第七話「可憐な少女(笑)達のパーティに加入し、荷物持ちが活躍していくのを見守る件」
第七話「可憐な少女(笑)達のパーティに加入し、荷物持ちが活躍していくのを見守る件」
フクタロウの仮加入を済ませたヒロヒメ達は、取り敢えずフクタロウの荷物持ち職としての働きを見せてもらう為に難易度の低い依頼を受ける事にした。
「――そうね。これにしようか。」
ヒロヒメ達のパーティはお互いに対等で明確なリーダーを決めている訳ではないという活動の仕方をしていたが、大抵の場面ではヒロヒメが仕切っていて後の二人はそれに特に異を唱える事は無かった。
ヒロヒメは森の外周部の浅い層に棲息している魔樹の新芽と果実の採取と、その魔樹に巣を作っている土蜂の魔獣の討伐を受ける事にした。
元々ミツタカと一緒に今日は何かしら植物採集か魔獣の討伐を受けようと準備していたので、フクタロウはいつもの着流しの上に皮鎧を着けて背嚢を背負った装備でそのまま出発する事が出来た。
ヒロヒメ達の方の衣装は浴衣風の着物――柔らかい布地の衣服だけの様にも見えたが、魔獣素材から作り出した耐久性の高い生地に防御を高める魔術も仕込まれており、金属鎧にも負けない防御力を誇っていた。
「――そんでね~、先週ユウミヤと一緒にイスルギの町までえ、あたしの彼氏がやってる和楽器のコンサート見に行って~。」
「顔がイイだけじゃなくてちゃんと演奏もしっかりしてるのがいいわよね~。」
「全くあんた達ときたら……。フクタロウさん、いちいちこの子達の話、真面目に聞かなくていいからね。」
目的地までの道中、クレハやユウミヤ、ヒロヒメが楽し気にフクタロウと共に歩きながら自分達の彼氏の事や最近は何が楽しかったか等、口々に喋っていた。
フクタロウが口下手で、特に若い女性達相手に気の利いた話が出来ない事はヒロヒメ達も予め知っていたので、フクタロウの様子に構わず自分達の好きな様に喋り続けていた。
「はは……。」
フクタロウは彼女等の明るく賑やかな勢いに呑まれ、ただ曖昧に笑って頷くだけだった。
ミツタカ相手にはきつく睨み付ける様な表情をしていたユウミヤも、自分のパーティの仲間達には機嫌良く笑っていた。
ヤエカ達とは全く違う扱いに戸惑いつつも、ヒロヒメ達の明るく話しかけてくる様子に少しずつフクタロウの緊張も解けていっていた。
そうする内にフクタロウを新しく加えたヒロヒメ達の一行は目的地へとやって来た。
少し前にフクタロウがミツタカと魔樹の樹皮や果実採集の依頼を受けた時の様に、ここの魔樹もまた定期採集が出来る様に場所や生育状況をある程度管理されていた。
「ええっとー、新芽と果実を~出来るだけ沢山。土蜂はー成虫限定で皆殺しオッケー~ってヤツねー。」
クレハがヒロヒメの持っていた依頼書のメモ書きを横から覗き見て、今日の依頼の内容を復唱した。
それからクレハは背負っていた柄だけが長い小振りのハンマーを地面に置き、その辺りに落ちていた小石を拾った。
その間にもヒロヒメとユウミヤも自分達の武器を構えて準備を始めた。
ヒロヒメとユウミヤはごく普通の両刃剣で、ユウミヤの方は火魔法のスキルも状況に応じて攻撃に使うと言う事だった。
彼女等に続いてフクタロウも慌てていつもの短めの木刀を取り出した。
「まずはこの辺りに土蜂をおびき寄せて殲滅。邪魔者が居なくなってから魔樹の方に近付くので、フクタロウさんは後ろの方で簡単な援護をよろしくね。」
剣を抜いて魔樹の方を見つめながらヒロヒメはフクタロウへと指示を出した。
魔樹の中程の枝には泥で出来た三メートル程の大きな球形の土蜂の巣がぶら下がっており、その周囲を黒く楕円形をした二十センチ程の大きさの蜂がゆっくりと飛び交っていた。
「は、はい……。」
返事をしながらもフクタロウは、魔樹から少し離れた場所にどうやって土蜂をおびき寄せるのだろうかと首をかしげていた。
「んじゃあ、いっくよぉぉぉ~。」
クレハは皮手袋を装着し、持っていた小石を軽く握ると僅かの間そのまま動かず精神を集中し――、勢いよく土蜂の巣へと投げ付けた。
「!!」
速度は次第に増していき、少女の頼り無い腕力で投げた筈の小石は鋭く空気を切る音を上げて泥の巣を直撃し粉砕した。
クレハのスキルは「加重」――自分が触れた物の重さを短時間だけ増す事が出来た。その為、手近にある小石でも充分な威力を持つ弾丸に変える事が出来るし、彼女の武器の小振りのハンマーも一時的にではあったが屈強な男達の振り回す大きなハンマーに迫る威力を出す事が出来た。
「来るわよ! 構えて!」
突然に巣を破壊されて怒り狂った土蜂達が、羽を唸らせてヒロヒメ達へと飛んできた。
ヒロヒメの声にクレハとユウミヤが前へと素早く進み出た。
フクタロウも彼女等の邪魔にならない様に後ろに下がりつつも、少しでも援護が出来る様に木刀を握り締めて待機していた。
「うりゃああ~~。」
可愛らしい声で気合を入れてクレハが、最初に接近してきた数匹の土蜂の頭を次々に殴り付けていった。
討ち漏らした土蜂はヒロヒメとユウミヤが斬り付けていき、切断された頭や腹、羽等が辺りの地面へと散乱していった。
暫くの後には数匹の蜂を残すだけとなり、それらを無理に追う事はせず、ヒロヒメ達は魔樹へと駆け出した。
自分の方に向かってきた一、二匹の土蜂を何とか木刀で叩き潰し終えると、フクタロウも少し距離を取りながらヒロヒメ達の後を追った。
敵が近付いて来た事に気付いた魔樹は、一部の枝を鞭の様にしならせてヒロヒメ達へと叩き付けてきた。
「はーい、枝、邪魔あー。」
叩き付けられてきた鞭状の枝をクレハはハンマーを使って上手く弾いていき、魔樹の根元へと一人駆け出した。
ハンマーを片手にクレハは魔樹の幹へと手を触れると強く念じ、「加重」のスキルを発動させた。
大してスキルのレベルが高い訳ではなかったが、それでも魔樹は自身の体に意図しない重さが掛かり始め、その動きにキレが無くなっていった。
「さっすがー。」
ユウミヤとヒロヒメがクレハへと賛辞を送り、動きが少し鈍くなった魔樹の軟らかい枝を切断していった。
ここの魔樹は少しレベルが上がりつつある個体で、剣で切られた枝を遅くはあったが短時間の内に再生し始めていた。
「やっりー! 収穫タイムよ~。」
枝の再生に伴い、新芽も次々に芽吹いており、それを狙って切っていけば依頼にある新芽を多く手にする事が出来た。
フクタロウも彼女等の戦闘の邪魔にならない様に気を付けつつ、少し前方へと踏み出し、切り払われ地面へと散乱する魔樹の新芽を拾っていった。
切り立てではまだ生きているという判定になっており、フクタロウのスキルのレベルでは「異空間収納」を行なう事は出来なかった。
動きが鈍くなっているとはいえ、魔樹との戦闘に集中しているヒロヒメ達が無意識に踏み付けてしまう新芽が出来るだけ減る様にとフクタロウは小まめに拾い集めていった。
魔樹へと一通りダメージを与えて弱らせると、反撃に注意しながらヒロヒメ達は魔樹からゆっくりと後退していった。
「結構拾い集めたわね。」
背嚢一杯に詰め込まれた新芽の量にユウミヤは感心していた。
「あ、後は、実の方も採ってくるから……。」
フクタロウは背嚢をその場に置くと、まだ幹を震わせ、途中から切られた太い枝を揺らしている魔樹へと少しだけ近付いた。
この魔樹の果実は厳密には蜜の詰まった袋とでも言う様な物で、球形の外皮も樹皮の表面の様に硬く乾いていた。
果実の部分は生きているという判定から外れているという感触があり、フクタロウの今のレベルでも充分に収納する事が出来る筈だと思われた。
「……!」
高い場所に生っている実を見上げ、フクタロウはスキルが発動する様に精神を集中した。
「異空間収納」の扱いにも少しずつ慣れてきて、さして手間取る事も無く高い場所から低い場所まで全ての果実を収納する事が出来た。
「ええーマジ? 全部?」
一応剣を構えて周囲に警戒を続けながらも、ユウミヤ達は驚きの声を上げた。
今迄似た様な依頼を引き受けても彼女達三人だけでは運べる量も知れており、臨時で雇った事のある初級の荷物持ち職も「異空間収納」を持っている訳でもなかったので、今日手に入れた新芽や果実の量は格段に増加していた。
早速の収入増加の予感に、ヒロヒメ達は欲望に目を鋭く輝かせていた。
◆
夕方、狩部の受付窓口へとヒロヒメ達は戻り、依頼完了の報告と収穫物の提出を行なった。
流石に毎回シゲヒサが受付で当たる訳ではなく、今日の担当は寮母のタキの様な恰幅のいい年配の女性職員だった。
フクタロウが背嚢と「異空間収納」から取り出した大量の魔樹の新芽と果実を彼女は別の職員に指示して受付の奥へと運ばせた。
「はい。依頼完了、確かに。では番号が呼ばれたら買取受付の窓口に行って下さいね。」
女性職員からヒロヒメが番号札と依頼自体への報酬を受け取ると、皆と共に待合の適当な長椅子へと腰を下ろした。
大して待たされる事も無く査定の処理は終わり、ヒロヒメ達の番号が呼ばれ、窓口で職員から買い取りの内容の説明を受ける事になった。
「――以上が狩部からのお支払額の説明になります。よろしいでしょうか?」
年配の男性職員から内訳書を受け取り、ヒロヒメ、ユウミヤ、クレハ、そして後ろからフクタロウが書類の内容を覗き込んだ。
「ヨロシイも何も、とってもヨロシイですう!」
クレハが合計額の数字の桁を数え、笑顔ではしゃいだ声を上げた。
「へええ……。ちゃんとした荷物持ちが居るだけでこの手の、物を持ち帰る依頼って報酬全然違うんだ。」
ユウミヤも感心しながら何度も頷き、ヒロヒメも何とか取り繕ってはいたがぎらぎらとした目で笑い出しそうになっていた。
今迄彼女等が受けていた似た様な内容の依頼と比べて、今回の収穫物の買い取り額は三割増しという結果になっていた。
今日の様な取り急ぎの浅い層での比較的簡単な依頼でこの額ならば、もっと奥の層での依頼での収入は当然もっと高額になるだろう。
フクタロウを捕まえる様に囁き掛けて来た自分の「直感」のスキルの優秀さに、ヒロヒメは内心自画自賛していた。
受付窓口から退出し、フクタロウを取り囲む様にして歩きながらヒロヒメ達は上機嫌でフクタロウを褒め称えた。
「ほんとフクタロウさんが入ってくれてラッキーだわ! こんなに収入が増えるなんて嬉しい!」
「あ、いや……。それ程でも……。」
ヒロヒメの賛辞にフクタロウはただ困った様に笑い、顔を赤くして俯いてしまった。
こんな風に手放しで自分の働きを褒められた事が無く、どう反応を返していいのかもフクタロウは余り判らなかったのだった。
狩部の建物を出る前に、一先ず今日の報酬を分けておこうとヒロヒメは玄関前のフロアの隅へと皆を促した。
今迄は三人が同じ宿を取っておりそこで分配していたが、今日からはフクタロウも加入したので一応は何か問題があれば職員が助けてくれる狩部の建物の中で、取り急ぎ今日のところは報酬を分ける事とした。
「へっ? こ、こんなにくれるの……!?」
受け取った巾着袋の中身を確かめ、その多さにフクタロウは思わず裏返った声を上げてしまった。
「言ったでしょ? あたし達はきちんと荷物持ちの人にも報酬を分けるって。」
ミツタカの事を思い出して眉間に皺を寄せながら、ユウミヤはフクタロウの持つ巾着袋を指差した。
まだ戸惑っているフクタロウに構わず、クレハがフクタロウの手を取り、ヒロヒメが促した。
「はいっ、分配終わりい! さ、歓迎会行こっ。」
「っていっても、そこの前のいつもの居酒屋だけどね。」
ヒロヒメは先頭を歩きながら苦笑し、狩部の玄関の向こうに見える狩り人達御用達のいつもの居酒屋へと顔を向けた。
「え、でも……。オレなんかに、そこまでしてくれなくても……。」
ヒロヒメ達が歓迎してくれているのはフクタロウも理解していたが、しかしやはり自分に向けられる賛辞や好意というものに全く慣れておらず、ただ戸惑うばかりだった。
「いいわよ遠慮しなくても。それにアレな言い方になるけど、そんなに大した事する訳じゃなくて、ちょっと一緒に夕飯とお酒を、っていう程度だし。」
ヒロヒメは遠慮深いフクタロウに配慮したという体裁を取り繕って微笑みながら、ささやかな食事の席でしかないと強調した。
――一番安い定食と酒で誤魔化すわよ。
――当っ然よ! 折角の収入、減らしたくないわよおお。
――ちょっとおだてていい気にさせてさっさと帰らせるわよ。
ヒロヒメ、クレハ、ユウミヤはフクタロウに気付かれない様にこっそりと互いに目配せし合い、それぞれの思惑を確認し合った。
彼女達のそんな思惑に気付く事も無く、フクタロウは戸惑いながらもクレハに手を引かれて暫くぶりのいつもの居酒屋へと足を踏み入れた。
奥の空いている席へとヒロヒメ達はフクタロウと共に腰を下ろすと、店員に定食と酒を注文した。
さして待つ事も無く食事と酒が運ばれてきてテーブルの上に並べられると、早速ヒロヒメは椀を掲げ乾杯の音頭を取った。
「ようこそあたし達のパーティに。よろしくね。」
ヒロヒメの言葉にフクタロウもおずおずと酒の満たされた椀を掲げ、軽く頭を下げた。
「よ、よろしく……。」
そんなフクタロウにヒロヒメ達は微笑み掛け、食事に箸を付け始めた。
今日の働きぶりを口々に誉められ、また売却で得た報酬も分配された事にフクタロウはまだ困惑してはいたものの、自分の働きが認められた事への喜びが少しずつ湧き始めていた。
明日からの活動の事について軽く話し合った後は、こうした賑やかな席に慣れていないフクタロウを気遣って――という建前で、ヒロヒメ達は食事を終えると早々に解散し、居酒屋の前でフクタロウを見送った。
「きょ、今日は有難う……。」
フクタロウはヒロヒメ達に深く頭を下げて礼を言うと、酒の酔いに少し顔を赤くしながら宿舎へと帰っていった。
「じゃあまた明日ね。」
「おやすみなさいー。」
「気を付けてね。」
ヒロヒメ達はフクタロウへと(収入増加によって)愛想良い表情を浮かべて軽く手を振り、少しの間その場に立って一応は見送っているという体裁を取り繕った後、すぐに背を向けて自分達の宿へと歩き始めた。
居酒屋から離れ、表通りを歩きながらも周囲に通行人が少なくなると、クレハが上機嫌でヒロヒメの耳元で囁いた。
「さっすがヒロヒメちゃんの「直感」よねー。早速収入増加じゃんん!」
前髪の間から覗くクレハの両目は今日の自分の取り分が増えていた事でぎらぎらと輝いていた。
「まーねえ~。ブクブクタロウ、チョロイし意外と拾い物よねー。あんなに沢山荷物運べるなんて。」
それまでの優し気な微笑みを引っ込め、ヒロヒメはふん、と得意気に息を吐き、自分のスキルの成果をクレハとユウミヤに誇った。
「ほんと、ヤエカ達もバカよねー。道具は大事に使いこなしてこそなのに。」
ユウミヤはわざとらしく大きく息を吐いて肩を竦め、道具――フクタロウを使いこなせず手放したヤエカ達の愚かさを嘲笑った。
「彼氏達と贅沢に遊ぶ為にも、明日から奥の層に入ってバリバリ稼ぐわよ。」
ヒロヒメは拳を握り、大きく気合を込めてクレハとユウミヤへと突き出した。
「決まってんじゃないの。」
「やるわよおおー。」
欲望を剥き出しに彼女達は拳を突き合わせ団結した。
◆
ミツタカは朝フクタロウ達を見送ってから、特に依頼を受ける気分にもなれずに町をぶらぶらして時間を潰していた。
歓迎会で遅くなるだろうと思いながらも、夕方を過ぎて暗くなり始めると何となく宿舎の近くでミツタカはフクタロウの帰りを待つ事にした。
傷んだ板塀の並ぶ路地でミツタカが何をするでもなく立っていると、向こうから適当な調子でゆっくりと三味線を弾く髭面の男が歩いてきた。
「~俺が刀でぇぇ~お前が鞘でぇえ~。」
紺色の着流しを纏ったがっしりとした体格の男は、ムロハラの町や近くの村等を巡って三味線を弾き日銭を稼いでいる者だった。
ミツタカも彼の事は何となく見覚えがあり、居酒屋等でも見かけた様な気もするが、しかしはっきりと覚えている訳でもなかった。
三味線弾きの男は路地の片隅で立っているミツタカに気付き、軽く頭を下げると通り過ぎていった。
「ああ~鞘は大事なお宝でぇぇ~。俺の刀が収まる唯一のぉぉーん~。」
よく判らない歌を歌いながら男は路地の向こうへと消えていった。
「――お前の前にも選択肢ー。お前だけのハイは~はてさて~。」
変な歌だと軽く首をかしげながらもミツタカは全く気にも留めず、三味線弾きが去った後また宿舎の玄関へと顔を向けた。
それからさして時間も経たない内に、ほんの少しふらついた足取りでやって来るフクタロウが現れた。
思ったよりも早く帰ってきた事に軽く驚きながらも、ミツタカは宿舎の前へとやってきた。
「あ!」
ミツタカの姿が見えた事にフクタロウは嬉しそうに声を上げ、慌てて駆け寄ってきた。
「おう、お疲れ。今日はどうだった?」
宿舎の玄関前で立ち止まり、ミツタカはフクタロウへと尋ねた。
フクタロウは少し酒の匂いのする息を吐きながら、笑顔で頷いた。
「何とか大丈夫だったよ。あの人達良くしてくれて、魔樹の売却の報酬もかなり貰えたんだ。」
報酬額の多さよりも、見下されずにパーティの一員としてきちんと扱ってもらった事がフクタロウにとっては喜びが大きかった様だった。
「そうか。良かった……。」
自分やヤエカ達の時とは違ってフクタロウの働きぶりがきちんと認められた事にミツタカは微笑み、安堵の息を漏らした。
フクタロウがヒロヒメ達と上手く働けた様子を確かめると、ミツタカはフクタロウに明日に備えて早く寝る様にと告げ、自分の宿へと帰る事にした。
「あ……、ま、待って……。」
帰ろうとするミツタカへと手を伸ばし、フクタロウは慌てて呼び止めた。
「ん?」
ミツタカが立ち止まって振り返ると、フクタロウはミツタカから僅かに視線を逸らし何かを言おうとして口を開き掛け、また閉じた。
それでも思い切って顔を上げるとミツタカをしっかりと見た。
「あ……あの、さ……。」
「どうした……?」
言いにくそうにまた視線を少し落としたフクタロウを、ミツタカは急かす事無く次の言葉を待った。
「――あの、……暫くヒロヒメさん達の所できちんとやっていく練習して……。色々とちゃんと出来る様になったら辞めさせてもらって……。それで、また兄――ミツ…タカと一緒にやっていきたいんだけど……。」
フクタロウからの申し出に、ミツタカはすぐには答える事が出来なかった。
「ちゃんとオレ達二人を入れてくれるパーティを探してさ……。皆が皆ユウミヤさんみたいに恨んでる訳じゃないだろうし……。」
「……そうだなあ……。でも折角良くしてくれる所をわざわざ辞めなくても……。」
そこまで自分の事を慕ってくれているフクタロウの言葉にミツタカは嬉しさを感じながらも、即答する事が出来なかった。
「ま、まあ――きちんとやっていける自信が付いたら辞めさせてもらうのもアリかもな。」
物語の「あらすじ」とは幾分違ってしまったけれども、物語の強制力とか流れと言う様なものに従って――いつかこのムロハラの町に物語の主役達がやって来た時に、フクタロウも彼等の仲間に入り旅立っていく筈だった。
今日のフクタロウの嬉しそうな様子からするとヒロヒメ達のパーティから解雇されるという訳ではないだろうが、いずれにしてもそこを辞めて主役達のパーティに入る事になるのだろう。
いずれはヒロヒメ達の所を辞めたいというフクタロウの言葉を今は敢えて否定はせず、ミツタカは曖昧な事を口にして頷いた。
ミツタカの曖昧な返事にもフクタロウはミツタカと一緒にいつかやっていく事を想像した様で、ほろ酔いによるものだけではない赤い顔で嬉しそうに大きく頷いた。
「じゃあ――またな。」
フクタロウのその嬉しそうな顔を見続ける事が出来ず、ミツタカはそう言うと今度こそ自分の宿へと帰っていった。
◆
翌朝。狩部の依頼掲示板の広間にはいつもの様に、狩り人達が割のいい依頼を求めて押し掛けていた。
フクタロウの加入したヒロヒメ達のパーティの本格的な活動が今日から始まるという事で、フクタロウの事が気になってミツタカは遠くから様子を見守っていた。
「今日と明日はこれにするわ。」
掲示板の前の人ごみの中から依頼の貼り紙を二枚手にしてヒロヒメが戻ってきた。
どちらも森の第三層の依頼で、今迄ヒロヒメ達が主に活動していた一番外側の第一や第二の層よりも奥の領域での仕事だった。
今日は体内に宝石や鉱物を持つ玉虫の魔獣の駆除依頼で、明日は特殊な魔樹が枯れて堆積して出来た土の採集だった。
泊まり掛けでの仕事を好まないしやりたくないヒロヒメ達にとって、ぎりぎり夕暮れから夜にかけて帰って来れる距離で、換金性の高い物を持ち帰るという彼女達向けの仕事の内容だった。
「よーし、しゅっぱぁつ~!」
クレハが楽し気に笑い拳を振り上げた。
ヒロヒメ達の後ろにフクタロウが付き従い広間を出て行く様子を見送ると、ミツタカは自分も何か依頼を受けようと掲示板の方へと向かった。
「――!」
お互いにぶつかったり避けたりしながら掲示板の近くにミツタカがやって来ると、ヤエカ達三人が剥がした依頼書を手に楽し気に喋っている様子が目に入った。
ヤエカ達もミツタカの姿に気が付いた様だったが、既に彼女達が見下していたフクタロウと一括りになっているのか、蔑んだ様な冷たい目をミツタカへと向けただけですぐに通り過ぎてしまった。
同じ町で活動しているのだから擦れ違う事もあるのだろうが、やはりあんな事があった後で彼女達の顔を見るのはいい気分ではなかった。
今迄男らしいだの何だのと持ち上げていた彼女等の変わり様に呆れはしたが――一応無事何事も無く過ごしている様で安心はした。
物語の「あらすじ」でひどい目に遭うという登場人物達から、彼女等は外れたと考えていいのかまではまだ判らなかったが……。
そんな事を考えつつ、ミツタカは一人向けの依頼が多く貼られた場所へと移動した。
森の一番外側に単独かせいぜい二、三頭で出没する弱い魔獣の駆除や、奥の層ではあっても戦闘はせず魔獣の調査や確認のみを行なう者の補助という様な、初級の狩り人でも出来るものが多かった。
他には町の掃除や店の手伝い、中には狩部の雑用手伝い等、余所の世界で言う臨時アルバイトとでもいう様な仕事も意外と多く貼られていた。
ミツタカの近くで何人か、中古品で安く揃えたらしい皮鎧や刀等を身に着けたいかにも駆け出しという風情の少年少女達が睨む様にして依頼書を順番に見ていた。
自分も一番最初の頃はあんな風に危険が少なく報酬の高い、しかし実力も付けられる都合のいい依頼が無いものかと毎日掲示板を睨んでいたと――、ミツタカは何だか懐かしい気持ちになってしまっていた。
「よ、よし! これにしよう!」
まだ子供とも思える様な小柄な少年が、貼られていた依頼書の一枚を思い切って剥がした。
ミツタカが見るともなしに目を向けると、皆似た様な小柄な少年二人、少女二人の初心者と思われるパーティだった。
少年の手にした依頼書には森と町を繋ぐ街道に出没するはぐれ魔獣の駆除と書かれていた。
狩り人の登録自体は十歳から出来るものの、魔獣との戦闘がある様な依頼は十四歳からという狩部の規定があった。
幼そうに見えても彼等も最低でも十四歳にはなってはいるのだろうが、何とも頼り無い様子だった。
ムロハラの町の狩部は無料の基礎講習や、森に関する日々の注意喚起や情報提供、職員の質の向上と、狩り人達に対して良心的で手厚い働き掛けを行なっている部類だった。
しかしそれでもどんな依頼を受けるかは狩り人自身の判断に任せられ、最終的には命を落とす事があってもそれは自己責任である――と、厳しい面もあった。
「手続きの時に――ちゃんと窓口のヤツに相談もするんだぞ……。」
神降ろしの影響でフクタロウとの昔の事をよく思い出す様になってしまったせいか、柄にもなくミツタカは少年達にそう声を掛けてしまった。
「え?」
一応はリーダーらしい長髪を後ろで大雑把に括った小柄な少年が、驚いてミツタカを見上げた。
「あー……。はぐれの森鹿は気がかなり荒くなってるから、色々と気を付ける事があってだな……。その辺りをちゃんと受付の奴に教えてもらっておかないと、初級のパーティにはきつい……。」
ここ最近ずっとフクタロウに色々と教えていた癖がそのままミツタカの中に残ってしまっており、彼等にもついつい余計なお節介を焼いてしまった。
年下の彼等の姿の向こうに、ミツタカは昔のフクタロウの面影を見てしまっていた。
「あ、有難うございます……。」
礼を言ったものの、自分達にはきついと言われてしまい――リーダーの少年は手にしていた依頼書へと目を落としたまま立ち尽くしてしまった。
このまま受けてもいいものかどうか迷ってしまったのだろう。
「あ、あの。今日だけ一緒に来てもらえませんか? ええと、あの、あれ、臨時パーティ加入未満の付き添い見守りの制度のやつで……。」
リーダーの少年の横に居た中古の皮鎧を身に着けたショートカットの少女が、掲示板の隅に貼られた「初級者の方へ」と見出しのあるポスターを指差した。
初級駆け出しのパーティや一人での活動をしている者達の教育や安全確保の為に、戦闘に関しては余程の事が無い限り手を出さず、教える事を主にした付き添いを斡旋する制度が狩部にはあった。
戦闘も採集も共に行動し、規定通りに報酬を分配しなければならないパーティへの臨時加入と比べて新人達の費用負担も軽いものになっていた。
「あ、いやそれは……。」
思ったより彼等が縋り付いて来たのでミツタカは返事に詰まってしまった。
「――やめとけ。付き添い制度でも何でも、どんな言いがかり付けて金を毟られるか判んねえぜ。」
そこに通りすがりの山伏風の衣を纏った痩身の青年が声を掛けてきた。
「欲張り業突く張りのミツタカって悪い意味で有名なヤツだぜこいつはよー。関わり合いにならないほうがいいぜ。」
青年もユウミヤの様にミツタカの事を疎ましく思っている一人の様で、ミツタカを見る目は冷たかった。
「あー、そもそもろくに金持ってねえ新人は相手にされねえか……。助かったなお前等。」
青年の言葉に、少年達は驚きや戸惑いにすぐには何も言えず、しかしミツタカを見る表情は警戒感に固くなっていた。
「そうそう! 確かにお金は大事だけど、他人を踏み付けにしてカネカネってのもやり過ぎなのよ。」
更に近くを通り掛かった、留袖風の着物を纏い篠笛を持った若い女性が山伏の青年へと加勢した。
「その依頼の街道ならアタシも別の依頼で今日出掛けるところだったから、一緒に行ってあげるわよ。」
半ばミツタカへの嫌がらせの様に留袖の女性は少年達へと微笑み掛け、皆の手を引いて受付窓口へと連れ去ってしまった。
「有望な新人が助かって良かった良かった。」
山伏の青年もそれを見送り、わざとらしくそう言うとミツタカへと冷たい一瞥を残してさっさと立ち去っていった。
「まあ……いいんだけどよ……。」
今迄自分がしてきた事を考えれば、彼等の様に反感を持っている者達は珍しくはないだろう。
ミツタカは仕方の無い事だと軽く溜息をついた。
気が付くと、掲示板の近くに居た多くの狩り人達が遠巻きに先程からのミツタカ達の遣り取りを眺めていた。
面白半分の野次馬根性の者だったり、ユウミヤや山伏の青年の様に冷たい目を向ける者だったりと、その多くは決してミツタカに好意的なものではなかった。
ヤエカ達と組んでいた頃からもそうした目を向けられる事は多く、その時は全く気にした事は無かったが。自分と組んでまた活動したいと言っているフクタロウの足を引っ張ってしまうのはまずいので、何か汚名を返上する様な事をしなければならないだろうか――。
「……。」
そんな事を考え掛け、ミツタカは馬鹿か俺は――と自嘲に唇の端を歪めた。
フクタロウはヒロヒメ達とやっていくのだし、いずれは辞めるにしてもそれは主役達と旅立つ為なのだから――そこにミツタカの居場所は無いし、フクタロウと組む事は無いのだ。
「おらっ、どけよ。見世モンじゃねえぞ。」
低く唸る様に周囲の者達へと威嚇をし、つかつかと掲示板の前へと近寄ると適当な魔獣駆除依頼の貼紙を一枚剥がし、そのまま窓口へと向かった。
2025-0527
5月も終わろうとしていますが、さっさと書き上げる筈だったこの物語はまだ終わりません。おかしい……。二人共解雇よっ!ガチムチ男子達がすれ違いながらもイチャコラちゅっちゅっ、うわー性悪娘達がザマァだあ!兄ちゃん!ナオヨシ――じゃないフクタロウ!もう離さないぞー。
……みたいな感じで終わる筈だったのですが。何か、プロットのメモに書いていない筈のネタが湧き出てしまってついつい長々と書いてしまう悪い癖であります。
で。ナオヨシと喜三次とフクタロウ。文章だけで描写してるんでどうしても似たり寄ったりな感じになってしまいますが、それは単に作者であるアタシの好みを反映しているだけで、絵にしたら全然違いますからね。ガチムチガッシリでやや丸顔で団子鼻で人の良さそうなチョイ気弱系で以下略。
……絵にしたら違いますからね。ちゃんとキャラの描き分け出来てますからね……。