ブラウン管の終末世界
前回は、数多くの同胞が捨て駒になった。
今回は、違う。
アイテムを掻き集めて前進、被弾すれば脱出して乗り替える。
残機転送装置の実用化には、転送先の位置特定が必須だった。
異星人の星間通信システムを奪取し、超長距離通信を可能にしている方法を解析して、情報戦でリードできたことが功を奏した。
敵機の鹵獲、エネルギー圧縮装置を回収。
量産した機体へ、次々と装備していった。
作戦目標は最深部の戦略兵器【REWIND】
敵中枢 、時間遡行機能を持つ修復装置の撃破
少数精鋭による、一点突破の攻勢作戦。
たった2名のパイロットが選出された……
「いよいよですね?」
「予想外の展開だな」
祈織が「そうですか?」と楽し気に見詰める先。
互いにスーツの機密性をチェックする若い男女。
レジスタンスの連絡員になる筈だった青年、翔。
もう一人、訓練中の管制を買って出た少女。
「双葉ちゃん、大丈夫?」
「うるさい、ヘンタイ!」
右城博士の娘さん。
過酷な訓練に耐え抜いた、元気すぎるくらい元気。
絶対、落っことしてやろうと奮闘したが、負けた。
「やっぱり別の人に……なにも双葉ちゃんが乗ることないよ」
「コレ1枚、それだけが資格。おじさんの座右の銘でしょ?」
穴の開いたニッケル硬貨を見せてニヤリと笑った。
ゲーセンに、子供を連れて行くべきじゃなかった。
「強硬手段に出ようにも、思いっきり警戒されてたからなぁ」
祈織が「またですか」と、溜め息交じりに呟いた。
「女の子を無菌室に監禁してたんですよ」
「だってさぁ、コロニャは怖い病気だし」
「異常者と思われても仕方ない、やるしかない。御自分でおっしゃっていました。コロニャに罹患せず元気にしていて、変態扱い。結果に大満足でしょう?」
この件。
祈織と双葉、両名の心証を害し人望を失う結果となった。
「知ってるか? 試験飛行の後、右城父娘をここから疎開させたのは、翔なんだ。夢で視たって話、どうも意図的にそこを抜かしていた気がする」
「今頃、気付いても手遅れです」
「かなえさん、気付いてたの?」
拗ねたように「鈍感」と呟いた。
「疎開する直前に、急遽、あの娘と同調したのです。誰かさんが無茶したせいで、帰還ルートの姿勢制御プログラムを送信する必要がありましたから」
神様はお見通し、か。
「まだ、2人とも、若すぎるよ」
「ええ。地球の運命を託すには」
「え? あ、うん」
同感だ、あまりにも若すぎる。
自分の言葉に、深く納得した。
呆れ顔で見ていた祈織は、「はいはい」と切って捨てた。
「なんだよ」
「反対しているのは恋愛ですか」
「違うって」
「オバチャンより若い娘ですか」
「言ってないよ!」
そこへ減圧室から『お~い、聞こえてるぅ?』と音声が届く。
急ぎ、マイクを手に取った。
「まず、マスドライバーで翔を宇宙に上げる。10分後、同じポイントへ右城機を転送装置で送る。おそらく最初は偵察機が殺到するが、あくまで予想にすぎない。戦局は時々刻々と変化する、柔軟に対応してくれ!」
『わーってる』
『りょ~かい』
「こいつら緊張感まるで無いな」
「緊張しているからこそですよ」
祈織のやさしい声音が響いた。
すーっと、苛立ちが静まった。
これから2人が向かうのは、宇宙。
その先の、希望に満ち溢れた世界。
「地球の命運は、君達にかかっている」
「健闘を祈ります」
『 『 了 解 ッ !! 』 』
オレは「よくやるわ」と嘆息した女学生、空に声をかけた。
「オペ子、作戦開始だ。やってくれ!」
「その呼び方、なんとかならないの?」
大量のチェック項目へ流れるように目を通して、軽く、頷いた。
ひときわ大きなボタンを、押し込む。
免震構造の地下施設を揺さぶる、電磁式マスドライバーの稼働。
翔の機体は轟音を残して射出され、モニターから即座に消えた。
すぐにカウントダウンが始まる。
右城機を転送装置に固定、印加。
時空の歪みが発生する予兆に、スタッフがどよめいた。
「圧縮率の上昇は順調。8分後、指定座標へ転送します」
オペ子が小声で「双葉ちゃん、がんばって」と呟いた。
コックピットに映像を繋ぐ。
「聞こえる? 転送は今から8分後」
『おじさん、きっと帰ってくるから』
「しっかりね?」
『祈織さんこそ、しっかりしてね!』
「ええ、しっかりサポートしますよ」
『じゃなくって』
なにを? ……と言いたそうな顔。
『勇者様を転生させて若返ったんでしょ?』
「専門用語で逆行転生というのだそうです」
「かなえさんが、それを言う?」
双葉は『勇者様、しっかり掴まえててね?』と囁いた。
地球を救って、そこから零れ落ちた。
オレ達はできそこないの勇者だった。
この娘、右城双葉は……。
祈織の語る昔話を、いたく気に入って何度もせがんだ。
母親代わりだった祈織と、一心同体だったという物語。
双葉が世界を救う英雄譚。
翔と会ったとき運命を感じたそうだ。
来世で会った……奇妙な間柄。
そう思うのも無理はなかった。
登場人物のひとりが、目の前に現れたのだから。
物心ついた頃には、作り話だと取り消していた。
胸の奥にしまい込んだまま、迎合していただけだった。
双葉は、陶然と『きっと私も掴まえてくる』と囁いた。
先行した機体をレーダーの軌跡で追う、右城双葉の瞳。
「かなえさんのせいだぞ」
「あら! そうですか?」
コックピットからの映像が歪み、途絶えた。
あと数秒で、右城双葉は宇宙へ転送される。
ブゥ...... ッン
巨大な機体が忽然と消失。
僅かな残渣が宙を舞い、きらきら反射するだけだ――――
ふたたび宇宙人に支配されたディストピア。
こどものころに熱中し、真横から見ていた既知の世界。
横スクロールシューティングゲームに瓜二つの世界だ。
「滅茶苦茶に壊れた廃墟の街並み、ゲーム画面で見た終末世界。実際は違ってた。もっと改善できる、きっと打開策がある、そう信じて人々は生きている。そこまで想像してなかったんだよ。なにしろ宇宙でドンパチやってただけだから」
独白のような呟きを、祈織は静かに聞いていた。
「こういう願いを託されて、闘ってたんだな……」
「だから、ここで出逢った2人に託したんですね」
滑稽なほど震える左手を、差し出していく。
そっと細い指が絡みついてきた。
1つ前の時間軸、砲口の前で、右城双葉の身体で。
あの瞬間も、こうして彼女は左手を握ってくれた。
「本音を言えば、今度こそ自分の手で攻略したかった」
「貴方の選択の正しさを、ふたりが証明してくれます」
女神の瞳から湧き出た雫。
「それは、私の選択が正しかったという証明なのです」
大粒の涙がいくつも零れ落ちる眦を下げて、接吻をねだるように瞼を閉じていくのが、悔し涙に滲んで見えた。
これは、2度目の転生のシークエル(後日談)。
人類の存亡を賭け、泣きべその女神と歩んだ道。
無力なオレが紡ぎだした英雄譚 ――――