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第十二話「荷物持ちに同行していた窓口職員の青年が初心者の少年達のパーティにお節介を焼く件」

「へええ……。あの坊主達にそんな物語があったとはなあ。」

 チュウゴロウが朱塗りの大きな椀にまた酒を注ぎ、一口含んでは舌の上で転がしていた。

「で、そっからどうなったんでぇ?」

 粗末な木の丸椅子に座ったままチュウゴロウは背後の三味線弾きを振り返った。

 だが三味線弾きの男は細長い三味線用の背負い袋へと商売道具を既に片付けており、ゆっくりと立ち上がった。

「すみませんねえお客さん。今日はもうあっしの喉も限界さね。」

 あっさりとそう言って笑い、三味線弾きはチュウゴロウとヤスイチロウを振り返る事も無く鼻歌を歌いながら夜更けの飲み屋通りの向こうへと去っていった。

「~さてさってえ~、そしてミツタカ十六歳、青く傷付き易い若人のおー、青く眩しき青春の日々いー、それは次回の講釈にてええー、と。」

 酔客達の中へと紛れていく三味線弾きの後ろ姿を、チュウゴロウとヤスイチロウは苦笑と酒臭い溜息で見送った。

「全く相変わらずな御方ですね。」

 ヤスイチロウは軽い溜息を漏らし、椀の中の残りの酒を呷った。

「まあしゃーねぇな。(やっこ)さんの言う通り、またその内次回の講釈とやらがあんだろうよ。――まあ、それはそれとして。俺ぁ明日、ここの森の中央層の……。」

 チュウゴロウはヤスイチロウの空になった椀へと次の酒を注ぎながら、去っていった三味線弾きの事からエリクサア作りの段取りについて思考を切り替えていた。



 翌朝。食堂で朝食を終えたばかりのフクタロウの所にシゲヒサが訪ねてきた。

 今日はシゲヒサは私服の様で、薄い緑色の着流しに紺色の細い筒袴を身に着けていた。

 食堂の長机の前に座ったままフクタロウは、戸惑いながらシゲヒサを見上げた。

「おはようございます。食事を終えたばかりのところを大変申し訳ございません。」

 シゲヒサはいつもの窓口対応の時の様な柔らかい微笑みをフクタロウへと向け、軽く頭を下げた。

「あ、いえ……。おはようございます……。」

 幾らかは顔見知りになったとはいえ、友人という訳でもない窓口職員が朝から何の用なのだろうか、と不思議に思いつつフクタロウは挨拶を返した。

 シゲヒサはフクタロウの向かいに腰を下ろすと早速用件を告げた。

「早速で申し訳無いのですが、本日、薬草の採集作業を行なって欲しいと、カズラオカの薬師部の長からの指名依頼です。」 

「あ……。ああー!」

 フクタロウは昨日アヤが話していた薬師部の長チュウゴロウの依頼の話を忘れ掛けており、僅かの間の後に思い出した。

 フクタロウにとってはミツタカに許嫁が居たり、破談になったりしたという話の方が衝撃的で、依頼の話は頭の隅に追いやられていたのだった。

「えーと……。ヒロヒメさん達に無断で受けたりしてもいいもんなんですか?」

 フクタロウは断るつもりは無い様子だったが、今所属しているパーティではなくフクタロウ個人への依頼に関する決まりがどうだっただろうかと思い出せず首をかしげてしまっていた。

「問題ありませんよ。彼女等は今休暇中ですし、その間、一人で出来る簡単な依頼を小遣い稼ぎに受ける事は禁止されてはいません。」

 フクタロウの疑問に窓口職員であるシゲヒサは即座に回答した。

「それなら良かった。じゃあ受けます。」

 フクタロウはほっとして承諾した。世話になった――というのも違うが、「異空間収納」のスキルを極めた一つの姿を示してくれた薬師部の長に、何かしらの礼をしたいという気持ちも幾らかあったからだった。

「それでは早速ですみませんが、今から狩部の方にいつもの荷運びの装備でお願いします。」

 フクタロウの返事を聞くとシゲヒサは立ち上がりフクタロウを促した。

「は、はい。」

 フクタロウは空になった食事の盆を返却口へと戻し、急いで自分の部屋へと戻った。

 


 その頃、ミツタカの住む宿にはアヤが訪れていた。

「……何だよ朝っぱらから。」

 宿の裏口に呼び出されたミツタカは寝間着の浴衣のまま不機嫌そうにアヤを睨んだ。

「ごめんなさいね。昨日話してたオヤッサンの指名依頼、あなたにも正式にあるのよ……。薬草の採集依頼。」

 アヤの言葉にミツタカは不機嫌そうに顔を顰めた。

 その内チュウゴロウからフクタロウへと依頼があるだろうと昨日アヤは話していたが、その内どころか翌日の朝早くから、しかも自分にも正式に話を持って来られるとはミツタカも思ってもいなかった。

「何で俺が今更薬草採集なんか……。」

 うんざりとした様子でミツタカが溜息をつくと、アヤもまた軽く肩を竦めて溜息をついた。

「昨日話した通り、薬作りの話をあんまり大っぴらにしたくないらしいのよ。なるべく信用出来る人間だけに仕事の手伝いをして欲しいっていう御意向なのよ薬師部の長サマは。」

「信用出来るって……。」

 たった一回、フクタロウのおまけで会っただけの間柄で、そんな大事な仕事の手伝いをしろと言われてもミツタカも迷惑でもあるし困惑するものでもあった。

「だから今日はあたしとシゲヒサ君とフクタロウ君、そんでミツ坊の四人で臨時パーティ組んで薬草採集に行ってもらいます。さ、準備して下さいな。」

 既に決定事項な様でアヤはぽんと軽く手を両手を叩き、ミツタカを宿の中へと押し遣った。

「え? おい……。」

 フクタロウの名前が出た事でミツタカは顔は顰めて嫌がる表情を取り繕いながらも、それ程には強い拒否を示す事も無く裏口へと押され入っていった。

「しゃあねーなー……。」

 臨時とは言え何日か振りにフクタロウと組める――自分の部屋へと戻るミツタカの足取りは少しだけ軽かった。



 フクタロウ、シゲヒサ、アヤ、ミツタカの四人は狩部の奥の特殊スキルの相談窓口の方で合流した。朝の時間帯は掲示板の方へと人が多く集中している為、こちらの方は殆ど誰も居ない状態になっていた。

 アヤに連れられて、ミツタカは一応不機嫌そうな顰め面を取り繕いながら窓口のカウンターへとやってきた。

「お、おは……よう……。」

 フクタロウがつかえながらも微かに笑みを浮かべてミツタカへと挨拶をした。

「おう……。」

 フクタロウへとミツタカは軽く頷き返し、カウンターの近くで立ち止まった。

「では出発前に軽く説明しておきますね。」

 ここの窓口の引き出しにあらかじめ用意していたらしい書類をシゲヒサは引っ張り出すと、皆へと説明を始めた。

 薬師部の長チュウゴロウからのフクタロウ達への今回の依頼は、ムロハラの町から程近い森の第一層――そこの小霊樹の近くの広場に生えているウラジロアオガネという薬草と、小霊樹の裏にある洞窟に生えているアカガネゴケという薬草を採集してきてほしいとの事だった。

 必要な量は、有るだけ全部――。

「え? ら、乱獲になるんじゃないんですか……?」

 シゲヒサの説明にフクタロウは驚いて思わず声を上げた。

 森の中に生えている植物を採集する仕事も狩り人への依頼の中にはよくあったが、根こそぎ採り尽くす様なやり方は禁じられていた。

「小霊樹の広場や洞窟は有難い事に霊力やら魔力やらが満ちてて、特定の植物なんかは根っこが残ってるとすぐに再生する様になってるの。」

 アヤがフクタロウにそう説明するのを聞きながら、この世界が遊戯や物語の舞台の様なものとして成り立っている――神降ろしで知らされたそんな事をミツタカは思い出していた。

 作劇の都合上のご都合主義――ミツタカには馴染みは無かったが、そんな言葉も神降ろしの知識の中にあった。 

「……あのオッサンの事だから、薬草が生え直した頃にまた依頼寄越すんじゃねぇのか?」

 ミツタカが零した独り言にシゲヒサとアヤは苦笑を浮かべた。

「ま、そう言わないで今日明日だけ頼むわ。秘密厳守とまではいかなくても回復薬――エリクサア、いざ作るとなったら案外大事だもの。」

 どんな病気や怪我も飲むだけで治り、欠けた手足や内臓までも再生してしまうという超高位の回復薬――それを欲しがる金持ちや権力者は少なくなかった。

 自分のものにする為に依頼をするだけでなく、依頼者の競争相手や敵対者から妨害工作をされたり、まだ薬が出来てもいない内から暗殺者を送り合ったり薬師を誘拐しようとしたり――そんな事も時々はある様だった。

「あのオヤッサン、そういう雑音を一番嫌うから、なるべく静かに薬作りをしたいって言ってるしね……。」

 アヤの話を聞きながらも、この場の誰もがチュウゴロウが一人静かに薬品を取り扱っている様子を想像する事が出来なかった。

 それから手順や、フクタロウ以外の三人の背嚢や装備を確認して四人は早速指定された小霊樹のある場所へと向かう事にした。

 窓口を離れる前にアヤは、出勤してきたばかりの今日のここの窓口の担当職員へとメモ書きを手渡した。

「ごめんなさい。もしカヨという人が先にここに来ていたら渡しておいてちょうだい。昼迄には戻るからって。」

 そう言えば昨日、カヨは宿舎から出て行く時にアヤの所を訪ねたいという様な事を話していたとミツタカは思い出していた。

 かつてのパーティの仲間で新人だった自分の教官でもあったカヨの用事が気にならないでもなかったが、ミツタカは立ち入った詮索はしなかった。 



 森の第一層――一番外側には小霊樹がムロハラの町から見て西と、やや南西に一つずつ生えていた。今日フクタロウ達が向かう小霊樹は南西で、西の方がパーティ解散前のミツタカ達が神降ろしを受けた霊樹だった。

 第一層とは言え一応は森の奥まった場所ではあったが、ごくたまに出現する森狼や森蛇等のレベルも低くミツタカ達の相手にはならず、大した時間も掛からずに彼等は目的地の近くまでやってきた。

 森の木々の茂みの向こうに聳えている様子が微かに見える南西の小霊樹をふと見上げ、ミツタカは西の小霊樹の事を思い出してしまいそっと小さな溜息をついた。

 そこで神降ろしを受けた事が、ミツタカにとっての一つの転機だったのだろう。

 今迄忘れていた――心の奥底へと押し遣っていた幾つかの事柄を掘り返され、そこから今の自分とフクタロウに連なる様々な事もまた教えられてしまった。

「もうすぐ着くわね。」

 ミツタカの前を歩きながらアヤもまた茂みの向こうを見上げた。

「そうだな……。」

 視線を下ろしミツタカがふと傍らを歩くフクタロウへと目を向けると、何処か嬉しそうにしながらフクタロウは前を向いて歩いていた。

 やはりヒロヒメ達と組むよりはミツタカと共に行動する方がフクタロウにとっては嬉しいのだろう――ミツタカもフクタロウと行動する事が嬉しくない訳ではなかったが。

 いずれやって来る主人公達と旅立っていく事がフクタロウにとっての幸せなのだと自分に言い聞かせ、ミツタカはそのまま歩き続けた。

 南西の小霊樹は杉の樹で、太く真っ直ぐな幹が空へと聳え立つ姿をミツタカ達の前に示していた。

 小道から鳥居をくぐって樹の前の広場へとアヤを先頭にして足を踏み入れ、そのまま樹の根元にある宝玉や祭壇の前を素通りし、樹の裏側の広場へとやってきた。

 そこには木漏れ日を受けて薄青い金属質の光沢をきらきらと放つシダ――ウラジロアオガネが一面に生えていた。

 薄青いシダの群生する広場の向こうには小さな洞窟があり、今日のもう一つの目的のアカガネゴケはその中に生えていた。

「じゃあ始めましょうか。先にみんなでウラジロアオガネを取って、少し休憩してから洞窟の方の作業をしましょう。」

 地面に背嚢を下ろし、アヤは狩部から借りてきた鎌をミツタカ達へと手渡した。

「全く……。」

 ミツタカはめんどくさそうにしながら鎌を手に適当な場所に屈み込んだ。

 地上部の全草を使用するので作業は傍から見ているとただの草刈りの様にも見えてしまっていた。

 時々顔を上げミツタカがフクタロウの作業している様子を見ると、フクタロウもまたミツタカからの視線に気付いたのか顔を上げ、何処か照れ臭そうな笑みをミツタカへと向けた。

 それからまたすぐにフクタロウは俯き、草刈り――薬草の採集作業を再開した。

 暫くそうしている内に四人はそれぞれ一抱え分位の量の草の山を築いていた。

 少し休憩しようかとミツタカもフクタロウも腰を軽く叩きながら立ち上がったところで、小霊樹の宝玉と祭壇のある方から誰か――少年らしき声が聞こえてきた。

「――うおおー! 来たぜ、小霊樹!!」

「一々叫ばない! 全くもう。」

「まあまあ。いいじゃないか。」

「それよりお腹空いたー。」

 四人程の少年少女らしき若い――というよりは幼さも感じさせる話し声がミツタカ達の居る小霊樹の裏へと聞こえてきた。

「何だ?」

 座り込んだままの草刈り作業で凝り固まった足腰を解しがてら、何となくミツタカが様子を見に祭壇側へと足を向けた。

 フクタロウやアヤ、シゲヒサも何となくその後に続き、四人は小霊樹の幹の向こうを覗き込んだ。 中古で安く揃えた皮鎧や刀、背嚢を身に着けた小柄な少年二人、少女二人のパーティが小霊樹の根元の宝玉と祭壇の前で軽く手を合わせて拝んでいる姿があった。 

「あいつら……。」

 いつだったか、狩部の一人向け依頼の掲示板で見掛けた初心者の少年達だったとミツタカは思い出した。

「知ってるの?」

「あー、いや、前に見掛けた事があってな。」

 いつの間にかすぐ横に来ていたフクタロウからの問いに、ミツタカは軽く溜息をつきながら彼等を眺めた。

 まだまだ登録したての様子の彼等のレベルでは、神降ろしを受ける事は出来ない筈なのに何をしに来たのだろう――。

 ミツタカのそんな疑問は、リーダーらしき長髪を後ろで軽く括った少年の決意表明らしき声が答えてくれた。

「見てろよー! すぐにここでスッゲエスキル授かってやるからなー!」

 長髪の少年はそう大声で願掛けをして大きな音を立てて柏手を打った。

 他の三人も彼の背中を呆れて見ながらも思いは同じ様で、小霊樹の根元の宝玉へと改めて手を合わせていた。

「ああ、何か懐かしいですね。私もやりましたよ。」

 フクタロウの後ろから顔を出し、シゲヒサが少年達のパーティを微笑ましそうに眺めた。

 狩り人達にとって初めてのスキル取得は一大事であり、何の根拠も無い験担ぎであっても有用なスキルが授かる様にと、未熟なレベルの内からこうして手を合わせ祈りに来る事はよくある事だった。

「あの子達、今日の依頼は多分、小魔樹の皮剥ぎと樹液回収――後はおまけでムロハラ胡桃拾いといったところね。頑張って欲しいわね。」

 アヤは教官らしく彼等の今日の装備を観察し、暖かな眼差しを向けていた。

 小霊樹の麓は魔獣の近寄れない安全地帯にもなっているので、少年達は手を合わせた後、魔獣の邪魔の入らない今の内にと小振りの鉈や棍棒を構えて準備を始めた。

 丸刈り頭の少年が荷運びの役目も負っている様で、体格にまだ合っていない大き目の背嚢を背負い直し棍棒を片手に持つと、今日の依頼を復唱して皆と確認し合った。

「えーと、ここから西の方の果樹園――じゃない、魔樹の広場の小魔樹の皮剥ぎと樹液の回収。それから帰りしなに森の出入り口でムロハラ胡桃を拾う、と。無理はせず、怪我の無い様に――と。」

 丸刈りの少年の言葉に皆は頷き合った。

「こないだの篠笛のお姉さんにも教えてもらったしな。もう少しやれると思ったところで一旦落ち着く。調子に乗らず油断しない様にってな。」

 長髪の少年が腰帯に差した刀と鉈を軽く叩いた。

「もう。美人の言う事だけは素直に聞くんだから!」

 彼の横で色黒のおかっぱ頭の少女が不満気に軽く口を尖らせていた。

「まあまあ。いいじゃないの。こいつすぐ調子乗るから。お姉さんが注意してくれて助かったわ。」

 やや背の高い少女が明るい笑い声を上げた。

 そうして彼等は準備を終えると、沢山稼ごうと言い合って勇んで出発していった。

「――大丈夫かなあ……。あの胡桃結構重いんだけど。」

 小霊樹の広場を去っていく彼等の後ろ姿を見送りながら、フクタロウは荷物持ち職として丸刈り頭の少年の体力を心配していた。

「まあ、依頼の難易度も派遣場所も問題無く。パーティの装備や人数、健康状態や人間関係も特に問題は見受けられず。油断無くお気を付けていってらっしゃいませ――といったところですね。」

 受付職員らしい観察を行なったシゲヒサはいかにもな職員らしい口上を述べて微笑んだ。

 それからまたミツタカ達は裏の広場へと戻り作業を再開した。

「……うーん……。」

 暫く作業を続けた後、アヤは自分達の背丈程もある草の大きな山四つ分を見て軽い溜息をついた。意外と熱が入り集中してしまい、自分達が運べるぎりぎりの量を刈り取ってしまっていたのだった。

 生えているだけ全部刈り取って欲しいという依頼ではあったが、広場には意外と生い茂っており、ウラジロアオガネはまだ半分程残っていた。

「いやー、この手の初心者の依頼久し振りだったから、加減間違えたわね。」

 汗を拭いながらアヤは誤魔化す様に笑った。

「まあ、今日がシダで明日がコケの作業で丁度いいんじゃないですか?」 

 シゲヒサも軽く息を切らしながら汗を拭った。 

 アヤとカヨが約束していた昼が近付いていたという事もあり、今日の作業はここで切り上げて帰る事にした。

「じゃあ……。」

 フクタロウは刈り取られた薬草の山の前に進み出ると、軽く手を翳して精神を集中した。

「お!」

 山三つ分がすぐに姿を消し、ミツタカは軽く感心と驚きの声を上げた。

 フクタロウの「異空間収納」のレベルは順調に上がっており、収納出来る量も増大していた様だった。

 ミツタカに感心されフクタロウは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「じゃあ残りを仕舞ったら帰りましょうか。あ、お昼ご飯奢るわね。オヤッサンへの請求書に経費として付けとくから遠慮しなくていいわよ。」

 アヤはそう言って笑い、自分の背嚢へと薬草を詰め込み始めた。



 残りの薬草を四等分して各自の背嚢へと仕舞い終えると、ミツタカ達はムロハラの町へと戻る事にした。

 暫く歩き、森の更に奥へと行く道や果樹園扱いされている魔樹の広場へ行く道等の分かれ道の所へと差し掛かると、道の真ん中で魔獣と少年少女達のパーティが戦闘している最中に出食わしてしまった。

「あ、さっきの子達……。」

 フクタロウが心配そうな声を上げ、アヤやシゲヒサ、ミツタカは立ち止まるとすぐに辺りの様子や彼等の状態を観察し始めた。  

 彼等に襲い掛かっているのは小魔樹にしてはやや大柄な、約一メートル三十センチ四方の個体が一体。頭部の鋭い棘だらけの枝をしならせて少年達の鉈を弾き、太い根の足をのろのろと動かして動作は遅いものの少年達を確実に追い詰めていた。

「状況は余り良くねぇな。」

「そうですねえ。」

 ミツタカが劣勢の少年達を見て軽く舌打ちをし、シゲヒサものんびりとした口調ではあったが油断無く彼等の様子を見つめていた。

 第一層の小魔樹であっても、堅い樹皮と鋭い刃の様な枝先の攻撃には多少レベルの上がった狩り人でも手こずらされ、重傷を負う事も珍しい事ではなかった。

 小魔樹相手に苦労しているところに、蜘蛛型の魔獣も近くの木の上から飛び降りてきておかっぱ頭の少女へ八本の足を広げて襲い掛かってきた。

 何とか背の高い少女が鉈を振るって間に入り、蜘蛛の足を三本切り飛ばし蹴りを入れた。

「は、早く助けないと……。」

 既に皮鎧で守られていない部分の腕や肩に大きな切り傷が出来ており、彼等の様子にフクタロウが顔を青褪めさせアヤ達へと声を掛けた。

 以前のミツタカならば喜々として彼等に助けてやろうかと声を掛け、高額な救助料金を毟り取る場面だったが。

「そうねえ……。でも新人だとお金あんまり持ってないでしょうし、ガッツリ救助に入るというのも却って彼等に負担よねえ……。」

 まだ彼等が劣勢であっても命に関わる様な深刻な状態になっていないのを見極めつつ、アヤはどう助けたものかと軽く悩んだ。以前のミツタカと違って相場通りの救助料金を請求するにしても駆け出しの新人パーティには負担が大きいと思われた。

「ここはまあ、実地教習の一環として彼等に昼食――はチュウゴロウさんが払ってくれるんでしたね。じゃあおやつに屋台の饅頭でも奢ってもらう事にしましょうか。」

 アヤの思案する様子にシゲヒサはそう言って笑い掛け、そのまま何と言う事も無い散歩の様な足取りで少年達の戦っている近くへと歩み寄っていった。

「君達ー! 大丈夫かい?」

「!?」

 シゲヒサからの呼び掛けに彼等は驚き、思わず鉈や棍棒を振るう手を止めて振り返ってしまった。

 その隙を狙って小魔樹がおかっぱの少女へと枝を叩き付けてきたが、シゲヒサの作り出した薄く円形に光る防壁で弾き返された。

「あ、受付のお兄さん!」

 長髪の少年がシゲヒサの顔を見て声を上げ、そしてすぐに不審気に眉を寄せた。

 それは他の三人も同様で、戦いとは無縁そうな窓口でいつも優しそうに笑っている受付職員のお兄さんが、どうしてこんな森の中に居るのだろう――そんな疑問に立ち尽くしてしまっていた。

「はは……。驚くのも無理は無いから今日は注意しませんが、この様に戦闘で不利な時に、親切にも助けてくれようと呼び掛ける人も居ます。しかし、かと言って、目の前の魔獣から注意を逸らしてはいけませんよ。」

「あ……!」

 シゲヒサに指摘され、少年達は慌てて姿勢を正して小魔樹と蜘蛛へと向き直ったが――二体の魔獣はシゲヒサの作り出した薄い光を放つ箱の中に既に閉じ込められていた。

 箱の中で当然の事ながら魔獣達は激しく暴れ、箱の中から逃れようと先刻の彼等に対する攻撃よりも強い力で枝や足を箱へと叩き付けていた。

「――今日のところはアヤ教官も居ますし、アヤ教官の気紛れ出張講座とでもしておきましょう。お代は私達四人へ屋台の饅頭を御馳走してくれるというところで如何でしょう。」

 シゲヒサからの提案に少年達はまだ理解が追い付かず呆然としていたが、丸刈り頭の少年が一番早く回復し、

「え、ええと、僕達を助けてくれるんですか?」

 シゲヒサへと問い掛けると、シゲヒサはいつもの窓口での微笑みを浮かべて頷いた。

「はい。ピンチに陥っている君達を見掛け、私は助けようかと提案しました。受ける受けないは君達の自由です。受けた場合は礼金を払わなければなりません。――初心者講習の時に習ったと思いますが、今がその実際の場面といったところですね。」

 シゲヒサの言葉に少しの間彼等は悩んでいたが、シゲヒサは軽く手を叩いて彼等を急かした。

「はいはいどうするかの判断は早く。今日みたいに魔獣が待ってくれるなんて有り得ませんよ。戦いながらどうするのかを決めなければなりません。」

「は、はい! 助けて下さい。お願いします!」

 シゲヒサに急かされ彼等は箱の中の魔獣を睨んだまま慌てて声を上げた。

「承知しました。では。」

 シゲヒサは頷くと「防御」のスキルで作り出していた箱を解除した。

 解放された小魔樹と蜘蛛は再び少年達へと襲い掛かってきた。

「ええ!?」

 彼等だけでなくフクタロウも思わず疑問の声を上げてしまっていた。

「出張講座と言いましたよ。頑張りましょう。」

 にこやかに笑いながらシゲヒサは彼等を励ました。

 他人に防御壁を展開するのも慣れたもので、シゲヒサが細やかに小さな円盤状の防壁を張ってくれるお蔭で小魔樹や蜘蛛の攻撃は悉く弾かれていた。

 相手の攻撃が届かない事を理解し、落ち着き始めた少年達はしっかりと鉈や棍棒を構え反撃を始めた。

「そうそう。まずは鉈で頭の枝を――。」

 穏やかな口調で指示し教えているシゲヒサの様子を遠巻きに眺めながら、ミツタカは少年達四人の体のあちこちに現われては消える小さな防御壁を観察していた。

 狩部の古株の職員は化物揃いだと以前にフクタロウに漏らした事があったが、中堅職員のシゲヒサもまたそれに迫る実力を隠し持っている様だと、少年達を指導している様子を見てミツタカは感心し溜息を漏らした。

 防御壁の生成や消滅を的確に行ない、少年達と魔獣の戦う邪魔をしない様に素早く自分の立つ位置を変え続けながらシゲヒサは呼吸一つ乱してはいなかった。

「そう! まずは蜘蛛を仕留め、それから魔樹にいきます。」

 おかっぱの少女の鉈が蜘蛛の頭を叩き潰したところを、シゲヒサが軽い拍手をして褒めた。

 小魔樹の方も程無くして長髪の少年の鉈が頭部の枝を全て切り払われ、丸刈り頭の少年の棍棒が根の足を砕き、その動きを封じられた。

「樹液も回収する時はこの様に枝を切って足を潰すのが定石です。よく出来ました。下手に鉈を叩き付けると樹液が撒き散らされて大変な事になりますからねえ。」

 軽い拍手を少年達に送り、シゲヒサは身動きできなくなった小魔樹へと近付いた。

「樹液の取り方も習いましたね?」

「は、はい。」

 シゲヒサの問いに丸刈りの少年が背嚢を下ろして皮袋を取り出した。

 背の高い少女が小魔樹の背部の一ヶ所を少しずつ鉈の先端で抉っていき、薄茶色の液体が出始めたところに皮袋を当てて樹液を貯めていった。

「お疲れ様ー。流石ね。シゲヒサ君も教官の方に異動してくれればいいのにねえ。」

 戦闘が一段落したのを確認し、アヤが少年達の所へとやってきた。

 ミツタカとフクタロウもその後に付いてきた。

「私は受付仕事が性に合ってますからねえ。」

 アヤの言葉にシゲヒサがのんびりと笑い返していると、ミツタカの姿を見た長髪の少年が驚きの声を上げた。

「あ! あいつ……!」

 あいつ呼ばわりする失礼を仲間達は咎める事もせず、少年達四人は少し表情を硬くしてまるで魔獣を警戒するかの様に互いに寄り集まった。 

「お前等なあ……。」

 この前の掲示板の所で他の狩り人達から欲張り業突く張りのミツタカだと吹き込まれた事を彼等は覚えていたのだろう。

 間違いではなかったのだから警戒されるのは当然ではあったものの、こうも身構えられてしまうとミツタカもどう接したものかと戸惑ってしまった。

「悪名を取り消す道のりは長そうね、ミツ坊。」

 少年達の警戒心を解そうとアヤは敢えてミツ坊呼ばわりし、明るく笑い掛けた。

「おば……お姉さん達もそいつの仲間なんですか?」

 長髪の少年が一応お姉さんと言い直してアヤにも警戒の目を向けながら問い掛けた。

 手に負えない魔獣に襲われたパーティに割って入り、相場よりも遥かに高い救助料金を毟り取るミツタカの話は既にこの前の篠笛の女性から聞かされていた。

「私達は今日明日と臨時パーティを組んで仕事しているのですよ。この方は狩部の教官として働いているアヤさん。この様子だと君達の講習担当は他の方が受け持ったみたいですね。」

 少年達の緊張を解そうと、受付職員として顔を知られているシゲヒサが間に入ってアヤを紹介した。

「私は狩部の受付職員をしています。シゲヒサです。」

 シゲヒサの改めての自己紹介に、彼の顔を見た覚えのある少年達は少しだけ警戒を解いた様だった。

「で、こちらがミツタカさん。狩り人としての登録は剣士。それからフクタロウさん。荷物持ちの専門職です。」

 ミツタカは愛想笑いこそ浮かべなかったがなるべく睨み付けたりしない様にと無表情を装ったが、それはそれで少年達には威圧感を感じさせてしまった様だった。

 ミツタカの顔に少年達がまた警戒心を露わにした様子にフクタロウは気の毒に思いつつ、少年達へと軽く頭を下げた。

「さっきも言いました様に、救助料は屋台の饅頭四つでいいですから安心して下さい。」

「ほ、本当……ですか?」

 長髪の少年がまだ硬い表情のまま問い掛けるが、シゲヒサは大きく頷いた。

「はい。他には頂きませんよ。」

 シゲヒサの答えに少年達はやっと安堵の息を吐いて笑みを浮かべた。

 それから少年達の方も自己紹介を行ない、彼等が同じキタコウジ村の出身で先月ムロハラの町にやってきたばかりだという事が判った。

 長髪の少年がサダアキ。丸刈り頭の少年がマツサブロウ。おかっぱの少女がアイコ。背の高い少女がマミコと名乗った。サダアキとアイコは従兄弟という事だった。

 ミツタカへの警戒心は完全には解けていないものの、狩部の教官と受付職員という肩書に安心した様で、サダアキ達はアヤ達と共にムロハラの町に帰る事にした。

 帰る途中サダアキ達から村の様子や、ムロハラに出て来てから狩部に登録し、それからのここ一か月の生活の事等を聞いている内に、アヤは何かに思い当たった様で何とも困った様な曖昧な笑みを浮かべてしまっていた。

「……ねえ。もしかして、アイコさんのお父さんてシゲイチロウって名前だったりする……? で、サダアキ君のお父さんがヨシイチロウ……とか……。」

 アヤからの問いにアイコとサダアキは驚いて思わず立ち止まってしまった。

「え!? 何で知ってんの?」

 サダアキの言葉にアヤは苦笑を浮かべてしまっていた。

「やっぱりか……。えーと、町に着いたら説明するわね……。」

 アヤは軽く肩を竦め溜息をつくと、サダアキ達の背を押した。

「何だ?」

「何だろう……。」

 ミツタカとフクタロウは事情がよく判らず首をかしげつつも、そのまま黙ってアヤの後に続いて歩き続けた。 



 ムロハラの町に戻り彼等が狩部の事務所へと帰ってきたのは丁度昼の鐘が鳴らされた頃だった。

 先にサダアキ達のパーティの依頼完了手続きを済ませようと、アヤとシゲヒサは通常の受付窓口へと向かった。ミツタカとフクタロウもそのままアヤ達やサダアキ達の後を付いていった。

 完了手続きの窓口職員の青年は同僚でもあるアヤとシゲヒサの姿に軽く首をかしげていたが、窓口職員らしく無駄口を叩く事はせずすぐにサダアキ達の手続きを始めた。

 サダアキから依頼の貼紙を受け取り完了手続きを済ませ、買取窓口への伝票を書き上げると職員の青年はサダアキへと手渡した。

「有難うね。――さ、次行きましょ。」

 アヤは青年へと礼を言うとサダアキ達を買取窓口へと促した。

 買取窓口ではマツサブロウが背負っていた背嚢を台の上に下ろし、すぐに窓口職員が中身を確認し始めた。

 小霊樹の所で彼等が話していた通り、小魔樹の樹皮や樹液の入った皮袋、ムロハラ胡桃が並べられていった。

 その後ろでフクタロウはアヤへと自分達の背嚢を指差しながら問い掛けた。

「あ、あの……オレ達の荷物もついでだし、次の番にでも……。」

 荷物を運ぶ手間を省いた方がいいのではないかと思ったフクタロウの問いに、アヤは軽く笑い小声で周囲に聞こえない様にそっと答えた。

「ごめんね。長に直接持って行く事になってんのよ、これ。」

「そ、そうなんですか……。」

 フクタロウが少し驚いている横で、ミツタカはめんどくさそうに溜息をついていた。

 アヤ達がそんな話をしている内にサダアキ達の買取の受付が終わり、伝票を渡され精算が終わるまで待たされる事となった。

 サダアキ達にとっては一先ず一段落ついた様で、ほっとして力が抜けて待合の長椅子に座り込んでしまっていた。

「あ、屋台でお饅頭買ってこなきゃ……。」

 おかっぱの少女――アイコが思い出した様に顔を上げ、慌てて立ち上がった。

「――お饅頭がどうしたって!?」

 そこにサダアキ達の背後から少し咎めるかの様な女性の声が聞こえてきた。

「っ!! お、おばちゃんっ!!」

 全員が思わず立ち上がり、アイコが驚きに思わず声を上げてしまっていた。

「やっぱりね……。カヨ、あんたの用事ってもしかしてこの子達絡み?」

 サダアキ達の驚き慌てる様子にアヤは苦笑し、待合にやってきたカヨへと尋ねた。


 

 


2025-0709

 今年は早くに猛暑が始まった上に、また数日体調崩すし、仕事の方は身寄りの無い高齢者のナンヤカンヤのてんやわんやでマジでヲカマのオッサンの心身消耗でここ二週間程大変でしたというかまだ進行形で大変です。脚色無しの生身の人間達のえげつないめんどくさい話よりは、自分の空想のイモ臭い雄臭いガチムチ男子のウフフアハハな物語の方がなんぼか素晴らしゅうございまする。ほんとマジ人間には時には何物にも傷付けられない、何物も傷付ける事の無い円満な心地でゆるりと揺蕩う空想が必要なのでごさいます……。


 さて第12話。ガチムチ男子達のイチャイチャを書きたいと思いつつ、何か普通にファンタジー物語書いてしまってますが。初心者の少年達もこんな風に話を膨らませるつもりは無かったのですが。もうここまで来てしまうと最後の辺りのフクタロウ半殺し救出劇ED以外は全然元のメモ書きに書いていないエピソードばかりになってしまっています。こういう行き当たりばったり的に書き進めるやり方も何十年振りかで、これはこれで楽しかったりしますが、仕事で物凄い消耗している時にやるのはなかなかきついです。

 ……早く面倒な仕事片付かないかなあ……。

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