第十四話「初心者パーティと昔世話になった人を何とか助け出した件」
第十四話「初心者パーティと昔世話になった人を何とか助け出した件」
暫くの間、茂みの中でカヨとサダアキは身を潜めて烏とトカゲの魔獣の戦いの成り行きを見つめていた。
全く運が悪い、と眉を顰めて息をつき、カヨは血が止まり始めた左腕を押さえた。
知能の高い烏の魔獣であれば話し合いの余地のある者も多かったので、説得してさっさと奥の領域にトカゲの卵を持っていってもらうつもりだった。或いは何か他の宝物になりそうな物と交換して卵を処分するとか――カヨはそう考えていたが、烏の魔獣は話を聞かず、卵は孵ってしまい、カヨの目論見は台無しになってしまった。
カヨとサダアキが見守っている内にも、トカゲは二つの頭を振り立てて素早く飛び上がり、飛んで逃げようとした烏の太い脚と片翼へと食らいついた。
何とかトカゲを蹴り飛ばしたものの、黒い太腿は肉を食いちぎられてざっくりと裂けてしまっていた。
そう時間が経たない内に烏の方は逃げ去るか、孵化したての割に強いトカゲの餌食になるかして勝負はつくだろうと思われた。
そうなる少し前に何とかこの場から離脱しなければ――。縛る帯にまだ薄く血が滲み続ける左腕をさすりながらカヨは呼吸を整え、顔を上げた。
◆
ミツタカ達は予定通り昨日の小霊樹の裏手にある洞窟の方に入り、洞窟の壁にびっしりと生えているアカガネゴケの採集作業をしていた。
皆が壁から削り取ったコケをその場でフクタロウが収納していくお陰で、良くも悪くも大して移動する必要が無く、長時間洞窟の中に籠りっきりになってしまっていた。
「少し外に出て来る。」
金属製のヘラを腰に下げていた巾着袋に戻すと、ミツタカは自分の腰を軽く叩きながら立ち上がった。
「あ、そうねえ。少し休みましょうか。」
「そうですねえ。」
アヤとシゲヒサも作業の手を止めて立ち上がった。
フクタロウも皆の周囲に置かれていたコケを収納すると、いそいそとミツタカの後を追い掛けて洞窟を出ていった。
「フクタロウ君、後どの位収納出来そう?」
「あ、ええと、この背嚢の一つと半分位です……。」
「そう。それなら予定通りお昼前には帰れそうね。」
アヤとフクタロウの遣り取りを聞きながらミツタカは洞窟を出ると、軽い解放感に背伸びをして体を解した。
洞窟の前はウラジロアオガネの群生地になっていたが、昨日のミツタカ達の作業によって半分程の面積が刈り取られていた。
軽い散歩で体を解しながら、何となく気分転換に四人は小霊樹の祭壇の方へと歩き始めた。
「ん?」
祭壇の近くまでミツタカ達がやって来ると、鳥居の向こうの小道を足がもつれて転びそうになりながらも必死の表情で走っているアイコ達の姿が目に入った。
「どうしたの!?」
彼女達の必死な様子にアヤは心配気に声を上げ鳥居の方へと駆けだした。
アヤの声に気が付いてアイコ達は立ち止まり、今にも泣き出しそうな表情を向けてきた。
「伯母さん……じゃない、ええと……。」
カヨの従姉妹であるアヤの事を何と呼ぶべきか咄嗟に言葉が出て来ず、アイコは一瞬困惑してしまったが、横に居たマミコが涙ぐみながら声を上げた。
「大変なんです! アイコの伯母さんが烏とトカゲの魔獣に襲われてて! 助けと長を呼んできてって言われて、あたし達、それで……!」
マミコの言葉にアイコも横で何度も頷き、アヤへと縋り付く様な目を向けた。
「何ですって……!?」
烏の魔獣が知能が高い事や宝物収集の習性がある事等は当然アヤも知っていた。
烏の魔獣とトカゲの魔獣という言葉の組み合わせが、どんな事態を引き起こしているのかもすぐに察する事が出来た。
「行くぞ。」
アヤがアイコ達に答えるより早く、ミツタカは短くそう言うと置いていた刀を取りに洞窟の前へと駆け戻っていった。
「あたしも刀取ってくるから。」
落ち着かせる様にアイコへと微笑み掛けて肩を軽く叩き、アヤも急いで自分の荷物を取りに駆け出した。
ミツタカとアヤが刀を取りに行っている間に、シゲヒサは着物の懐から小さな板状の通信機――余所の世界でいうスマートフォンの様な物を取り出し、急いで狩部の事務所へと連絡を始めた。
「――シゲヒサです。緊急事態の様です。奥の層のトカゲの卵を烏の魔獣が……。」
「お待たせ。案内してくれる?」
シゲヒサが話し終わらない内に戻ってきたアヤがアイコへと声を掛けた。
「は、はい。こっちです……!」
アイコ達が硬い表情で頷きアヤと共に走り出し、シゲヒサとミツタカもそれに続いた。
フクタロウだけが突然の事態に付いていけず、おろおろと立ち尽くしていた。
「危険だからここで待ってろ。」
フクタロウの様子に気が付き、少し立ち止まってミツタカは振り向きながら声を掛けた。
危険なのはアイコ達子供達も同様ではあったが、彼等は伯母であるカヨや仲間であるサダアキを心配しており、この場に留まる気は無い様だった。
「お、オレも行くよ……! 水とか薬とか持って来てるから……!」
しかしフクタロウも自分だけ安全な場所に留まる気にはなれず、緊張に震えながらも走り出した。
戦力にはなれなくても荷物持ちらしく、応急手当てに必要な水や薬、包帯等を「異空間収納」の中に常備しており、それで皆の役に立ちたいと思ったのだった。
「判った。」
ミツタカはフクタロウの言葉に頷き再び駆け出した。
「――救助の人手を寄越してくれるそうです。それまで私達が先行して対応する様にとの長からの緊急依頼です。」
走りながら狩部の者と話を終えたシゲヒサは通信機を懐に仕舞い、アヤ達へと告げた。
教官を務めているアヤと「防御」スキルを持つシゲヒサが居る事で、一先ず初動対応が出来るだろうという狩部の長の判断なのだろう。
カヨとサダアキの無事を祈りながら、アヤは刀を握り締めていた。
◆
高く飛び上がって逃げ去る為には屈んだり大きく地面を蹴る等の動作が必要である為、烏の魔獣はトカゲの執拗な攻撃に邪魔され続けてしまい逃亡する事が出来ないままだった。
だが烏の魔獣の素早い動きに翻弄され、また振り下ろされた手足の鋭い爪に軽くはあったが裂傷を負い、トカゲの魔獣の方も烏の魔獣を仕留め切る事が出来ずにいた。
一進一退の攻防が続いていたがトカゲは手こずる烏を一旦諦め、兎に角腹を満たそうとカヨ達へと狙いを変更する事にした様だった。
烏を追う事をやめ、黒い鱗に覆われた図体を少し後退させると二つの頭をあちこちへと動かし始めた。
烏の方はトカゲからの攻撃が緩んだ隙に地面を蹴って飛び去ろうとしたが、既に体中のあちこちに噛み傷や裂傷を負ってしまっており高く飛翔する事が出来なくなっていた。
仕方無く烏は手近な大木の上の方へと、幾つかの枝を何とか蹴りながら駆け上がっていった。
トカゲも大木の上の方には上っては来れないだろうと、烏はそこで暫く避難して成り行きを見る事にした様だった。
「っ……!」
トカゲの狙いが自分達に移った事にカヨは表情を改めて引き締め、無事な右手で短剣を構え直した。
「お、俺はどう動けばいい……?」
カヨと共に茂みの中で屈みトカゲの様子を怖々と見つめながらも、サダアキは気丈に顔を上げてカヨの指示を求めた。
「あたしが引き付けるから、横や後ろから攻撃して。」
まだ初心者なのにいきなり第六層の魔獣の相手をする事になってしまい、恐くて堪らないだろうに――。
それでもカヨと共に立ち向かおうとするサダアキの様子に、カヨは励ます様に温かな笑みを向けた。
「あいつ、まだ孵化したばかりだから鱗もまだもう暫くは軟らかいわ。何とか勝ち目はあるわ。――生きて帰るわよ。」
カヨの言葉にサダアキも気持ちを奮い立たせ、しっかりと頷いた。
そうする内にもカヨ達の居場所を嗅ぎ当てたトカゲの魔獣は、自分の腹を満たす肉を求めてカヨ達の潜む茂みへと駆け出してきた。
これ以上は隠れる意味も無いと、カヨとサダアキは立ち上がりトカゲを迎え撃つ事にした。
トカゲの二つの頭はどちらもカヨを睨み付け、まずは人間の女の軟らかそうな肉を食らおうと鋭い牙を剥いて食らい付いてきた。
「っ!」
現役の頃には右手だけでも短剣を自在に操る事が出来ていたのに。
そんな事を考えても仕方が無いと思いつつ、カヨは左腕の痛みを堪えながら何とかトカゲの牙を短剣で弾いた。
カヨに注意が向いている隙にサダアキはトカゲの背後に回り込み、構えていた刀を振り下ろした。
「!」
だが双頭の為に死角が無く、サダアキの動きはすぐに察知されて躱された。
トカゲがサダアキへと反撃の照準を合わせようとするのを、カヨは急いで手近な石礫を放って邪魔をした。
「こっちよ!」
再びトカゲがカヨへと飛び掛かってきた。
しかし今度はトカゲは最初からカヨの手にしている短剣へと食らい付いてきた。
人間の手にしている硬い物が自分を邪魔しているのだと理解している様だった。
「っ!」
噛み砕かれたりはしていないものの短剣の刃はしっかりとトカゲに噛み締められていた。
振り払おうと力を込めるカヨの右手に、もう一つの頭が食らい付こうと大きな口を開けた。
「伯母ちゃん!」
慌ててサダアキがトカゲの背に斬り掛かろうと刀を振り下ろし――。
「伯母さんっ!」
森の小道の向こうからアイコの悲鳴の様な声が上がるのと、トカゲの牙とサダアキの刀が薄い光の壁に阻まれるのが同時に起きた。
「下がってろ!」
ミツタカの声にカヨは一瞬安堵し、すぐに近くに居たサダアキの着物の首根っこを掴んでトカゲから急いで飛び退いた。
カヨ達が避難したのを確かめるとシゲヒサは生み出した防御壁を解除した。トカゲの牙は宙を空しく噛み締めるのみだった。
パーティを組んでいた時の様に、カヨの動きに合わせてミツタカはトカゲの前へと滑り込み、最小限の動きによる斬撃でトカゲの頭の一つを斬り飛ばした。
頭を切り落とされた痛みと獲物を食らう事を邪魔された事にトカゲは怒り狂い、首から血が噴き出し続けるのにも構わずにミツタカへと襲い掛かってきた。
ミツタカがトカゲの注意を惹き、カヨとサダアキから引き離そうと動きながら、遅れてやってきたアヤへと視線を送った。
先程のサダアキの様にアヤもまたトカゲの背後を取って刀を振り下ろした。
だが頭が一つ失われていても身に迫る危険を察知したトカゲは、黒く太い尻尾を一閃してアヤの刀を弾き返した。
しかしミツタカもアヤも焦る様子は無く、冷静にトカゲの動きを見極め対処する事が出来ていた。
「……すげえ。」
助けがやってきた事で気が抜けてしまったサダアキは、カヨの横で呆然とミツタカ達の戦いぶりを見つめていた。
「うん……。」
いつの間にかやって来ていたアイコやマミコ、マツサブロウもサダアキの傍らで頷いていた。
「まあ、孵ったばかりのフタクビトカゲで幸運でしたね。七つだの八つだののトカゲだと今頃皆さんトカゲのお腹の中でしたよ。」
相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべてシゲヒサもフクタロウと共にカヨ達の所へと駆け寄ってきた。
皆さん、という言葉の中には烏の魔獣も含まれていた。
シゲヒサが一本の大木の上の方へと冷たい一瞥を送ると、シゲヒサの作り出した四角い光の箱に閉じ込められた烏の魔獣が落下してきた。
中の烏の魔獣は落下の衝撃で気を失ってしまっていた。
「!!」
サダアキ達やフクタロウが驚き体を大きく震わせたが、シゲヒサは優しく笑い掛けフクタロウの肩を軽く叩いて促した。
「烏の方は後にしましょう。それよりカヨさんの手当てが先です。」
「は、はい……。」
フクタロウは硬い表情で頷き、「異空間収納」から水の入った皮袋と消毒薬、傷薬の軟膏や包帯を取り出した。
突然に何もない空間からそれらの品物が出現した事に、サダアキ達は驚き目を見開いていたがフクタロウとシゲヒサはそれに構わずカヨの手当てを始めた。
幸い出血は止まっており、シゲヒサは改めてカヨの左腕の帯を解いて傷を洗い流し、薬を塗っていった。フクタロウもシゲヒサの指示に従い薬を渡したり、用の済んだ血だらけの帯を収納し、カヨの手当てを手伝った。
「傷は浅い様ですね。念の為、帰ったら診察を受けて下さいね。」
「助かったわ。有難う。」
痛みに少し顔を顰めつつカヨはシゲヒサとフクタロウへと礼を言った。
カヨが手当てを受けている間ミツタカとアヤは、片方の頭が失われ出血も激しく続いているにもかかわらず激しい攻撃を繰り出すトカゲに少し手こずっていた。
――焦んな。ほら、ちゃんと相手の動きを見ろ。
不意に、リョウジロウがそう言って敵の魔獣を相手に焦るミツタカへと声を掛けた事を思い出していた。
今は全く焦っている訳ではなかったが、ミツタカは何となく以前のカヨやリョウジロウ達のパーティで活動していた頃の事を思い返していた。
いつだったか第五層の探索をしていた時に、運悪くカヨとナミカが揃って負傷してしまい、そこにやはりトカゲ型の魔獣が襲い掛かってきた事があった。
あの時はリョウジロウとロクタロウの補佐を必死で行なっていたけれども――。
あの時を思い出す様な似た状況ではあったが、カヨの目には今のミツタカは全く危なげ無くむしろ余裕を持って的確に相手の魔獣へと刀を振るい、追い詰めていた。
「――そういやこのトカゲ、何か値段付くトコあったか?」
噛み付こうと飛び掛かるトカゲの牙を刀で弾き、追撃で蹴り飛ばし、ミツタカはアヤへと問い掛けた。
「ええと、そうねえ……。」
アヤが苦笑を浮かべながら自分の刀を構え直して答えようとしたところで、シゲヒサがいつもの受付窓口での応答の調子で返事をした。
「二歳以降の充分に成熟したトカゲの皮であれば買取可能ですが、生まれたてのものは食肉用がせいぜいですね。しかし珍味として少しだけ需要があります。買取に出されるのでしたら表面の傷だけに留まっている今の内に、そろそろ仕留められた方がよろしいかと――。」
「おう!」
シゲヒサの言葉にミツタカは勢い付き、強く地面を蹴るとまだふらついているトカゲへと迫った。
ミツタカの動きを邪魔しない様にアヤは軽く後退した。
流れる様な動きでミツタカの振るう刃が滑り、フタクビトカゲはその残りの頭も斬り飛ばされたのだった。
「――あの人強ぇけど、やっぱりまずいんじゃないか……? 救助料とか……。」
「うん……。」
自分達を襲い伯母と必死に立ち向かったトカゲの魔獣すらただの換金可能な獲物としか見ておらず、しかも自身は怪我一つせずトカゲを斃したミツタカの様子に、サダアキは冷や汗を流しながら呟いた。
隣に居るアイコ達も硬い表情で頷いていた。
「……。」
サダアキ達程には救助料のぼったくりを心配してはいなかったもののカヨもまた、かつて自分達が傷付けてしまい変えてしまった末の、金に執着するミツタカの今の姿に悲し気に眉を寄せてしまっていた。
「あ、あの……。そんなに心配しなくても……。兄ちゃ……、あ、いやあの人、今はそんなに人からお金毟ったりしない……です。」
カヨやサダアキ達の様子に、ミツタカへの今迄の悪評を改めようとフクタロウは詰まりながらも何とか頑張って声を掛けた。
フクタロウのたどたどしくも一生懸命ミツタカを擁護する様子に、サダアキ達はまだ何処か疑わしそうにしていたが、カヨは漠然と昔の何かしらの記憶が刺激されるのを感じていた。
「あなた……?」
フクタロウに何処かで会っただろうか?
しかしミナミヤスハラ村で新人のミツタカに唯一懐いていた村人の痩せた少年の事は、ついに思い出せないままだった。
「――怪我は大丈夫か?」
トカゲの血の付いた刀を着流しの袂で拭って納めると、ミツタカは首を失ったトカゲを片手にカヨ達の所へとやってきた。
「え、ええ……お蔭様で。」
フクタロウにはああ言われたものの、荒んでしまったミツタカの印象が消えずカヨは視線を落としがちに答えた。
「お、お疲れ様……。」
フクタロウは遠慮がちではあったが手拭いをミツタカへと手渡し、後から来たアヤへも渡した。
「あ、ああ……。悪ィな。」
迷惑と言う事ではなかったが、何処か戸惑う様に僅かに眉を寄せながらミツタカは手拭いを受け取った。だがフクタロウを見るその眼差しには、仄かに優しいものが滲んでいた。
ミツタカとフクタロウのそんな遣り取りを、カヨは何故か心の何処かで懐かしいものを見る様に感じていた。
「一応無事で良かったわ。」
フクタロウから受け取った手拭いで汗を拭きながら、アヤは安堵の笑みを浮かべてカヨの傍らへとやってきた。
「え、ええ……。助かったわ。」
そう答えながらミツタカとフクタロウを眺めているカヨへと、アヤもまた彼等を見ながら声を掛けた。
「……何とかやり直そうとしてるみたいよ、あの子なりに……。」
「そう……。」
アヤの言葉にカヨは呟く様にそっと答えた。
後で宿に戻ったら、この二、三ヶ月程のミツタカの様子についてアヤから聞いてみようか――。
そんな事を思いつつ、ミツタカのやり直しが上手くいく様にと祈る気持ちはカヨもアヤも変わりは無かった。
◆
怪我人のカヨを気遣いつつミツタカ達は一先ず町まで戻る事にした。
「あ、ちょっと待って。――シゲヒサ君。あの烏はどうするの……?」
出発しようとしてアヤは立ち止まり、大木の根元を指差した。
薄い光の箱の中でまだ気絶している烏の魔獣がそこには転がっていた。
「暫く放置しても大丈夫ですよ。私が離れてもあの箱は四、五日消えませんし。後で誰か回収すると思います。」
烏の魔獣の群から報復や抗議がある訳ではないし、恐らくは群の仲間が助けに来る事も無いと思われたのでこの場で殺してしまっても問題は無いのだが。
今回のような場合は、一応は知能が高いので事情聴取をして、後で抗議や怪我人の賠償請求と言う様な文言と共に所属の群へと送り帰す手順になっていた。
「何かめんどくせえ話だなあ。――まあ、せいぜい奴等のお宝でもふんだくってやれ。」
自分の収入になる訳ではないので大して興味も無さそうに、ミツタカはシゲヒサの説明に適当に相槌を打った。
「そうですねえ。面倒ですけども、人間側の安全確保の為には仕方が無いですよ。」
決まり事を破ると面倒な事になり痛い目を見る、と、烏の魔獣達に対して強い態度を示しておかなければならなかった。
奥の層の狂暴な魔獣の卵が町の近くに安易に運ばれ、そう何度も孵化する様な事になれば、人間達は安心して暮らせなくなってしまう。そんな事態を防ぐ為にもそれは必要な手間だった。
「へええ……。」
シゲヒサの説明をサダアキ達やフクタロウは感心し、興味深そうに聞いていた。
そんな話をしながら一行は出発し、町へと歩き始めた。
暫く森の中を歩いていると、先程作業をしていた小霊樹の広場への入り口まで戻ってきた。
「おや良かった。皆さん御無事でしたか。」
そこに長が息一つ切らす事無く走って来て、そのすぐ後に二人の狩部の職員が付いて来た。
「はい。何とか無事でした。有難うございます。」
カヨが長へと礼を述べ頭を下げた。
「怪我も重傷ではない様で良かったです。しかし念の為、帰ったら診察を受けて下さいね。」
「はい。」
カヨ達は慣れていたが、厳つい顔立ちの角刈りの白髪頭の男性が物腰軟らかく接する様子に、サダアキ達は戸惑い立ち尽くしてしまっていた。
「それで烏の魔獣は……。」
長がシゲヒサに問い掛けると、シゲヒサは残業になりそうな気配に軽い溜息をつきながら答えた。
「向こうの休憩広場に私の防御壁で閉じ込めて放置しています。」
「流石に第一層では回収しない訳にはいきませんからねえ……。」
もっと奥の層であればそのまま放置しても良かったのだが――そんな言葉を飲み込んで長は苦笑した。
今回の騒ぎの犯人を回収し、烏の魔獣の群に引き渡す手配をしなければならなかった。
「全く。面倒な仕事を増やさないで欲しいですね。――ではシゲヒサ君には案内をお願い致します。」
シゲヒサを伴って出発する長の表情はいつも通り笑ってはいたものの、口の端が引き攣っていた。
長達を見送り、ミツタカ達はまた町を目指して歩き始めた。
程無くして町に戻り、狩部の依頼受付窓口で今日の顛末を受付職員にどう説明したものかとアヤとカヨが少し悩んだが、既に職員には長から話が通っており仮の説明書が用意されていた。
「――ええと……?」
自分用の書類を手にフクタロウが中身を確かめると、第六層のフタクビトカゲの有精卵を第一層に持ち込んだ烏の魔獣によって危機に陥ったカヨとサダアキ達のパーティを、ミツタカ達の臨時パーティが長からの緊急依頼で救助した事やそれに対する報酬について書かれていた。
「元々のアカガネゴケの依頼については奥の窓口に別の職員が控えておりますのでお声をお掛け下さい。――カブト虫型の魔獣の駆除依頼の方はこちらで承ります。」
「は、はい。」
尋ねようとした事に先んじて答えられ、フクタロウは軽く肩を震わせ慌てて返事をした。
その様子にミツタカは微かに笑い、フクタロウの肩を軽く叩いて促した。
「腹も減ったしな。さっさと済ませて飯にしようぜ。」
「う、うん。」
歩き出そうとするミツタカとフクタロウを呼び止める様にカヨが声を掛けてきた。
「今日は本当に有難う。助かったわ。」
礼を言うカヨの横でサダアキ達も軽く頭を下げた。
「あ、いや礼を言われる程じゃ……。」
改めて礼を言われミツタカは少しぎこちなく笑い、軽く頭を横に振った。
「それじゃ……。」
それから軽く手を振り、再びフクタロウを伴って先に奥の窓口へと歩き始めた。
「あ、後で宿にお見舞い持って行くわね。――あなた達も今日は大変だったわね。今日は特にしっかりと食べてお風呂入ってゆっくり休むのよ? 今日はケチらずに銭湯で広い湯船に浸かるのよ?」
アヤはカヨへと声を掛け、安全な町まで帰って来て気が緩んで疲れの出始めたサダアキ達へと親戚のおばさんの様な――実際遠縁で繋がってはいたが――少し口煩い言葉を掛けると、シゲヒサと共にミツタカ達を追い掛けていった。
「それじゃあ、あたし達の方の依頼の処理が終わったら、ご飯食べに行きましょうか。それで今日は解散ね。お疲れ様。」
アヤ達の去っていく背を見送り、包帯の巻かれた左腕を軽く摩りながらカヨはサダアキ達へと声を掛けた。
たった半日足らずの間に初心者パーティにとってはかなりの大冒険となってしまい、サダアキ達はカヨに言われてやっと本来の自分達の依頼の事を思い出した。
「そうだったわね! マツサブロウ、ちゃんと荷物背負って来てるわよね?」
疲れてぼんやりし始めているサダアキに代わってアイコが荷物持ちのマツサブロウを促した。
急に慌ただしく騒ぎ始めたアイコ達の様子を微笑ましく思いながら、カヨは皆と再び受付窓口へと足を向けた。
◆
翌日はミツタカもフクタロウも休みを取る事にしてそれぞれ自分の宿や宿舎で過ごしていた。
カヨの方は念の為怪我や体調の経過観察という事でシラグチへの出発を一日遅らせ、休みを取ったアヤと共に、予定通りにムロハラを出発してイチクラ村に帰るサエカを見送る事にした。
「一緒に帰れなくてごめんね……。」
街道に続く町の出入り口の門でカヨは申し訳無さそうにサエカへと頭を下げた。
「いいのよ。カヨさんが重傷じゃなくてほんと良かった。あたしも出発を延期出来れば良かったんだけど……。」
サエカもまたカヨに申し訳無さそうに視線を落とした。カヨに付き合って立ち寄ったムロハラの町の薬師部や商部で予想外にイチクラ村の薬草や農作物の大きな商談が纏まり、村へと早くその話を持ち帰らなければならなかった。
「それに代わりの護衛の人まで付けてもらって……。」
「いいのよ。元々はあたしが護衛を兼ねてたのに出来なくなったんだから。気にしないで。」
カヨはサエカへと笑い掛け、近くで待機しているカヨ達より少し年の若い女性の狩り人へと軽く頭を下げた。
ムロハラへの道中は女性の二人旅という見掛けではあったが、実際にはサエカを一応今でも狩り人であるカヨが護衛しているという形を取っていた。町と町の間の街道は整備されているとはいえ、追剥やはぐれ魔獣が稀に出没する為、女性だけの旅は護衛を雇う事が多かった。
「また手紙書くわね。それじゃあ――あ……。」
カヨへと別れの言葉を告げ掛け、サエカの脳裡に一瞬だけミツタカの事が思い起こされていた。
カヨとアヤも、サエカが誰を思い浮かべたのか何となく思い至り、サエカへと優しい眼差しを向けた。
「宜しく言っていたって伝えておくわ。まだ先は長そうだけど……あの子なりにやり直そうとしてるみたい。もう、欲張り業突く張りの仇名は返上みたいよ……。」
アヤは昨夜、怪我の見舞と称してカヨの宿に軽食や茶(カヨは怪我人なので流石に酒は自粛した)を持ち込んで語り合った事をサエカにも告げた。
「そうなの……。良かった……。」
アヤの言葉にサエカは微かに表情を和らげた。
それからサエカはアヤとカヨへと頭を下げると付き添いの狩り人と共に出発していった。
◆
更に翌日。
パーティの休みの残っているフクタロウは宿舎での朝食を終えると、特に依頼を受ける訳ではなかったが習慣で狩部の依頼掲示板の所へと何となく足を向けていた。
今日はミツタカはどうしているだろうか。ヒロヒメ達が帰って来るまでまだ二、三日あるので一緒に何か依頼を受けられないだろうか――そんな事を考えながらフクタロウが掲示板の近くにやって来ると、サダアキ達のパーティが依頼用の貼り紙の一つを手にして何か話をしているところに出くわした。
「あ!」
おかっぱの少女と背の高い少女――確かアイコとマミコと言っていた――がフクタロウの姿に気が付き声を上げた。
サダアキとマツサブロウもアイコ達の声でフクタロウに気が付き、軽く会釈をした。
「ど、どうも……。」
相手は年下の少年少女達ではあったが、人見知りのフクタロウは少し硬い表情で何とか微笑み頭を下げた。
「フクタロウさんも伯母ちゃんの見送りですか?」
先日の自己紹介でフクタロウの名前もアイコはきちんと覚えていた様だった。
アイコの問い掛けにフクタロウは軽く首をかしげた。
「伯母ちゃん――カヨさん、怪我はまだ治ってないけどシラグチに帰るのには問題無いって事らしくて、今日、もう少ししたらアヤさんと出発するんです。あたし達、それを見送りにいくんで……。」
見送りの後、すぐに今日の仕事が出来る様にと、先に依頼掲示板で良さそうな依頼を見繕っていたのだとアイコはフクタロウへと告げた。
アヤはカヨの道中の護衛も兼ねつつ、久々に従兄弟達――カヨの弟達や親戚達にも会いに行きたいと、数日休暇を取ってシラグチへと同行する事にしたという。
「そ、そうなんだ……。」
フクタロウはアイコの説明に頷いた。
アヤにはヤエカ達から解雇されて以来世話になってきたし、先日の臨時パーティで一緒に依頼を受けたというのもあり、このまま見送りに行かないというのも何となく気まずい気がした。
「じゃあ……それの受付が済んだら、一緒に行こうか……。」
フクタロウはサダアキの手にある依頼の貼紙を指差した。
気弱そうな雰囲気を醸し出しているのはサダアキ達にも判る様で、フクタロウの事はミツタカの様には警戒しておらず、サダアキ達はフクタロウと共に依頼受付の窓口へと向かう事にした。
受付を済ませるとサダアキ達とフクタロウは町の出入り口にやってきた。
その近くにある小さな茶店の前では、縁台に腰を下ろしてカヨとアヤが茶を飲みながらサダアキ達を待っていた。
「おはよう。――あら、フクタロウ君?」
アヤが湯呑を手にしたまま意外そうな表情で顔を上げた。
「ど、どうも……。ええと、お見送りに……。」
「丁度、依頼掲示板のとこで会ったの。折角だから一緒にどうって。」
ぎこちなく挨拶をするフクタロウを見かねたのか、アイコが横から言葉を足した。
「そうなの? わざわざ有難うね。気を使わせてしまったわね。」
アヤと共にカヨも立ち上がり、フクタロウへと礼を言い微笑み掛けた。
「じゃあそろそろ行こうか。――あんた達のお父さんには、なかなか見所があるから心配するなって、ちゃんと伝えとくからね。これからもしっかりやりなさいよ。」
小振りの背嚢を背負い直すとカヨはサダアキ達四人を順番に見ていき、温かな眼差しを向けた。
実際、お世辞ではなく、烏とトカゲの魔獣の戦いに巻き込まれた時の彼等は、恐怖に震える初心者なりにしっかりと行動出来ていた。
仲間や要救助者を見捨てて逃げ出す事や、そのつもりが無くてもパニックに陥って指示された事が出来なくなってしまう事等も決して珍しい事ではないのだから。
「伯母ちゃん……。」
サダアキが照れ臭そうに微笑み軽く目を逸らした。
「またその内様子見に来るわね。」
カヨはそう言って笑い、アヤと共に出発していった。
サダアキ達は暫くの間手を振ってカヨとアヤを見送り、フクタロウもそれに倣って手を振っていた。
◆
暫く歩き、ムロハラの町はまだ見えるものの辺りには街道沿いに田畑や果樹園が広がり始めた。
「あ、覚えてる内に渡しとくわね。完全に忘れるとこだったわ。」
アヤはふと顔を上げ、着物の袂をまさぐり小さな紙袋を取り出した。
「ミツ坊から。今朝持ってきたの。あんたの子供とリョウジロウさんへのお土産ですって。」
アヤから紙袋を受け取りカヨが中を覗くと、狩部の近くの駄菓子屋で買ったと思われる飴玉の詰め合わせの小箱と、魚介類の酢漬けを干した物が入っていた。
「あの子……。」
どちらも昔馴染みの駄菓子屋で買った物だとカヨはすぐに判った。
飴はカヨの子供宛てで、酢漬けの干物は――。
「リョウジロウさん、あそこの「婆ちゃん干し」好きだったでしょ。いっつももぐもぐ何か齧ってて。」
「そうね。依頼で遠出する時とかたっぷり買い込んでたわ。これがあるから一食位食べなくても平気だって――。……!」
そう言いながら、ミツタカが自分達に一応は気遣いを表わしてくれるようになった事をカヨは喜びつつ――何かが頭の片隅を横切った事を感じた。
何故かカヨはムロハラの町を振り返り、今しがた見送りをしてくれたフクタロウの姿を思い返してしまっていた。
「……狩部の職員じゃなくてもちょっと調べたら判る様な事なのに。あの子達、お互い何やってんのかしらねえ……。」
カヨの様子を不審がる事もなく、アヤもまた軽く立ち止まりまだ微かに見える町を眺めた。
「え?」
カヨがアヤへと目を向け、軽く首をかしげるとアヤは苦笑を浮かべた。
「あんたもよ。――前にちょっとだけ話をしてくれたでしょ? 新人のミツ坊が初めて遠出の泊まり掛けの依頼をあんた達と行なった時の。」
「ああ、ミナミヤスハラ村……だったわね。確か。ええと……そう、はぐれの魔獣が居座ったんで、それの駆除で……。一人だけ村の子供があの子に懐いて。」
段々とカヨの記憶が甦り始め、村での事を色々と思い出し始めた。
最後の日に、村長の家の宴会を途中でミツタカは抜け出し、その子供と何か食べながら話をしていた。
追加の料理を小皿に盛って差し入れしようと、カヨがミツタカ達の所に向かったところで生垣の向こうから彼等の楽しそうな話し声が聞こえてきた。
――兄ちゃんのパーティに入れてくれる? 荷物持ちでも何でもするから……。
――まあ、考えとくよ。
――やった! きっとだよ……。
「ミナミヤスハラ村出身のフクタロウ君。四年前にムロハラに出て来て。一年前には……。――言ったでしょ。だから、ミツ坊は……やり直そうとしてるって。」
フクタロウがヤエカ達――ミツタカのパーティに雇われ、そして追い出された話もアヤから今回聞かされていた。その雇われていた間に、フクタロウがどんな扱いを受けていたのかも。
そしてカヨが一番よく知っていた。あの時のミナミヤスハラ村で、不器用ながらも二人が心を通わせ合った事を。
「ミナミヤスハラ村出身……荷物持ちって……。そんな……。何で。」
ミツタカがフクタロウにどれ程惨い事をしたのか、ミツタカ以外では、きっとカヨだけが実感を持って受け止められる人間だった。
肩を落とし俯きがちに再び歩き始めたカヨの横を歩きながら、アヤは励ます様に軽く肩を叩いた。
「あの子を傷付けて変えてしまったあたし達にも責任はあるわ。だから、あの子がやり直そうとしてるのを、ちゃんと見守らないとね……。」
アヤの言葉にカヨはしっかりと頷いた。
「さてさてええー、傷付き易い若人のおおー、青く眩しき青春のー……。」
アヤとカヨの歩く街道の端に、がっしりとした体格の三味線弾きの青年が座り込んでいた。
道を行き交う者達は時々三味線の音色に耳を傾けるが、立ち止まってまで聞く様な物好きは居なかった。
アヤ達も、たまに飲み屋や屋台通りで見掛ける彼だと知ってはいたものの、大して気にする事もなく彼の前を通り過ぎていった。
「さてええー。やはりよくある物語いいー。若人が傷付き迷う事は珍しくもなくううー。ミツタカ十六歳、フクタロウは十三歳。花も恥じらう、穴も弄ろう入れてみたい~そんな年頃にあいなりましてございましたああ~。」
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2025-0907
まだまだ暑い日が続いていますね。アタシはまだ調子が悪いです。調子が悪いと言いながら何とかちびちび小説書いて心身の不調を癒そうとしている感じです。
というか、今週末には昔馴染みのナオヨシのモデルさん(アタシの一方的な勝手な認定)に二十年ぶりくらいに会いに関東に出掛ける予定なんですけど、旅程等予約した時にはここまで具合が悪くなるとは予想してなかったので、ちゃんと出掛けられるか心配なところもあります。主に事件や事故を起こさないかという意味で(苦笑)
もし何ヶ月も更新が無かったら多分永遠に更新は無いです。ゴメンナサイネ……。先に謝っときます。