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第二話「解雇を回避する為に悩んでいたら、主役と荷物持ちとの間に起こる筈の類似イベントがこっちにも起こった件」

第二話「解雇を回避する為に悩んでいたら、主役と荷物持ちとの間に起こる筈の類似イベントがこっちにも起こった件」


「――……カ! ミツタカ!」

「どうしたのよ。」

 ヤエカやヨシヒメの声にミツタカは頭をふらつかせながらも意識を取り戻した。

 意識を失っていたと思ったのも、実際の時間にすればほんの一秒にも満たないものの様だった。

 宝玉の前に他の皆と立っていたまま、僅かの時間神降ろしの不思議な世界へと意識を飛ばされ、また戻って来た。

 前回の神降ろしの時と同様に何事も無く終わった――筈だったが。

「……!」

 ミツタカだけはひどい眩暈と頭痛に襲われ、頭のふらつきもひどくなり思わずその場に膝をついてしまっていた。

「ちょっとお、ミツタカ!?」

 ササメがミツタカへと手を伸ばすが、眩暈の為に少しミツタカが吐いてしまい慌てて手を引っ込めた。

「やだ、何で?」

 神降ろしで体に異常が出たとは今迄聞いた事も無く、ヤエカ達は困惑しながら座り込んでいるミツタカを見た。

「だ……大丈夫!?」

 フクタロウはミツタカの様子に青褪めながら慌てて傍に駆け寄った。

 もう吐く事は無い様だったが、坊主頭に冷や汗を滴らせながら苦しそうにしているミツタカへと、そっと手拭いを差し出した。

「あ、ああ……。何とかな……。」

 まだ余り焦点の合わないミツタカの目がフクタロウをぼんやりと捉えた。

 ――ミナミヤスハラ村出身の朴訥な青年。十一歳の頃に獣害に悩む村に派遣されてきた狩り人の中に居た当時新人の……。

 ――昔ながらの閉鎖的でしがらみの多い窮屈な村。例え次男三男でもそれぞれに独立して家族を作り村の人口を増やしていかなければならない。嫁を取り、子供を作り、畑を耕し山で狩りをし……。

 大量の情報を頭の中に一度に流し込まれ、それを整理し咀嚼するのに脳に負担が掛かっている最中なのだろう。

 ミツタカは軽い吐き気と眩暈の続く中で、心配そうに自分を見つめているフクタロウにあるか無きかの微かな笑みを向けた。

「……そうか……お前……。」

 無意識なのかそうでないのか、ミツタカの節くれだった掌がフクタロウの少し逆立てられた頭へと伸ばされた。

 一、二度ぽんぽんと軽く叩かれ――その行為にフクタロウが驚いて呆気に取られている間にもミツタカはよろよろと立ち上がった。

「大丈夫なのー?」

 ヨシヒメやヤエカが遠巻きにしながらミツタカへと声を掛けた。

「驚いたわ。急に具合が悪くなるなんて。」

 何とか持ち直し掛けているミツタカの様子にササメも安堵の息を吐いた。

「悪ぃ……。心配掛けたな。」

 まだ青い顔色ではあったがミツタカは何とか返事をした。

 だが、歩き出そうと足を踏み出し掛けてまた体をふらつかせてしまった。

「……!」

 ミツタカの体を支える様に慌ててフクタロウが身を乗り出し、手を伸ばした。

「まだ本調子じゃないみたいだし。そいつに手伝ってもらいなさいよ。」

「あ、ああ……。」

 ササメの言葉に特には反対もせず、ミツタカは軽く頷くとフクタロウに肩を貸してもらう事にした。

 重い背嚢を背負っている上に成人男性の体重が掛かり、結構な重量がフクタロウに圧し掛かってきてはいたが、俯いたフクタロウの表情は何処か嬉しそうだった。

「――へええ、あんた「水魔法」授かったんだ。結構イイじゃないの。」

「量が出せる様になったら出先で野営の時にも水浴び出来るじゃない!」

「アタシは「火魔法」だから合わせればお風呂も入れるわね!」

 一応はミツタカの体調を気遣ってはいた様だが、帰途のヤエカ達は自分達が何のスキルを授かったかという話題で盛り上がっていた。

 フクタロウは前回はこの森の第四層の沼地に大きな宝石が埋まっているという知識を授けられたが、そこはかなりのレベルの狩り人でないと出掛けていくのは無理な場所であり、実質的には意味の無い授かり物だった。

 その為どうせ今回も碌な知識を授かってはいないだろうと、ヤエカ達ははなからフクタロウが得た物については興味を持っていなかった。

 楽し気に自分達のスキルの使い道や鍛え方を喋り合っているヤエカ達は、ミツタカの体調を今も気遣っているか怪しいものだったが、ミツタカの方も既に彼女等の様子に関心を抱いてはいなかった。

 何とか自分の足で歩いてはいたものの、まだ充分には足に力が入っていない為にどうしてもフクタロウの方にミツタカは体を預けがちになってしまっていた。

 息も荒く額に汗を滴らせながら、重い背嚢とミツタカの体を支えてフクタロウは一生懸命山道を歩き続けていた。

「――すまねえな……。」

 珍しくミツタカが礼らしき言葉を口にしたので、フクタロウは思わず立ち止まり顔を上げてしまった。

「そ、そんな事……。べ、別に大丈夫だから……!」

 慌てて頭を振りフクタロウがミツタカの顔を見ると、いつもと違って――毒気が抜けたとでもいうのか、何処か微かに柔らかさを感じさせるものがあった。

 坊主頭の上や横に少し切り傷の跡があり、角ばった強面の顔立ちは二十二歳という年齢よりも上にいつも見られがちではあったが。

 いつもと少し様子が違う事に戸惑いつつも、いつまでもミツタカの顔を見るのも憚られたのでフクタロウはまた俯くと再び歩き始めた。

 俯くフクタロウの頭を見下ろしながら、ミツタカはまだ眩暈と吐き気の残る体に何とか力を込めフクタロウに歩調を合わせた。

 ――ミツタカはまだ今一つ理解し切れてはしなかったが、今日の神降ろしで授けられた知識はこの世界が何かの物語や遊戯の舞台の様なものだと言うのだが……。

 だがまあ、それはそれとして、自分達に関するこの先の出来事についての知識を授けられた事が、ミツタカの心を混乱させ、暗いものにしてしまっていた。

 鈍臭くて冴えない荷物持ちのフクタロウ――こいつをパーティから解雇して追い出した後、ミツタカ達は怠惰で放逸な生活を送り、借金が嵩んで追い詰められる。

 金に困ったミツタカ達は半ば自棄で巻き返しを図るものの――。

 流石に欲深で他人を大して顧みずに振舞ってきたという自覚はあったものの、ミツタカも自分達が取り返しのつかない程に酷い目に遭う未来は遠慮したかった。

 そんな未来を避ける為にはフクタロウの解雇は取りやめなければならない。

 それに神降ろしで授けられた登場人物の人となりや来歴の知識の中には、フクタロウの得たスキルや、鍛えられた後の体力や戦闘能力等の情報もあった。それらの内容は、ムロハラの町で活躍する中堅の狩り人達に引けを取るものではなかった。

 フクタロウは決して役立たずではなかったのだった。

 こちらから何も言いださなければ、フクタロウはずっと自分達と――ミツタカと離れる事は無い筈だった。

「――すまねえな……。」

 先程とは違う意味なのか、同じ意味なのか。

 ついまた、一応は謝罪の言葉がミツタカの口から漏れた。

「だ……大丈夫だから……。」

 珍しく重ねられた気遣いの言葉に赤くなる顔を俯いて押し隠し、フクタロウはそれだけを返して歩き続けた。

 町に戻ったヤエカ達は一応はミツタカを気遣いはしたのか、狩部(かりべ)の事務所の裏側の通りにあるミツタカの定宿までは付いて来た。

「しっかり休みなさいよ。」

「あんたがリーダーなんだから。ちゃんと寝とくのよ。」

「じゃあ明後日にね。」

 ミツタカの体調を考え、明日はパーティでの活動は休みと言う事にしてその日は解散となった。

 ヤエカ達は一応の気遣いの言葉を残してそれぞれの宿へと帰っていった。

「今日は悪かったな。」

 宿の暖簾の前でそう言ってミツタカはフクタロウから体を離した。

「ううん。……部屋まで大丈夫?」

 フクタロウの問いにミツタカは軽く笑って答えた。

「ああ、別に怪我とかした訳じゃなかったしな。大分ましになってきた。」

 ミツタカの答えにフクタロウも安堵の息を吐いた。

「じゃ、じゃあ……。」

「おう。」

 フクタロウはミツタカにそう言うと自分の宿へと帰っていった。

 ミツタカは少しの間フクタロウの後ろ姿を見送っていたが、軽く頭を振り、柄でもないと溜息をつき宿の中へと入っていった。

 明後日からはヤエカ達の機嫌を取りながらも、フクタロウへの当たりも軽くなる様に庇わなければならない。

 今日の神降ろしの後遺症とは違う頭痛がミツタカに生じ始めていた。



 翌朝。

 神降ろしによる脳への負荷が治まった後は特に心身に異常も無く、いつも通りの時刻にミツタカは目が覚めた。

 宿の食堂で朝食を取り、折角の休みだからと部屋に戻ると二度寝をする事にした。

 心身に異常は無いとは言っても日頃の疲れがたまっていたのか、ミツタカが再び目を覚ましたのは昼少し前の時間だった。

 寝ていても腹は減っており、昼飯を食べにまた宿の食堂へとミツタカは足を運んだ。

「ん?」

 食堂の暖簾の前まで来ると、何人かの客に混じって食堂へとやって来る小さな紙袋を持ったフクタロウの姿がミツタカの目に入った。

 食堂の方は宿泊客以外も食事をしに立ち入る事が出来たので、フクタロウも昼飯を食べにやって来たのだろうかと首をかしげつつ、ミツタカはフクタロウが近付いて来るのを待った。

「何だ。お前も今日はここでメシ食うのか?」

 ミツタカがフクタロウに尋ねると、フクタロウは軽く頭を横に振った。

「ううん。受付の人に訊いたらこっちだって言うから……。」

 長期宿泊者の顔は宿の者に覚えられていたので、ミツタカが食堂に向かうのを受付の者に見られていたのだろう。

「あ、一応、お見舞いにと思って……。」

 フクタロウが差し出した小さな紙袋をミツタカが受け取ると、中からは爽やかな甘みを感じさせる柑橘の香りが漂ってきた。

 袋を少し開けるとさらに強く柑橘の香りがミツタカの顔の前へと立ち上った。

 意外とずっしりとした重みを感じさせる中身は、ムロハラから少し離れた地域の山村で栽培されている大蜜柑だった。

「あー……。ありがとな。」

 たった一個だけ入っていた黄色い塊――握り拳二つ分程の武骨で大きく重い大蜜柑と、どっしりとした図体のフクタロウとが何故か重なって見えてしまい、ミツタカは柄にもなく微かな笑みを浮かべてしまっていた。

 珍しく礼を言ってきたミツタカの様子に、フクタロウは目を見開いて驚いていた。

「……! う、ううん……。」

 だがフクタロウは俯きつつも嬉しそうに口元を綻ばせていた。

「そ、それじゃ……。また明日……。」

 見舞いの品を受け取ってもらえた事に満足し、フクタロウは俯きがちにそう言うと足早に立ち去っていった。

「お、おい……。」

 折角だし一緒に飯でも――そう呼び止めようとしてミツタカは思い留まり、フクタロウへと伸ばし掛けた手を下ろした。

 柄でもない。今迄のミツタカならば、礼は少しは言ったかも知れなかったが、ヤエカ達程ではなくても何処か低く見ていたフクタロウをわざわざ飯に誘う事等あり得なかったのに。

 あいつの機嫌を取っておいて、仕返しされない様に予防線でも張っておくとでもいうのか。

 自嘲気味に溜息をつき、ミツタカは去っていくフクタロウのどっしりとした大きな背中を見送っていた。

 何故か味気ない様な気がする昼食の丼物をかき込んだ後、ミツタカは自分の部屋へと戻って敷きっ放しの布団の上へと横になった。

 枕元へと置いた紙袋からは大蜜柑の香りが漂っていた。

 昨日の神降ろしの後から――どうにも調子の狂う様な、漠然とした違和感がミツタカの胸中でわだかまっていた。

 自分が自分でない様な――とは言い過ぎだったが、今迄の強く男らしくあろう、他人の事等気に掛ける必要等無く欲深であろうと振舞ってきた事に何かしら水を差されてしまったかの様な……何とも言い様の無い落ち着かない思いを自覚し始めていた。

「――大蜜柑なあ……。これ、「イベント」だとか「あらすじ」だとかいうヤツにあったよな……。」

 大きな溜息と独り言を漏らし、ミツタカは体を起こすと枕元の紙袋へと視線を落とした。

 神降ろしで得た知識――主役達の物語のあらすじの中に、旅の途中で体調を崩して寝込んだ主役を見舞うフクタロウの話があった。

 双子の美人呪術師やら猫神の美人剣士やらに比べると、フクタロウは二軍三軍の後方支援の、主役パーティの中でもやはり目立たない位置付けではあったものの、それでもそれなりにパーティ内の者達との遣り取りはあった様だった。

 フクタロウの出身のミナミヤスハラ村でも栽培されていて、懐かしさもあり、滋養もあるという事で主役への見舞いの品として購入してきたというあらすじだった。

 大蜜柑はムロハラの町でもよく売られていて決して珍しい品物ではない。思い入れのある果物が売られていれば、主役が相手ではなくてもフクタロウは見舞品として買い求めるだろう。 

 主役への見舞についてのイベントがミツタカへの見舞に置き換わってしまったという訳ではないだろうけれども――。

 ――だが、フクタロウがどういう思いでミツタカに見舞の品を持ってきたのかは、神降ろしの知識で知ってしまった。

 ――知らされてしまっていた。

「……クソ。」

 不愉快そうにミツタカは坊主頭をがりがりと掻き、紙袋から大蜜柑を取り出した。

 他人の嫌がる事をしてはいけません。他人の立場に立って考え、思い遣りを持ちましょう。

 寺や神社の僧侶や神主達が村の子供達に説く道徳だか説教だか――そんなものを今になってミツタカは思い出してしまった。

 昨日の神降ろしで流し込まれたのは、漠然としたものではあったものの奇妙な実感を伴った、他人が何を思い考え行動してきたか――文字通りの他人の立場に立った物の見方だった。

 大蜜柑の皮へと爪を立てると、一際強く爽やかな柑橘の香りが部屋中に広がった。

 ――コツがあるんだ……。こう引っくり返して蜜柑のおヘソに親指の爪を、こう……ぐぐって押し込んで……。

 俯きがちにぼそぼそと喋りながら、大蜜柑の分厚い皮の剥き方を説明し実演するフクタロウの姿もまた、物語のあらすじの中にあった。

 ――そんで、薄皮剥いて、種も取って……。結構手間掛かってめんどいんだけど……。でもすっごく美味しいんだ……。

 手際良く薄皮と種が取り除かれ、大振りの真っ黄色な中身が皿の上に並べられ。

 フクタロウの手からベッドの上で体を起こした主役へと差し出される様子もまた、このままフクタロウがミツタカ達から解雇されればいつか何処かで起こる出来事なのだろう。

 神降ろしの記憶の中のフクタロウの説明の通りに大蜜柑の分厚い皮を剥き終わると、ミツタカはそのまま大振りの房を一つちぎると薄皮も剥かずに口の中へと放り込んだ。

 ――……俺も面倒だから、薄皮とか一々剥かなくてそのまま食べたりして、……で、口の中で種だけ選り分けて、こう、ぷーって吐き出してさ……。行儀が悪いなんて言われて親には怒られたけど……。

 主役に一生懸命に語り掛けるフクタロウの様子を横から見ているのは、主役パーティの中の誰かからの視点なのだろうか。

 フクタロウの様子を微笑ましく好ましいものとして眺めているパーティの仲間達からの感情もまた、ミツタカの得た知識の中にあった。

 大蜜柑の房を薄皮ごと噛んでいる内に、薄皮の仄かな苦味がミツタカの口の中に広がっていった。

 ――俺はちょっとだけならこの苦いのも好きなんだ……。ええ? 兄ちゃん、わざわざ種だけのけて薄皮付いたまま食べるの? あ、……ご、ごめん、馴れ馴れしかったね……。兄ちゃんなんて言って……。

 大蜜柑を噛み締めている内に、いつの間にか神降ろしで流し込まれた知識とは違う――すっかり忘れていた記憶を思い出していた。

 そうだった。他人から頼りにされて兄貴とか兄ちゃんとか呼ばれる様な強い男にならなければならなかった。

 あの村に派遣された辺りの年頃に、そう強く決心しなければならなかった。

 ――……いいの? 兄ちゃんて呼んでも……。……へへへ……何か改めて呼ぶのは、何か照れ臭いな……。……に……兄ちゃん……。

 兄貴とか兄ちゃんとか兄さんとか。それらはただの、他人から頼りにされる強い男という、他人からの敬意を表すものに過ぎない筈なのに――。

 何で、あの時呼ばれた言葉は、あんなにも照れ臭くてくすぐったくて、心地良かったのだろうか。

 何で、それを忘れてしまっていたのだろうか。


 翌日。ミツタカの体調が回復したという事で、ミツタカ達のパーティは森での狩り人としての仕事を再開する事にした。

 特別に指名されての依頼が無い場合、狩り人達は「狩部」の事務所の掲示板に貼り出された仕事の中から自分に出来そうなものを探す事から一日が始まっていた。

 狩部の事務所の入り口を入ってすぐの広間に、仕事の案件を書いた紙を貼り付けた掲示板があった。

 一応仕事は、大雑把ではあるが難易度別に分けられおり、その仕事を受けたい者がその紙を剥がして受付に持っていき、狩り人のレベルと難易度の釣り合いに問題が無ければ受注が成立する――と言う様な流れになっていた。

 仕事が楽で報酬が高いものは勿論取り合いになる事が多かったが、ミツタカ達は今日は気負わず肩慣らしという事で、難易度も報酬もそれなりの平均的な魔獣の討伐の仕事を選んだ。

「――玉虫の魔獣かあ。運がいいと大きい宝石が中に入ってるんだっけ?」

 魔獣の特徴等が書かれた「狩部」所有の図鑑の写しの紙を手に森の中を歩きながら、ヤエカが一応今日相手にする魔獣の事について復習していた。

「運が良ければ、よ。」

 苦笑交じりにササメが溜息をついて大柄な胸と腹を揺らした。

「そうそう。普通はこーんな砂粒みたいなのしか入ってないんだから。」

 ササメとヤエカの間に割り込み、ヨシヒメはぴったりとくっ付けた親指と人差し指を軽く掲げた。

 宝石とは言っても砂粒程度では何の役にも立たず、わざわざ選り分ける手間も惜しいので余程大きな物が得られない限りは、魔獣の死骸ごと焼き捨てられる事も多かった。

 ヤエカ達がそんなお喋りをしている様子をいつもの後方を歩いてミツタカは見守っていた。

「ほら、余所見しない――ていうか、魔獣の方の警戒をしてくれ。」

 だが今日は後方に居つつもミツタカはフクタロウの横を歩き、いつもの調子で非常食用の木の実が無いか道端を目で追っていたフクタロウへと指示をしていた。

「今日は非常食はちゃんと用意してるだろ? この辺りは虫型の魔獣が多いから結構突然飛び出て来る事も多い。みんなが分担して注意しなきゃな。」

 木の実拾いも有意義な行動ではあったが、今日は予め買い求めていたビスケット状の非常携帯食を余分に背嚢の中に突っ込んでいた。

 木の実拾いに時間や手間を取られ、フクタロウがヤエカ達から鈍臭いと詰られる可能性を少しでも減らしたかったからだった。

 今更ながら狩り人の初級講習を思い出しながら、ミツタカは横を歩くフクタロウに今日行動する場所での注意事項等を説明していた。

「うん! 判ったよ!」

 ミツタカに教えられた通りに、まだぎこちなかったものの道端の木々の根元や被さってくる様に茂っている枝等へとフクタロウは一生懸命に視線を走らせた。

 荷物持ち職にも一応の初級講習は無料で行なわれていたが、そこから先の実践的な知識や技術、振舞い方はやはり現場でパーティを組んで行動していく中で経験し学んでいく事だった。

 普通であれば荷物持ち職を始めて二年程経過していたフクタロウも、既にそこそこの知識や技術は習得していて然るべきなのだったが……。

 ミツタカから色々と教えてもらって嬉しいという感情を隠し切れず、フクタロウは仄かに頬を染め目を輝かせていた。

 ……すまねえな。

 ミツタカは口から出そうになっていた謝罪の言葉を飲み込んだ。

 四年程前に田舎のミナミヤスハラ村からムロハラの町に出て来て、二年前に「狩部」に荷物持ち職として登録し仕事を始めたフクタロウがミツタカ達のパーティに雇われたのが一年程前。

 だがミツタカ達はフクタロウを安い料金で使い潰せる荷運びとして見下し、組んだパーティの人間として教えなければならない事柄もちっとも教えて来なかったのだった。



 そうやって森の中を歩いている内にミツタカ達は今日の目的地へと到着した。

 今日は目的地とは言っても、何処か明確な場所を目指していたという訳ではなく、玉虫の魔獣が多数生息している森の一角に大雑把な当たりを付けてやって来たというだけだったが。

「やっぱそうそう甘い話は無いわよねー。」

 余所の世界でいうところのバスケットボールとかボウリングの球程の大きさの丸みを帯びた甲虫の死骸を靴の爪先で軽く蹴ると、ヤエカは大きな溜息をついた。

 来る途中にササメやヨシヒメが言っていた様に、四十匹程駆除した玉虫の魔獣に大きな宝石を持ったものは一匹も居なかった様だった。

「そうだなあ……。」

 ミツタカも苦笑しながら虫の死骸を開けた場所の一角へと積み上げた。

「――あ、ちょっと、こいつの腹! やった当たりよ!」

 玉虫の死骸は重いのでフクタロウに運ばせていたヨシヒメが、虫の腹部の一ヶ所が艶やかに光を反射している事に気が付いた。

 フクタロウが死骸を地面に下ろすとヨシヒメはフクタロウを押し退けて、手早く虫の腹部へとナイフを差し込んだ。

「超当たりじゃないのさ!」

 ヨシヒメが取り出した巨大な緑色の宝石の玉の姿に、ササメもヤエカも歓声を上げた。

 玉虫の体の大部分を占めていたのではないかと思われる、一抱え程の大きさの宝石は売ればかなりの大金になると思われた。

 だが――。

「お、重い……。」

 宝石の大きさだけでなく密度もかなりのものの様で、非力なヨシヒメは兎も角、荷物持ちのフクタロウでさえも苦労する重量だった。

 魔獣が生きている間は魔法的なエネルギーの循環により、重い物を腹に抱えていてもそれなりに動く事が出来ていたが、死後はそれが失われ宝石の元々の重量が露わになっていた。

 背嚢の底に宝石を押し込み、それを背負ってフクタロウは立ち上がったものの、フクタロウにしては珍しく足をふらつかせ歩くのもやっとといったところだった。

「ちょっとフクタロッ。あんたスキルまだ使いこなせないの? 昨日「狩部」の事務所で練習してたじゃないのっ。あたし見たんだからね。」

 このままだと町に宝石を持ち帰るのにどれだけ時間と手間が掛かるのか。

 苛立ちを露わにヨシヒメはフクタロウを問い詰める様に声を荒げた。

 ヨシヒメの指摘にフクタロウは思わず肩を震わせ、何処か怯えた様な目でヨシヒメへと顔を向けた。

「おい……!」

 フクタロウを庇う様に、ヨシヒメを宥める様に、ミツタカは二人の間に割って入った。

 所属する狩り人達の技能向上の為に、「狩部」の事務所には武術や魔法の練習場が併設されていた。

 神降ろしで特殊だったり希少だったりするスキルを得た場合は、良からぬ輩に安易に近寄られない様に秘密にする者も多かったが、「狩部」の保護を求めてスキルの内容を狩部の長にだけ開示する場合も少なくはなかった。

 フクタロウの得たスキル――「異空間収納」はレベルを上げていけば大量の物資を劣化もせずに収納する事が出来た為、異世界からの知識が広まっているとはいえ物流が充分に整備されているとは言い難いこの世界では、非常に重宝されるものだった。

 得たスキルのレベルを安全な場所で練習して上げていく為に、フクタロウは「狩部」を頼ったのだった。

 買い物帰りのヨシヒメが「狩部」の事務所の裏口から出て行くフクタロウをたまたま見掛け、歩いていくフクタロウの手元に小さな石が出現したり消えたりしている様子を目撃していたのだった。

「……そ、それは……。」

 フクタロウは答えに困り、いつもの様に俯いて黙り込んだ。

「あれって「異空間収納」のスキルじゃないの! 何であたし達に黙ってたのよ。」

 問い詰めるヨシヒメの言葉に、ヤエカもササメも嬉しそうな表情になった。

 有用なスキルをこいつが得たのならば、このままずっと安い報酬で雇い続ければいい――。そんな下心が透けて見えていた。

「何でもいいから、「異空間収納」でこれ仕舞ってちょうだいな。」

「そうそう。こんなとこでもたもたしてたらいつまで経っても町に帰れないじゃないの。」

 ササメとヤエカは責め立てるかの様に俯き続けているフクタロウの前で騒ぎ立てた。

「フクタロウ……。」

 成り行きを見守っていたミツタカが気の毒そうにフクタロウを見た。

 練習した感覚を忘れない様にと歩きながらスキルの練習を続けていたのだろう。だが何処に人の目があるかも判らないのに外でそんな事をしたのは迂闊ではあった。

「……で、でも、全然スキルのレベル上がってなくて……。まだ全然収納なんて……。」

 何とか思い留まってもらおうとフクタロウはヤエカ達に顔を上げて言い訳を口にしたが、彼女等が聞き入れる事は無かった。

「何でもいいからやってちょうだいよ。多少は練習してるんでしょ?」

 ヨシヒメに押し切られ、それ以上強く反対する事も出来ずフクタロウは背嚢を下ろすと仕舞っていた宝石を取り出した。

「おい……。まだ全然レベル上がってないって言ってるじゃねえか。こないだ得たばかりのスキルなんだし。無理強いは良くないぜ……。」

 何とかミツタカが口を挟むが、一応のリーダーに対しての敬意も無くヨシヒメ達はむしろ煩わしそうにミツタカを睨み返した。

「うっさいわよ! あたしは最初から「水魔法」、そこそこのレベルで授かってるわよ。「異空間収納」だってそうかも知れないじゃないの!」

 例えば初心者がレベル一だとして、神降ろしで授かるスキルのレベルは全くまちまちで、最初から四や五といった高いレベルで授かる者も居た。

 だがフクタロウの得た「異空間収納」のレベルは初心者のものだった。ミツタカはその事を神降ろしで得た知識で知っていたが、それをどうヨシヒメ達に説明し納得させたものか――。

 ミツタカが悩ましく思っている内に、フクタロウは諦めた様な無気力な表情で地面に置いた大きな宝石へと両手を翳した。

 暫くの時間、フクタロウは脂汗を額から流す程にスキルの発動に精神を集中していた。

 初心者レベルではこのまま何も起こらないのではないか――ミツタカ達がそう思い始めた頃、宝石の周囲に靄が掛かった様になり、宝石の姿が歪み始めた。

「おー! イケそうじゃない!」

 ヤエカ達が喜びの声を上げた――が。

 その瞬間、宝石の周りの空間が大きく歪み、何かに吸い込まれるかの様に僅かに浮かび上がり――宝石は大きく弾け飛んだ。

「!!」

 思わず皆は腕を上げ、身を屈め、防御の姿勢を取ったが、そろそろと顔を上げると、フクタロウの手元にある粉々に砕けた宝石の残骸が目に入ったのだった――。

「こ……のっ、クソ役立たずっ!」

 この手の大きな宝石は丸ごと一つの状態でかなりの価値があると見做されるものだった。破片でも一応は宝飾品の素材としてそれなりに値段は付けられて引き取られはするものの、やはり丸ごと一個としての価値に比べてしまうとかなりの差があった。

 大金を儲け損なった事で頭に血が上り、可愛らしい顔立ちに似合わない荒々しい口調でヨシヒメは手近に転がった宝石の破片をフクタロウへと投げ付けた。

「おい!」

 流石に乱暴過ぎるとミツタカが慌てて手を伸ばし、フクタロウへの直撃は避けられたものの完全には阻み切れずに、破片はフクタロウの額の端を掠めて背後の茂みの中へと飛び込んでいった。

「……ふん。」

 謝りもせず、ヨシヒメはフクタロウと邪魔をしたミツタカへと一瞥をくれ、そのまま一人で町へと歩き始めた。

「あーあ。やってらんないわ。役立たず。」

「ホント。」

 ヤエカもササメもヨシヒメに同調し、白けた様子で大きな溜息をつき、ヨシヒメの後に続いた。

 破片の掠めた額からは微かに血が滲んでいたが、怪我の内にも入らない程度で済んで良かったとほっとしながら、ミツタカは座り込んで俯いているフクタロウの横へと腰を下ろした。

「まあ、これはスキルに理解の無いあいつらが悪い。気にすんな。」

 今迄のミツタカだったらおよそ掛ける事の無い言葉に、フクタロウは驚きに大きく目を見開いて思わず顔を上げた。

 「異空間収納」はレベルの上がっていない内は制御に失敗し易く、失敗した場合には収納しようとした物が破損する事もあった。

「……もっと怒られるのかと思った……。折角の宝石を台無しにしやがって……って。」

 フクタロウはぼんやりとした口調でミツタカへと呟いた。

 手に負えない魔獣に襲われたパーティから助けた際の謝礼を相場以上に毟り取ったり、討伐した魔獣の素材を狩部で買い取ってもらう時に文句を付けて長時間粘ったり――ミツタカの欲深い行動は町ではよく知られているものだった。

「そ、そうだな……。」

 フクタロウの指摘にミツタカは軽く眉を顰めた。

 普段のミツタカであれば、確かにあんな大きな宝石を台無しにされれば平常心ではいられなかったが。

 宝石も大事だったが、フクタロウが解雇されずに自分達がこの先ひどい目に遭わずにいられる為にどうすべきか――今日はそちらにばかり思考が向いていて他の事を気にする余裕が無かったのだった。

「そうだな――。――よし、取り敢えずこの破片、拾えるだけ拾ってから帰るぞ。ほら、何か袋出せ。」

 フクタロウの背中を軽く叩いて立ち上がると、ミツタカは地面に散らばった宝石の破片を幾つか拾い上げた。

「え、えええ……。」

 ミツタカの欲深い言葉にフクタロウは戸惑い、思わず眉を寄せてしまった。

「何だよ。今日の働きを少しでも金に換えなきゃな。俺とお前とだけで山分けだ。美味いもんでも食いに行こうぜ。」

 手の平程の大き目の破片を掲げ、ミツタカはフクタロウへと笑い掛けた。

 その笑顔は、フクタロウにとって強く懐かしさを感じさせるものだった。

「……う、うん!」

 ――兄ちゃん。思わずそう返事をしそうになったのをフクタロウは無理矢理飲み込んで立ち上がった。

 

 あー。世界がイモ臭い雄臭いガチムチ男子だけで満たされていたらなあ……(狂人のうわごと)

 新年度が始まり慌ただしい日が続きますが皆様如何お過ごしでしょうか。「荷物持ち略」としているこの作品、何とか第二話も書き上がりました。

 もっさりどっしりガチムチ男子達が何やかやわちゃわちゃするのはやはり素晴らしい。アタシの脳にとても良い。体力と気力があれば色々な作品をきちんと書き上げられるのに……と、老化によるエネルギーの低下を日々嘆いています。

 それはそうと、いつにも増して見切り発車で書き始めたこの作品ですが、ヤエカ達女性キャラの振舞いがアタシ的には余りにも下衆く描写してしまったのですが、こいつらへのザマァ描写どうしようかなーと悩んだりもしています。ヲカマのオッサン、正直、女人に対して何の思い入れも無いのでこいつら適当な所でフェードアウトでいいじゃろうとは思っているのですが。ただまあ物語のバランスとしては何も報い無しでというのもなあ……と。実に物語作りは難しいものですわ……。

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