と言い切る私の声はデカい、デカすぎた。視線が集まる。それでも私は「何するのよと言ったともっきさんは、あらぬ方向に視線を向けておられたので、思わず私が振り向くほどに、ともっきーさんは動揺されたご様子ではありましたが、あれは、あの言葉は、ともっきーさんは私に言ったのではありません」と噛まずに説明できた私を、私は褒めてやりたいと思うほどにしっかりと言ってのけていた。
企画部の腰巾着どもが、目を丸くして私を見ている。何年ぶりだろうか・・、こんなに達成感のある発言をしたのは・・・。涙が溢れそうになる。情けない。だが、誇らしかった、あの頃のように。努力していればいつかは叶うと信じていたあの頃に、、感じていた達成感を私は得ていた。毎日何かを諦め、何かを守り、何かを失ってきた私が、一つの発言で血潮を感じている。それが嬉しかった。
「それで記者会見はどうするんだね?やるのかね?やらないのかね?」と誰に聞くでもなく言った宣伝部次長に、「あなたはどう思うんです?」と聞いたのは企画部次長だった。二人は日頃からバチバチの関係で足を引っ張り合っている。「君はどう思っているんだ?」と質問し返したのは宣伝部部長に、「ウチが決める事ではないと思うよ」と言い返したのは企画部部長で、どっちもどっちで、事が良からぬ方向に進んだ時、「君のところが言ったから」と言われたくないのは見え見えで、なすり付け合いの平行線での押し問答を繰り返しているだけで、肝心なことは何一つ、一歩も、半歩も進まない。ほの暗い“言ってやった“の競争心と肝の座らない上司へのアピだけが満たされてゆく。
大手とは幸せだ。自分が大鉈を振らなくても、先人が確立された企業ブランドには傷がつかないと誰もがどこかで知っていて、こんな時でさえも、安心して権力闘争を繰り広げている。エースが低く唸ったと思った矢先、「いい加減にしてください!!!」と吠えた。エースは続ける。「記者会見は開かないでください。私は入社してからずっと営業畑で育ちました。お客様と対峙するのは営業です。説明を求められ、ペコペコと頭を下げながら言い訳するのは営業です。それが次のトピックが上がるまで、どこに行っても続くんです。一回やっとけば的なお考えで、会見、会見と言っておられるようですが、会見を開けば末端が苦労するだけです。ここはドンと構えて無言を貫く覚悟を持ってください。お願いします」と言って、もう営業ではないエースが深々と頭を下げる。上司が「カスタマーセンターの事はお任せください」と言って頭を下げる。「判断する権限は私共にはありませんが、どうかお願い致します」と言って私も頭を下げる。上司が「早速で申し訳ありませんが、私たちは退室させて頂きまして、業務に取り掛からせて頂きます」と言って歩き出す。エースも私もそれに倣って外へ出た。エースが泣いていた。よく涙を流す男である。しかしながら熱き男である。
それから私たち総務部は、SNSの書き込みを丁寧に拾い上げて資料を作り、電話対応に追われ、トイレに行きたい生理現象に耐え、空腹を黙らせて働いた。長い1日だった。最終的な判断が下されたのは23時を過ぎた頃で、会見は開かないと決められた。エースの熱弁が効いたのか、“総務の正義“と最古参が噂を広めるのに時間が掛からなかったのか…、そう決められた。




