第十六話「世話になっている人達の結婚の話が進む傍ら、己の結婚も進められそうになってしまっている件」
第十六話「世話になっている人達の結婚の話が進む傍ら、己の結婚も進められそうになってしまっている件」
リョウジロウとカヨはシラグチの町に着き、リョウジロウの両親に結婚の報告を無事に済ませた。
カヨとの結婚の正式な届け出をした後は、然程間を置かずに今のパーティの拠点をシラグチに移すか、ナミカ達が承諾しなければ解散して二人でシラグチに帰って自分達だけ活動拠点を移すつもりだともリョウジロウは両親へと告げた。
それはカヨとも話し合って決めていた事で、それを聞いた両親は喜び賛成してくれた。
後日ムロハラに戻ったら二人は改めてナミカ達にその事を話すつもりだが、ナミカとロクタロウは既に察している様だった。ミツタカがどうしたいかは予想が付かなかったが、もしムロハラに留まって他のパーティに入るつもりであれば出来る限りの口利きをしようと二人は考えていた。
その翌日にはシラグチの町から程近いカヨの出身地キタコウジ村へと行き、リョウジロウは多少緊張しながらもカヨの両親にも結婚の報告を行なった。
村の外へと独立して出て行き、狩部の職員として身を立てた娘の事は立派だと誇りながらも、独身のままだった事を心配していたカヨの両親や兄弟達は今回の事を殊の外祝福し喜んだ。
今更若い少女の様に派手な結婚式等はしたくないというカヨの意向を汲んでくれ、シラグチの町へと引っ越して来てから、両方の身内だけを呼ぶ小さな宴会を開いて結婚のお披露目に代える事となった。
そうして双方の両親達への報告を済ませたリョウジロウとカヨはキタコウジ村で一晩泊まり、翌朝ムロハラへと帰る為に通り道であるシラグチへと再び戻ってきた。
狩り人としての習慣なのか、小さな食堂で朝食を終えると余所の町でもまずは狩部の事務所へと二人は足を運んでしまっていた。
「何処の狩部も似た感じねえ……。」
「あー、カヨはシラグチの狩部は初めてだっけ?」
「あたしはムロハラ目指して出発したからこの町では一泊しただけで通り過ぎたからねえ……。」
カヨとリョウジロウがそんな事を話しながら何となく依頼掲示板のある広間へとやって来ると、隅の方で三人の中年の男女が心配気な表情をして一人の少女を取り囲んで話をしている様子が目に入った。
朝一番の狩り人達の行き交う慌ただしい時間帯は過ぎており、掲示板の広間は人の数も疎らになって比較的静かになっていた。
その為、彼等の様子は隅ではあったが少しだけ人目に付くものだった。
「……もう! 皆、心配し過ぎだわ。」
ほっそりとした体付きの髪の長い少女が溜息をつき、自分を囲む大人達を軽く睨んだ。
明るい黄色の地に小さな花を散らした着物を纏い臙脂色の縞模様のもんぺを穿いて、背中には少女の体格に対して少し大き目の背負い袋があった。
どうやら少女が一人で旅をしようとしているのを、大人達が心配して付いていくと言っている様だった。
リョウジロウとカヨは大して気にも留めず、ムロハラへ帰る途中で何か適当な依頼があれば受けてみようかと喋りながら掲示板を流し見していた。
「――兎に角。あたしはムロハラへは一人で行きますからね。勿論、護衛の狩り人さんは雇うけど。そもそも幾らお見合いの下調べって言ってもこんな大勢で先方に推し掛けても迷惑でしょ?」
意外としっかりとした口調でむしろ大人達を諌める様に言って、少女はまた軽く彼等を睨んだ。
「ムロハラ?」
彼女達の遣り取りを何となく背中で聞き続けていたリョウジロウとカヨは、ムロハラ行きという言葉に思わず軽く声を上げ、彼女達の方を振り返った。
彼女達もリョウジロウとカヨの反応に気が付き顔を向けた。
それからまた少女は大人達の方を見て先程からの話を続けた。
「心配するのは判るけど、受付で依頼出したら皆帰ってね。皆、仕事あるでしょ?」
「う……それはそうだが……。だが、成人したばかりの少女を一人で旅をさせるというのも……。」
少女の言葉に、濃い茶色の布地の着流しを纏った背の高い中年男性は軽く唸って溜息をついた。
男性の横に居た白髪の多い中年――というよりは初老に近い印象の男女も少女に心配気な眼差しを向けていた。
「いいえ。あたしらの仕事は嬢ちゃまの守りです。他の事は後回しでようござんす。」
「そうですそうです。」
彼等の言い草に少女は呆れ、また軽く怒りながら反論した。
「あのね! もう十六歳の乙女を捕まえて嬢ちゃまはないでしょ! いい加減にして!」
どうやらいい所の――例えば大きな農家や商家のお嬢さんが、何か思うところがあって一人旅をしようとしているところを家の者達が反対しているのだろう。
リョウジロウとカヨは彼女等の様子を見てそう判断した。
ムロハラに用事があるのであればリョウジロウ達にとっても都合が良かった。
「あの、お取込み中すみません。」
リョウジロウはにこやかな表情でそっと彼女達の間へと割って入った。
一瞬彼女等は不審気に眉を寄せてリョウジロウを見たが、すぐに警戒を解いた様だった。
すらっと背の高い整った顔立ちの青年が人懐っこく笑みを浮かべる様子は、若い女性でなくとも警戒心を抱きにくいものの様だった。
「何か……?」
この中で一番立場の上らしき中年男性が多少不審気にリョウジロウへと問い掛けた。
「突然すみません。ムロハラに行かれるとか護衛を頼むと言う様な話が聞こえましたので。俺――私達も今からムロハラに帰るところなんです。こちらも帰り道に護衛か何か適当な依頼を受けようかと考えていましたので……。」
リョウジロウの言葉に少女が嬉しそうに顔を輝かせた。
「まあ!」
「いけませんよ嬢ちゃま。狩り人なんて大体が乱暴者ばかりだと聞きます。女子供と舐めてかかって何をしてくるやら判りませんよ!」
女性の方が険しい表情で少女を庇う様に立ち、リョウジロウを睨み付けた。
「おいおい、おセツ……。」
中年男性はおセツという女性程にはリョウジロウとカヨの事を警戒はしていない様で、セツの剣幕に軽く溜息をついた。
少しの間、彼はリョウジロウとカヨを何か思案しながら見つめ、再度軽く溜息をついた。
「判った。サエカ、ちゃんとした狩り人を護衛に雇ってというのなら許そうじゃないか。」
「やった! 叔父さん有難う!」
男性の言葉にサエカと呼ばれた少女は文字通り飛び跳ねて喜んだ。
サエカの叔父という男性は半ば諦めた様に眉根を下げてサエカを見た後、改めてリョウジロウとカヨに顔を向けた。
「君達にはすまんが、儂等には狩り人の良し悪しがよく判らん。一先ず相談窓口とやらに一緒に行ってもらって、そこで話をしてからどうするか決めるという事で構わんだろうか?」
質の悪い狩り人は上辺だけ取り繕って言葉巧みに取り入り、何も知らずに依頼に来た一般の村や町の人達を食い物にする場合もある。
サエカの叔父は一応そうした知識はあり、可愛い姪を守ろうとしている様だった。
「はい。それで結構です。」
リョウジロウもそうした一般人の警戒心は理解しており、強引な態度を取る事はなかった。
「じゃあ、さっさと窓口行って、さっさと手続き済ませましょ! 早くムロハラに行かなくちゃ!」
サエカは明るく笑い、叔父達の背中を押して狩部の相談窓口へと向かった。
窓口までの短い距離の間に、サエカはリョウジロウとカヨに自分達の簡単な自己紹介を済ませた。
サエカはイチクラ村の村長の娘で、ムロハラに居る見合いの相手の様子を自分の目で確かめる為に出掛けるのだと言った。ここに付いて来たのは自分の父の弟――アキジロウ叔父さんと、自分の家で古くから仕えてくれている女中頭のセツ、その夫のサブロベエで、サエカ一人で旅をさせる訳にはいかない、自分達もムロハラまで付いていくと言い張っていたのだった。
「わからないこと、なんでもおきがるに」と平仮名で大きく書かれた看板の立てられた相談窓口のカウンターの前にサエカ達は座り、リョウジロウとカヨはその後ろに見守る様にして立った。
「――ムロハラまでの道中の、狩り人への護衛依頼ですね。――はい。たまたま居合わせた狩り人と契約を結ぶというのもよくある話でございますよ。――タグによるリョウジロウさん達の身分証明はこちらになります。」
初めての依頼で不安気なサエカや叔父達の様子を気遣い、窓口の初老の女性職員は丁寧に対応し、また手元の装置でリョウジロウ達がムロハラの狩部に所属する職員としての身分もある事を説明した。
「まあぁ! 狩り人の先生ですか!」
指導教官としての仕事をしているカヨの事を大雑把に理解したセツは驚きの声を上げ、今迄リョウジロウとカヨに向けていた胡散臭そうな者を見る目を即座に改めていた。
どうやら職員とか先生という様な肩書に弱い様だった。
「狩部の職員なら心配は無いだろう。」
何処かセツや自分に言い聞かせる様にも叔父が言っている事にサエカも気付き、サエカは叔父へと微笑んだ。
「何か、指導教官って言うし、普通の狩り人さんよりもきっと安心よ。」
叔父の兄――サエカの父の方は大して心配する様子も無く呑気に送り出してくれたのだが、とサエカは心配性の叔父に内心苦笑しながらも、窓口職員から渡された依頼票へと必要事項を記入していった。
依頼料を支払い一通りの手続きを終えると、サエカは早速ムロハラへと出発する事にした。
「くれぐれもお気を付けて行くんですよ。」
街道へと続く町の出入り口でサエカを見送るセツとサブロベエはいつまでも心配気な様子だったが、アキジロウの方は幾らかは落ち着き、セツを宥める様にその背中を摩っていた。
「お前の気の済む様に相手を見極めてきなさい。駄目な様ならば破談にするからさっさと帰ってくるんだぞ……。お前の幸せが一番なんだから。」
可愛い姪っ子を心配する叔父の言葉にサエカは苦笑しつつも頷いた。
「判ったわよ。ちゃんと相手の事を見極めて帰ってきます。」
そんなサエカ達の遣り取りをリョウジロウとカヨは微笑ましく見守り、セツとサブロベエが一応は落ち着いた頃合いを見て出発する事にした。
◆
「――えっ!? 何、本当なの!?」
道中、自分達の事をお互いに喋り合ったり他愛の無い世間話をしている内に三人は打ち解け、サエカの見合いの相手についての話になり――その相手がミツタカだという事にカヨもリョウジロウもとても驚いてしまった。
「やだ、凄い偶然!! いいじゃない!! あたし達に続いておめでた続きじゃないの!」
サエカとミツタカの縁談がもう纏まったかの様な勢いでカヨは嬉しそうな声を上げ、サエカの手を取って握り締めた。
「めでたく纏まるといいんですけど……。」
カヨの勢いに多少腰が引けてはいたものの、サエカもカヨ達との偶然の巡り合わせを喜び、またまだ見ぬ見合い相手の少年の事を思い頬を染めていた。
「そうだわ! ムロハラに滞在するのに狩部の宿舎に泊ればいいんだわ! 狩り人の登録して。ミツタカも宿舎で暮らしてるんだし。あいつの様子がよく判ると思うわ!」
街道を歩きながらカヨは自分の思い付きに満足そうに一人頷いていた。
「え? でもあたし狩り人なんて出来ないし……。」
カヨの思い付きにサエカは少し戸惑い、リョウジロウの方を見た。
「ああ、狩り人の登録自体は難しい訳じゃないから。登録だけしてたまに小遣い稼ぎで薬草や鉱石採集するだけの人間も居るしなあ……。宿舎に泊る為の方便だろ、カヨの言ってるのは。」
リョウジロウは浮かれた様子のカヨを苦笑しながら眺め、サエカへと大雑把に説明をした。
自分達の結婚話の上に、同じパーティの後輩の結婚話が出てカヨは舞い上がってしまっているのだろう。
「あ、そうなんですか。」
リョウジロウの説明にサエカはほっと安堵の息を吐き――しかしまた軽く表情を曇らせた。
「あ、でも、あたし、近い内にシラグチで商部に登録したくて……。お商売の勉強したくて。」
軽く視線を落としたサエカへとカヨは明るく笑い掛けた。
「それなら大丈夫よ。掛け持ちの登録も問題無いわよ。自分の店で売る魔獣の素材を自分で狩ってくる人とか、自分で薬を作るのに自分で魔獣の素材を狩ってくる人とか、商部や薬師部にも籍を置いてるからね。」
「そ、そうなんだ……。」
カヨの挙げた荒々しい例に少し頬を引き攣らせながらも、一応は問題無い事が判りサエカは安心した。
「でも感心ねえ。商売の勉強したいんだ?」
カヨの言葉にサエカはしっかりと頷いた。
「あたしの家、薬草を主に栽培してるんです。……まあイチクラは殆どが薬草の農家なんですけど。買い叩かれるとか騙されるとまでは言わないですけど、たまに変だなって思う事とかもあって。ウチは村長だからそんな事は無いみたいだけど、村の人とかの中には知らないで取引して損させられたんじゃないかなって言うのとか……。だから村の皆を守りたいっていうか、ちゃんと皆で真っ当に儲けられる様にしたいっていうか……。」
たどたどしくもしっかりと自分の思いを話すサエカの姿を、カヨもリョウジロウも暖かな眼差しで見つめていた。
「偉い! 何よもう、ミツタカには勿体無いお嫁さんじゃないの! あたしが嫁に欲しい位だわよ!」
すっかりサエカの事が気に入り、カヨはサエカの両手を取り明るい笑い声を上げた。
自分達の明るい未来を喋り合いながら歩く内に、ムロハラの町にはあっという間に彼等は戻ってきたのだった。
◆
「――という訳で、こちらイチクラ村のサエカさん。狩り人なりたてほやほやの新人さんで、何と、ミツタカのお見合いの相手です。」
その日の夕方。狩部の裏手にある宿舎の食堂で、カヨとリョウジロウは寮母のタキへとサエカを紹介した。
「あらまあ! そうなのかい!? ミツタカには勿体無い別嬪さんじゃないの。」
タキは恰幅の良い体を大きく揺らしながら明るい笑い声を上げ、傍らに立つミツタカの背を叩いた。
「正式なお見合いはまた後日改めてという事らしいけど、取り敢えず先に見合い相手のミツタカの人となりとかを確かめに来たんだって。同じ宿舎で過ごせば判り易いと思って――。」
既に仲人にでもなったかの様な勢いと態度でカヨはサエカの肩に手を置いて、便宜上狩り人の登録をした事等のサエカの事情をタキやミツタカへと説明した。
「よ、よろしくお願いします……。」
見合い相手を前に緊張してしまい、カヨ達との打ち解けた態度は引っ込み、サエカは頬を少し染めつつも固い表情でミツタカ達へと頭を下げた。
「差し支えなければ一週間程お願いします。ええと、魔獣討伐とかのお仕事は無理ですけど、宿舎の仕事のお手伝いとかさせていただければと……。」
サエカの言葉にタキは軽く自分の胸を叩いて請け合った。
「任せなさいな。掃除洗濯炊事その他諸々、あたしが一週間でちゃんと仕込んだげるからねえ。」
花嫁修業のお嬢さんの講習を受け持つかの様なタキの態度と言葉にカヨやリョウジロウは苦笑を浮かべていた。
「おーおー、羨ましいわよねえ。」
「あんだよ、実家のコネかよー。」
宿舎に住んでいる何人かの他の新人の狩り人達もカヨ達の話し声を聞きつけて食堂へと集まってきていた。
そんな明るい暖かい食堂の空気の中で、ミツタカだけがただ一人眉間に皺を寄せたまま苦い表情で俯いていた。
やっと顔を上げ見合い相手に向ける様なものではない険しい表情でサエカを睨み、またすぐに視線を逸らしてミツタカは呟く様に言葉を放った。
「――あんたには悪いけど、俺は結婚なんて全然考えてねえから。破談にしといてくれ。」
ミツタカの唸る様に発せられた言葉に食堂の空気が一瞬固く沈み込んだ。
「……何か賠償金とか要るんなら働いて返すから。」
この結婚の背景にニシゾノ村の農作物の被害や、困窮した村への援助の意味も含んでのものがあった事を思い出し、ミツタカはそう付け足すとサエカ達に背を向けて食堂を出ていった。
「――えええ!! なっにアレ!」
「最低な野郎だな。」
新人の狩り人達がミツタカの態度と言葉に腹を立て口々に言い立てるのを横で聞きながら、サエカは戸惑い立ち尽くしてしまっていた。
サエカの肩を抱きつつ、カヨもまた食堂を出ていくミツタカの背中を呆然と見つめていた。
「……だ、大丈夫よ。あいつ、奥手だから照れてんのよ。一週間もあるんだし、ちゃんと打ち解けられるわよ!」
サエカを慰め、また自身に言い聞かせるかの様にカヨはサエカへと明るく言い繕った。
「そうだなあ。何だかんだ言ってもそれなりにウチのパーティには馴染んでるし、研修期間済んでも所属し続けてるから、一遍仲良くなっちまえば大丈夫だと思うぜ。」
カヨの傍らでリョウジロウもサエカに気遣いの笑みを向け、楽天的な言葉を掛けた。
「そ……そうですね……。」
いきなりのミツタカからの拒絶の言葉と態度に不安を抱きつつ、サエカはカヨ達へと微笑み返した。
◆
とうとう見合い相手が来てしまった。
重く沈んだ気持ちを抱きながらミツタカは自分の部屋へと逃げる様に戻った。
自分は女に何の興味も関心も無く、女とどうにかなりたいとも全く思わない種類の人間だというのに、どうして結婚しなければならないというのか。
――自分がサエカと結婚してイチクラ村からの支援を受けなければ、故郷のニシゾノ村は立ち行かなくなるのだろうか?
両親や親戚達、隣近所の友人知人達――彼等が飢えて困っているのを見殺しにして平気という訳ではないものの……。
――金があればいいのだろうか。病虫害に効く高価な薬でも大量に用意すればいいのだろうか。
何も結論も出ず、何の決心もつかないままミツタカは部屋の真ん中に座り込み、坊主頭に青筋を浮かべながら虚空を睨み続けていた。
◆
「――何怖い顔してんのさ。ほら、サエカさんが折角作ってくれたんだ。ちゃんと持っていきなさいな。」
翌日。食堂でタキの手伝いとして調理や食器洗い等をしているサエカを見ない様にしてミツタカは朝食を済ませ、部屋に戻ろうとしたところをタキとサエカに呼び止められた。
「今日からまた仕事再開で出掛けるんだろう? お弁当持っておいき。」
タキの言葉と共にサエカの手から小さな風呂敷に包まれた弁当箱が差し出された。
「――遠足に行くんじゃねえんだ。」
余計な事をしなくてもいいのに――押し付けられた親切心にミツタカは煩わしそうに眉をひそめたが、しかし弁当箱を撥ね退けるのも何処か憚られ、仕方無く受け取った。
部屋に戻り刀や皮鎧等の装備を整えると、ミツタカは嫌々ながら風呂敷包みを手に宿舎を出た。
「いってらっしゃい。――いいわねえ。結婚したらこうやって旦那さんを毎朝見送るのかねえ。あたしも新婚の頃は頑張って早起きしたもんだよ。」
「そ、そうなんですか……!」
ミツタカを見送りにサエカを促して宿舎の玄関に出てきたタキが、自身の新婚の頃を懐かしそうに話していた。サエカもタキの話を楽し気に聞いていた。
二人の様子を半ば無視してミツタカはいつも通り宿舎の近くにある狩部の建物へと向かった。
「おはよう。――あらあら、もう愛妻弁当?」
「あー! 噂のお見合い相手ね! いいなあ~。」
依頼掲示板の広間にミツタカがやってくると、先に来ていたカヨが目敏く風呂敷包みに気が付き、ナミカと共に微笑みを浮かべた。
「っ……!」
こっちの気持ちも判らずに能天気な言葉と表情を向ける二人に苛立ち、弁当箱を叩き付けそうになってしまったが、人目もあり何とかミツタカは堪えた。
「おはようーっ……て、お前等あんまりからかってやるな。ミツタカすげぇ怖ぇ顔してるぞ。」
そこにロクタロウと、遅れてリョウジロウがやってきた。
ミツタカは口を引き結んだまま険しい表情でロクタロウとリョウジロウへと頭を下げた。
「よおッス。今日はこれを引き受けたけど――その前に、今後の事とかきちんと話しときたいんで……。」
リョウジロウは既に手にしていた依頼内容の書かれた半紙を皆に見せながら告げた。
「……?」
リョウジロウが何の話をするのか今一つ見当がつかず、ミツタカは訝しげな目を向けた。彼等の結婚の話について改めての説明なのだろうか――?
「ミツタカに殆ど何も話してなかったのね……?」
リョウジロウとミツタカの様子を交互に見てカヨは軽い溜息をついた。
「こいつ、あなた達の結婚報告の里帰りの話しかしてなかったのよ。」
ナミカが手にしていた愛用の棍の先でリョウジロウの着流しの胸元を小突いた。
「そうなの!?」
一応はパーティのリーダーらしく普段の狩り人としての仕事についてはきちんと報連相が出来ているのだが。
彼の事をとやかく言えた立場ではなかったが、自分達の結婚の事で浮かれているらしいリョウジロウの顔をカヨはナミカと共に軽く睨み付けた。
「――立ち話も何だし、宿舎の食堂でもちょっと借りましょう。」
リョウジロウに代わりカヨは皆を促した。
朝食を出している町の食堂はまだ客も多い時間帯だったので、図々しいとは思ったが新人達が朝食を終えて仕事に出掛けた後の宿舎の食堂は丁度良い場所だった。
早くも戻ってきたミツタカの姿に首をかしげるタキとサエカにカヨは軽く事情を話し、片付けを終えたばかりの食堂の隅を暫く借りる事にした。
「――サエカとあたしは向こうで掃除してるから。何か用があったら呼んどくれ。」
タキはそう言ってサエカを伴って宿舎の共用便所や浴室の掃除をしに出て行った。
タキとサエカが去ってからカヨは隣に腰掛けたリョウジロウへと視線を送り促した。
リョウジロウは誤魔化す様に軽く笑いながらも改めて自分達の結婚の事や、近い内に婚姻届けを出してその後は活動の拠点を自分の両親の居るシラグチに移す事等をミツタカ達へと説明した。
「すまないな……。ロクタロウとナミカはもう判ってたみたいなんで、ちゃんとした話をするのが後回しになっちまった。」
リョウジロウは向かいに座ったミツタカへと真面目な表情で頭を下げて謝った。
「そうか……。シラグチに……。」
リョウジロウの頭を下げる様子を見ながら、ミツタカは小さく呟き溜息をついた。
ロクタロウとナミカは一先ずはリョウジロウに付いてシラグチに移ると告げたが、彼等もまた遠からず結婚をして、その後はもしかしたらリョウジロウ達のパーティを抜けて余所の土地に行くかもしれないと話した。
「あらー、いいわねえ。うちのパーティおめでた続きじゃないの。」
ロクタロウとナミカの話を聞いてカヨは上機嫌で目を輝かせた。
おめでとう――おめでたい事で。
カヨ達の楽しそうで嬉しそうな笑顔や話し声を傍らで見聞きしながら、ミツタカは暗く強張った様な気持ちで座っていた。
「ていうか、ミツタカってサエカさんと結婚したら狩り人は引退なの……よね? 実家に戻って家を継ぐ事になるんだろうし……。」
カヨが軽く首をかしげながら目を向けてくるのをミツタカは睨み返し、低い声で答えた。
「俺は結婚しねぇって言ってるだろ。シラグチにも付いていかねぇ。この町で狩り人を続ける。あんた等がシラグチに出発したらパーティ脱退だ。……色々と世話になったな……。」
「え……?」
ミツタカの坊主頭に薄く浮き上がった青筋に目を遣りながら、カヨを初め皆が戸惑いの表情をしてしまっていた。
「またそんな……。いい子じゃないのサエカさん。大体、正式な見合いも済んでいない内から答えを急ぎ過ぎ――。」
教官として過ごしてきた意識が強く出てしまい、カヨは何処か諭す様な口調で斜向かいに座っているミツタカへと言葉を続け様とした。
「――まあまあ、ミツタカにだって女の好みやこれからどうしたいかって言う考えがあるだろ? それこそ答えを急ぎ過ぎだよ。」
横からロクタロウが軽く手を上げてカヨへと宥める様に声を掛けた。
「そりゃそうだな――。カヨ教官殿、ここは俺達がいい夫婦のお手本を示して結婚ていいもんだなと教えてやろうぜ。そうすりゃ自然とミツタカも結婚を前向きに考え出すさ。」
ロクタロウの言葉を受けてリョウジロウが微笑みながらカヨの肩を叩いた。
ミツタカは反射的に眉を顰めてしまったが、そのまま何も言わずに座り続けていた。
「そうね……。」
軽く溜息をつきカヨは口を閉じた。
不機嫌な顔のまま腕を組んで座っているミツタカへと軽く目を向けた後、リョウジロウはこの話題を打ち切って着流しの袂から今日の依頼のメモ書きを取り出した。
「――さて仕事の話だ。俺達のムロハラでの最後の仕事にもなるな。事務方のヤツからのウチへの指名依頼なんだが。」
机の上に紙を広げて皆に示しながらリョウジロウは今回の依頼内容について話し始めた。
森の第二層に猿の魔獣の二匹連れが出没する様になったので、見つけ次第駆除してもらいたいという内容だった。
元は森の第三層と四層の境界辺りに群れを作って生息する種類の猿の魔獣だが、何かの理由で群れを追われたか或いは群れが壊滅するかして第二層まで流れてきたらしい。普段第二層を探索しているレベルの狩り人では対応が難しい為、死者こそまだ出ていないものの怪我人が出始めているとも書かれていた。
「まあ俺達以外のパーティにも依頼が出てるし、そう何日も掛からないとは思うけどな。――ま、取り敢えず出発だ。」
リョウジロウの言葉に皆が立ち上がり、今日の依頼である森の第二層へと出発する事にした。
◆
「――この辺でいい?」
栗の大木の半ばまで上ったカヨが呼び掛けてくると、魔術用の短杖を手にしたロクタロウが顔を上げた。
「そうだな。その辺で。」
ロクタロウが答えるとカヨは小さな背嚢から木の小箱の接着された縄を取り出し、木の幹へと括り付けた。
「次は向こうの泉の辺りに設置だな。」
この辺りの地図を見ながらリョウジロウは藪の向こうを指差した。
本来生息している層から違う層へと流れてきた魔獣の探索はある意味では楽なところもあった。
その種類の魔獣にだけ反応する様に設定された探知魔法の施された魔石を適宜森の中に設置する事で、余所の世界でいうセンサーとか監視カメラの様なものによる探査を行なう事が出来た。
今回の依頼ではリョウジロウ達以外にも二つ程のパーティが森の中を分担して探知用の魔石を設置していた。
「――って、早速出た様だぜ。」
短杖が軽く震え、最初に設置した第二層に入る為の小道の入口に猿の魔獣が出現した事をロクタロウへと伝えてきた。
リョウジロウ達がそこに駆け付けると、ミツタカと同じ位の年頃の十代半ばと思われる男女二人ずつのパーティが二匹の猿の魔獣に襲われていた。
人間の子供程度の体格ではあったが、薄灰色の毛足の短い毛皮に覆われた体の下にはしなやかな筋肉があり、彼等が振り下ろす刀剣や棍棒を軽々と躱しながらその荷物へと手を伸ばしていた。
「大丈夫か!?」
敢えて猿の注意を自分達に向ける為にリョウジロウが大声で呼び掛け、ロクタロウが小さな火炎の魔術を猿の後頭部へと放った。
「ッッ!!」
不意打ちで後頭部に小火が弾け猿の魔獣の一匹は驚いて飛び上がり、慌てて自分が襲っていたパーティから離れた。
片方が飛びのいた事に釣られもう一匹もその後を追ってパーティの者達から距離を取った。
「た、助かった!」
猿達と自分達の間に滑り込み刀や棍を構えるリョウジロウ達の背に、安堵に大きく息を吐く声が聞こえてきた。
「――ッ!」
邪魔が入った事で猿達はリョウジロウ達へと関心や注意が移り、憎しみの目を向け牙を剥き出しにしてきた。
だが相手の人数が増えた不利を判断する知恵はあった様で、牙を剥いた顔のまま数歩背後の茂みに後退するとすぐに手近な木へと飛び上がった。
「逃がすかよ!」
既にリョウジロウ達の刀や棍は届かなかったが、ロクタロウが短杖を振り上げ風の魔術を逃げる猿達の背中へと放った。
命中はしなかったが二、三の真空の刃が猿達の背中や足を掠め、薄く斬り付けて消え去った。
少し傷を負わせる事は出来た様だったが足止めする事は出来ず、猿達の姿は茂みの奥へと消えていった。
「助かりました。有難うございます。」
パーティのリーダーらしい少女がリョウジロウへと頭を下げた。
彼等は教官の居る教育用のパーティから一人立ちした者達で組んだばかりで、今日はそろそろ第二層に挑戦してみようとしていたところだったとの事だった。
「それは災難だったわね……。」
教え子が独立したばかりで災難に遭うという事は他人事でなかった為、特にカヨは気の毒そうに彼等を見た。
「何かあいつら、荷物を狙ってたけど……。」
彼等が襲われた理由や猿達の行動についてリョウジロウが尋ねると、猿達から特に荷物を狙われていた少年が何処か恥ずかしそうに頭を掻きながら答えた。
「――もしかしたらっスけど、あいつら腹減ってたんじゃないかなと……。」
その少年の背嚢の中身は全て携帯食や総菜パン、果物といった食料だった。
「どっかで人間の食べ物の味を覚えたんだろうな。」
背嚢にぎっしりと詰め込まれ少しひしゃげてしまった幾つかの総菜パンを見ながら、ロクタロウが軽い溜息をついた。
救助料については後で狩部の職員に頼んでリョウジロウの口座に振り込んでもらうと彼らは告げた。
今日はもう第一層での薬草や鉱石の採集だけで帰る事にすると彼らは言い、リョウジロウ達に改めて礼を言って去っていった。
「――じゃあ一応、ちょっと追い掛けられる所まで行ってくるわ。」
ロクタロウから追跡用の魔法の仕込まれた小さな魔石を受け取って懐に仕舞い込むと、今更ではあったがカヨは猿の魔獣の血痕を追って藪の中へと飛び込んでいった。
「俺達は作業の続きをするか。」
リョウジロウはカヨの残した背嚢を手に取り、中から探知魔法の魔石の入った小箱を取り出した。 カヨが一応は追い掛けたものの猿の魔獣の動きは人間よりも素早く、まず追い付く事は出来ないだろうと思われた。何か手掛かりが見付かれば儲け物だろう――取り敢えずはそれ位の気持ちでリョウジロウ達は考えていた。
地図を見ながら元々予定していた作業に戻り、森の中の泉のある場所へとリョウジロウ達は移動した。
泉の近くの適当な木の上に小箱を設置する為、今度はミツタカが木に登る事になった。
少し面倒臭いと溜息はつきつつも、カヨから一応は木登りや樹上での作業のやり方やロープの括り方等を習ってはいたので、剣士とは言え特には支障も無く作業を終える事が出来た。
「次はこっちの道の方だな。」
リョウジロウの指示に従い、ミツタカ達は次の場所へと移動した。
道沿いにある適当な大木にまたミツタカがよじ登って小箱を設置し終えると、今日依頼された設置作業は一先ず終了となった。
「今日のところは軽く見回りながら帰るか……。」
頭上の木々の茂み越しに見える薄赤い夕方の日の光の混ざり始めた空の色に、リョウジロウは森の中をどう巡って帰るか思案していた。
「――お、嫁さんのお帰りだぜ。」
水を飲んで一息ついていたロクタロウが顔を上げ、こちらに小走りで帰って来るカヨの姿に気が付いた。
「お帰り。どうだった?」
ナミカの問いにカヨは軽く溜息をついた。
「やっぱ駄目ね。途中までは血の跡を辿れたんだけど。」
「まあ、続きは明日だな。――今日はもう帰ろう。」
リョウジロウは皆へと撤収を告げた。
今日はもう猿の魔獣も警戒して人間の前には出て来ないだろうとは思いながらも、念の為リョウジロウは森の中を遠回りして帰る様にミツタカ達へと指示をした。
そうして狩部の事務所へと帰り着いたのは日が暮れてすぐの頃だった。
「お疲れー。」
「明日は森の入り口に直接集合な。」
狩部の玄関口で解散し、軽い疲れを感じながらミツタカは宿舎へと戻ってきた。
「お帰り。」
宿舎の中に入ると、食堂の入り口からタキが軽く顔を出しミツタカへと声を掛けた。
ミツタカの他にも何人か夕方に仕事を終えた新人の狩り人達が戻って来ていた。
「皆さんお帰りなさい。」
タキの後ろからサエカも姿を現し、皆へと声を掛けてきた。
「お帰りなさい、は、こいつにだろー?」
玄関を潜った新人の一人が土で汚れた装束のまま、笑いながらミツタカの背中を軽く叩きサエカをからかった。
「そ、そんな事は……!」
からかいの言葉にサエカは微かに頬を染めて目を逸らした。
「……。」
ミツタカはサエカ達の遣り取りに煩わしそうに眉を顰め、黙ったまま自室へと装備を置きに戻っていった。
――タキの仕事をきちんと手伝っている様子だし、ミツタカの弁当も用意してくれた――恐らくは世間で言うところの気立ての良い可愛らしい女性の部類に入るのだろう。
だが――サエカが悪い訳でもなく、誰が悪いという訳でもないけれども。
何とも噛み合わない居心地の悪さにミツタカは疲れが増してしまった様な気がしていた。
2025-1207
生存報告的な感じで、いつものごとく途中までの出来上がった分だけ投稿して、また後日仕上がったら削除して投稿し直しの予定です。
10月半ばに事務所のPCのHDDがとうとう動かなくなり新規PC購入したり何やかんやで慌ただしかったのとAIイラスト集の作業してたので小説書く時間が取れなかったので……。
またちまちまと書き始めたいと思っています。
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2026-0117
12月に一応途中までの物を投稿しましたが、15話からは4か月位間が開いてしまいましたね。
今更ですが新年明けましておめでとうございました。冬に入ってまた自律神経失調やら何やかや不調が続いているのに、今年は介護制度のナントカカントカがありお仕事の方でもストレス満載な予感と言うか決定付けられているのでほんと今からしんどいですわー。
さて第16話、回想編的なやつです。なかなか明るい楽しい話に辿り着けなくて申し訳無いと言うか書いてるアタシもストレスですけども。年末にマジナイ神と高縄屋敷の先の展開のメモ書きをそれぞれの作品の更新として垂れ流しましたが、この荷物持ち略も他で垂れ流してます。まあオチは結局、♪~俺の刀がああーお前の鞘に~めでたく納刀おおお~♪べべべん みたいなあれなんですけども。
一先ずは2026年の短期目標は荷物持ち略を書き上げてAIイラスト添えてPDFにしてデジナントカット等で売りたいです。ほんとアタシの自律神経よ、何とかもってくれよ……。




