表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミズオト  作者: 星 見人
4/4

渦の底へ

見て頂きありがとうございます。作る励みになりますので、良かったらブックマークと評価よろしくお願いします。


 「……みんな、川に溶けたんよ」


 村役場の職員の言葉が、誠の耳の奥でこだました。


 消えた、、川に、溶けた。


「前に住んでいた人たちって、何人もいたんですか?」


「……三人や。いずれも夜に川を渡って、しばらくして姿が消えた」


職員は言葉を選びながら続けた。


「ほんまかどうかは知らん。でも、最後の人は……」


 誠は喉がからからに乾くのを感じた。


「……最後の人は?」


職員は、戸棚から古びた紙ファイルを取り出し、一枚の写真を差し出した。


 そこには、ぼんやりと笑う若い女と赤ん坊を抱えた男の姿があった。


そしてその男は、、


 誠自身だった。



「こ、これは……俺じゃ、ないです」


そう言いながらも、写真に写る男の顔は、どう見ても自分だった。


しかし記憶にはない。女の顔にも、赤ん坊にも覚えはなかった。


職員が静かに言う。


「あんた、、ほんとに自分が“初めてここに来た”と思うとるか?」


「……どういう意味です?」


「ここはな、たまに“帰ってくる人”がいる。

忘れたまま、な。川は、記憶を流してしまうけん」


 記憶を流す。


誠は震える手で、もう一度写真を見た。

女の笑顔の奥に、見覚えのない懐かしさが湧いた。




帰り道、誠は橋のたもとで足を止めた。

夕暮れが川面に映り、水が赤く染まっている。


 向こう岸に、誰かが立っていた。


 髪の長い、濡れた着物の女。顔は見えない。


 誠が一歩踏み出すと、女も一歩、橋に近づいた。


 胸が痛んだ。何か、大事なものを忘れている。


そのとき、不意に頭の奥を裂くような記憶の断片が蘇った。




 あの夜。大雨。


 車。崖。


 助手席には、妻がいた。


 「大丈夫、誠……」


 幼い声が聞こえる。


 後部座席には、小さな子どもが。


 俺はハンドルを切り損ね、車体が揺れた。


 、、、 ドン。


 そして、水の音。視界が歪み、暗闇に落ちた。




 誠はその場に崩れ落ちた。


 忘れていた。


 いや、忘れさせられていた。


 川の向こうで、自分は一度死んでいたのだ。


 あの事故で、妻と娘を川に沈め、自分だけが岸に流れ着いた。


 そして、この村に“還された”。



 その夜、誠は一通の手紙を書いた。


 受取人のない遺書のような手紙。


 その中で、彼はこう綴った。


 [俺は、生きていてはいけない人間だ。

  向こうに、置いてきたものがある。

  呼ばれているんだ。

  あれは、俺を責めているわけじゃない。

  迎えに来たんだ]



……そして、誠は橋を渡った。


 月も風もない夜。


 川の音だけが、確かにそこにある。


 水面には、静かに立つ女の姿。

 

 濡れた着物、伏せた目元。


 だが、誠にはわかった。


 それは、はるかだった。


かつて、自分が愛し、家族を築いた女。

記憶の奥底に閉じ込められていた、、、

もう、二度と戻れないはずの人。


 「……遥」


 彼女は、ゆっくり顔を上げた。


 「ようやく……思い出してくれたのね」


その声は水音のように優しく、どこまでも悲しく響いた。


「……ずっと、待ってたの。あなたが、ここに辿りつくのを」


 誠の頬に、涙が伝う。


「ごめん……助けられなかった。守れなかった……

全部、俺のせいで……」


遥は首を振り、そっと近づく。


「違うの。あのとき、あなたは私たちを守ろうとした。命をかけて」


 彼女の腕の中には、幼い女の子、、

 紗英さえが眠っていた。


 その小さな目がゆっくり開き、誠を見て微笑む。


 「……パパ…帰ろう」


 その一言に、誠の胸は張り裂けそうになった。


 記憶の中の声と、寸分違わない。


 泣きながら誠は両腕を広げた。


 遥と紗英が、迷いなくそこに飛び込んでくる。


「……もういい。どこにも行かない。

ずっと、ここにいる。いっしょに……還ろう…」




 水面が静かに広がり、家族三人を包み込む。


冷たいはずの水が、あたたかく感じられるのはなぜだろう。


 それは、罰でも死でもなかった。


 “還る”ということ――


魂の奥底にあった喪失が、ようやく埋まっていく感覚。


川の音は、もはや怖くなかった。


それは、迎えに来た者だけが聞くことのできる、再会の調べだった。




翌朝、誠の家は静かに空気を抜いたように、人の気配を失っていた。


井戸の水も枯れ、床板の隙間は塞がれていた。


老婆は、畑の端で空を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。


「……よかったねぇ……還れたねぇ…」と呟いた。


 そして風が吹いた。


 まるで誰かが、微笑んで手を振っているように。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

公式企画、夏のホラーを書いてみました。

テーマは死と再開。後味悪いのはあんまり好きじゃないので、終わり方は怖くなくしちゃいました。

ブックマークやコメントが欲しいところですが

評価だけでもいいのでお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ