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第六話「荷物持ちが可憐な少女達(笑)のパーティに勧誘を受けたので、それを悲しみつつも喜んで送り出した件」

第六話「荷物持ちが可憐な少女達(笑)のパーティに勧誘を受けたので、それを悲しみつつも喜んで送り出した件」


 いつもの小会議室にミツタカ達が来ると、長机の上に人数分の茶を淹れて長が待っていた。

「皆さんお疲れ様でした。」

 長に促されそれぞれが席に着くと、早速シゲヒサが簡易的ではあったが既にまとめていた報告書を長に差し出した。

「――成程。フクタロウ君もきちんとレベルが上がり、荷物持ち職としての知識や技術も覚えつつある様ですね。ようございました。」

 長は厳つい顔を綻ばせ、何度か満足気に頷いた。

「「異空間収納」のスキルについてはやはりもっとレベルを上げないと、ミツタカさんの言っていた様な工夫や細かい制御は出来ない様ですね。」

 森狼や魔樹との戦闘の際の「異空間収納」の使い方について書かれた箇所を指し示しながら、シゲヒサは長へと付け足した。

「そうですねえ。小刀を相手の前に出現させる様な事は他の「収納」持ちの人達も今迄思い付いてやっていた事ですが、チュウゴロウの様な質と量をごり押し出来る様なレベルには中々簡単には至れない様ですしねえ……。」

 長の言葉を聞きながら、ミツタカとフクタロウは過日の深夜に見せられた「異空間収納」スキルだけでの戦闘の様子を思い出し、軽く顔を強張らせた。

 ミツタカが神降ろしで得た知識を伝えたとは言え、実際に取り入れて実践するチュウゴロウの戦う様子は凄まじいものがあった。

 「収納」という言葉によって狩り人達からのイメージが限定されがちで、兎に角重く大きな物体を劣化せずに収納し持ち運ぶという事だけが「異空間収納」スキルのレベルアップで目指される事になってしまっていたが、工夫次第で様々な事が出来るという可能性がチュウゴロウによって示されたのだった。

「――まあ、スキルの戦闘や医療その他への利用法の研究はチュウゴロウでお腹一杯ですから。フクタロウ君は、スキルの可能性は可能性として、まずは自分がどうしたいのかを焦らず考えていって下さいね。」

 あの日以降も独自に鍛錬や考察を重ねているらしいチュウゴロウからの報告を思い出し、長は何処か遠い目をして溜息をついていた。

「――チュウゴロウのオヤッサン、変な方向に頑張ってる様だねえ……。」

 アヤもチュウゴロウとは顔見知りの様で、引き攣った笑みを浮かべてしまっていた。

「最近は「異空間収納」をわざと失敗して、相手の持ち物やすぐ近くの物体をわざと破壊して怪我を負わせて制圧するのを、同時に何人まで出来るか挑戦中だそうですよ……。」

 「薬師部」の長としての仕事もそこそこに、チュウゴロウは狩り人の行なう様な護衛や犯罪者の制圧の仕事を喜々としてこなしているらしい――長はまた大きな溜息をついた。

「生き物を収納出来ないレベルの者でも――、人間ならば何かしら身に着けていますし、魔獣にしても生きているという判定から外れ易い爪とか甲羅や毛皮の表面とか、そうした物体を破壊する衝撃を利用すれば充分に戦闘に貢献出来るともあの男は言っていましたね……。」

 生き物を収納出来ないレベル――つまりは「異空間収納」スキルを持っている全ての者が、上手に失敗をすると言う一見矛盾した技術を得れば戦えるとチュウゴロウは言っていた。

「ええと……。レベルが低い内に変な癖が付くと困るので……。オレは一先ずは、普通に……頑張りたいです……。」

 戦闘への応用に興味が全く無い訳ではなかったが、フクタロウはまずは基礎的な能力の底上げを頑張りたいとたどたどしく告げた。

「まあそれがいいでしょうねえ。失敗しかしない「収納」持ちというのも危なっかしくていけません。」

 フクタロウの言葉を長は大きく頷きながら聞いた。

 そうして話は建前上の基礎再講習と、罰則講習を終えて明日からはどうするかという話に移った。

「当初はフクタロウ君の「異空間収納」のレベルの上昇や出来る事の変化の観察等を考えていましたが、チュウゴロウが予想斜め上の研鑽を始めてしまいましたからねえ……。」

 良くも悪くもチュウゴロウのもたらす研究結果が凄過ぎて、フクタロウは兎も角、他の「異空間収納」スキルを持つ者達にその知識をすぐに安易に広める事が出来なくなってしまっていた。

 あいつにミツタカからの「異空間収納」の話をするんじゃなかった、という長の心の声が皆に聞こえた様な気がしたが、誰も敢えて指摘せず黙っていた。

「まあ、長の立場としましても、フクタロウ君だけを特別に監視し続けたりするつもりはありませんので、普通の荷物持ちとして活動して下さって大丈夫ですよ。」

 長からの言葉にフクタロウは緊張の解けた笑みを浮かべ、ミツタカもまた何処かほっとした様にそっと息を吐いた。

「後は、さっきの話の相場や取り分の勉強を少しやってもらったら、晴れて卒業といったところかしらねえ。」

 実際のパーティ内の仲間達との報酬の取り分の話し合いが適切に行われるかどうかは本人達の性格や力関係等もあるので、アヤとしてもそこまでの面倒は見切れないが、最低限の知識や情報収集のやり方については教えておきたいところだった。

「――基礎講習でもある程度は教えてる筈なんだけどねえ……。」

 しかし教えられた事が活きた知識として身に付くかどうかは当人の問題だけでなく、周りの人間や環境、運にも左右されるので教える側の人間としてはもどかしいところがあった。

 アヤが軽く肩を落として溜息をつく様子を見て、フクタロウは申し訳無さそうに俯いて黙り込んだ。

「まあ、こっちとしては後、四、五回位普通に二人組で出来る依頼を受けてもらって、その完了時に取り分の勉強を教えたいのだけど。」

 アヤからの提案は狩り人の荷物持ち職として再出発を考えているフクタロウにとっては有難いものだった。

「え、ええと……。」

 だがすぐに返事をするのは何となく躊躇われ、ミツタカの方を頼る様につい見てしまっていた。

 フクタロウからの頼り無い視線に気付くとミツタカは軽く頷いた。

「いいんじゃねえか? わざわざタダで教えてくれるっていうんだし。知識は大事だしな。」

 ミツタカの言葉に後押しされフクタロウもやっと頷いた。

「よ、よろしくお願いします……。」

「決まりね。――じゃあ、受付の人にはあなた達が来たら知らせる様に頼んどくから。もう少しの間よろしくねフクタロウ君。」

 アヤはそう言ってフクタロウの肩を叩いた。

「ミツ坊は相方としてちゃんと面倒みるのよ。いいわね。」

 勿論狩部の職員が全ての狩り人達の監督等出来る筈も無かったが、それでも命を落とす確率が低くなる様に、適切な報酬を手にして長く働ける様に、という狩部からの働き掛けは続けられていた。

 ミツタカのパーティできちんと遇されてこなかったフクタロウの事を知り、また、満更知らない人間ではなかったミツタカがそんな事をしていたと知り――、私情もあったがアヤはもう少し二人の教育をしてやりたいと思ってしまっていた。

「――あ、ああ……。判ったよ。」

 アヤから適切な報酬の取り分をきちんと習い、フクタロウがミツタカやヤエカ達から今迄どんな扱いを受けてきたかを理解したとして――。その時フクタロウはどう思うのか。

 ミツタカは硬い表情になってしまうのを誤魔化す様に、わざとらしく大きな溜息をついた。

 アヤの心情も知らず、ミツタカの取り繕いも気付かず、フクタロウはこれからもミツタカと共に活動出来る事にただ笑顔を浮かべていた。



 翌日からミツタカとフクタロウは二人組としての活動を始めた。

 依頼の難度としては森狼の駆除や魔樹の素材調達と似た様な内容のもの――森狼の様な動物型や、或いは虫型の魔獣の駆除や、少しだけ奥まった領域の薬草や果実の採集等の依頼を受けていった。

 そうして一週間が経過し、フクタロウの「異空間収納」のレベルも順調に上がっていった。

「――そうそう。この第三層の所のこの果樹は果実だけじゃなくて樹液もいい値段が付くのよ。これだけの量を瓶が割れる心配も無く運べるのだから、そうね、この位の取り分は主張してもいいのよ……。」

 報告窓口の一番隅の席に座り、フクタロウはアヤから今日の成果の買い取り額を記された書類を見せられていた。

 受付担当職員の席には、最早ミツタカとフクタロウの専属と化していたシゲヒサが座っていた。

「わ、判りました……。あ、有難うございました……。」

 フクタロウはここ一週間の仕事の内容や運んだ荷物の内容、そしてその買い取り額や自分への規定報酬額以外に主張しても良い範囲の取り分の相場等、少しずつではあったが学んで理解出来る様になりつつあった。

「今日の仕事の分で五回依頼達成――一先ずは、これで卒業というところかしらねえ。よく頑張ったわ。――これからも何かあったら頼ってちょうだいね。」

「は、はい。」

 当初アヤが考えていた通りにフクタロウも自分の報酬等についても順調に理解していった様なので、一先ずは安心してフクタロウを送り出す事とした。

 ――そして、どんな働きをしてどんな収穫物を手に入れたら、どれだけの報酬を得られるのかという事を知るという事は。

「――ミツ坊……いえ、ミツタカ。ちゃんと男らしくケジメをね。」

 アヤからの厳しい眼差しを向けられ、ミツタカはほんの僅かに体を強張らせた。

 ミツタカが黙って小さくアヤに向けて頷くと、アヤも頷き返し、その場から退出していった。

「あ、有難うございました……。」

「またねフクタロウ君。」

 アヤとミツタカの遣り取りをよく判っていないままフクタロウは席から立ち上がり、去っていくアヤへと改めて礼を言い見送った。

「じゃあ帰ろうか……。」

 呑気にそう言ってフクタロウがミツタカの方を向くと、ミツタカはひどく緊張した面持ちで口を引き結びフクタロウの顔を見つめていた。

 少しの間、口を開くのを躊躇い視線を彷徨わせたが、やっと決心してミツタカはフクタロウへと謝罪の言葉を口にした。

「す、すまなかった……。今迄、お前の事を役立たずの荷物持ちだと見下して扱き使って――報酬もろくに渡さなかった……。本当にすまない……。」

 男らしい男は自分に非があればきちんと認め、相手に謝る――部屋の隅とは言え、少しは人目のある中で誰かに謝罪するという行為は気の進まないものではあったが、ミツタカは何とか自分にそう言い聞かせながらフクタロウへと頭を下げた。

 ――本当はもっと他にも謝らなければならない事はあったが、今この場ではフクタロウの受け取るべき報酬をはっきりさせる事が先だった。

「ちゃんと今迄の記録を調べてもらって、お前が受け取るべき報酬を……。」

「え? え? ええと……そんな、そこまで謝らなくても……。」

 フクタロウの方がむしろ混乱し、慌てて謝罪を続けるミツタカを止めた。

「……え? でも、俺は……。」

 謝罪を止めさせたフクタロウをミツタカは戸惑いながら見上げた。

 フクタロウは相変わらず呑気な調子で微笑み、困った様に軽く頭を掻いた。

「あ……ええと、ここ何日かの勉強で……、何となく今迄のオレの扱いがどんなだったかは、判り掛けてたけど……。」

 フクタロウがミツタカ達からの扱いをやはり自覚し始めていた事に、ミツタカは改めて申し訳無いという思いが湧いていた。

「でも兄……ミツ…タカ、はオレが解雇されてからも――ていうか、一緒にパーティ追い出された訳だし……。その後ずっと付き合って面倒見てくれたし……。とても助かったって言うか……楽しかったって言うか……。帳消しというのも何か違うけど……。だから、そんなに報酬報酬って主張するつもりも無いっていうか……。ごめん何かうまく言えないけど……。」

 兄ちゃん呼びがうっかり出ようとしていた事はミツタカは気付かない振りをして、そのままフクタロウの話を聞いていた。

 フクタロウの方も、自分と組んで二人だけの狩り人としての仕事をする事を喜んでくれていた。

 その事にミツタカの罪悪感は幾らかは軽くなり――その後にまた同じだけ重くなった。

 見下した扱いより何より、ミツタカが本当に謝らなければならない事はまだ別にあった――。

「そう……か……。すまない……あ、いや……。」

 今迄の報酬についてのフクタロウの話に自分が安易に謝り続けるのも違うのかも知れないと思い、ミツタカは小さく息を吐いて一先ず肩の力を抜いた。

「――まあ、これ以上の込み入った話し合いは後でお二人でごゆっくりどうぞ。取り敢えずはフクタロウさんへの過去の仕事の報酬の精算につきましては長と話し合って対応させて頂きます。」

 ミツタカへと困った様な笑みを浮かべるフクタロウと、やはり困惑しながらフクタロウを見つめているミツタカの二人に、受付のシゲヒサは営業用の微笑みを浮かべながら声を掛けた。

 この一か月程、彼等の専属の様な関わりをして情が湧かないではなかったが、受付の仕事は仕事として手早く片付けたいとは考えていた。

 狩部からミツタカやヤエカ達のパーティに支払われた報酬額自体は適正なもので、それをパーティ内でどう分配するかはパーティ内の問題であったので、狩部から色々と口を出す事は難しかった。

 依頼に対する報酬額とは別口の、依頼の中で得られた素材や収穫物の売却――例えば以前の玉虫の魔獣討伐の様な場合で得られた宝石の売却の金銭といったものを、全ての依頼においてフクタロウは受け取っていなかった。

 フクタロウがそうした時に本来どの位の金額を受け取って然るべきだったのか、そうした事を纏め上げる事が、シゲヒサの仕事になりそうだった。

 ――面倒そうな事柄は一先ずどんどん上の者に押し付けていこう。

 シゲヒサは長に押し付ける書類の下書きを頭の中で始めていた。

「あ、ああ……。よろしく頼む。」

「あ、別に……急がなくてもいいので……。」

 机の上の書類を片付け始めていたシゲヒサに、ミツタカとフクタロウはそう言って軽く頭を下げると今日のところは宿へと帰る事にした。



 受付から離れていくミツタカとフクタロウの姿を、人混みの中からそっと観察している三人の少女達の姿があった。

 お揃いの花柄の浴衣とスカートの衣装を纏い、彼女等は仲良く身を寄せ合いながらこそこそと言葉を交わし合っていた。

「いいの? 声掛けなくて? こないだから何か様子伺ってたじゃない。」

 ユウミヤが軽く肩を竦めると、ショートカットの前髪の赤い差し色の一筋が揺れた。

「いいのよ。今日も様子見のつもりだったし。今日じゃないと直感あったしね。」

 ユウミヤの声を聴きながら、肩まで伸びたストレートヘアに一筋青い差し色の入った少女――ヒロヒメは僅かの時間軽く目を閉じ、再び開くと、帰っていくフクタロウの後ろ姿を見た。

「――明日っぽいわ。あいつを雇うと収入大幅増額。但しヤエカ達みたいな扱いはしちゃダメみたい。おだててチヤホヤ。――いいわね? 明日の朝仕掛けるわよ。」

 低いレベルで朧気ではあったがスキル「直感」の告げる景気のいい内容に、ヒロヒメはにやりと笑った。

「やったあ~。今月の彼への支払い遅れてたから助かるう~。」

 貢いでいる男への金銭の都合が付きそうな事に、目元を隠したおかっぱ頭に桃色の差し色をした小柄な少女――クレハは嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。

 狩部の受付窓口が近く多くの狩り人達が行き交っていると言う事もあり、三人の少女達は一応はそれぞれの欲深い思惑を隠して獲物の様子を見つめていた。



 翌朝。

 ミツタカとフクタロウはいつもの様に狩部の掲示板の広間へとやってきた。

 ミツタカとフクタロウは取り敢えずはこのまま二人組としてもう暫く活動を続ける事にした。

 その内に何処か二人が所属出来そうなパーティがあれば入れてもらおうという、然程焦らずにマイペースな活動をしていくという事で話を決めたのだった。

「――森狼、まだ減らないんだね……。」

「そうだなー。」

 魔獣の間引き駆除の依頼の貼紙を幾つか眺めながら、フクタロウとミツタカは今日の仕事をどうするかと考えていた。

「あのー……。フクタロウさんですよね。」

 二人の背に少女の可憐な声が掛けられた。

「ん?」

 フクタロウとミツタカが振り向くと、今日は小さな薄紅の花の散らされた柄の浴衣に白いスカートの衣装を纏った三人組の少女達のパーティ――ユウミヤ達が立っていた。

「あのー、あたし達、荷物持ち職の人を新しく雇いたいと思ってて。そしたら狩部の教官の人に研修受けてるフクタロウさんの事を見掛けたので……。」

「噂聞いたら、何か「異空間収納」スキル持ってるって言うし、真面目に研修も受けてスキルレベルも上げてるって聞いたし、凄いなあって。」

「是非是非、雇いたいんでお願いします―っ!」

 ユウミヤ、ヒロヒメ、クレハの順にフクタロウへと彼女等は笑顔を向け、頭を下げて頼み込んできた。 

「え……? えっと、その……。」

 突然の彼女等からの申し出に、フクタロウは驚き、言葉に詰まったまま立ち尽くしてしまった。

 戸惑ったまま縋る様にフクタロウがミツタカの方を見ると、ミツタカは軽く溜息をつきユウミヤ達の前へとフクタロウを庇う様に進み出た。

「まあ、ここじゃ何だし。向こうで詳しい話をしようか。」

 この話を受ける受けないどちらにしても、その内に何処かのパーティには入れてもらおうとは考えていたので、一先ず話を聞こうとミツタカは皆を向こうへと促した。

「えーと、ミツタカさんは、そのう……。」

 しかし彼女等はフクタロウだけに用があった様で、ヒロヒメはむしろ迷惑そうに微かに眉を顰めてミツタカを見上げた。

「あー……、まあ、まだこいつ、こういう話に慣れてねえから。一応、付き添いと言うか……。」

 ミツタカがそう言うと、ヒロヒメ達は煩わしそうに眉を顰めたり不審気な視線を向けてきたりしたものの、フクタロウがほっとして何度か頷くのを見て仕方無く同席を承諾した。

 休憩用の長椅子が幾つか並べられている所に腰を下ろすと、ミツタカの事を多少は疎ましく思いながらも自己紹介を済ませ、パーティを代表してヒロヒメが話を始めた。

「あたし達、そろそろ森のもう少し奥の層に挑戦したいところだったんです。正直なところ、そこで得られる素材とか収穫物とか、狩部で高く買い取ってもらえるんでお金の面でも魅力的だし……。で、そうなると沢山安全に荷物を運べる人を雇いたくて。」

 ヒロヒメの話に基本的には嘘は無かった。奥の層に挑戦したいというのも、お金を多く稼ぎたいというのも、彼女達のパーティの目標となっていた。

「――そうだな。高レベルの荷物持ちは奪い合いだしなあ。」

 神降ろしで覗き見た自分達がフクタロウを居酒屋で解雇する場面で、ヤエカが新しく荷物持ち職を雇いたいと言っていたのをミツタカは思い出していた。

 森の奥に行く程、移動する時間も距離も増え魔獣の邪魔も入るので、そこから大量の収穫物を安全に運搬出来る高レベルの荷物持ち職というのは数も少ない為に引く手数多の存在になっていた。

 余所の森やダンジョンと呼ばれる地下迷宮等には、特定の場所と場所を瞬間移動で繋ぐ魔法陣がある所もあったが、ここの森にはそうした便利なものは無かった。

 フクタロウ自身の荷物持ち職としてのレベルはまだまだ駆け出しではあったが、「異空間収納」のスキルで補う事で、フクタロウの価値は決して低くないと思われた。

 ヒロヒメ達もそうした判断をして声を掛けてきたのだろうとミツタカは考えた。

「ええと、俺が言うなって話なんだが……。こいつ、前のパーティでろくな扱い受けてなくてな……。出来ればパーティ加入は一先ず仮加入みたいな……。」

「その辺りの噂話はあたし達も知ってます。」

 ミツタカの言葉を途中で遮り、ヒロヒメは咎める様にミツタカを睨んだ。

「最低の報酬で扱き使って、お終いには解雇で追い出したんでしょ? 少しだけ広まってるわよその話。」

 ヒロヒメの隣で座っているユウミヤが前髪を弄りながら、同じ様にミツタカを睨んだ。

「何か一緒に追い出されちゃってえ、でもまだリーダー気分が抜けなくてえ、フクタロウさんを召使気分でまだ連れ回してるってえ、そんな噂だし―。」

 桃色の差し色の入った前髪の間から、何処かからかう様な感情の滲むクレハの視線がミツタカへと向けられた。

「っ……。」

 一部の心無い者からのそんな噂話をミツタカも今更気にするつもりも無かったが、そんな話でフクタロウの心が傷付けられる事の方が気掛かりだった。

「っ……そ、それは違う……。」

 話を聞いていたフクタロウが、俯きがちではあったが悲し気に眉を下げ口を開いた。

「ミツ…タカ、は、ちゃんと謝ってくれたし……本当ならオレの事さっさと放り出す事も出来たのに……。一緒に狩部の教官からの講習受けてくれたし……。ちゃんと面倒見てくれたんだ……。だから、その噂、間違ってる……。」

「フクタロウ……。」

 つかえながらもミツタカを庇う言葉を口にするフクタロウを見るミツタカの目は、ほんの僅かに潤んでしまっていた。

「あー、そうね。そうよね。あたし達も別に噂話全部を真に受けてる訳じゃなくてー。」

 余計な事を言ったクレハを軽く睨み、ヒロヒメは慌ててフクタロウへと取り繕う様に笑い掛けた。

「ただ……。噂とかは別にして、ゴメンね。フクタロウさんだけあたし達のパーティに入って欲しいの。荷物持ち職だけ欲しいっていうのもあるし――ええと、その。」

「覚えてないでしょうけど、あたし、あなたに以前お助け料金沢山毟り取られたのよね。だから気持ち的に、一緒のパーティではやっていきたくないの。」

 少し言い淀んでしまったヒロヒメの横から、ユウミヤがきっぱりとミツタカを睨み据えて言い放った。

「っっ……。」

 ユウミヤの言葉にミツタカは返事に詰まってしまった。

 ヤエカ達と組んでいた時には、レベルの高い魔獣に不意打ちを食らったパーティを助けたりした際に随分と高額の救助の料金を毟り取っていた。

 ユウミヤの事は一々覚えてはいなかったが、彼女も助けられはしたもののミツタカの事を恨みに思っていた一人なのだろう。

「そうか……。その節はすまなかった……。」

 ミツタカは溜息をつき坊主頭を掻くと、ユウミヤへと大きく頭を下げた。

 ミツタカの変わり様にユウミヤは驚いたものの――、それで気持ちが晴れる訳でもなく、ミツタカがフクタロウと一緒に自分達のパーティへ加入する事を許可する気にもなれなかった。  

「謝罪は受けるけど、許すかどうかは別問題よ。」

 下げられたミツタカの坊主頭を見つめ、ユウミヤは冷ややかに言い放った。

「まあ、そうだろうな……。」

 ミツタカは顔を上げ、そっと小さく息を吐いた。

 折角のフクタロウの再出発を自分が足を引っ張る事になるとは――。

 ミツタカが見たところヒロヒメ達の実力はそれなりにある様で、戦闘能力の少ない荷物持ち職を庇いながらの森の中での活動も充分に出来ると思われた。

 神降ろしでミツタカが得た「あらすじ」の知識にあった様な主人公一行のパーティに誘われた訳ではなさそうだったが、その時までにフクタロウが一人前の荷物持ち職になっていてもいいのではないかともミツタカは思った。

 ヤエカ達から役立たずの出来損ない呼ばわりされてきたフクタロウが、何処かのパーティに加入して自信を付けて実力を上げる事自体は、いつ来るかも判らない主人公達の到着を待たなくてもいいだろうと。

「判った。別に俺はそっちのパーティに入れてもらわなくてもいい。ただ、こいつが上手くやっていけるかどうか暫くの間は、仮加入で試用期間有りみたいな形で頼む。」

「えっ?」

 ミツタカの言葉にフクタロウは思わず声を上げてしまっていた。

 まさか自分一人だけ、ヒロヒメ達のパーティに加入する話になるとは思ってもいなかった様だった。

「ちょっと早いかもとは思ったが、一人立ちの練習だ。俺といつまでも一緒だと、そっちのユウミヤみたいに俺の事でまずい事になる事もあるしな……。」

 今迄欲張りミツタカとして傲慢に欲深く振る舞ってきた事が、ここにきて足を引っ張る事になるとは余り考えていなかった。

 ミツタカは自分の認識の甘さを今更ながら思い知らされた。

「で、でも……。」

 はっきりと口にはしなかったが、フクタロウは気が進まない様子でミツタカとヒロヒメ達を交互に見た。

「ええ!仮加入という事でもあたし達は構わないわ。是非フクタロウさんには入って欲しいの!」

 ヒロヒメは渋るフクタロウの手を取り微笑み掛けた。

「え、で、でも……。」

 可憐で愛らしい少女達から微笑まれ見つめられても、フクタロウは顔を赤らめる事も無くただ戸惑い言葉に詰まるだけだった。

「大丈夫だ。今迄習った事をちゃんと活かして、一人でも……ていうか、パーティの中できちんと、一人の荷物持ち職としてやっていけるさ。」

 突然に持ち掛けられたパーティ加入の話に、ミツタカの方も戸惑っていない訳では無かったが、これからの事を考えればフクタロウの為になる事だと、自身にもフクタロウにも言い聞かせる様に言葉を掛けた。

「別に、仮加入の練習みたいなもんだし、合わない様なら辞めたって――あ、ああ、すまん。折角誘ってくれてる奴等の前でこんな言い方はまずいな……。」

 フクタロウへの説得をしつつ、ヒロヒメ達に対して配慮の無い言い方になってしまいミツタカは慌てて謝った。

「いいんですいいんです。仮で入ってもらって、相性とか合わなければ辞めるのは普通の事ですし! 兎に角、少しの間でも試してもらえたらと思うんです。」

 ヒロヒメはにこやかにフクタロウへと言葉を続けた。

「それに、あたし達はあんたやヤエカ達と違ってちゃんと荷物持ちの人にも報酬は分けるわ。」

 ヒロヒメの横からユウミヤがまだミツタカを睨みながら口を挟んだ。

「……そうだな……。」

 痛い所を突かれミツタカは少し視線を落とした。

「まあ、折角だし、ちょっとの期間だけでもパーティに入れてもらって様子見たらどうだ?」

「……。」

 ミツタカに勧められつつも、フクタロウは何処か不安気で寂しそうな表情を浮かべていた。

「一緒には活動出来ねえけど、何かあったらすぐ言ってくれればいいし。」

「う、うん……。」

 決して納得している訳ではないフクタロウの返事ではあったが、一応承諾したものとしてヒロヒメ達は笑顔になった。

「さあさあ! 話も決まった様だしー、さっさと仮でも何でも加入の届け、出しに行こうよ~。」

 クレハが明るくそう言って立ち上がり、ヒロヒメとフクタロウの手を引っ張ると受付窓口の方へと歩き始めた。



 まだ朝の内の時間帯と言う事で依頼の受注や相談によってどの窓口も混雑していた。

 漸くヒロヒメ達の番が回ってくると、窓口の担当職員はシゲヒサだった。

「おはようございます……。」

 ここまで来ると、ミツタカとフクタロウの世話をする様なスキルでも授かってしまったのだろうか――と、シゲヒサは少し遠い目をしてしまっていた。   

「何か悪いな……。」

 ミツタカが小声で思わず謝ってしまったが、シゲヒサは力無く笑い返すだけだった。

「おはようございます。ええと、パーティへの新規加入者の届けをお願いしたいんですけど。」

 ミツタカとシゲヒサの遣り取りに気付かないまま、ヒロヒメは席に座ると後ろに立っているフクタロウを振り返った。

「はい。届出書はこちらになります。」

 シゲヒサは営業用の微笑みを崩さず机の上に届け出書類を取り出したが、ヒロヒメが記入したのがフクタロウの名前だけだった事に気付き、ミツタカへと不審気な目を一瞬だけ向けた。

「あ、あたし等的には嫌だけど―、取り敢えず仮加入ね。そこちゃんとしとかないとー、何か狩部的にはオシカリなんでしょ? お互い対等な意思のソンチョーで条件がナントカカントカってヤツで。」 

 ヒロヒメの横から書類を覗き込み、明るく笑いながらクレハが「仮加入」の字に丸をする様に口を挟んだ。

「そうですね。どうしても狩り人のパーティでの活動は人間関係に左右される部分も大きいですし。仮と言う事で様子を見るのも一つの手だと思います。」

 クレハの明け透けな口調に僅かに苦笑しながらも、シゲヒサは型通りの返答をした。

 ヒロヒメをリーダーとするパーティに、フクタロウを荷物持ち職として仮の雇い入れをする――。

 記入された内容に問題が無い事をシゲヒサが確認し、受付印を押して届出書は受理された。

「やったー! よろしくねーフクタロっち~。」

 書類が受理されたのを見てクレハははしゃいだ声を上げ、フクタロウとユウミヤの手を握って大きく振り上げた。

「今日はどうする~? 軽い依頼だけ一緒に受けて、後は歓迎会にする?」

「そうねー。そうしようか。」

 クレハのはしゃぐ様子に苦笑しながらヒロヒメは席から立ち上がった。

「フクタロウさん、向こうで打ち合わせしましょ。」

 ヒロヒメはクレハに手を引かれるフクタロウを促した。

「じゃあ、そう言う事で。」

 まだミツタカを許してはいないユウミヤは、冷たくミツタカを一瞥してからヒロヒメ達の後に続いた。

「あ、……えぇと……。」

 彼女等の勢いに呑まれフクタロウは何も言えないまま引っ張られていった。

「あ、……ま、また……後で……。」

 何とかミツタカを振り返り声を掛けてくるフクタロウの表情に、何処か必死な様子があった事をミツタカだけが気付いていた。

「あ、ああ。後でな……。」

 軽く片手を上げ、ミツタカもフクタロウの目をしっかりと見つめて頷いた。

 そうする内にも明るく賑やかな笑い声や話し声を上げて、ヒロヒメ達はフクタロウを連れて去っていった。

「――私がこんな事を言うのは問題かも知れないんですが。……いいんですか? これ。」

 フクタロウを見送るミツタカの背に、届出書を手にしたシゲヒサが声を掛けてきた。

「ん? ああ……。いいんだ。」

 シゲヒサからの問い掛けに振り返り、ミツタカはシゲヒサの手にしている届出書へと目を落とした。

「いいんだ……。多分これで。」

 語尾は小さく呟く様に漏らされ、ミツタカはまた顔を上げてヒロヒメ達と去っていくフクタロウの姿を見送った。

 今更ながら、脇役とは言えフクタロウもヒノモト国を舞台にした冒険物語の登場人物の一人で、主役達の後方に付き添っていずれはこの町から旅立っていく筈の人間だった。

 主役達の方の物語の「あらすじ」の詳細まではミツタカも神降ろしで授かってはいなかったが――、しかし、いつか主役達とフクタロウが出会った時には、彼等と幸せな結末へと至って欲しいと、そう願う様になっていた。

 その為に、今自分がフクタロウに出来る事をしてやりたい――多少、自分が離れる事になってしまっても、フクタロウには必要な経験を積ませてやりたい、と――。

 自分勝手な感傷だとは思うが、もしも、フクタロウが幸せになる為には「あらすじ」通りに自分が借金まみれになり、狩り人としては再起不能な目に遭わなければならないのだとしたら――それを甘んじて受けようと思う位には、ミツタカの中でフクタロウを大事に思う気持ちは強くなっていた。

「――まあ、何が、という訳ではないですが、何となく経過観察ですかね。」

 中堅職員として勤めてきたシゲヒサの漠然とした勘が、フクタロウをそれとなく見守る様にと告げていた。

「後は――ミツタカさん、今、随分と男らしい顔付きでしたよ。決意を秘めた男って感じの。」

 届出書を引き出しに仕舞いながら、シゲヒサは軽い笑みを浮かべミツタカを茶化した。

 様々な人々が出会い、別れ、その間に笑い合ったり憎み合ったり、時には愛し合ったり――受付窓口から狩り人達の様々な人生の一部を長年見守ってきた青年職員は、ミツタカの決意も何となく見通していた様だった。

「私が同性愛者だったら今の表情だけで恋に落ちていたでしょうね。」

「バカなコト言ってんじゃねえ!」

 シゲヒサのからかいの言葉にミツタカは反射的に顔を赤くし、そのままシゲヒサの頭を叩いてしまっていた。







2025-0518

 気が付けば五月ももう半ばが過ぎて下旬へと向かいつつありますね。早いわ。連休は風邪で潰れたし、仕事は忙しいしストレスだしで年寄に片足突っ込んだヲカマのヲッサンにはしんどい毎日です。

 さて第六話、何とか書き上がりました。余りにも自分の欲望に正直なオッサンは、少女達(笑)のパーティが登場した途端執筆速度が激減してしまいました。当社比マイナス80%位な感じで。

 最近のラノベ読者の傾向としてしんどい展開は読みたくない、読み飛ばしているという話を聞いた事がありますが。書く側だってめんどくさい展開は書きたくない気持ちはあります。

 というか、イモ臭い雄臭いガチムチ男子達がいちゃいちゃちゅっちゅしている部分だけ書いて悦に浸りたいのよこっちはよー。

 エピローグどころか終わった後の番外編小ネタまで既にメモ書き、纏め終わってんのよー。早く書かせなさいよー。

 という気持ちで執筆頑張っております。引き続きよろしくお願いいたします。

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