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第三話「聞いていた流れと違う形で二人共追放されてしまい、荷物持ちを連れたままちょっと途方に暮れてしまった件」

第三話「聞いていた流れと違う形で二人共追放されてしまい、荷物持ちを連れたままちょっと途方に暮れてしまった件」


「――あいつらにバレちまったのはまずかったかなあ……。まあ、使いこなせてないから目を付けられる事は無さそうだけど……。」

 予備の巾着袋に宝石の破片を詰め込んで、ミツタカとフクタロウはのんびりと森の中を歩いてムロハラの町へと戻っていた。

 袋の中でちゃりちゃりと破片が擦れ合う音を聞きながら、ミツタカはヤエカ達がフクタロウの「異空間収納」のスキルを悪用しようと考えてはいないかと心配していた。

「……ご、ごめん……。」

 ミツタカの横を歩くフクタロウはいつもの癖で俯きぼそぼそと謝った。

 今は初心者のレベル一の状態ではあるが、適切に鍛錬してレベルを上げていけば――達人のレベルにまで極めると、一般に知られている様な物品を劣化せずに収納出来るというものでは済まないとんでもないスキルになると――ミツタカだけは神降ろしで授けられた知識で知ってしまっていた。

「一々謝るな。」

 色々と謝らなければならないのは自分の方なのに。

 ミツタカはその思いを隠し、俯くフクタロウを軽く一瞥した。

 「異空間収納」のスキルは達人レベルにまで極めると生き物を生きたまま収納する事も出来る様になる。魔法で放出された水やら火……或いは剣で斬り掛かってきた時の斬撃といったものまで収納も出来るし、それを任意の場所に取り出す事で攻撃に転用も出来る。今日失敗した宝石の様に、収納をわざと失敗する事で敵の魔獣の体を破壊する事だって出来る。

 役立たずどころか。このスキルの達人が一人居ればパーティの他の面子こそ役立たずもいいところだった。

 まあ、目先の金にしか興味の無いヤエカ達ならば、フクタロウのスキルを真面目に鍛えさせてレベルを上げてやろうとまでは考えてはいないだろう。

 手間や努力を惜しんで結果だけを即欲しがる彼女達の気性が、今回ミツタカにとっては救いと言えば救いだったが。

「まあ、これからは周囲に人が居ないか気を付けて練習するんだぞ。」

 ミツタカは軽く溜息をついた。

「うん……。気を付けるよ……。」

 フクタロウも神妙に頷いた。

 


 ミツタカとフクタロウが町に戻り「狩部」の事務所で今日の仕事の報告を行なっていると、そこに不機嫌な表情を隠しもしないヤエカ達がつかつかとやって来た。

「遅かったわね。待ちくたびれたわよ。」

 ふん、と小馬鹿にする様に息を吐き、ヨシヒメはフクタロウを睨め上げた。

 ヨシヒメからの鋭い視線にフクタロウは思わず後ずさった。

「ついでだし、こいつの解雇の届けも出しといて。」

 ササメが窓口の青年に声を掛け、フクタロウをその肉付きの良い顎でしゃくって示した。

「おいッ!」

 ササメの言葉にミツタカは思わず声を荒げ前へと進み出た。

「な、何よ! 大儲けを台無しにされたのよ! やってらんないわよ!」

 珍しく声を荒げたミツタカの様子にヤエカ達は驚いたものの、しかし儲け損なった事への怒りの方が強い様だった。

 ミツタカの様子に反発する様に、だんっ、と、狩部の受付の石床を踏み付け、ヨシヒメは窓口の青年をも睨み付ける様にして口を開いた。

「さっさと届出書とか出しなさいよ。ここで書いて受け付けてもらったらこいつとはおさらばよ。」

「おい、待てよ! そんな……。」

 ヨシヒメの勢いに押され、窓口の青年が引き出しから書類を取り出そうとするのをミツタカは慌てて押し留めた。 

 一体何だこれは。

 いつ起きるかまでの時期は判らなかったが、しかしフクタロウの解雇の「イベント」とやらはいつもの居酒屋で行なわれるのではなかったのか? 自分がフクタロウを庇って怪我をしてどうとかいう台詞もあった筈だった。

 今日は怪我もしていないし、ここは居酒屋でもない。何故狩部の窓口で「イベント」とやらが起きてしまったのか。

 突然解雇を言い出されたフクタロウだけでなくミツタカも混乱しながらも、兎に角やめさせようと窓口の青年とヤエカ達の間に割って入った。

「兎に角こいつの解雇は無しだ。皆、少し落ち着け。のぼせるんじゃねえ。」

 だがミツタカのそんな言葉もヤエカ達には何の力も持たない様だった。

「何でそんな奴庇うのよ。ちょっとイイスキル授かったって言っても初心者過ぎて全然使えなかったじゃない。」

 ササメが呆れた様な口調でそう言ってフクタロウを睨んだ。

「そ、それは……。」

 「異空間収納」というパーティに役立つスキルを得たのだから解雇を思い留まって欲しい――そうした方向でヤエカ達を説得すればいいのだろうが……。だが、それはそれで彼女等にフクタロウはいい様に利用され、使い潰されてしまうのは目に見えていた。

 それにフクタロウの事だから真面目に鍛錬してレベルを上げていくだろうし、そうなったらそうなったで、収納だけでなく戦闘にも高い力を発揮するスキルを持つ者をヤエカ達の手元に置いておくというのも危険過ぎた。

 どうしたものかと考えを巡らせながら黙り込んでしまったミツタカを、ヤエカ達は大して面白くもなさそうな表情で軽く睨み、大きな溜息をついた。

「あーあ。もういいわよおお。アンタも解雇! ていうかこの場合はパーティ解散だっけ?」

 ミツタカとフクタロウを追い払うかの様に手の平をひらひらと振り、うんざりとした様子でヤエカは吐き捨てた。

「えっ……!?」

 予想もしていなかったヤエカの言葉にミツタカは驚きに立ち尽くした。

「あたし達の役に立たないんなら二人共要らないわ。」

 ヨシヒメの冷たく言い放たれた言葉に流石のミツタカも反射的に怒りの表情を浮かべた。

「っ……! 好きにしろ! こっちこそやってられっか!」

 ミツタカの怒る様子に多少気圧されながらも、ヤエカ達はふん、と鼻で笑った後、窓口の青年へとパーティの解散届書を出させた。

 その場で書類に記入を済ませ、受付は受理され――手続き上はパーティ解散ではあったが、心情的にはミツタカとフクタロウは自分達のパーティから追い出されてしまったのだった。

 ミツタカに劣らず金にうるさいヤエカ達は最後に、窓口で支給された玉虫の魔獣自体の討伐報酬を五等分にしたものをしっかりと掴み取ってから立ち去っていった。

「……クソ。」

 踏ん反り返って歩き去るヤエカ達の後ろ姿を忌々しそうに睨み付けた後、ミツタカは窓口の青年へと視線を移した。

「おい。」

 ミツタカからの呼び掛けに青年は少し怯えた様に肩を震わせた。

「――あいつらは討伐報酬そのものにしか権利を主張しなかった。そんでそのまま解散した。……だよな? お前さん、何かあった時は証言しろよ?」

 ミツタカから睨む様に見下ろされた青年は怯え混じりの表情で頷いたが、これは狩り人達の間の揉め事防止の為に職員に規定されている義務でもあったので、決してミツタカが怖いからという理由だけではなかった。

 魔獣から得られた骨や皮、魔石や宝石等の、その時の依頼の規定に無い報酬外の収穫物をパーティ内で円満に分け合う為に、狩り人達と狩部の職員達との間に慣例の様なものがあった。

 収穫物を分配する話し合いそのものはパーティ内の私的な事として行なうものの、まずは何を自分達が得たか職員の前で明らかにしてその分け前を話し合う、と、一種の宣言をする事を、仕事終了の報告時に窓口で行なうのが慣例となっていた。

 担当職員が証人となって、何か揉め事があった時に狩部が責任をもって仲裁に入る為、自分の取り分を確かなものにしておきたい多くの狩り人達は慣例に従っていた。

「あいつらはもう関係無え。これは俺とこいつのモンだ。明日売りに来る。という訳でヨロシクな。」

 フクタロウの肩を抱き寄せ、ミツタカはにやりと笑いながら背嚢に手を突っ込んで巾着袋を取り出した。

「は、はあ……。」

 ミツタカの真横に引き寄せられ戸惑いながら俯くフクタロウと、にやにやと笑うミツタカとを交互に見ながら職員の青年もまた戸惑いながら返事をした。

 ミツタカのヤエカ達へのささやかな仕返しと言えなくもなかった。



 狩部の事務所を後にし、ミツタカとフクタロウはいつもの居酒屋を通り過ぎた。

 宝石の破片の所有で少しだけ仕返しの気分にはなれたものの、まだ腹立ちの治まらない勢いのまま二人はミツタカの定宿の前へと戻ってきた。

「ったくあいつ等、あそこまで胸糞悪い奴等だとは思ってなかったぜ。」

 坊主頭を掻き毟りながら、ミツタカは大きな舌打ちをした。

「おう。験直しに飯だ飯。たまにはここで高いヤツ食おうぜ。」

 黙ったまま後ろを付いて来ていたフクタロウをミツタカが振り返ると、フクタロウはいつもの薄汚れた背嚢を背負ったまま、泣きそうな表情で口を引き結んだまま立っていた。

「泣くな。」

 ミツタカからの声にフクタロウは肩を小さく震わせた。

「……な、泣いてなんか……。」

 垂れ目の目尻に薄く涙を滲ませながらも、フクタロウは何とか取り繕ってミツタカへと顔を上げた。

「でも……オレのせいで……二人共追い出されて……。」

「追い出されてなんかねえ。ただの解散だ。気にすんな。」

 フクタロウの呟く様に漏らされた言葉をミツタカはきっぱりと否定した。

 フクタロウが解雇され追い出されたのだという事になれば、やはりミツタカ達は後に借金が嵩んだり酷い目に遭ったりするのではないか――そんな無意識の警戒もあっての否定の言葉ではあったが。

 しかしミツタカもフクタロウと一緒に追い出されたり、パーティ自体は解散状態という事になると――誰が借金塗れになったり、酷い目に遭ったりするというのだろうか。

 そして何よりフクタロウは、これから主役達ときちんと出会えるのだろうか。

 神降ろしの知識で得た物語の「あらすじ」から逸脱してしまった事態に、ミツタカはこれからどうしたものかと途方に暮れてしまった。

「取り敢えず飯だ。」

 腹を満たせば何かいい考えが浮かぶかもしれない。

 ミツタカは漠然とそう考えながらフクタロウを率いて宿の食堂の方の入口へと歩き始めた。



 宿の食堂の隅に腰を下ろすと、ミツタカは二人分、一番上等な定食を注文した。

「い……いいの……? 結構金掛かってるよ……?」

 傍らにいつもの背嚢を下ろし、フクタロウはメニューに書かれた料金を見て恐る恐るミツタカの顔色を窺った。

「いいんだよ、たまには。いい飯でも食わねえと流石に今日はやってらんねえ。」

 ヤエカ達からの自分達への扱いの酷さに対する怒りや、「あらすじ」から逸脱してしまい自分達がこれからどうなるのかへの不安感やら――流石のケチで欲深いミツタカであっても、今日の晩飯位は値段を気にせず食い散らかしたかったのだった。

 運ばれてきた大きな盆の上には多数の皿が並べられ、料理が山の様に盛り付けられていた。

 金にうるさい普段のミツタカからは考えられない今日の豪勢な夕飯に、フクタロウは箸を持ったまま戸惑っていた。

「ほら、食え。俺が払うんだから気にすんな。」

「ええ!?」

 炊き込み飯を掻き込みながら発せられたミツタカの言葉に、フクタロウはますます驚いてしまった。

「いいから食え。」

 奢りに驚かれるのは当然だろうという自覚はあったので、ミツタカはそれは気にせずにフクタロウに食事を促した。

「う、うん……。いただきます……。」

 普段ならば絶対に言わないであろうミツタカの奢りという言葉に、フクタロウはまだ驚きながらも大盛りの天ぷらへと箸を伸ばした。

 暫くの間、二人は無言で食事を続けていたが、一通り料理を平らげたところでやっと一息ついた。

「……取り敢えず明日は昼少し前に狩部に行くか。宝石換金しなきゃな。」

 食後の茶を啜りながらミツタカは、少し意地の悪さを滲ませた笑みを再び浮かべた。

 窓口での慣例は絶対ではないものの、職員を証人にしていなければ揉め事があっても狩部は動いてはくれないのでヤエカ達の分は悪かった。

 森の中でヨシヒメは破片をフクタロウに投げ付けた後そのまま立ち去り、ヤエカとササメもヨシヒメに続いてそのまま帰ってしまった。彼女達の性格では頭に血が上って、そのまま宝石の破片の事等すっかり記憶から抜け落ちているのだろうとも容易に予想は付いた。

 彼女等は配分を提案もせず所有も主張しなかった――ミツタカとフクタロウが宝石の破片を所有する事に何の問題も無かった。

「い……いいのかな……。」

 昆布出汁の効いた澄まし汁を啜り、フクタロウは困惑に眉を寄せ溜息をついた。

「いいんだよ。嫌な思いさせられたんだ。これ位は貰っとけ。」

 にやにや笑いながらミツタカはフクタロウの席の傍らに置かれた背嚢を見た。

 バスケットボール程の大きさの宝石丸ごと一個の価値が今の定宿の最上級の部屋に一年泊まれる程だとして、破片の方の買い取り額はそれが三ヶ月程になるというところだった。

 一年が三ヶ月に下がると考えてしまうから見劣りするだけであって、町での生活の中で三ヶ月も何もせずに宿暮らしが出来るというのは充分に価値のあるものだった。

 ヤエカ達にはそうした考え方がいつも欠けていた。

「後は……まあ。暫くはお前のスキルを鍛えながら、二人で出来る仕事で当座を凌ぐか……。」

「う、うん!」

 二人で出来る仕事――その言葉にフクタロウの表情は輝き、本当に嬉しそうにミツタカを見ていた。

「……そんでどっか俺達を入れてくれるパーティ探さなきゃな……。」

 フクタロウのその表情を見ない様にさり気無く、ミツタカはテーブルの隅に置かれた急須へと手を伸ばした。



 翌日。いつもよりは少し遅くミツタカは寝床から起き、ゆっくりと支度をして狩部の事務所の裏口へと足を運んだ。

 裏口の近くでは、既にいつもの薄汚れた背嚢を背負ったフクタロウが待っていた。

「お……おはよう……!」

 俯きがちではあったが少し嬉しそうにフクタロウはミツタカへと挨拶をしてきた。

「おう。待たせたな。」

 ミツタカの言葉にフクタロウは慌てて頭を横に振った。

「そんな事無いよ。オレの宿、すぐそこだし。」

 フクタロウが目で指し示したのは狩部の建物のすぐ向かいにある古びた宿舎だった。

 見習いや駆け出しの狩り人達への支援の一環として、格安の料金で部屋の貸し出しが行われていた。しかし今時は安価でも綺麗で住み易い建物が増えた事情もあり、そちらに人が流れている為にフクタロウの様な駆け出しの期間を過ぎた者でも居座り続ける事が出来ていた。

「そういやそうだったな。」

 ミツタカは古い宿舎を振り返って苦笑を浮かべた。

「それじゃさっさと換金してお前を鍛えなきゃな。」

 朝は仕事を取り合う狩り人達で慌ただしく、昼だと午前中だけの仕事を済ませた者達で騒がしいので、それらの隙間のこの時間帯は人が少なく動き易かった。

「え……、う、うん……。」

 ミツタカと居られるのは嬉しかったものの、今日は何をさせられるのかと少しだけ不安に思いながら、フクタロウは裏口の引き戸を開けて中に入っていくミツタカを追い掛けた。  

「――はい、こちらが買取についての明細書です……。」

 買い取り窓口の今日の担当職員は運が良かったのか悪かったのか、昨日ミツタカ達のパーティの解散届を受けた青年職員だった。

 昨日の事情を充分に承知している青年は何処か諦めた様な表情で手続きを進めていった。

「おう。そしたらこの金を半分ずつ、俺とこいつの口座に入れといてくれ。」

「え? あ、はいかしこまりました。」

 てっきり買い取り額の全額か大部分をミツタカが手にすると思い込んでいた青年職員は、一瞬驚いて顔を上げてしまったもののすぐに返事をし直した。

 青年職員の驚きと不審気な表情に見送られながら、ミツタカは次に武術の練習場の使用許可を得てフクタロウをそこに連れて行った。

「え? 今日は仕事は……?」

「休みだ。一先ずはお前の鍛錬だ。」

 戸惑いながら付いて来るフクタロウからの問い掛けに、ミツタカは珍しく真面目な厳しい表情で答えた。 



「けど……鍛錬……とはいうもののなあ……。」

 広い木造の倉庫の様な建物の中で、ミツタカは腕組みをして他の狩り人達の鍛錬の様子を見つめていた。

 練習場の中は大まかに半分ずつ、板張りと石を敷き詰めた床とに分けられ、後はほんの僅かに畳や、土俵と呼ばれる特殊な格闘技用の土の台が盛り付けられた場所があった。

 木刀や棒を振り回し打ち合いの練習をしている者達や、半裸で汗をびっしょりと掻きながら何かの拳法の型を繰り返している者等、練習場の中は男女問わず一生懸命に鍛錬に取り組む者達の緊張感で満ちていた。

 そんな練習場の空気に気圧され、ミツタカの後ろで大柄な体を小さく縮めてしまっているフクタロウをミツタカは振り返った。

 背は然程高いという訳ではないものの、百七十センチ(ヒノモトの世界もメエトル法だった)位で低い訳ではない。体格も概ね筋肉質で横にがっしりと厚みを持っており、少し柔らかくふんわりとしていると言えなくもない腕や太腿の内にはしっかりとした筋肉が詰まっているのが見て取れた。

 こうした体格の者であれば拳法や柔術等の様な武術で戦うか、或いは斧や槌の様な重量のある武器を振り回して戦うか、盾を持って防御主体に立ち回るか――そうしたやり方でパーティに所属する事が多かったが。

 さて、「あらすじ」の中ではフクタロウはどの様に鍛えられていたか――ミツタカは授けられた知識を思い出そうとしたものの、そもそもフクタロウの主役達に対する立ち位置は後方支援の二軍三軍で、他の剣士や魔術師といった仲間達の様には戦闘の前面に出る事は無かった。

 何かの「イベント」とやらを起こす為に敢えてフクタロウを前面に押し出す事もあった様だが、その際のフクタロウは既にそこそこスキルを鍛えられており、「異空間収納」から火炎や氷雪を取り出して攻撃に転用する事も達者になっていた。

「ううむむ……。」

 あれこれと悩むミツタカの様子を、フクタロウは申し訳無さそうに見つめていた。

「ご、ごめんね……。オレなんかの為に……。」

 俯きながらぼそぼそと呟く様に向けられたフクタロウの言葉に、ミツタカは不快そうに眉を軽く寄せた。

「謝るんじゃねえ。」

 フクタロウを咎めつつも――フクタロウをこんな風にしてしまったのはミツタカやヤエカ達のせいだった。きちんと対等なパーティの仲間として扱わず見下してきたのに、何を今更仲間面して兄貴ぶっているのか――。

 そんな自責の思いを誤魔化す様にミツタカもまた視線を逸らしてしまった。

「――取り敢えず、まあ……基本的な方針としては、スキルのレベルを上げるのと並行して、木刀でも棒でも何か武術なり体術なりも鍛える感じだな……。荷物持ちだっていっても自分の身は自分で守れる様にしないとな……。」

 ミツタカはフクタロウへとそれらしい事を言い繕い、近くで剣道の素振りらしき動作に励んでいる剣士職の男女の集まりへと目を向けた。

「そ、そうだね……。が、頑張るよ……。」

 フクタロウも同じ様に剣士職の者達を見ながら、自信無さげに答えた。

 ミツタカが教えられるのは自身が武器にしている刀に関する事だけだったので、一先ずは無難に剣術の初心者向けの素振りからフクタロウに始めさせた。

「――そうだな……。もっと背筋を伸ばして……。」

 ミツタカの指示を聞きながらフクタロウはゆっくりとした動きではあったが、一生懸命素振りを繰り返していた。 

 ミツタカも練習場の隅に置かれていた木刀を手にして、その先端でフクタロウの腰や手元等をつつく等して指導していた。

「――ミツタカが何か指導してるって?」

「あー、あれフクタロウか。荷物持ちの。今更鍛えてんのか?」

 通りすがりにミツタカとフクタロウの姿に気が付いた者達が、物珍し気に遠巻きに二人の鍛錬の様子を眺めていた。

「ヤエカ達と仲間割れしたんだってなあ……。一応はリーダーなのになあいつ。追ん出されたって。」

「聞いた聞いた。……んで、フクタロウ扱いて腹いせか?」

 野次馬達は無責任にこそこそと喋り合っていたが、確かに今迄のミツタカの評判と、今汗まみれでふらつきながら素振りに励んでいるフクタロウの様子から曲解されてしまうのも無理は無い部分はあった。

「フクタロウも可哀想になあ。いつまでもミツタカに連れ回されて。」

 一応は同情の言葉を口にして、野次馬達はまたそれぞれ自分達の鍛錬に戻ったり、或いは練習場から出ていった。

 野次馬達の無責任な言葉は微かに二人の所にも聞こえてはきたが、二人共それについては何も言わず素振りを続けていた。

 素振りの練習を始めて然程せずに昼食の時間になったので、一先ず休憩する事にしてミツタカとフクタロウは練習場を後にした。

 普段重い荷物を持ってくたびれもせず長時間歩く事が出来ているというのに、武術に使う筋肉はまた違うという俗説通りなのか、短時間の訓練なのにフクタロウは木刀を持っていた両手も痺れてしまい足の筋肉も悲鳴を上げてふらついてしまっていた。

「昼がすぐで丁度良かったのかもな。」

 手拭いで汗を拭きながら裏通りをふらふらと歩くフクタロウの姿にミツタカは苦笑した。 

 狩部の建物の向かいのいつもの居酒屋で昼飯にしようかとも思ったものの、ヤエカ達と鉢合わせするかもしれないと考えると、そのまま自分の宿の食堂まで歩く事にした。

 昼時の食堂は混雑してはいたが何とか隅の席を確保し、ミツタカは日替わり定食を注文した。

「しっかり食っとけよ。午後も鍛錬だ。」

「え……う、うん……。」

 ミツタカの言葉に対する拒絶の色は無かったものの、フクタロウの返事には戸惑いの気持ちが大きく含まれていた。 

 運ばれてきた定食の味噌汁を啜りながら、ミツタカはフクタロウの戸惑っている顔を見た。

 そもそもが神降ろしで得た知識が、ここが物語か何かの世界の様なものだとか、これからの自分達がどうなるかだとか、そうした異質なものである事にミツタカ自身もずっと困惑はしていた。

 今迄他の狩り人達が得た異世界からの知識といえば何か薬や化粧品を作ったり、ゴミとして捨てられていた様な家畜や魔獣の内臓や、雑草から美味な料理を作り出す方法とか。そうでない場合は森や海の何処そこに宝物が埋まっていると言う様な、どちらかというと即物的なものだった。

「――あ……。ええと……。」

 味噌汁の椀を口にしたままじっとミツタカに見つめられている形になってしまったフクタロウは、顔を赤くして大きく俯いてしまった。

「あ、ああ、悪い。ちょっと考え事してた。」

 ミツタカも慌てて言い訳を口にして目を逸らし、椀を置いた。

 ミツタカが授かった知識は、フクタロウの解雇が居酒屋でなく受付で起こったり、自分までもが追い出されてしまったりと随分外れてしまったものの――。

 しかしそうした表面的な出来事の当たり外れではなく本質的なところで、得た知識は本当の事なのだという不可思議な実感がミツタカにはあった。

 物語の強制力とか、物語の流れていく方向とか。ミツタカには今一つ馴染みの無いそんな言葉が頭の中に浮かび続けていた。

 フクタロウは追い出され、ミツタカ達は報いを受ける――それ自体はまだ何も変わっていないという直感があった。

 昼食の後も二人は夕方まで練習場に籠もり、素振りや型の初歩的な練習を繰り返し行なった。

 たった一日では何かが上達したと言う事もなく、剣術への向き不向きも判る筈もなかった。

「お疲れさん。……明日はスキルの方の鍛錬だ。」

 木刀を箱の中へと戻すと、ミツタカは周囲には聞こえない様に小声でフクタロウへと囁いた。

「う、うん。」

 既にミツタカから色々と教わって鍛錬を行なっていく事がフクタロウの中では決定事項になっていた様だった。

 むしろ嬉しそうに目を輝かせ、フクタロウは強く頷いた。



 翌日。やはり狩部の裏口で待ち合わせていたミツタカとフクタロウは合流すると、今日はスキル訓練の受付窓口へと足を運んだ。

 「水魔法」や「火魔法」等のよく知られた種類のスキルについても、きちんと時間と場所を整えて訓練をしたいという者も少なくはなかったので、窓口を訪れる者は意外と多かった。

 観葉植物の大鉢や、人目を惹く美しい絵画、或いは狩部からの告知や広告等を貼り付けた掲示板等――さり気無く目隠しを意図して配置されたそれらの奥にも窓口があり、そこは特殊なスキルを得た者についての相談窓口だった。

「……ええと。」

 誰にとって運が良いのか悪いのか。ミツタカとフクタロウが座った窓口の受付は先日からよく鉢合わせしている青年職員だった。

 他の窓口とは比べ物にならない程に守秘義務を徹底され、場合によっては荒事に巻き込まれる恐れもあるここの窓口に配置されているというのならば、この気弱そうな青年もそれなりに実力があると言う事なのだろう。

「おう。お前さんなら話は早い。こいつの訓練、今日は俺も付き合うんで二人分、部屋の使用許可をくれ。」

 見掛けによらず実力があるのだろうと思われる青年職員に内心感心しながら、ミツタカは隣に座っているフクタロウを親指で指し示した。

「ええと……。」

 青年は困惑しながら営業用の微笑みを引き攣らせた。

 フクタロウが「異空間収納」のスキルを神降ろしによって授かり、先日もここの一室を借りて自主訓練をしたというのは手元の記録書類で理解出来た。

 所属していたパーティがフクタロウとリーダーのミツタカを追い出し、手続き上は解散になったというのも目の前で見ていたし、その後二人は昨日から武術の練習場で何かしら鍛錬を始めたとも狩り人達からの噂を耳にもした。

 そして今日は二人でスキルの訓練に来た。

「ええと……。」

 一応は良識ある職員の一人である青年は引き攣った笑みのままミツタカとフクタロウを交互に見た。

 普通に好意的に考えれば、仲間割れでも何でも、所属していたパーティが駄目になってしまったので武術なりスキルなりの訓練をやり直し、再起を考えて行動しているのだろうな――と、見れなくもない二人の行動ではあったが。

 だが、一人は悪辣なところは一応は無いものの欲深く職員の間からは問題児ではあると思われているミツタカと、もう一人は気弱で内向的でミツタカ達から見下されいい様に扱われてきたフクタロウであった。

 「異空間収納」の特性と考え合わせて、ミツタカが自分のいい様にフクタロウを扱き使い良い思いをしようとくっ付いていると見えなくもない訳で……。

 職員としての良心に従い、彼はこのまますんなりと許可を出すというのも抵抗があった。

「少々御待ち下さい。長を呼んで参ります。」

「お、おいっ……。」

 面倒事は一先ず一番偉い者に押し付けよう。青年は呼び止めようとするミツタカに営業用の笑顔でそう言うと、一旦窓口の奥へと引っ込んだ。

「――これはまた随分と面倒そうな組み合わせでございますね。」

 数分もしない内に窓口の奥からは、青年職員を引き連れてすらりと背の高い角刈りの初老の男性が姿を現した。

 ミツタカよりも角ばった厳つい顔立ちに背が高いと言う事もあり、見る者に威圧感を感じさせないでもなかったが、その言葉使いは目下の者達にも丁寧で表情も柔和だった。

「何で長まで引っ張り出すんだよ。」

 青年職員へとミツタカは不満気な視線を向けたが、長の後ろに隠れる様にして青年はミツタカからの視線を避けた。

「一部のスキルにつきましては狩部の長が狩り人達から相談を受け、場合によってはこれを保護し、また適切に育成いたします――。わたくしが相談をお受けするのに何も問題はございませんよ。」

 白髪の多くなった角刈りの、何処かの漁場や工房で乱暴に怒鳴り散らす様な親方にしか見えない初老の男は、改めて丁寧にミツタカへと狩部の決まりを説明した。

「理屈はそうだけどよ……。」

 ミツタカは諦めはしつつも、まだ不満気に溜息をついた。

 前回は他のスキルを持つ者達が使う様な簡易的な個室で自主練習を行なっただけだったので、フクタロウの方も今日は狩部の長までが出てきた事にひたすら驚き、呆然としてしまっていた。

「では防音の方の個室に参りましょうか。――君、御苦労様でした。この二人につきましてはわたくしが引き継ぎます。」

 長は後ろで待機していた青年職員に声を掛けると立ち上がり、ミツタカとフクタロウを奥の部屋へと促した。



 二人が案内された個室は四畳半程の板張りの部屋で、簡素な机と二つの丸椅子が置かれていた。

「さ、お掛け下さい。」

 余りにもさり気無く長から勧められ椅子に座りそうになったミツタカだったが、

「おい、流石に長を立たせる訳にはいかねえだろ?」

 流石の礼儀知らずのミツタカも狩部の長へ慌てて席を譲った。

「お……オレは座らなくてもいいから……。」

 狭い部屋で偉い人間と同席している事に緊張しながら、フクタロウはミツタカの後ろに隠れる様に立った。勿論フクタロウの大柄な体は全然隠れてはいなかったが。

「仕方ありませんね。」

 長はフクタロウの様子を微笑ましそうに眺め、ミツタカと相対して机の前へと座った。

「さて――こちらのフクタロウ君のスキルの自主訓練に同席したいというお申し出ですが。どの様な理由かお聞かせ頂けますか?」

「そ、それは……。」

 厳つくはありながらも穏やかな表情と口調で長から尋ねられ、ミツタカはどう答えたものかと口籠ってしまった。

 そもそもは自分が借金まみれになって追い詰められたり酷い目に遭ったりしない様にという保身の目的も大きかったが。

 その目的もあるし、また今迄のフクタロウを見下した扱いをしてきた事への罪滅ぼしという気持ちも、勿論全く無い訳ではなかったし……。

「ふふ……。きちんと自分の考えを言葉にして相手に伝えるのも、大事な事ですよ。――まあ、欲張り小僧のミツタカ坊も何か自分の事を省みる事があった様ですね。」

「……なっ!」

 小僧だの坊だの呼ばわりにミツタカは思わず顔を赤くし長を睨み付けた。

 長年狩部の長を務めてきた男は、既に色々と見透かしたかの様な調子でミツタカと後ろのフクタロウを優しく見つめた。

「ごく稀に居るのですよ。神降ろしで通常とは違う知識を授かってしまう者が。例えば自分とは違う別の人間の生きてきた人生の記憶とか、別の世界の住人の人生の記憶とか――後はそうですね。ここが絵草子とか芝居の中の世界であるだとか。それにより、素行や気性の良くない狩り人が心を入れ替えたり反省したりという事も何件かありましたね。」

 その言葉にミツタカは驚きを通り越して恐怖感すら顔に滲ませてしまっていた。

「まあ、一つの例え話ですよ。」

 長はミツタカを宥める様に軽く手を上げ微笑んだ。

「――まあその……。確かにちょっと風変わりな知識は授かっちまった。」

 長の事を信頼していない訳ではないが、今いきなり何もかもを打ち明ける心構えも出来ていなかったので、ミツタカは取り敢えずフクタロウの「異空間収納」の事についてのみ話をする事にした。

 一般に知られている様な物品を劣化せずに収納出来るだけに留まらないその力について説明すると、長は静かに頷いた。

「よく話してくれました。中々に興味深いお話でした。狩部の方でも同じスキルを持っている他の方達の様子には注意しておきましょう。お手数ですがあなた方のスキル訓練の進み具合や上達具合等についても適宜報告して下さると有難いです。」

「ああ……判った。――て、事でいいよな? すまん、勝手に話進めちまって。」

 ミツタカは長からの話に頷き、背後のフクタロウへと振り向いた。

「うん、それでいいよ。でも……「異空間収納」ってそんなにスゴイスキルだったんだ……。」

 まだ自分の事として実感出来ていない様で、フクタロウは何処か他人事の様にぼんやりと呟いた。

「知識を授かったミツタカ坊から色々と教わりながらの方が上達が早いかも知れませんね。」

 長からの坊呼ばわりがまだ続いている事にミツタカは顔を顰めたが、フクタロウはそんな事を気にした様子は無く、ただ憧れと感心の目でミツタカの事を見つめていた。

「ホント、凄いや……。」

「――……。」

 憧れに目を輝かせているフクタロウの向こうに、かつてのミナミヤスハラ村で出会った痩せ細ったひょろっちい少年の姿をミツタカは思い出してしまっていた。

 彼もまた、頬を染め目を輝かせミツタカの事を見上げていた。

 ミツタカはそれらから目を逸らし、居心地悪そうに坊主頭を掻いた。

「――ふふ。」

 いずれその内、きちんと自分達の気持ちを話せる時が来るでしょう……。

 長はただ二人の様子を微笑ましく見つめていた。 

 月末のクソ忙しさとストレスによりどうも体力が低下していた様で、風邪をひいてしまいました。

 幸いというか何と言うか微熱のままで寒気も関節痛も無く、咳と鼻水だけの所謂昔ながらの風邪の様ではありますが。折角連休に原稿やったり園芸やったりしようと考えていたのに台無しですワヨ全くもう。

 さてさて荷物持ち第三話、風邪で寝続けるのもしんどくて気分転換に書いてしまいました。

 もうちょっとこう、鍛錬後の汗まみれの体を風呂でみたいな場面も書きたかったのですが集中力が続きませんでした。良心的なモブが相撲の鍛錬もどうだい?と誘う小ネタも考えていたりしましたが没になりました。もしかしたら後日、修正して入れるかも知れません。

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