シーン17 若きエースの横顔
週明けの月曜日の昼休みに入った途端にエースが「行きましょう」と私を誘う。私が上司の方を見ると珍しく電話をしていた。視線を上げ、手を振った上司がスマホをいじりだし、着信音がした私のスマホに“すぐ合流するから、先行ってて“とメッセージが入った。スマホから視線を上げた私はポンコツ上司に頷く。「先に出ようか」と言うと、上司に一礼したエースが「俺、今日こそは煮込みハンバーグ食べようと思ってます」と意気込んだ口調で語った。
道すがらエースが話し出す。
「トモッキーさん、エライことになってんの知ってます?」
「いや、NHKしか見ないから」と答えると
「えっ、Yahooニュースとかも見ないんですか」と驚くエース
「嘘とか誇張とかされてるんだろう」
「確かに。ですが、いつの時代もそうですよ。人は無責任にゲスい方が好きですから。媒体もわかって書いてるんですよ。ビューさえ取れれば広告もつくし」とエースが物知り顔で言った。
そんなエースの若き横顔に
「そんなもん、わかって読んでるのか?」と聞く。
「そうですよ。話のネタにこと欠かないし、みんな噂話すると盛り上がってグッと距離感縮まるすよ、営業には不可欠なんですよね、そうゆうの」と言って一瞬、顔が萎れたがすぐに「紙媒体の威信とか自負は太古なんじゃないんですか。今じゃ恥も外聞もなく、InstagramとかXで擦られまくったネタを後追いしてますよ。そのうちなくなるんじゃないですかね。うちもいつの間にかに経費節減とか言って新聞取らなくなったでしょう」と涼しい顔で言ったエースは逞しい。前回、蟻を見つけた場所に同じように座り込だエースは1列渋滞の蟻を見つけ「今日も労働ご苦労さん」と言った。
そこへ「あっ、みーつけた」と言ったさちこさんとよしのさんが現れ、エースが「なんか俺ら毎日会ってません」と嬉しげな口調で返す。
さちこさんが「本当だ、ご縁感じますね」と笑顔で応え
「ケガはどうですか?」とよしのさんが私に聞く。
「冷やしたんですが、なかなか痛みが取れなくて」と言うと
「ドラストで軟膏買ってないでしょう」とよしのさんに少々尖った口調で言われた私は、「すみません」となぜか謝ってしまった。私を見上げたよしのさんのまなじりが、怖い事を言う時の吉乃さんに似ていたからだろうか・・・。
私たちは連れ立って歩き出し、さちこさんが「今日、煮込みハンバーグ食べようと思ってるんですよ」と前をゆくエースに声を掛けると「俺もです。よしのさんは?」と隣を歩くよしのさんに聞いた。「ナポリタンにしょうかと思ってます。この間なんだか美味しそうに食べてらしたの見てたら、たベたくなって」と言った。そんなよしのさんにエースが「自炊しないんですか?」と聞く。「しますよ。ほとんど自炊です。あのナポリタンが食べたかったんです。いつもと同じ味じゃつならないから」となぜか視線を落とした。その仕草を見たエースが「わかります、その気持ち」と慌て、「自炊いいすね」とほのぼの口調で言った。
「飽きるんだよね、いつの同じ味付けって。セレブみたいに今日はここのとか、毎日違う店でご飯たべてみたいよね。私なんか冷蔵庫に溜まってる食材片付けるのに、煮物ばっか作ってる気がする」とさちこさん
「一人ご飯、寂しいですよね」と私がこぼすと、
「ええっ!先輩、恋人もいないんですか?俺、先輩が落ちつき見て結婚してるのかと思ってました」と反応したエースに、私は「結婚⁈何言ってるんだ。独身だよ」とすかさず返してしまい。エースが「考えたこともないんすか」と言った。そのエースの若さが憎たらしい。
ないともあるとも応えにくく、「そうだな・・」と言ったきり、濁したくもある私がよしのさんの背を気にすると、よしのさんは微かに振り向き「さちこも早く結婚したいのよね」と言った。「そうよ、したい。だって素敵でしょう。二人で共に歩くって。ロマン感じるーー」とさちこさんは空を見上げ、「俺もっす」とエースが同調した。「東京で金貯めて、田舎にUターンしたいんですよ」とエースは夢を語る。「あは、田舎どこですか?」と聞いたさちこさんに、「熊本です。熊本城の近く」とエースは応え、「一軒家建てて、営業力でなんか地域貢献できる事業起こしたいんすよー」と続けたエースの顔つきには希望が宿っていた。またまた憎たらしく思う私はなかなかに狭き男だ。
故郷が、帰る場所があるエースが羨ましい。夢があるエースが羨ましい。営業から飛ばされてもなお、営業力と口にするのが羨ましい。そう考えながらレストランの扉を開けた。「いらっしゃいませ」と言った従業員が「4様でよろしいですか?」と聞く。「一人あと合流しますから、5人でお願いします。あの、もし、ご迷惑でなかったら、椅子を1つ出して頂けませんか?」と私が要望すると、「ですよね、この間は失礼しました。流石に狭そうだなって後悔したんです。いつもの席すぐに片付けますから、ここで待っててください」と弾けるような笑顔でそう言った従業員の心遣いは普段と変わらない。この人は人を諦めたことがないのだろうかと思いながら、私はその背を見送った。




