シーン13 ご意見、受け賜らさせていただきます、中村でございます。
帰社した私は総務へと向う。ドアを開けると室内にいる4人全員の手には受話器が握られ、てんやわんやの対応に追われていた。私に気付いた女性社員が隣の席で鳴る電話を指でさし示し、口だけ動かして「でて」と言った。神妙な顔つきの彼女に私は頷く。上着を手早く脱ぎ椅子の背に掛け、えっ〜とクレーム対応の文言は・・と、部署移動した時、参加した研修を脳みその底から掘りおこす。“カスタマーセンターで御座います。この度はお手数をお掛けして申し訳ありません。担当いたします、、苗字は…中村、そう、中村でいこう、中村ででございます“あとは内容によって臨機応変♾️、お客さまは電話をかけて来るほどに、その労力を使うほどに、言いたい事を募らせてらっしゃる。お怒りはごもっともなのだお客様なのだから。そう思いながら私が受話器を上げると、お客様はいきなり話し始めた。
「希望記念公演のイベントにトモッキー出るの⁈出ないの⁈時間過ぎてるのに!始まらないんだけど!どうゆうこと⁈」と。視線を腕時計に落とすと開演時間をとっくに過ぎていた。「申し訳ございません」とは言ったものの私は次の言葉が見つからず、「ねぇ!聞いてんの!ホント適当な会社ね!!」と言ったお客様の怒りは甲高く、思わず、受話器を耳から離してしまいそうになりながらも堪えて「申し訳ありません。事情説明は会場の、のアナウンスでご説明させてい、いただきます。お待ちください」としどろもどろと絞り出した。「もう!!ホント!!最悪!!」と噛みつくように言ったお客さまの電話が切れた。
3本目の電話が終わって受話器を置くと、隣の席から手書きのレポート用紙のコピーが回って来た。“本日予定されていました美容家トモッキーさまのイベント出演は、ご本人の体調不良により急遽見送られる事となりました。チケットの払い戻しは会場入り口、またはウゴー音楽事務所のホームページにて行えます“ 「えー〜〜ーっ!」と不用意に声を上げた私は4人の視線を集めてしまう。「すみません」と小さな声で頭を下げながら私は思う。電話が鳴り止まないはずだ。この事態を予測してポンコツ上司は私に“帰社“を命じたのだ、、、クソ、、迷惑極まりないクリーンヒットをこんな時だけ打ちやがって、、、鳴り出した電話の受話器を取り上げようとしたその時、ノックされたドアがさっそく開く。
噂の総元締め最古参が立っていた。室内に入った彼女は「トモッキーだけど、救急車で大学病院に搬送されたらしいの。うわ言を口走りながら狂気乱舞したんだって、現場はイベント中止で大混乱の極みよ。企画部部長からの伝言があります。“お客様の怒りをできるだけ緩和しろ。この事態収拾の始まりはクレーム室の君たちの尽力から始まる“と仰せよ。お客さま対応は超慎重にねー。会社の損失が億単位になりそうなのよ、法務は頭を抱えてるわ。トークイベントの冠が超ーっ大手だったんだけど、タレントさんが急遽の出演だったから、保険に名前が入ってなかったんだって、そんな感じだからよろしくねーー、後で差し入れ持ってくるから、トイレ以外は席を外さないでね」と一気に語って出ていった。
まずい、これは、まずい。責任の所在のなすりつけ合い戦争が勃発する。急遽の出演を押し通した企画部、保険に名前を入れてなかった法務部、代理店を引っ張ってきた営業部、このゴタゴタの始まりは私だ。もちろん私は何もしていない。だが、突如、姿を現したきつのっちが見えたトモッキーは腰を抜かした。日頃からスピリチュアル能力があると公言しているトモッキーは、霊能者とその手の人気番組のMCをしている。考えが追いつかず、ボヤッとしている私に隣のやつが「電話でろよ」とボソリと言った。私は「すいません」と言いつつ受話器を握る。
対応問答に慣れて来た頃、就業時間終了の時刻となりました。トモッキードタキャン事件はYahooニュースとなり、錯乱ネタに各局のワイドショーが飛びつき、今、トモッキーが入院している大学病院をマスコミ各社が包囲しいるらしい。最古参はこの部屋を訪れる度に、きょうきょうと胸を高鳴らせているであろう高揚を、その顔に浮かべながらトモッキーの新着情報を更新していった。鳴り止まない電話に苦慮する私たちに、差し入れという名のコンビニ菓子を届けては、各テーブルに散らばる苦情記入用紙を拾い集め、その全てに目を通してもいた。最古参は誰のためにここへ来ていたのだろう……。会社はどういうコメントを出すのだろう・・・、私の処遇は・・・。




