表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

第四話「収納スキルの達人の技を見せられて、荷物持ちがその力に背筋を正す(びびりちらかす)件」

 それから一週間。

 武術の鍛錬については長からの口利きで新人指導の仕事をしている中年女性の職員があてがわれ、ミツタカも一緒にフクタロウと基礎からやらされる事となってしまった。

 一応の表向きの理由としては、ミツタカのパーティが荷物持ち職のフクタロウに対する経験や学習の機会を充分に積ませなかった事が先日の解雇騒ぎの時に発覚したので、フクタロウに対する救済措置として約三週間程の狩部からの無料講習を行なうという事になっていた。

 たかが荷物持ち、されど荷物持ち――魔獣相手に戦ったり、或いは薬草や鉱石を採取したり、その他町の様々な困り事や雑事を狩り人達は引き受けて活躍していたが、そんな彼等を支える荷物持ち職の人間も、決して軽んじてないがしろにしていい筈は無かった。

 ミツタカについては罰則としてフクタロウに付き合い基礎からやり直させる――と、全てが嘘という訳ではない尤もらしい理由付けが行なわれた。

 ヤエカ達については先日の玉虫の魔獣の報酬の取り消しと、三日間の活動中止が言い渡されていた。

 勿論彼女達の性格ではとんだとばっちりだとミツタカとフクタロウを逆恨みしてはいたが、狩部の職員が現在関わっている最中の二人に何か手出しをすると言うのは自粛していた様だった。 

「はい、フクタロウ君は腕に力が入り過ぎ。ミツ坊はもっと背中を伸ばす!」

 長い髪を後ろでひっつめた細身の中年女性――アヤは口調も表情も柔らかではあったが、指導は決して手を抜かず、二人が疲れ切って動けなくなるぎりぎりを見極めて毎日素振りや型、打ち合い等をさせ続けた。

「だから! ミツ坊はよせ!」

 ミツタカが怒鳴る様に声を上げ、打ち合い稽古にかこつけてアヤへと木刀を乱暴に振り下ろした。

「怒鳴る元気があるなら後六十回、そう、転んで避けて立ち上がって!向かってくる!」

 秋の小菊を細かく散らした着流しと紺色の細筒の袴を軽く翻してアヤはミツタカからの斬撃を躱し、ミツタカへと軽く足払いを掛けて木刀で斬り付けた。

 アヤの言葉の通りにミツタカは誘導され、転び、木刀を避けて立ち上がり、仕方無く再びアヤへと斬り掛かった。

 それが二十回三十回と繰り返され――本当に言葉通り六十回繰り返されそうなのを、傍らで素振りを続けながらフクタロウは呆然と見ていた。

「ほら、フクタロウ君もぼさっとしない! ――そうね。後三十回素振りした後、ミツ坊と一緒に掛かってらっしゃい。少しずつ実際の打ち合いもやりましょう。」

 この一週間ずっと基礎練習ばかり繰り返してきたフクタロウにも、そろそろ実戦的な事もさせようというアヤの考えの様だった。

「は、はい……。」

 フクタロウの気性としては人間や魔獣相手よりは、ひたすら同じ動きを繰り返す素振りや筋トレの方が合っていたのだが。

 仕方無く頷き、フクタロウは残りの素振りをこなしていった。

 狩り人としての活動を休み、練習場に入り浸り――指導教官まで付いたフクタロウとミツタカの姿は少しずつ一部の狩り人達の間で噂になり、面白半分の好奇の目で見られ始めていた。

 やはり一応ではあっても指導教官が付くのはミツタカへの罰則だと言う様なそれなりの理由付けがあったせいか、面白半分の野次馬以上の目で見る者は居ない様だった。

「――ミツ坊だってよ、あのミツタカがガキ扱いだぜ。」

「ざまぁ~。前に俺達からふんだくった報いってヤツ~。」

「まあミツ坊(笑)はいいけど、フクタロウのヤツも案外体動くんだなー。アヤ教官の言う通りにちゃんと動けてる。」

 自分達の自主訓練をしつつも、遠巻きにミツタカ達の様子を眺めている者達がお互いに喋り合っているのが微かに聞こえ、ミツタカは面白くもなさそうに睨んだ。

「ほらほら余所見しない。」

 アヤからの声に舌打ちだけをし、ミツタカは再び木刀を握り直してアヤへと挑みかかった。

 見物の狩り人達の中には自分達の訓練をする訳ではなく、ミツタカとフクタロウの話を耳にして何かの用事のついでに何となく覗いてやろうと練習場に立ち寄った者達も多く居た。

「へええ。真面目な事だわねー。」

「だよねー。よくやるわー。」

 十代後半――似た様な年頃の若い少女達が三人、汗を拭う間も無くアヤへと立ち向かうフクタロウの様子を冷ややかに観察していた。

「まあでも、あいつ――ヨシヒメっちのトコに居たブクブクタロウっしょー? クソ役立たずの。」

 丈の短い明るい花柄の浴衣風の上衣にスカートを組み合わせた衣装で、三人はパーティの装備を揃えていた。

 緩く波打ったショートカットの前髪に一筋赤い色の毛束が跳ねている少女――ユウミヤが何の興味も無さそうに溜息をついた。

「言ってたねー。あいつのスキルがクソ雑魚で儲け損ねた上に、狩部の職員からオシカリだってオカンムリってヤツ~。」

 隣の少女は肩まで伸びる髪に一筋青い色を差していた。彼女――ヒロヒメはしかし、眼光鋭くフクタロウの様子を観察していた。

 ヒロヒメの様子に、隣に居た目元を隠したおかっぱ頭に桃色の差し色をした小柄な少女――クレハは楽し気に笑い声を上げた。

「何ナニいい~? ヒロヒメちゃんのスキル「直感」にビビビビってキちゃったあ? 金儲けの直感キました~?」

「まあねー。」 

 野次馬達に混じり、彼女等は自分達の金儲けに役に立ちそうな予感を抱かせたフクタロウの様子を見定めていた。



「あー……疲れた……。」

「うん……。」

 今日も夕方に訓練を終え、疲労により口数も少なくミツタカとフクタロウは狩部の裏口からふらふらとした足取りで出ていった。

 裏口のすぐ向こうに見えるフクタロウが滞在している狩部の宿舎には小さいながらも共同浴場が併設されており、そこで汗を流してから宿舎で食事をして、ミツタカの方は自分の宿へと帰る――というのをここ一週間繰り返していた。

「おう、お二人共お疲れさんだねえ。」

 宿舎の古びて傷みかけた引き戸を開けてミツタカとフクタロウが中に入ると、肩まで伸びた白髪を首許で括った恰幅の良い老女が食堂から少し顔を覗かせた。

「ただいま帰りました……。」

 人見知りの気のあるフクタロウも流石に自分が住んでいる宿舎の寮母には、慣れた様子でぎこちなくはありながらも微笑んで頭を下げて通り過ぎた。

「ただいま帰りました。今日も有難うございます。お世話になります。」

 ミツタカの方も数年前の新人時代にはここの宿舎に滞在した事があり、その当時にこの寮母に宿舎での礼儀を叩き込まれた記憶があり、半ば条件反射で彼女に頭を下げ礼を口にしていた。

 薄灰色の着物を身に着けしゃんと背筋の伸びた太めの体格の老女は、その当時から老人らしい風貌だったとミツタカの記憶にはあり、今が一体何歳なのかは判らなかった。

 食堂の前を通り過ぎ浴室へとぎしぎしとたわんだ音を立てる廊下を歩きながら、フクタロウは僅かに口元に笑みを浮かべてミツタカを見ていた。

「……んだよ? 俺が礼儀正しいのがおかしいか?」

 フクタロウからの視線に気付き、ミツタカは照れ隠しもありわざとむっとした表情を返した。

 この一週間、毎日繰り返されている光景ではあったが、他の狩り人達やヤエカ達パーティの仲間達に対して欲深く偉そうに振舞ってきたミツタカの姿しか知らなかったフクタロウにとっては少し戸惑い、また意外に微笑ましく見えるものの様だった。 

「あ……いやその……。そういう訳じゃないけど……。新人の時に結構厳しく躾けられたのかな……って……。ごめん……。」

 ミツタカの新人時代の様子を想像していたのだろう。フクタロウは寮母に叱られたり指導されたりしているミツタカの様子を思い浮かべ微笑んだが――ミツタカの機嫌を損ねてしまっただろうかと申し訳無さそうに俯いた。

「別に謝らなくてもいいけどよ。――て言うか。みんな見た目や態度で騙されてるけど、狩部の職員の古株連中、どいつもこいつも化け物ばっかだぜ?」

「そうなんだ……。」

 フクタロウは相槌を打ちながらアヤ教官や狩部の長がミツタカの事をミツ坊呼ばわりしていた事も思い出していた。

 フクタロウにとってはミツタカもかなりの腕利きで憧れの存在ではあったのだが、彼等からすれば坊主呼ばわり程度の実力しかないと言う事なのだろうか。

 フクタロウの考えている事が伝わったのか、ミツタカは嫌そうに眉間に皺を寄せ溜息をついた。

「まあ、古株連中の事はいいから、さっさと風呂入って飯だ飯だ。」

「う、うん……。」

 未だに小僧だの坊だの呼ばれる事はミツタカには面白い事ではなく、浴室の前に着いたのを幸いに強引に話を打ち切り、フクタロウの背を叩いて浴室へと促した。

 脱衣所の壁には数人分の脱衣籠を収めた棚が作り付けられており、既に三人分が塞がっていた。今週通い詰めているミツタカの様に外部の人間が来ないでもなかったが、基本的には宿舎内部の人間しか利用していない為に、棚に鍵は付いておらず中の籠も丸見えに近かった。

 男湯の方も女湯の方も先客が居り、浴場からは話し声が聞こえていた。

 男湯には脱衣籠の数の通り三人の若者が居て、狭い洗い場で体を洗っていた。

「……。」

 着物を脱いで籠に収め、フクタロウが手拭いで前を隠しながら浴室に入るのにミツタカも続いた。

 フクタロウが浴室ではいつにも増して言葉少なになり俯きがちである事にミツタカも気付いてはいたが、敢えて気にしない様にしていた。

「……あ、明日からは……午後はスキル訓練……だっけ……。」

 体を洗い終わり湯船に浸かると、フクタロウは何かを誤魔化す様に大きく息を吐き、当たり障りのない話題を口にした。

「そうだな……。教官が付くとは聞いてなかったけど、また誰か付くのかね。」

 ミツタカもまた湯船に浸かって息を吐き、フクタロウへと相槌を打った。

 湯船に浸からず洗い場で座ったままで先客の若者達は、石鹸の泡も碌に洗い流さずに前も隠さず大きな身振り手振りで今日の成果を楽し気に喋り合っていた。

 十代後半になったばかりといったところか。彼等の体躯はやっと筋肉が付き始めた者や、すでにがっしりと肉付き良く鍛えられている事が判る者等ばらばらで、それもまた彼等の若い体が発展途上だと感じさせた。

 湯に濡れて艶やかに光る彼等のそれなりに筋肉質な体は、柔らかくもしっかりとした硬さも既に備えており男らしさを感じさせるものになっていた。

「……そろそろ出るか。」

 フクタロウの顔が赤いのは、ミツタカも湯に浸かっていたせいだけではないとは判ってはいたが。

「う、うん……。腹も減ったしね……。」

 フクタロウは湯船から先に立ち上がったミツタカの尻や太腿に一瞬だけ目を向け、また慌てて俯きながら後に続いた。

 


 浴室の若者達は先に食べていたらしく、食堂にはミツタカとフクタロウの二人分の食事だけが用意されていた。

「――で、何で婆さん……いえ、寮母殿もいるんですか?」

 婆さんと呼んだところで寮母から鋭い視線が飛んできたのでミツタカは慌てて言い直した。

 長机に並べられたミツタカとフクタロウの分の盆の近くに、寮母の老女は残り物で作った自分の分の丼飯を持って来て腰を下ろした。

「たまにはいいじゃないのさ。たまには若い子達と夕食取りたい事もあるのさ。」

 ミツタカの隣の席にどすんと恰幅の良い体が下ろされた。

「はは……。」

 フクタロウは不機嫌そうなミツタカと愉快そうに笑う寮母――タキとを苦笑しながら交互に見ていた。

「――へえ。ミツ坊は罰則教習、で、こっちのフクちゃんは基礎講習のやり直しかい。まあいい機会さね。ひとさまをないがしろにしていい様に使おうとするからこんな事になるんだよ。アタシ等から教わった事全部忘れちまいやがって。アヤ坊にちゃんと教わり直すんだよ。」

 食事をしながら主にフクタロウから今回の事情を聞き取ったタキは、大きく頭を振って呆れ、ミツタカへと文句を捲くし立てた。

 フクタロウやミツタカからすれば年上の先輩になるアヤ教官も、タキからすれば坊呼びする子供の一人でしかない様だった。

「……判ってるよ。」

 むすっとした表情を崩さずそれだけを返し、ミツタカは食事を続けた。

 新人時代のミツタカの失敗談や、意外と子供っぽい悪戯でタキが驚かされてしまった話等、フクタロウにとっては楽しく、ミツタカにとっては恥ずかしい様な話をタキから聞かされる内に食事は終わり、ミツタカは自分の宿に帰る事にした。

「ま……また明日……。」

「ああ……。」

 タキが居るせいでいつもより不機嫌そうな表情でミツタカはフクタロウに返事をして、自分の宿へと帰っていった。

 その背中を見送っているフクタロウの横で、タキもまたミツタカの去っていく姿を悲し気に見つめていた。

「……あの子のせいであんたには辛い思いをさせちまった様だねえ……。ほんとにすまなかったねえ……。」

 不意に呟く様に漏らされたタキからの謝罪に、フクタロウは驚いて振り返った。

 先刻の食堂での明るく笑っていた筈の老女は、今は年相応に老け込んだ皺の深く刻まれた顔で寂し気に微笑んだ。

「――狩り人には色んな訳有りの奴等が居る。そんなコト、判り切ってた筈なのにねえ……。根っこのトコでアタシ等はちゃんと判ってなかった。」

 半ば独り語りの様なタキの言葉にフクタロウは戸惑いながら立ち尽くしてしまっていた。

「あの子をあんな風にしちまったのは、アタシ等のせいなんだ。――あの子に無断でお前さんに色々話す訳にはいかないけど……。でも、何か力になりたいとはずっと皆思ってるんだ。……だから、フクちゃん、どんな些細な事でもいいから、何か困った事とかあったらいつでも言っておくれよ?」

「は、はい……。」

 タキの何かに祈るかの様な気持ちの滲んだ言葉に、同じ様に訳有りの一人でもあったフクタロウは困惑しながらも頷いた。

 フクタロウがミツタカのパーティに所属して一年――欲深で偉そうに角ばった厳つい顔で振舞うミツタカの姿しか知らなかったが、ああなる前のミツタカはどんな人間だったのだろうかと思い掛けて、フクタロウは不意に胸が疼いた。

 ほんの少しだけ――ほんの数日間の分だけ、今とは違うミツタカの姿をフクタロウは知っていた。

 ――兄ちゃん……。

 何か温かく大事なものの様にそう胸中で呟き、フクタロウは遠ざかっていくミツタカの後ろ姿を見送っていた。



 翌日からの一週間は午前中は引き続きアヤによる武術の訓練が続けられ、午後からはスキルの訓練が行われる事となった。

 宿舎の浴室で軽く汗を流して昼食を済ませてから狩部の事務所に二人が戻ると、いつもの青年職員が何処か諦めた様な疲れた表情で裏口で待っていた。

「フクタロウさんのスキル訓練につきましては自分が担当をさせていただきます……。」

 青年職員――シゲヒサはミツタカとフクタロウに軽く頭を下げ、小さな風呂敷包みを手に、建物の奥にある防音機能のある個室へと案内した。

 先日の個室よりも広く、長机に四つの丸椅子が置かれて茶器の入った小さな戸棚がある部屋の様子からすると小会議室として使われている部屋の様だった。

 三人が腰を下ろすと、シゲヒサは机の上で風呂敷包みを解いた。

 中には資料らしき和綴じ本が二冊と、マッチや蝋燭、幾つかの積み木細工が入っていた。

 緊張して背筋を伸ばしたまま固まっているフクタロウに、シゲヒサは和綴じ本の一冊をぱらぱらとめくりながら説明を始めた。

「ええと、私も「異空間収納」のスキルを持っている訳ではなくて、あくまで一連の事情を知っていて守秘義務の更なる徹底をする必要も無い丁度良い職員……という事で担当に選ばれました。」

「ああー……。」

 シゲヒサの身も蓋も無い説明にミツタカは納得しつつも少しだけ同情の声を漏らした。

「取り敢えずは今迄知られている一般的な「異空間収納」の訓練方法を試してもらい、それと並行してミツタカさんの得た知識で何か良い訓練方法があればそれも試してもらう……。兎に角、色々と試してもらう、という感じですね。」

「は、はい……。頑張ります……。」

 シゲヒサの説明に、背筋の伸びたままフクタロウは返事をし頷いた。

「まあよろしく頼むわ。」

 フクタロウの隣に座ったミツタカも軽く頭を下げた。

 最初は小さく軽い物体から、段々と大きく重い物体の収納へと段階を踏んで練習が行なわれていった。

「――今のところ基本的な能力の内容は一般に知られている通りのものですね。」

 万年筆を手に帳面に色々と書き付けながら、シゲヒサは疲労で壁にもたれかかっているフクタロウを見た。

 まだ初心者レベルの今では小さく軽い物体を少量収納するのがせいぜいだったが、先日の自主訓練でフクタロウが自分一人だけで練習していた時よりは、やはり能力は少しずつではあったが向上していた。

 レベルをかなり上げないと生き物は収納出来ない――干した薬草や食肉処理された肉は当然生きてはいない為、収納可能で、「異空間収納」を持った狩り人の中には魔獣や人間等の生死の判定に利用している者も居る様だった。

 また、単純にレベルを上げていけば収納できる質量も増大し、狩部が把握している記録上では大きな屋敷一軒分の量を収納した者が居るという。

「成程ねえ……。」

 シゲヒサに部屋に備え付けの茶器で淹れてもらった茶を飲みながら、ミツタカは改めて「異空間収納」についての説明を聞いていた。

 午前中の体を使う鍛錬と違って、精神集中をとても必要とするスキル訓練に疲れてしまっていたフクタロウも、ぼんやりと茶を飲みながら話を聞いていた。

「――で。一先ず長から言われた実験をして、今日のところは終わりたいと思うのですが。」

 長机の上にマッチと蝋燭を用意しているシゲヒサの、今日のところは終わりという言葉だけ聞いてフクタロウは既にほっと気が抜けてしまっていた。

「ほら、だらけるな。もうちょっとだけ頑張れ。」

 付き添って座っているだけの自分も疲れてきていたのは棚に上げ、ミツタカはフクタロウへと注意をした。

「あ、ご、ごめん……。」

 慌てて謝り姿勢を正したフクタロウの様子を、シゲヒサは気を悪くした様子も無く微笑みながら見て、陶器の小皿に立てた蝋燭へと火をつけた。

「ミツタカさんの話では魔法で放った火とか水とかを収納出来るという話でしたが、流石に今の段階で秘密を守らなければならない人間を増やしたくはないという長の意向でして。「火魔法」スキルの代わりに一先ず蝋燭という訳です。」

 シゲヒサの話す時の呼吸で蝋燭の小さな火は頼り無く揺れていた。

「検証の上では火だけを収納出来ればいいのですが、取り敢えず火が付いたままで収納出来るかどうかからやってみて下さい。」

 今迄、火のついたままの蝋燭やランタン等の収納を試した者が居ない訳ではなかった。マッチやライター等の着火器具も発達しているものの水に濡れたり燃料切れで使えない事態になる事もあったので、予備的な一つの方法として火が付いたままの物の収納についても試された事はあった。

 或いは放火等の犯罪にスキルを持った者が無理矢理利用される恐れもあった為、一応の検証は昔に行なわれたものの、然程熱心な検証が行なわれた様子も無く、狩部の記録には成功例は記されていなかった。

 むしろ「火魔法」のスキルを持つ者の人数の方が多く、狩部の実務の上では彼等が犯罪に巻き込まれたり彼等自身が犯罪に走ったりしない様に保護や教育を行なっていく方に力が入れられていた。

「は、はい……。」

 シゲヒサに促され、フクタロウは姿勢を正したまま睨み付ける様に小皿の蝋燭へと視線を集中した。

 蝋燭の収納自体は初心者のレベルでも大して難しい事ではなかったが、火だけ、或いは火の付いたまま、という事に集中し過ぎて却ってうまくいかない様だった。

「あっ。」

 制御に失敗してしまい、フクタロウは焦った声を上げた。

 先日の宝石の時の様に蝋燭の姿が歪むと一気に弾け飛んでしまった。

「すっすみません……。」

 フクタロウは慌てて謝りながら机の上に散乱した蝋燭の欠片を拾い始めた。

 砕けたのは蝋燭だけでなく敷いていた小皿も同様に弾けてしまっていた。

「いえ、大丈夫ですよ。」

 シゲヒサの方をフクタロウとミツタカが見ると、シゲヒサの周囲には薄い光の幕の様な物が展開されており、小皿の鋭利な破片がその幕に受け止められて宙に浮いていた。

「それがお前さんのスキルか。」

 ミツタカが軽く手を伸ばし破片を取り除くと光の幕は掻き消えた。

「はい。お蔭様でここ何年かは何があっても怪我知らずです。」

 普通なら怪我をする様な事があったのだろうなとはミツタカは思ったが、特にはそれ以上尋ねる事はせずに小皿の破片を机の上に置いた。

「――続きは明日ですね。火だけの収納が低レベルの内から出来るのか出来ないのか。狩部の記録から考えるにはある程度のレベルにならないと出来ないと推測されますが。しかし折角の機会ですし、もう少し検証していく必要がありますね。後は普通に、収納出来る容量の向上も頑張っていきましょう。」

 そうシゲヒサが締め括り、今日のところは解散となった。



 そうしてまた一週間、武術とスキルの訓練を続ける内に日々は過ぎていった。

 蝋燭の火の収納については何度か試してはみたものの、シゲヒサが言っていた様にある程度レベルが上がらないと出来ない様だと結論付けられ、一先ずは収納容量の増大を主にしてフクタロウは鍛錬を続けていった。

「――え? 夜中に来いって?」

 二週間目が終わろうとした頃、シゲヒサから長の呼び出しが伝えられた。

 首をかしげているミツタカとフクタロウに、シゲヒサは苦笑交じりに長からの伝言の続きを口にした。

「カズラオカの友達が美味い氷菓子を持ってくるからお裾分けしたいとの事です。」

「はあ?」

 何の伝言だとミツタカは呆れた声を上げ、フクタロウは氷菓子という言葉に少しだけ喉を鳴らしてしまっていた。

「お手数をお掛けしますがよろしくお願い致します。」

 シゲヒサはそう告げてまだ残っている自分の仕事へと戻っていった。



 その日の夜中。ミツタカが誰も居ない真っ暗な通りを歩いて狩部の裏口までやって来ると、フクタロウが小さな提灯を手にして歩いてくる様子が目に入った。

「おう、ちゃんと起きられたか。」

 ミツタカが声を掛けると、フクタロウは軽く頭を横に振った。

「ちょっと寝過ごし掛けた……。」

 フクタロウの答えにミツタカは軽く苦笑し、鍵の掛かったままの狩部の裏口を振り返った。

「こんな時刻にお呼び立てして申し訳ありませんね。ちょっと人目を憚るお裾分けでしたので。」

「!!」

 そこにいつの間に現われたのか、二人のすぐ背後から長の声が掛けられた。

 悲鳴は何とか上げなかったものの、ミツタカもフクタロウも思わず飛び上がってしまっていた。

 二人の驚く様子に厳つい顔で微笑み掛け、長は裏口の鍵を開けると中に案内した。

 フクタロウから提灯を借り、長は明かりの全て落とされた狩部の建物の中を先導した。

 二人が案内されたのはいつもの武術の練習場だった。

「よう、そいつ等がヤスの話してた奴等かい?」

 練習場には二人先客が居り、一人はいつもの昼間会ったばかりの職員のシゲヒサで、もう一人は白髪の角刈りに厳つい顔をした狩部の長と似た様な顔立ちの初老の男だった。

「そうですよ。こちらがミツタカ君、こちらがフクタロウ君です。」

 ヤスと気安く呼ばれた長は特には気分を害した様子も無くミツタカとフクタロウを紹介した。今日はミツ坊呼ばわりは控えていた様だった。

「――それで、この男はわたくしの従兄弟のチュウゴロウです。カズラオカの町の薬師部(くすしべ)の長をしています。彼もまた、「異空間収納」のスキルを持っています。」

 長からの紹介の言葉を聞き、ミツタカとフクタロウは驚きに思わずチュウゴロウを見た。

「ミツタカ君からの話を彼に聞かせて、ちょっと訓練を積んでもらったのですよ。――多分、「異空間収納」の達人とやらの戦い方の参考になるのではないかと。」

「まあ、御託はいいやね。こいつ等に氷菓子も食ってもらいてえし、さっさと見世物興行といこうじゃねえか。」

 チュウゴロウの方は角刈りに厳つい顔立ちの見た目通りの親方べらんめえ風な口調と態度で、着物の上着を脱ぐとTシャツに細身の筒袴といった軽装で練習場の中程へと歩いていった。

「――準備は出来ています。」

 長の横に居たシゲヒサが自分のスキルを既に発動させていた様で、練習場の内部は薄い光の幕で覆われていた。

「彼の「防御」スキルはこうやって広げると、内部の様子は外に漏れないし、中で暴れてもその衝撃が外に漏れる事も無いのです。今日の様な用事の時には重宝するのですよ。」

 長はミツタカとフクタロウにシゲヒサのスキルの説明を行ない、二人は彼が同席していた理由に納得した。

 それから時間を置かず、練習場の倉庫の方からは模擬格闘用の木製の球体関節人形――ヒト型が十体、犬型が五体、本物の様な滑らかで素早い動きでやって来た。

「では始め!」

 長の合図で人形達が一斉にチュウゴロウに襲い掛かったが、次の瞬間にはその場には何一つ残らず辺りには突然に静寂が訪れた。

「へ?」

「???」

 ミツタカもフクタロウも何が起こったのか理解出来ず、呆然とチュウゴロウの様子を眺めるばかりだった。

 チュウゴロウの方も面白くも無さそうに大きく肩を竦めて溜息を漏らした。

「と、まあ、一対多数の場合、こうやって収納して相手の兵隊の数を削るのがまずは手堅いやり方ってヤツだな。レベルが上がれば生き物も収納出来るから、魔獣や人間相手でもやり方は同じでいいだろう。――観客的には面白くねえがな。」

 講習も兼ねる様にと長から言われていたのだろう。フクタロウの方を見ながらチュウゴロウは今の出来事について説明を行なった。

 説明を終えるとまた人形達を取り出し、再び襲い掛からせた。

「――んで、お次は部分的な収納だ。相手の手や足だけ収納して動きを封じたり……。」

 チュウゴロウの言葉通り、一体の犬型は四本の足が消えて走れなくなっていた。

「生き物の場合は、まあ頭を取っちまやあ即死だし、胴体の中身を取っちまっても同じだな。」

 ヒト型の頭が一瞬で消え去り、人形であった為にまだ駆動を続けていたが、次の瞬間には胴体の一部が抉り取られてその動きを止めていた。

「後は……予め収納していたモンの取り出しか。」

 残していた無傷の人形達が向かってくる様子を眺めながら、チュウゴロウは顎を撫でた。

 彼の意識一つで何処からともなく火炎弾や何かの斬撃が出現して人形達を襲い、破壊していった。

「――と、まあ、こんなところかねえ。お粗末様でございました。」

 大袈裟に手を広げ、頭を下げるとチュウゴロウは観客として見ていた長やミツタカ、フクタロウの所へと戻ってきた。

 剣術や魔法とはまた違う戦い方が目の前で繰り広げられ、ミツタカやフクタロウだけでなくシゲヒサも感心しながらも呆気に取られてしまっていた。

「と言う訳で、こっちが土産のカズラオカ名物、青苺の氷菓子だ。融けねぇ内に食ってくれよな。」

 チュウゴロウはそう言って笑いながら、掌程の大きさの木の椀に盛り付けられた青紫色のシャーベット状の氷菓子を皆に手渡していった。

 高レベルの「異空間収納」は収納した物品が劣化せずに保管される――氷菓子も作り立ての冷たいまま、遠いカズラオカから運ばれて来ていた。

「チュウゴロウに来てもらう時はいつも出来立ての土産が食べられますから有り難い事ですよ。」

 長が機嫌良く微笑みながら、木匙に大盛にした氷菓子を口に運んでいた。

「ったくいつもいつも箪笥二つ分も氷菓子だの蒸し菓子だの注文してきやがって。俺ァ菓子屋じゃねえってんだ。」

 長の言葉にわざと乱暴にチュウゴロウは言い返していたが、親しい間柄のいつもの遣り取りなのだろう。その表情は明るく笑っていた。

 長とチュウゴロウの遣り取りを眺めながらミツタカも氷菓子を食べていたが、隣に立つフクタロウが俯いたままで余り食が進んでいない事に気が付いた。

「ん? どうした?」

 ミツタカが何気無くフクタロウに尋ねると、フクタロウは青い顔のまま軽く頭を横に振った。

「あ……。いや、その……。さっきの、凄かったな……て。」

 氷菓子を木匙で掬って食べながら、フクタロウは引き攣った笑みを浮かべた。

 それは自分の持つスキルが鍛えられた先には、ああした活躍も出来るのだと示された者が憧れ興奮している様な表情では決してなかった。

「――凄かぁねえよ。……ていうか、おめぇさんの方が凄えな。」

 自分の分の氷菓子をたいらげたチュウゴロウが、何処かフクタロウを労わる様な優しい眼差しを向けていた。

「え……?」

 まだ少し青褪めたままフクタロウが顔を上げると、チュウゴロウはにやりと笑った。

「大方、レベル上げりゃあ一人でもあんだけ戦えて大活躍だ。これで弱虫フクタロウの名誉挽回だとか何とか、そっちの坊主の方が浮かれてたんじゃねえのかい?」

「なっ……!」

 内心を見透かされていたミツタカは思わず肩を震わせ、チュウゴロウを睨み付けた。

「フクタロウはちゃんと強い力の怖さも弁めえてる。だからでぇじょうぶだ。」

 ミツタカからの視線を気にせず、チュウゴロウはフクタロウの頭をがしがしと乱暴に撫でた。

「大方、犯罪者とかだったとしても、人間相手に首だの胴体だの収納してどうのこうのは恐ろし過ぎて勘弁して欲しいとか、そんな感じのコトだろ? それが真っ当な人間の反応だよ。平気で相手の首だの手足だの切り飛ばす狩り人達の方が異常なんだよ。」

「薬師の癖に一人で魔獣の群れを潰す様な人には言われたくないですがねえ。」

 チュウゴロウの言葉に長が呆れた様に口を挟んだ。

「へいへい。――まあ、狩部にこだわらねえでも、いつでも「薬師部」で雇ってやるぜ。フクタロウの性格なら明確に人助けでございと規定された仕事の方が頑張りそうだしなあ。」

 いつの間にか薬師部へのスカウトに話が摩り替っており、フクタロウもミツタカも困惑に眉を寄せてチュウゴロウの笑う様子を見つめてしまっていた。

 興の乗ったチュウゴロウの話によると、「異空間収納」は他にも細やかな制御まで会得するレベルに至ると医術等の人助けにも利用出来るという事だった。

 胃腸の中の食べ物だけを収納し、毒物や食中毒の被害を抑えたり。病気で腫れたり腐ったりした部分の肉だけを収納して取り除く様な外科手術の真似事を行なったり。また薬師らしく植物等の素材から特定の成分だけを収納、つまりは抽出する事も出来るという。

「そ……そうなんですか……。」

 チュウゴロウの言葉通り、人助けに自分のスキルの力が役に立つと言う話にフクタロウは目を輝かせ、心を動かされていた様だった。

 それを見て何となく面白くない様な気持ちになり、ミツタカは眉を顰めてしまっていたが。

 しかし、どんな力も使い方一つで恐ろしい結果になると言うチュウゴロウの教育的な話――収納していた小さな刃の破片を相手の脳やら心臓に出現させて殺す事も出来るとか、病気で腐った肉を収納出来るという事は健康な臓器――脳やら心臓やらも収納出来て、それにより殺す事も出来るとか……そんな話を聞かされてしまい、フクタロウは話の途中で気絶してしまっていた。




 世間ではGW等という連休期間らしいですが皆様如何お過ごしでしょうかしら。

 ヲカマのヲッサンは先日の風邪がまだ治らず、結局連休中どころか間の平日すら寝込んでしまいましてよ。

 今回の風邪は高熱が全然出なかったので、イメージ的には体内で菌やらウイルスやらがちゃんと殺せず長引いてしまったという様な印象です。ひたすら鼻水咳痰だけ垂れ流してふらふらしてしんどいという状態がずっと続いています。

 さて。荷物持ち略・四話、何とか書き上がりましたが、いつもの悪い癖でやっぱりついついエピソードやキャラクターとか膨らませてしまいました。当初の予定ではこんなに思わせぶりな寮母の描写とか予定してなかったんですけどね……。

 一応、最後の方の流れとか、性悪女どもへのザマア描写どうするかはきちんと決めたので、早く書き上げたいと思っています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ