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第10話 だって、一緒にネットストーカーするでしょ?

 高鳥さんは、可愛らしいノートパソコンを持ってきた。薄型の、一年くらい前の型式のものだ。色はピンク。


「可愛いですね」

「うわ、何? 急に。セクハラ?」

「いえ、可愛いと言ったのは、パソコンに対してです」

「ああ、そう。紛らわしい」

「べつに、高鳥さんも、可愛いですけどね」

「どれだけ褒められても、体を許したりしないからね」

「いえ、べつに、そういうのは結構です」

「なんか、それはそれで傷つくなぁ」


 ややこしいものだった。何と答えたら正解なのだろう。もしかしたら、正解などないのではないか、とも思えた。コミュニケーションは難しい。


 まずは、高鳥さんが、どの程度パソコンに習熟しているのかを測定することにした。基本的なパソコン操作はできるようだ。メールも出せる。ただ、ショートカットキーなどは怪しいという程度。文字の入力はキーボードを見ながらだが、そこそこのスピードだ。本人いわく、携帯端末を使ったほうが、少し早く打てるという。


 僕が千羽の情報を調べてみた。高鳥さんから、働いている店の名前を教えてもらう。店の公式アカウントから、本人のアカウントが導き出せないかと考えたのだ。しかし、うまくいかない。しっかり仕事とプライベートを分けているようだ。あるいは、アカウントを所持していないということも考えられる。


 一応、名前で検索してみた。千羽智弘ちば ちひろというのが、正式名称である。


「千羽さんって、何歳くらいですか?」

「えっとね、わたしと十五違うから、三十五かな」


 咄嗟に計算する。


「高鳥さん、僕よりも年下なんですね。敬語を使って損した気分です」

「損とか、そういう問題?」高鳥さんは言った。「さっきから、なんで敬語なのかなって思ってたわけ。だって、つーちゃんと同い年でしょ? なら、わたしより二歳上じゃん」

「僕は高鳥さんの年齢を知りませんでしたからね」

「敬語、やめないの?」

「ええ、まあ、折を見て」

「なんで檻を見るの? どこの檻? 動物園?」

「機を見て折を見て」木を見て森を見ず……ではない。ブラウン神父でもない。


 重要なのは、千羽の年齢が三十五歳ということだ。ちょうどインターネットが成熟する時代に大学生だったはずである。人によっては、そこまでインターネットに親しんでいない世代かもしれない。


「何か、千羽さんに関する情報はありませんか?」

「えっとね、ヒゲが格好良い。あと、猫が好きみたい」

「そういうのではなくて」まったくもって不要な情報だった。『千羽 ヒゲ』あるいは『千羽 猫』というワードで調べても、大した情報は出て来ないだろう。「出身高校とか、出身大学とか、どの地方出身だとか、そういうことが少しでもわかると良いのですが」

「うーん、わかんない。知らない」


 頼りにならない。


 ざっとログを追っていると、店の公式アカウントに、千羽の友人らしき人物からメッセージが送られていたのがわかった。その友人は『店長になったんだね、おめでとう。また友だちと食べに行くよ』みたいなことを書いていた。千羽は『ありがとうございます』と丁寧に返事をしている。


 これは手掛かりになるな、と直感した。

 その友人は、自身の情報をSNS上に垂れ流すタイプの人間だった。まったく情報を流さない人もいれば、その逆で個人情報をさらけ出すことになんの抵抗もない人間もいる。普通の人の情報など、それほど重要でもないので、誰も目を向けていない。ただ、悪用しようと考えれば、どこまでも悪用することができる。

 その友人の出身大学が判明した。また、大学では、千羽の友人がテニスクラブに所属していたということもわかる。


「そんな知らないおじさんの情報調べて、なんの意味があるの?」


 いつの間にか隣に移動していた高鳥さんが、僕の画面を覗き込みながら言った。


「千羽さんは、自分の情報をあまりネットに出さないタイプの人間です。だから、その周辺を探る、みたいな感じですね」

「あ、知ってる。それ、ことわざで言えば、なんだっけ。馬を殺すやつ」


 わけがわからない。なんと返せば良いのかわからないので、微笑んでおいた。馬を殺すことわざなんてあっただろうか。物騒に過ぎる。


 友人の通っていた大学名、そしてテニスクラブの名前、それに千羽の名前を入れて調べることで、情報が出てきた。大昔につくったと思われる、テニスクラブのページが発見された。最近は更新が滞っているようである。年に二回開かれている大会の試合結果だけが、惰性で更新されているようだ。そのページの過去の情報を探っていると、サークルが活動していた頃のものに辿り着く。飲み会の画像や、皆で海にいったときの画像が出てきた。


「あ、止めて。それ。その画像。保存しておいて」と画面を指でさわる。指紋がついた。

「嫌ですよ。僕のHDDが汚れてしまう」

「汚れるわけないでしょ」

「ページのアドレスを教えますから、自分で保存してください」


 高鳥さんのメールアドレスをきき、そのアドレスにページのアドレスを送信した。そういえば、メールを女性に送ったのは、これがはじめてだ。まあ、男性にも送ったことがない。もしかしたら、家族以外に送るのは、これがはじめてかもしれなかった。高鳥さんに、僕のメール処女が奪われてしまったことになる。誠に遺憾である。


「うわ、すごい。きゃあ。最高じゃん」画面を見ながら興奮しているようだ。

「きゃあ……」


 そのような悲鳴を、実際に声に出す人がいるとは思わなかった。いままでは、ドラマなどにおける誇張表現ではないか、と考えていた。


「保存保存っと」タッチパッドを叩いて操作している。


 画面を見ると、デスクトップ上にフォルダがつくられていた。王子様フォルダだった。


「王子様……」思わずつぶやいてしまう。

「うわ、最低。勝手に見ないでよ。変態」と画面を手で覆う。

「いや、高鳥さんは、僕のパソコンを勝手に開いたでしょう?」

「それとこれとは別腹じゃん」別ではあっても別腹ではないだろう。「それ、プライバシーの侵害だからね」


 まあ、女神フォルダをつくっている僕が、王子様フォルダを批難することはできない。


 それにしても、高鳥さんは楽しそうだ。目を輝かせている。自分の知らない情報を摂取することは快楽をもたらす。子供の頃、図鑑を見ていたときの僕や高鳥さんも、きっとこんな目をしていたに違いない。それが、どうして、こんなことになってしまったのだろう。好きな相手の画像を保存して、喜んでいるのだ。客観的に見て、非常に気持ちが悪い存在だと言えた。高鳥さんがいてくれたことで、僕は自分の姿を省みることができた。


 その日の夕方に、高鳥さんは自室へ帰っていった。


「じゃあ、また明日ね」

「明日?」

「そう。明日の朝に来るから」

「なぜですか?」

「え? だって、一緒にネットストーカーするでしょ?」

「ええ、まあ、そうですけど。ひとりでも、できるのでは?」

「いや、まだ、わたしは初心者だから。上級者の赤瀬くんに教えてもらおうと思って」


 実は僕も、昨日はじめたばかりなので、初心者である。


「明日からも頑張ろうね」


 そんなことを言って、手を振りながら、高鳥さんは去っていった。

 そのようなわけで、僕は高鳥さんと一緒に、ネットストーキングをすることになった。なぜか、なってしまった。中高生の頃から、部活動というものには一度も所属したことがない。けれど、もしかしたら、こういう感じなのかもしれないな、と思った。たぶん違うだろうけれど……。

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