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ミズオト  作者: 星 見人
3/4

呼ぶ声 濡れた廊下

見て頂きありがとうございます。作る励みになりますので、良かったらブックマークと評価よろしくお願いします。


    ぽちゃ……

ぽた……         ぽちゃん……


 深夜の古民家に、確かな水音が響いていた。


だがそれは風呂場ではなく、玄関から廊下を這うように移動してくる。


 川村誠は、布団の中で動けずにいた。耳に届くのは水の滴る音と、濡れた裸足の足音。


 ぴちゃ……ぴちゃ……


 それが確実に、自分の部屋に近づいてくるのを、呼吸すら止めて聞いていた。


   ま、、こ、と


    みつけた


 女の声が、風のように部屋を吹き抜ける。


ふすまの向こう側に、誰かが立っている気配があった。

静かに、そこで待っている。


水の匂いが、畳に染み込んでいく。


「……出ていけ……」


掠れた声でそう呟いた瞬間、ぴたっと音が止まった。


 しかしそれは、終わりではなかった。


次の瞬間、ふすまが濡れた手で押されたように、ぎしっとわずかに開いた。


その隙間から、水滴がぽちゃん…と床に垂れる。


その水音に重なるように、声が届く。


 「……かえして……」




 翌朝。誠はほとんど眠れずに朝を迎えた。

ふすまはほんの少し開いており、廊下には確かに水の跡が残っていた。


しかしその跡も、誠が目を逸らした隙に、乾いて消えていた。


 気が狂いそうだった。

夢なのか現実なのか、自分の中で区別がつかなくなってきている。


仕事中も集中できず、ミスをして、上司に注意された。


周囲の目も、どこか冷たくなっている気がした。


視線を感じる。誰かが、じっと観察しているような、、。


 

仕事の帰り道、またあの老婆を探しに橋の方へ向かったが、その姿はなかった。

代わりに、橋の脇に立つ看板に変化があった。


昨日までは「生活道」とだけ書かれていた木札に、新たに墨で書き足されたような文字があった。


 [ここより先 夜は通るな]


その字はどこか震えていて、急いで書かれたような筆跡だった。



 帰宅後、誠はもう一度、家の中を調べることにした。


特に気になるのは、水音の正体。


家中の水回りを点検していくと、台所の床板に不自然な隙間を見つけた。


まるでそこだけ、後から修繕されたような、色の違う板。

釘の打ち方も雑だ。


ドライバーでこじ開けると、そこには古びた井戸のような穴が隠されていた。暗く深い穴。


懐中電灯を照らすと、底にはほんの少し、濁った水が溜まっていた。


 その水面に、、、何かが浮かんでいた。


 白い、指のようなものだった。


誠は息を呑んで焦り、懐中電灯を手から落とし、慌てて蓋を戻した。




その夜、誠は決意して、廊下に塩を盛り、窓にお札のような紙を貼った。

ネットで調べた簡易的な「結界」だったが、何もしないよりはましだ。


そしてふすまの前にも塩を置き、念のため玄関の鍵も二重に閉めた。


ふと、風呂場の鏡を見ると、自分の顔がやけに水に濡れたようにぼやけて見えた。


指で拭っても曇りは消えず、代わりに鏡の向こう側で、女の目が一瞬、誠を見返した。


 「……っ!」


 誠は鏡から目を逸らし、風呂を出た。




 深夜。


 静寂を破るように、水音が始まった。


 ぽた……

       ぽた……


 廊下を歩く足音。


             ぴちゃ……

   ぴちゃ……


 ふすまの前に、それが立ち止まる。


 今夜も、来ている。


 誠は目を閉じ、耳をふさぎ、ただ耐えた。


 やがて、部屋の中に水がしみ込む音が聞こえてくる。


壁の中から、天井から、じわじわと水が染み出してくるような――。


 すると。


部屋の隅から、誰かのすすり泣く声が聞こえた。


 「……どうして……わたしを……」


女の声だった。子どもかもしれない。


小さな嗚咽おえつが、部屋中に反響する。


 「……かえして……かえして……」


 誠は恐る恐る、布団から顔を上げた。


 、、そこに、濡れた着物姿の女が、しゃがみ込んで泣いていた。


髪は顔に張りつき、手は泥に汚れていた。


いや、水に濡れた地面のような泥だ。


女はゆっくりと顔を上げた。


その目が誠を見据えた瞬間、部屋全体が水に沈んだかのように、ごぼ、ごぼっ……と泡の音が響いた。


    「つれていくね」


 その声と同時に、誠の視界は暗転した。




目を覚ましたのは、翌朝。

自室の畳の上だった。

周囲は乾いていたが、指先にぬるりとした冷たさが残っていた。


玄関の扉には、泥の足跡があった。


中から外へと続いている。


だが、それよりも恐ろしいのは、ふすまの前に置いたはずの塩が、すべて水に溶けていたことだった。




その日の昼、誠は職場を早退し、村役場を訪れた。


目的は一つ。深渕村の過去の記録を見ること。


応対したのは年配の職員だったが、誠の顔を見るなり怪訝けげんな表情になった。


「……あんた、川向こうに住んどる人か?」


「……え?」


「川の、あっちの家。あそこは……あんまり人、寄りつかんとこでね。前に住んどった人も、みんな……」


「みんな、何ですか?なんかあったんですか?」


職員は目を逸らし、ぼそりと答えた。


「消えたんよ。川に、溶けたように」


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