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カオス ある会社員の告白  作者: 國生さゆり
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シーン15 憐憫の惰眠に堕ちてゆく。



 私は身を丸め横たわっていた。


 衣擦れの音がして、そっと掛けられた白檀の匂いがする布団の中に私は意識的に潜り込んだ。暖かい。「疲れてしまったんだ。もう少し寝かせてくれないか」うつらうつらしながら私はそう呟いた。わかっていた。きつのっちが私に掛けてくれたのだ。それでも私は起きようとはしなかった。きつのっちに腹を立てていたからだ。あの時、きつのっちが現れなかったら、あんな騒動にはならなかった。そんな思いが私を捻くれさせていた。あの時もそうだ。よしのさんの寂しげな表情なんて気にするんじゃなかった。シカトぶっこいていればよかったんだ。そうしていたら、あの毎日同じ事が繰り返される平安の日々は、今も続いていただろうに・・なんて馬鹿なんだろう・・・悲しそうに見えたからって・・・・気に止めたりするんじゃなかった。私は案の定、時が時を刻み始めた途端にしくじった。自分に何かができるとは思ってなんかいない。平凡でいいと思ってる。野望や野心なんてもんもハナから持ち合わせていない。あんな風に注目を集めるなんて真っ平ごめんだったのに・・・。



私は自責と後悔が渦巻く、憐憫の惰眠に堕ちてゆく。



 どれくらい眠っていたのだろう・・、香ばしい味噌の匂いが私の目を覚ました。薄目を開けて見ると、私の前に朱色のお膳が置かれていた。吉乃さんの「腹が空いておろう」という声がする。私は寝返り打ち、背を向けた吉乃さんに「なんであの時、姿を現したのさ?… あのあと、大騒ぎになったの知ってるよね」と頑なな声で言ってやる。「あの者がわらわと目を合わせよったからじゃ」と応えた吉乃さんに、「そんなことで・・、あなたの目を見て私だって話すじゃないか」と抗議する。




 すると吉乃さんは「あの者についておった影は、人の気を吸う魔の者であった。おそらく陰陽師の修行中に取り込まれ、邪に堕ちた者の霊魂であろう・・もうすでに人の形を失っておった。そなたに興味を示し、そなたにあの者を近づかせたゆえ・・すまなかった」と言った。間髪入れず私は首だけ振り返らせ「トモッキーに取り憑いてた⁈なんで⁈」と聞く。吉乃さんの「あの者が願ったから」と慄然した答えに、私は疑問を抱き「・・えっ、願ったからって、全てが叶うもんじゃないって事ぐらい、誰だって知ってるよ」と言いながら起き上がる。私の目を見た吉乃さんは「代償を差し出したのじゃ」と言った。吉乃さんの悔しげな表情を見て不可思議に思う。「なんでそんな顔してるの?」と聞いてみる。「・・・あの者が、あまりに愚かゆえ」それが吉乃さんの答えだった。ヤバいものとわかっていながら「トモッキーは何を差し出したの?」と聞く。吉乃さんはアゴのラインを引き締め「本当に知りたいか?」と私を見据えて聞く。どっからそんな勇気が湧いたのか・・人に気をかけ、しくじったばかりだというのに・・・懲りもせず、私は・・・好奇心に負けて・・ゆっくりと頷いた。




 「よかろう、心して聞け。あの者は元はどこにでもいるただの髪結師であった。有名になりたいと願掛けし、お百度参りしておった時に禁を破って言葉を発した。それを魔の者が聞いておったのじゃ。魔の者があの者に出した条件は、手塩にかけて育ててくれていた師匠の利き腕を、踏みつけて使えなくすることであった」と語った吉乃さんの目は鋭い。私はゴクリと唾を飲んだ。そういえば瞬く間に・・人気に火がついたトモッキー・・彼が払った代償はそれだけで済むのだろうか・・・。「よいか、我らは元々一つであった。意識・生命エネルギー体が分裂して各々の生命が生まれたのじゃ。あの者もそなたもわらわも元は1つ。誰かの勝手は誰かの行動で精算される。そのお役目が今日、たまたまわらわであっただけだ」ときつのっちはきっぱりとした口調でそう言った。「まだ何か・・起きるの?」と恐々と聞いた私に、「そなたは知らなくて良い」と言った吉乃さんが「湯漬けと干し柿を用意させた。焼き味噌はここの郷土料理じゃ。食べられよ」と何事もなかったかのようにサラリと口調を変えて言う。




 お膳に視線を落とした私の腹が鳴った。麦飯にお湯をかけて焼き味噌を溶かして食べる。トモッキーの事を考えながら、私は食べる。気持ちはわからなくもなかった。何かを欲しいと思う気持ちは誰にでもある。たまたまタイミングが悪かったのだけだ。魔の者にさえ聞いていなければ、夢は夢のままで今もあったはずだ。トモッキーは有名になってから、1から美容師の勉強をやり直したと何かのインタビューで言っていた。努力家なのは間違いない。人の無情を考える。慈しみがなかったわけじゃない。思いやりがなかったわけでもない。魔が刺したんだ。そう考えてハタと気づく、トモッキーの師匠はいま何をしているのだろう・・。帰ったらGoogle先生に聞いてみよう。吉乃さんが「美味いか?」と私に聞く。とても柔らかな声で。サラサラと平らげながら頷く。焼き味噌に混ぜてあったしそに私の食欲は挑発され、悍ましい話を聞いた後だというのに美味しいと思いながら食べている。トモッキーの欲と私の食欲に大差ない気がした。あっという間に完食して両手を合わせ「ご馳走様でした」と言った。吉乃さんが笑っている。笑う吉乃さんはやっぱり美しい。その顔を見て思う。どうして私はこの人でトモッキーは魔の者だったのだろうと。「欲は時に生きる糧になるが度が過ぎれば呪いになる。わらわはそなたの無関心ぶりが気になったのじゃ」と吉乃さんが言った。吉乃さんの顔を見つめ「無関心が僕らの時代では美徳だからだよ」と答えた。すると吉乃さんは「そなた達の時代は複雑怪奇じゃからな」と言ったっきり黙り込んだ。私も確かにそうだと思いつつ、お茶を啜ったりして無口を通す。




 はかなく時が過ぎた頃、「殿より、小谷城を攻めよとの下知あり、城下町が焼き払われています」と声がする。声のする方に視線を向けて目を凝らすが、相変わらず私には漆黒にしか見えず、きつのっちが「姉上に500両ほどすぐさまお送りせよ」と言い、直ちに「しかし」と返した男を、吉乃さんは「問答無用じゃ。先刻、殿は姉様に助けられた。恩義をお返しするだけじゃ。姉様には3人のお子がおられる。金子があれば大抵の事は解決できようぞ。行け!殿のお怒りはわらわがお受けする」と烈風の声で抑え込んだ。本当きつのっちはかっこいい。腹がどうやったらこんなに座るものなのか・・・、そもそもこの時代に生きる人たちが皆そうなのか、私たちが忘れてしまったのか・・・死がみじかにある事が羨まいとさえ思えてくる。




 平均寿命だけは伸びに伸びきって、今や83歳。脳みそが役に立たなくなっても、尊厳という正義の元で糞尿を垂れ流すだけの生を生きる。己の死の分別さえ人任せにしてでも生きる。「今日も元気だね」の意味も認識しないまま、苦労だけを家族に撒き散らし、世間体とか、親だからを突きつけながらも生きるを望む・・・浅ましい。・・・人間とはなんと深くて簡易的な生き物なのだろう。




 「ところで、そなた、久しぶりの現実はどうであった?」と吉乃さんは知ってるくせに聞く。そんな吉乃さんの涼しい顔に「相変わらず、やな事しか起きなかった」と無愛想に返してやった。クスリと笑った吉乃さんが「恋心が芽生えたであろうに」と言った。「誰のことだい?」とカッコつけた私の顔に、吉乃さんが「今を生きるを楽しんで見てはどうじゃ、そなたは考え過ぎじゃ。それが個性というものであろうが、何事も風任せでよいのではないか」と言った。「きっのっちはさ、姫さんだし、500両もの金を言葉一つで右から左に動かせるくらいに金持ちじゃん。庶民の気苦労なんて知らないでしょう」と言い返す。きつのっちが私の左手に視線を落とし「まずはよしの殿に連絡してみてはどうじゃ」と言った。




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