第八話 怪物、式札に入る
どうやらこの世界、王道の異世界ファンタジーでは無いようだが、俺が元々いた世界とも異なっているようだ。
地域によって呼称は異なるが妖、悪魔といった怪物や神仏が空から海、大地に至るまで跳梁跋属し、人類の生活圏は年々減少している。
そんな怪物どもに対抗するべく、洋子のような特殊な力を持った人々が少ないながらも存在する。
退魔師と呼ばれる彼らは式神や占星術、錬金術といった前の世界では眉唾物だと言われたカで、怪物退治を生業として人々から羨望を集めていようだ。
「あとの話は家に戻ってからにしましょう。」
「それもそうだな。」
そうか、洋子の家で一緒に暮らすことになるのか。今更ながら気づいたが洋子は特に気にしてなさそうだな。
「洋子の家に住まわせてもらうことになるけど平気か?」
断られたら野宿するぐらいしか選択肢がないから是が非でも居候を許してもらうしかないのだが。そんなことを思いつつ日向の顧いは叶った。
「当たり前でしょ。私の式神なんだから。そんなこと気にする妖なんてあなたくらいよ。」
洋子はあっけらかんと答えた。
「ずいぶん人間的なのね、あなた? 」
「いやいや、俺も曲がりなりにも男なわけで、配慮が必要かなと思ってー応言ってみただけだし。 」
洋子に怪しまれた日向はあたふたしながら誤魔化す。
「それじゃあ帰るから式札に一度入ってもらっていいかしら。その式札を持って中に入ると念じれば入れるはずよ。」
……。
「どうしたの?」
日向に式札を手渡してしばらく待っが、一向に入らない日向を見て訝しみ話しかける。
「…入れない。どうやって入るんだ?」
しばらく符を見つめてうつむいていた日向が顔を上げ、その厳つい顔を歪ませながら洋子に間いかける。
「へ…? 」
日向の予想外の答えに洋子は目を見開きロもポカーンと空いた状態になる。
洋子自身初めての式神契約であり、更には通常の契約とはかけ離れた契約内容であるため、セオリーが通用しない。
通常であれば契約者である洋子が、式札に入れと命じれば強制することができるのだが、この二人の場合日向への命令をすることが出来ないため、日向自身が式札に入れないとどうすることもできないのだ。
「あなたが入れないと私にはどうすることもできないのよ。頑張りなさい。」
入れ入れ入れ。……全然入れる気がしない。
日向が懸命に念じるが式札はうんともすんとも言わず、入れる気配が微塵もない。
式札を破れんばかりに引っ張り、身体に押し付けて無理やり入ろうとする。
すると額から生える角がほんの少し式札に入る。
「あ!入った!」
洋子はその様子に声を上げる。洋子も式札を一緒に持ち日向に押し付ける。
「痛たた、ちょ、タイム!!」
式札に少しずつ角が入っていくが、式札に吸い込まれるように身体が歪に変形するため、そのあまりの痛さに思わず止める日向。
「こういうのは勢いでいったほうが楽よ。」
日向の嘆きを無視してぐいぐい式札に日向の身体を入れていく。
屈んだ姿勢でもがく怪物に、顔を赤くしながら力いっぱい式札を押し付ける少女という滑稽な姿が日暮れの公園で映る。
「痛ってー!もっと強く押し込んでくれ!早くこの痛みから解放してくれーー」
頭がすっぽりと入ると痛みは更に増し悲痛な叫びが聞こえる。
肩まで入るとそれからはすんなりと式札の中に入ることができた。
ここは…式札の中か…
日向が目を開くと式札の中は暗闇が広がっていた。どこまでも続く暗闇だが自分の身体はハッキリと見え、身体を動かすが宙に浮いている感覚がする。
不思議な空間だが不安感はなく安心感すら覚える。
ふと洋子が洋子がどうなっているのか気になると、突如として視界が公園を映す。身体は式札の中に変わらずいるが、視界だけ外の世界に変わったようだ。
「おーい。」
洋子に声をかけてみると、洋子は少し目を開き驚いた様子で反応する。
「こんな感じなのね。」
「式札の中からでも声は届くんだね。」
「そうみたいね。それじゃあ、色々あったけど家に帰りましょうか。」
そういうと洋子は家に向かって歩き始めた。
日は沈み辺りが暗くなった公園を抜け、今後についてを二人で相談しながら歩を進める。