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第十三話「初心者の少年達のパーティが危機に陥ってしまい荷物持ち達に助けを求める件」

第十三話「初心者の少年達のパーティが危機に陥ってしまい荷物持ち達に助けを求める件」


 カヨはサダアキ達を順番に軽く睨んでから、アヤへと苦笑を向けた。

「そうなのよ……。ちょっと弟達から頼まれてねえ。様子見て来いとか、元教官のお眼鏡に適わなかったら連れ戻して来てくれだとか、あいつら姉を何だと思ってんのかしらねえ。」

 伯母からの苦笑交じりの視線にサダアキ達は居心地悪そうにしながら立っていた。

「でも何でまたこの子達と……あ、……。」

 カヨがアヤへと尋ねようとしたところでその後ろに立っていたフクタロウとミツタカの姿が目に入り、少し言葉が途切れてしまった。

 ミツタカの方は無表情のまま軽くカヨへと頭を下げた。

 カヨも軽く頷く様に会釈をし、アヤへと再び尋ね直した。

「何でまたこの子達と一緒だったの? この子達の顔は知らなかったんじゃなかったっけ?」

 カヨの問いにアヤは軽く笑いながら答えた。

「偶然帰り道で出会ったのよ。ちょっと困ってたところを助けただけよ。――というか、少し待っててくれる? あたし達の方の用事も済ませたいし。それが終わったらお昼食べながら話をしましょ。」

 アヤは待たせてしまっているシゲヒサやミツタカ、フクタロウを軽く振り返りながらカヨへと告げた。

「判ったわ。この子達とここで待ってるから。」

 カヨはそう言って長椅子へと腰を下ろした。

 サダアキ達もそれに従って近くの席に座り込んだ。

「じゃあ後でね。こっちもすぐ済ませてくるから。」

 そう言ってアヤはミツタカ達と共に、今朝最初に居た特殊スキルの相談窓口の方へと足を向けた。

 窓口には今朝座っていた職員の代わりに狩部の長――ヤスイチロウが座っており、何かの書類にせっせと署名をしていた。

 長はアヤ達の姿に気付き顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべて迎えた。

「お帰りなさいませ。お疲れ様でしたね。」

「わざわざ待っててくれたんですか。」

 長からの言葉にアヤは苦笑を返した。

 長は書類に署名を続けながらアヤ達の背負った背嚢へと目を向け、軽く頷いた。

「そろそろ帰って来る頃だと思いましてね。私がきちんと品物を受け取っておかないとあの男、うるさいですからねえ。」

 署名の手を止めると近くに居た職員に声を掛け、長は窓口に積んでいた書類を向こうに運ばせた。

「まずは背嚢を。」

 長に言われアヤ達はカウンターの前へと背嚢を下ろし紐を解いていった。

 長は自分の着物の袂から小さな巾着袋を取り出すと、袋の口に付いていた小さな青い宝玉を指で摘み、もう片方の手を背嚢へと翳した。

 するとすぐに背嚢の中の薬草の姿は掻き消えてしまった。

「あ!」

 自分のスキルと同じ「異空間収納」の現象が起こりフクタロウは軽い驚きに声を上げた。

 長の持っていた巾着袋は内部の空間が拡張される術の施されたもので、「異空間収納」と同じ力を持つ道具だった。 

「さ、次はフクタロウ君の仕舞っている分ですね。」

「は、はい。……あ、でも。」

 長に促されフクタロウは収納していた物を出現させようとしたが、買取窓口と違って綺麗に掃除されている床の上にそのまま薬草の山を出す事に躊躇した。

「構いませんよ。全部仕舞えますから床が汚れる心配はありませんよ。」

 長の言葉に安心し、フクタロウは収納していた薬草を全部取り出した。

 カウンターの前に人の背丈程の薬草の山が三つ分出現したが、それはまたすぐに長の持つ巾着袋の中に仕舞い込まれて姿を消した。

「結構な量を有難うございました。チュウゴロウも喜ぶでしょう。コケの方は明日の作業ですね。明日も期待していますよ。」

 長は満足気に頷き、自ら記入したアヤ達四人の今日の分の報酬伝票を皆へと手渡した。

「えっ、こんなに!?」

 伝票の数字を見たフクタロウは思わず用紙を覗き込んでしまった。

「あらあらオヤッサン、随分気前がいいわねえ。」

 フクタロウの隣でアヤも自分の伝票を見ながら軽い笑い声を上げた。

「オヤッサンに会ったらお礼言っといて下さいね。」

 アヤの軽口に長も笑いながら答えた。

「明後日の夕方頃には森の中心部からムロハラに戻って来ますから、その時にでも伝えておきましょう。」

 何気無い調子で口にされた長の言葉を聞き流しそうになっていたが、中心部という言葉にアヤだけでなく皆が一瞬真顔になってしまっていた。

 彼等が普段出入りしている森は、他の地域と比べると大きな規模のものではないもののそれなりに広く深いものだった。

「明後日って、そんな気軽に言われても……。」

 アヤが呆れてそう呟く後ろでミツタカやシゲヒサも呆れて軽い溜息を漏らしていた。

 フクタロウだけがよく判っておらず、兎に角とても危険な場所に単身で乗り込んだチュウゴロウの凄さに驚きと憧れに目を輝かせていた。

 余所の森と比べて規模は大きくはないかも知れなかったが、ここの森も中心部には強大で狂暴な魔獣が多数徘徊しているし、毒性のあるガスや水の噴出している様な危険な場所も多くあった。

 一流の高位の狩り人達がパーティを組んで、その内の一人か二人は生きては帰れないかも知れないと悲壮な決意で出発する様な、そんな場所の筈だった。

「まあ、チュウゴロウですから。」

 アヤ達の呆れる気持ちも判らなくもない長は、ただそう言って微笑んだ。

 これ以上呆れさせる事もないだろうと、普通ならば片道一カ月は掛かる森の中心部へ昨日出発し、それで帰って来るのが明後日だと言う事は長は黙っている事にした。 

 窓口での手続きを終え、長に見送られながらアヤ達は先程のカヨ達の所に戻る事にした。

「あー……。さっきの奴等の話、色々込み入った話があるんじゃねえのか? 外野が居ても何だし、今日はこれで帰るよ。」

 途中、アヤへとミツタカが声を掛け立ち止まった。

「え? 別に気を使わなくても……。昼御飯も……。」

 アヤが軽く驚き、ミツタカを振り返った。

 だがミツタカは軽い笑いを浮かべ手を振った。

「奢りの昼飯は明日頼むよ。今日の分も合わせてどっか高い店の飯を頼む。」

「そう……。」

 アヤは少し残念そうに、しかし何処かほっとした様な表情で答えた。

「それでは今日はこれで解散としましょうか。皆さん明日もよろしくお願いしますね。」

 間を取り持つ様にシゲヒサが微笑みながら皆を見回し声を掛けてきた。

「じゃあ、また明日。」

「そうね……。お疲れ様。」

 さっと背を向けて歩き出したミツタカへと、アヤは何とも言い様の無い思いに軽く眉を寄せその背を見送った。

「お、お疲れ様でした……。」

 フクタロウは成り行きに付いていけず少しの間立ち尽くしていたが、アヤとシゲヒサに頭を下げるとミツタカを追い掛けようと慌てて駆けだした。

「昼飯、良かったら一緒に……。」

 ミツタカに追い付いたフクタロウが話し掛けると、ミツタカは一瞬困った様に軽く視線を落とした。

 今日は断ろうかとも思ったものの――ミツタカは顔を上げて頷いた。

「そうだな……。行くか。」

 ミツタカの答えにフクタロウは嬉しそうに頷いた。



 アヤはシゲヒサとも別れカヨ達の待つ依頼品の買取窓口の待合へと戻ってきた。

 既に換金も終わった様で、サダアキ達は伝票を片手に今日の自分達の成果を楽し気に語り合っていた。

「あれ? 一人?」

 アヤの姿に気が付いたカヨが長椅子から立ち上がった。

「今日のところは解散でまた明日ってところ。……気を使われちゃったわ……。」

 カヨの所へとやってきたアヤはそっと溜息をついた。

「そう……。」

 アヤの言葉を聞き、ミツタカの事を思い浮かべながらカヨは何とも言い様の無い思いに小さく眉を寄せた。

「その顔。」

 カヨの表情を見てアヤは苦笑を浮かべた。

「え?」

「その顔、多分あたしもさっきしてたと思う……。」

 アヤの言葉にカヨもまた苦笑を浮かべてしまっていた。

「やれやれだわね……。」

 従姉妹である為に何処か少しだけ似た顔立ちの二人は同じ様に揃って苦笑し、同時に大きな溜息をついてしまった。

「なあなあ! 伯母ちゃん達……。」

 アヤとカヨの遣り取りを見ていたサダアキが、思い切って声を掛けてきた。

「サダアキったら……!」

 横に居たアイコが大人達の事情に口を挟むべきではないと、慌ててサダアキを窘めたが、サダアキは構わずにカヨへと問い掛けた。

「やっぱりあいつ……あの人、悪い奴なのか? 伯母ちゃん達、あの人の事で困った顔ばかりしてる……。」

 サダアキなりにカヨやアヤの事を心配しているのだろう。あいつ呼ばわりを何とか言い直し、サダアキはカヨ達に、不安そうにしつつもミツタカへの警戒感に強張った顔を向けた。

「……。」

 サダアキからの問い掛けにカヨもアヤも一瞬驚きに目を見開き――そしてすぐに少しだけ視線を落とした。

 カヨは僅かに悲しそうに、自嘲の笑みを浮かべていた。

「あの子――あの人はちっとも悪くないわ。むしろあたし達の方が悪いわ……。」

 そう漏らされたカヨの言葉の意味をサダアキ達が理解出来る筈も無く。

 サダアキ達はただ戸惑いながら伯母達の様子を見つめるだけだった。

「ごめんごめん。変な事言ってしまったわね。六年位前にね、おばちゃんがこの町の狩部で教官の仕事してた時に、当時あの人と一緒のパーティだったの。ちょっとおばちゃん、そん時にしくじっちゃったの。だから何か色々気まずくてね。そんな感じなのよ。」

 明るく笑って一気に捲し立て、カヨは話を打ち切った。

「そうそう。ごめんね。それよりお昼食べに行きましょ。カヨの用事も済ませなきゃね。」

 アヤも明るい笑いを取り繕い、場所を変えようと促した。

「う、うん……。」

 大人達の事情を何一つ判らないなりにサダアキ達は頷き、アヤに背を押されるまま歩き出した。

 狩部の近くの適当な食堂にアヤ達は入り、まずは昼食を取る事にした。

 昼を少し過ぎただけの時間帯だったので食堂は多くの狩り人や狩部の職員達で賑わっていた。

 人数分の日替わり定食を注文し終えたところで、カヨは改めてアヤへと今回の自分の用事を説明し始めた。

「さっきも少し言った様に、キタコウジ村のウチの弟達――サダアキとアイコちゃんの父親達から様子を見てきてほしいって頼まれたのよ。」

 カヨとサエカがカズラオカの町へと薬草を運ぶ準備をシラグチの町で行なっている最中に、キタコウジ村からたまたまカヨの弟達が訪ねてきた。彼等もまたキタコウジ村から農作物をシラグチの町へと商売の為に運んできていたのだった。

 子供達をムロハラの町へと送り出したものの、きちんとやっているか心配なので様子を見てきてほしい。それでもし子供達が狩り人に向いていない様であれば村に戻る様に言ってほしい――と。

「成程。」

 カヨの話を聞きながらアヤは軽く頷いた。

「まあ、シゲイチロウ達の気持ちも判るけど、弟とはいえ他人の子供の様子見にわざわざムロハラに寄り道しなきゃなんないなんてねえ。あたしもさっさと帰って自分の子供可愛がりたいってのにさ。」

 愚痴混じりの言葉を漏らしカヨは溜息をついた。

 カヨの子供もサエカのところと似た様な感じで父親大好きで、今回のカヨの出張を大して寂しがっていなかったという事だった。夫のリョウジロウがチャンバラごっこという名の剣の鍛錬や、ピクニックやキャンプという名の狩り人の野営訓練をするのを子供も面白がっており、カヨが帰って来るまでシラグチの町の近くの川辺で父とキャンプをして待っているという事になっていた。

 シラグチの町に入る為の街道沿いのその川辺で過ごし、母が帰ってきたらすぐに出迎えるのだと子供は楽し気に言ってカヨを送り出したのだった。

「まあ……。いい子じゃないの……。」

 アヤの相槌にカヨも柔らかな笑みを浮かべた。

「まああたしの愚痴は兎も角として。この子達四人は、一応円満に送り出された方ではあるけど。弟達――というか、この四人の家族からしたら、やっぱり本音のところでは家業に関わってもらいたいみたいなのよね……。」

 カヨは何処か居心地悪そうに硬い表情をして席に座っているサダアキ達を順番に見ていった。

 彼等は次男次女や三男という事で、自立を目指して村から出ていく事について親や親戚達から表立って反対されるという事は無く送り出されてはいた。

 だが狩り人というものは危険な目に遭う事も珍しい事ではなく、命を落とす事もあった。

 親達からすれば、出来れば危険な仕事は辞めて他の道を選んでほしいという思いも強かった。

 彼等の家業――農業や、村の商店を長男ではないから継ぐ事は出来なくても、新しく農地を開墾して新たに一家を構える等してほしいという様な、そんな願いを持っていた。

「……父ちゃん達の話も判らないじゃないけど……。でも、俺達、どうしたらいい……? 何か試験受けるとか……? 伯母ちゃん達に認めてもらったらこのままムロハラに居てもいいんだよな……?」

 困惑しながらも真剣な表情でサダアキはカヨへと顔を上げた。

 アイコ達他の三人も同じ様な表情でカヨを見ていた。

「そうねえ……。でも、あたしとしては今回、ちょっと甥っ子達の様子を見に来ただけなのよね……。」 

 サダアキ達の視線を受け止めながらカヨは困った様に軽く眉を寄せ、軽く微笑んだ。

「元教官サマだとか、シゲイチロウ達、大した立場の様にあたしを持ち上げてたけど、よっぽど適性が無い人間でもない限り、そんな一日二日ちょっと様子見ただけで狩り人に向いてるかどうかなんて判る訳ないのにねえ……。」

 すぐに駄目出しをして連れ戻す訳ではなさそうなカヨの言葉に、サダアキ達もほっと安堵し表情を緩めた。

 狩部の元教官ならば新人の素質もたちどころに見抜けるだろう――弟達の言い草は何も知らない素人の言い分だとカヨも判ってはいたが、弟達の子供を思う気持ちも判らないではなかったのでカヨは一々反論はせずに甥達の様子見を一応引き受けた。

 狩り人達の向き不向きや気質等は、むしろシゲヒサ達受付職員の方が日々の様子を見ている分理解が深いだろう。

「――まあ、試験じゃないけど、明日はあなた達と一緒に何か依頼受けましょうか。一応あなた達の様子を確認した、まあ普通にやっていけると思う、てシゲイチロウ達には言い訳も立つしね。」

「あ、ありがとう伯母ちゃん!」

 サダアキ達は嬉しそうに笑い大きく頭を下げた。



 翌日。昨日と同じ様にミツタカやフクタロウ達は特殊スキルの相談窓口に集合した。 

「おはよう。」

 先に来ていたアヤがフクタロウ達へと挨拶をした。

「お、おはようございます……。」

 フクタロウもアヤへと挨拶を返したところでアヤは皆を見回し今日の段取りを告げた。

「今日は昨日の小霊樹の所の、洞窟の方ね。アカガネゴケの採集という事でよろしくね。まあ、あたし達が運べる一杯取ったらそこで終了だし、多分昨日と同じ位のお昼少し前で帰れる感じかしらね。」

「は、はい。」

「おう……。」

 アヤの説明にフクタロウとミツタカは軽く頷き、シゲヒサも微笑んだ。

 狩部の正面玄関に向かって歩きながら、アヤはフクタロウ達を軽く振り返り、

「あ、一応、昨日の子達の話、ちょっとだけしておくわね。みんなに関係無いと言えば関係無いけど、一応ね。」

「いいんですか? 無理に御家族のお話をしなくても……。」

 アヤにシゲヒサが気遣いの言葉を掛け、その隣でフクタロウも小さく頷いた。

 ミツタカは無言のまま成行を見ていた。

「ああいいのよ。そんなにプライバシーがどうとかまでの大袈裟な話じゃないしね。――あら?」

 シゲヒサにそう答えていると、通常の依頼受付窓口にアヤ達は差し掛かり、そこの一つで手続きをしているカヨやサダアキ達の姿に気が付いた。

 カヨもアヤ達の姿に気が付き軽く手を上げて挨拶をしてきた。

「おはよう。昨日は有難うね。」

「おはよう。丁度いい依頼はあった?」

 カヨとアヤが言葉を交わす後ろでサダアキ達もミツタカ達へと軽く頭を下げた。

「あ、今さっきの話のついでだから――。」

 アヤはミツタカ達を振り返ると改めてカヨやサダアキ達の事を紹介し、カヨがムロハラの町に甥っ子達の狩り人としての働きぶりを確認しに来た事情等を説明した。

「それはそれは。頑張って伯母様に認めてもらわなければなりませんね。」

 話を聞いたシゲヒサはサダアキ達に微笑み掛けた。 

「じゃあ、頑張ってね。」

 アヤもサダアキ達に笑みを向け、その場を後にした。



 カヨはサダアキ達の後ろに付き添いながら、あくまで普段通りに動く様にと告げて目的地へと出発した。

 サダアキ達が今日受けた依頼はカブト虫型の魔獣の駆除だった。森の第一層――昨日の小霊樹から少しだけ離れた場所に少しだけ多く発生した虫型の魔獣の駆除という、初心者パーティ向けの定番のものだった。

「そうそう。ちゃんと距離を取れてるわね――。」

 サダアキ達の父親達へ報告をする手前、カヨは一応指導者らしい声を掛けてはいた。

 だが、手強い魔獣と言う訳でもなく、サダアキ達も基礎を守った体の動きを心掛けており、特には問題になる様な事柄は見受けられなかった。

 その場所の駆除が一段落したところで、サダアキ達は討伐証明箇所である鋭く尖った角を集めていく事にした。

「あ、こいつの角はね厚めの布で包んで――。」

 荷物運びの役割も持つマツサブロウだけでなく他の者達にも、鋭利な角で怪我をしない様にとカヨは注意掛けをしながら角集めを手伝った。

「……で、どうだった? 俺達……。」

 マツサブロウが背嚢の中に厚めの布で包んだ角を仕舞うのを手伝いながら、サダアキは少し不安気にカヨへと問い掛けた。

 不安そうにしているのはアイコ達も同様だった。

「大丈夫よ。昨日言ったでしょ。よっぽど性根が悪いとか、注意力が散漫過ぎるとか、そんなでも無い限り一日二日ちょっと様子見ただけで向き不向きなんて判らないって。」

 カヨの言葉にサダアキ達は笑みを浮かべ、大きく安堵の息を吐いた。

「ただ、無理はせず命大事に。困った事や判らない事は狩部の人にすぐ相談するのよ。幸い、シゲヒサ君にも多少顔を覚えてもらったみたいだし。少しは相談し易いんじゃないかしら。」

「判ったよ! 気を付けて頑張るよ! ありがとう伯母ちゃん!」

 サダアキ達は狩り人を続けられる事に喜び、カヨへと元気よく礼を言った。

 それから撤収する事にして帰り道の途中サダアキ達は、少し早い時間だったが休憩がてら軽い昼食を取る事にした。

 大雑把に草木を刈り払って作られた小さな広場に立ち寄り、適当な場所に腰を下ろすと、マツサブロウが背嚢から取り出した惣菜饅頭を皆が受け取っていった。

「あ、そういえばお礼のお饅頭、まだ渡してなかった……。」

 受け取った饅頭を見て、アイコが昨日のシゲヒサ達への救助料代わりの饅頭の事を思い出した。

「あー。そういやそうだったな。」

「今日帰ったら買いに行こうか。」

 サダアキやマミコ、マツサブロウが饅頭を口にしながら溜息をついた。

 そんな事をお喋りしながら休んでいたが、饅頭を食べ終わったマツサブロウがふと何気無く顔を上げると、木の上で何か光る物がある事に気が付いた。

「ねえ、あれ何か光ってる……。」

 十メートル程の高さだろうか。大木という程でもない楠の枝の間に日の光を反射して輝く丸い物が見えた。

「ほんとだ。」

「何か宝物かもよ。」

「まさか。」

 サダアキ達が笑いながらそんな話をしている横で、目を凝らして見つめていたカヨは表情を曇らせていた。

「まさか、ね……。」

 元々は斥候職という事もあり、木登りの技能も身に着けていたカヨは楠へと手を掛けると丸い物を目指して登っていった。

「伯母ちゃん!?」

 突然木登りを始めたカヨにサダアキ達は驚いたが、彼等への説明は後回しにしてまずは目的の場所へとよじ登った。

 三つ程の股に分かれた太い枝の根元は窪みになっており、そこに小枝や枯れ草を小鳥の巣の様に丸めた器があった。

 その中に大人の片手程の大きさの薄黄色の艶やかな光沢を放つ球体と、幾つかの小さな赤い棒状のガラス片の様な物が入っていた。

「……やっぱりか……。」

 自分の嫌な予感が当たった事に溜息を漏らすと、カヨはそっと巣状の器ごとそれらを手に取った。

 落とさない様にゆっくりと地上へと下りると、安堵ではなく憂鬱な思いで大きく溜息をついた。

「それ、何かまずいもんなの?」

 カヨの暗い表情を見てサダアキは恐る恐る薄黄色い球体を指差した。

 サダアキの問いにカヨはミツタカの様に眉間に深い皺を寄せて頷いた。

「この知識があなた達の役に立つのはまだ暫く先の事でしょうけど、一応説明するわね。こっちの赤い方はただの魔樹の樹液が乾燥して結晶化した物なので特には危険は無いんだけど――あ、まあ魔樹の方は危険なんだけどね。で、こっちの薄い黄色い球は、きらきらして綺麗なんだけど、第六層のトカゲ型の魔獣の卵なの。しかもこの色は有精卵。」

「ろ、六層っ!?」

 カヨの説明に初心者のサダアキ達は絶句するしかなかった。 

 ついでに言うと樹液を出した魔樹の方は第七層のものだとカヨは付け加え、サダアキ達は更に驚き立ち尽くしてしまった。

「どうしてそんなものが……。」

 アイコとマミコは手を握り合って恐ろしそうに呟いた。

 カヨは何とかこのムロハラの町で現役の狩り人として活動していた頃の記憶を手繰り、トカゲ型の魔獣の知識を思い出していた。

 第六層の魔獣――今の夫であるリョウジロウと組んでいた当時の自分達パーティで何とかぎりぎり対応出来る位の危険度だが、初心者も多数居る第一層にそんなものが出現すれば多くの死傷者も出るだろう。

 幸い、孵化したばかりの状態であれば第三層の魔獣程度の危険度だと思われたが、それでも第一層での活動だと認識し、厳しく言えば油断している狩り人達が後れを取る事は想像に難くなかった。

「――ええと、この卵はフタクビトカゲっていう名前そのまんまの頭が二つあるトカゲの魔獣で、無精卵は灰色の泥が混じって濁ったみたいな色をしてるけど、有精卵は産み落とされたばかりの頃は濁った濃い黄色で、孵化が近付くと透明度のあるガラス質の薄い黄色に変化して……。」

 自分の頭の中を整理する事も兼ねてカヨはサダアキ達に改めて魔獣の説明をした。

「取り敢えず、あなた達は急いで狩部に戻ってこの事を知らせてちょうだい。シゲヒサ君――は、まだ今日もアヤ達との依頼だったわね……。窓口の誰でもいいから長に取り次いでもらって。今日は絶対居る筈だから。」

 カヨがカズラオカの町に出張した様に、チュウゴロウの薬草関連の依頼でアヤ達も昨日今日と活動しており、それに関連してムロハラの狩部の長も今日は事務所に詰めている筈だった。

 いきなり狩部のお偉いさんに知らせろと言われ、サダアキ達は驚き戸惑ったが、カヨの真剣な表情にしっかりと頷いた。

「で、でも伯母ちゃんは……?」

 危険な魔獣の卵とはいえ、狩部の事務所であれば腕利きの狩り人達も居るだろうし、昨日助けてくれたシゲヒサの様な受付職員でも強い者は大勢居るだろう。卵は持ち帰って、万一孵化してもそうした者達に任せればいいのではないか――。

 サダアキの心配そうな問いに、カヨは苦笑交じりに答えた。

「出来ればそうしたいけどね……。でも、そもそもここに卵を持ち込んだヤツが居て――。」

「オタカラにサワるナァァァッッ!!」

 そこにカヨの言葉を遮る様な片言の叫び声と黒い塊が降ってきた。

「えっ?」

「何?」

 驚きに硬直するサダアキ達を後ろに庇い、カヨは卵と樹液の結晶を手にしたままその黒い影へ厳しい視線を向けた。

「そノオタカラ、おレのモノダ。カエセ。」

 全身が黒い羽毛に覆われ、両眼だけが怒りにぎらぎらと赤い光を放っているそれは、第四層より奥の領域に棲む烏の魔獣だった。

 動物の方の烏と違い、全身は一メートル六十センチ程で人間と同じ位の体格で両足は太く、カヨ達を威嚇して広げている両翼には人間の手と同じ物が付いていた。

「ま、魔獣が……喋ったっ!?」

 大柄な魔獣が目の前に迫る恐怖感に震えながらも、サダアキ達は魔獣が喋った事に大きく驚いていた。

 森の奥の領域には知能の高い魔獣も居て、ここの森の場合知能が高いのは烏の魔獣だけだったが、第四層から奥の領域で幾つかの群が人間で言う小さな村の様なものを形成して暮らしていた。

 彼等には何かしら気に入った物を収集して貯め込む習性があった。動物の烏の様に主に光り物を集める者が多かったが、中には変わった形の木の棒や他の魔獣の角や骨、時には人間の武具や防具、生活用品や芸術品等を集める者も居た。

 木の洞や洞窟等、彼等は「お宝」を決まった場所に貯蔵しているが、そこに持っていく為の準備として木の上や茂みの奥等に一時的に保管する事もあった。

 今日カヨ達が発見した卵と樹液の結晶もそうした一時保管で置かれていた物だった。

 そんな事をサダアキ達にカヨが説明していたが、烏の魔獣の方は苛々した様子で怒鳴り声を上げた。

「ゴチャゴチャナニヲイッテル! サッサトカエセ!」

 片言のガラガラ声で怒鳴られ、サダアキ達は反射的に身を竦ませたが、カヨは出来るだけ落ち着いた声を心掛けて烏の魔獣へと話し掛けた。

「待って。落ち着いて。返してあげたいけど、この殻の色だともうすぐ孵ってしまうわ。確か、孵化して割れた殻には興味が無くなるのでしょう? こんな場所に孵ったトカゲ放置されても困るのよ。それに、そもそもムロハラや他の町の狩部の長達と、そっちの長老達と昔取り決めした筈よ。奥の層の物の一時保管場所を第一層とか浅い場所には作らないって。」

 カヨはゆっくりと言い聞かせるかの様に烏の魔獣へと言葉を続けたが、烏の魔獣の方は苛々とした様子で嘴を大きく開いて声を荒げた。

「ソンナコトはしラン! かえセ! コロスゾ!」

 烏の怒鳴り声に身を固くするサダアキ達を背後に庇い続けながら、カヨは小さく溜息をついた。

 何処の世界にも決まり事を破る若者は居るが、目の前に居る烏の魔獣もどうやらそうした者の様だった。

 今のムロハラの町の狩部の先代の長の頃、今回の様に奥の層の魔獣の卵が町の近くの第一層で一時保管された事があった。その魔獣は孵化直後でも凶暴で強力なもので、幸い少数には抑えられたものの死者の出る惨事となった。

 以後はこうした事にならない様にと烏の魔獣の長老達と、森に接する幾つかの町の狩部の長達とで話し合い(決闘的な事もあったらしいが)が行なわれ、奥の層の物は浅い層に持ち出さない様にと烏の魔獣達には通達されたのだった。

「え? 何それ。じゃあこいつ決まり破ったって事……?」

 カヨからの説明を聞いてアイコが思わず呟いたが、それが聞こえた烏の魔獣は両翼を大きく広げてカヨ達へと飛び掛かってきた。

「シランシランシラン! カエセカエセ!」

 カヨは持っていた巣の器をサダアキに手渡すと、慌てて身構え烏の頭部を蹴り飛ばした。

 烏の怯んだ隙に愛用の短剣を抜き、サダアキ達を真後ろに庇って前に進み出た。

「ジャマスルナ……!」

 カヨを睨み付ける赤い目が怒りに輝きを増した様だった。

「サダアキはあたしの後ろでじっとしてて……。ごめん、他の皆はとにかく助けを呼んできて。あいつはお宝と邪魔者にしか注意が向かないから大丈夫の筈だから……。」

 カヨの指示に何とかマツサブロウ達は勇気を奮い立たせ、小さく頷いた。

「!!」

 そうする内にも烏の魔獣は再び叫び声を上げ、地面を蹴ってカヨへと飛び掛かった。

 アイコの背を叩く様にして送り出し、カヨは懐から数本の小さなナイフを烏へと投げ付けた。

「伯母さんっ!」

「早く行くのよ!」

 アイコが泣きそうな顔でカヨを振り返ったが、カヨは厳しい声で答え、振り立てられた烏の嘴を短剣で弾いた。

 カヨが烏の魔獣を引き受けている内に、マツサブロウとマミコがアイコを半ば引っ張る様にして急いで町へと向かって走り出した。 

 森の小道の向こうに去っていくマツサブロウ達の背中を横目で見ながら、カヨは執拗に飛び掛かって来る烏の魔獣を短剣を払っていなし続けた。

 知能が高いと言っても魔獣なので勿論、狩り人が身を守る為に殺してしまっても咎められる事は無かったし、殺される方が悪いのだと烏の魔獣の群から人間達に対して何か抗議や報復があるという事も無かった。

 この個体はまだ若い様でそれ程強くはなかったものの、しかしそもそもが烏の魔獣は第四層よりも奥に生息しているものなので、現役を退いたカヨ一人で相手するには殺す気で挑んではいるものの力が足りなかった。

「伯母ちゃん!」

 カヨと烏の戦闘を見守っていたサダアキが悲鳴の様な声を上げた。

 カヨがちらりと背後の様子を窺うと、サダアキの手にしていた卵が割れて中から二つの黒いトカゲの頭が這い出ていた。

「クソガアアアア! セッカクキレイナタマゴダッタノニ!」

 僅かにサダアキとトカゲに注意が逸れたカヨの隙を突いて、烏の魔獣は両翼に付いた手の鋭い爪を叩きつけた。

「クソクソクソクソクソ!!」

 自分の宝物が台無しになった事への八つ当たりもあり、烏は何度も爪を振り下ろし続けた。

「っ!」

 流石に捌き切れずにカヨは短剣を弾き飛ばされ、身を庇って上げた片腕に大きな裂傷を負ってしまった。

「伯母ちゃんっ!」

 サダアキは半ば泣きながらトカゲを放り出してカヨへと駆けだした。

 そうする内にも双頭のトカゲの魔獣は小さな卵の何処に収まっていたのか、一メートル程の図体をのたくらせ、四つの足で地面にしっかりと立ち上がった。

「!」

 幸いなのかどうなのか、孵化したばかりのフタクビトカゲは烏の魔獣を餌として見定め、意外と素早い動きで躍りかかっていった。

 カヨへと飛び掛かろうとした動きを邪魔され、烏の魔獣は忌々しそうに舌打ちをしながらトカゲの突進を後ろに下がって躱した。

 トカゲは更に身を乗り出して牙を剥き、烏へと迫り続けていた。

 魔獣同士がやり合っている隙にカヨは血が流れ続ける左腕を押さえながら、サダアキと共に離れた茂みの中へと逃げ込んだ。

 カヨは取り急ぎサダアキの背負い袋の中から予備の帯を取り出すと、サダアキに左腕を縛らせ応急処置を始めた。

「何とか隙を見て逃げるわよ……。」

 痛みに顔を顰めながらカヨは戦い続けている烏とトカゲの魔獣の様子を見つめ続けた。







 




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2025-0811

 暫く間が空いてしまいましたが何とか第十三話出来ました。酷暑のせいもあるのか何年かぶりに本気の自律神経ダメージのクソ苛々のぼせ症状が出てしまい休んでいました。

 新しくAI絵も始めて、自作絵とAI絵と合わせてこれから楽しく新しく色々やっていくぞー、小説も他の事も色々やるぞー、と、意気込んでいた筈なのに何故か色々と心身不調になり、そこに色々守秘義務もあって書けない仕事の事とかその他色々公私ストレスな出来事も重なってしまい更に不調が加速してしまい。まさにクソして寝てろ、お薬飲んでおやすみなさい、みたいな状態でじっとしています。ただまあ、じっとし続けているのも苦痛なので小康状態の時に小説を一行二行書いては寝てを繰り返したりも。

 早く落ち着いてほしいものです……。

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