2-3
2-3
「よし、とりあえずこれでデータは採取できたわね。あんたの能力を何処まで解析できるかは分からないけど、丁度良い暇つぶしになるわね」
お許しが出たので僕はやっと水槽のガラスから手を離していく。
かれこれ20分近くはずっとガラスに触れている状態だったから少し掌がヒンヤリとしている。
血流を良くするように数回手をグーパーと閉じたり開いたりしていく。
「それで、ホムラ。マンションのスキャンの方はどうったかしら?」
クイーンも僕の掌をスキャンしている間に身体が凝ってしまったのだろうか。リビングに隣接された巨大水槽の中を、捕獲してきたナマズたちと一緒に縦横無尽に泳ぎ回っている。
『強制シャットダウンにより不備が発生した箇所は、全箇所修復が完了。シャットダウン中に部外者が内部に侵入してきた形跡もありませんでした。そして、クイーン。シャットダウン中に、外侵対の瑞希様から着信が入っておりました。折り返し、かけ直しますか?』
「あの子から着信? いたずら電話じゃないわよね」
水槽の中での泳ぎを止め、見るからに嫌そうな顔をしている。
『クイーンは、瑞希様が苦手のようですが、ワタシ達がこの星にいるためには、あのお方を邪険に扱うことは得策ではないと考えます』
「分かっているわよ、そんなこと。知り合って長いけど、あのノリはどうもわたくし様には会わないのよ」
本当にその瑞希って人が嫌なんだろう。尾ひれの動きがそれはもう明らかに小さくなっている。
まるで、親に言われていやいや勉強をする子供の最後の抵抗みたいで、クイーンにも人間らしい所がある事がちょっと微笑ましい。
「ねえ、ホムラ。たまに言葉が出てくる。その外侵対って何なの?」
瑞希と呼ばれる人に電話をかけ直すのは少し時間がかかりそうだったので、この間にちょっと気になっていた事を質問する。
『申し訳ありません、純平様には、ご説明しておりませんでした。外侵対というのは、ワタシ達が使っている略称であり、正式名称は、国防省所属外的宇宙侵略者対策チームであります』
「外的宇宙侵略者………?」
成り行きで、態度は横柄だけど、心は優しい人魚型地球外生命体と一緒に暮らしている身だけど、宇宙侵略者って物騒な話を聞くと背筋がピンと伸びてしまう。
そうだよね、宇宙人がいるのなら、そこにはもちろん映画みたいに人間を食べたり、地球を侵略しようとしてくる奴らも当然いるよね。出来れば、そんな人達とは関わりたくないけど………。
「そう、宇宙からの侵略者って奴。まあ、言ってしまえばわたくし様のようなものよ」
あれ、もしかして、もう出会ってました?
「何、そんな子鹿みたいな目しているのよ、人間。侵略者って言ってももう15年以上前の話よ。最初はそこそこ侵略も良い線いっていたのだけどね、想定外の事態も色々と起きて結局は侵略は失敗。母星に帰る術を無くしたわたくし様はこうして人類の監視下の元、この星で生きていくしかなくなったわけなのよ」
「……僕を食べたりしない?」
「しないわよ。わたくし様は地上の生物は食さない主義なの。まったく、人間は牛肉とか豚肉とか硬い肉をどうして好むのかわたくし様には理解出来ないわ」
そこは硬さの問題なんだ……。まあ、確かに今日も食料調達といって今も水槽の中を浮遊しているナマズを捕獲してきているし、彼女は水生生物が好みなのは間違えないんだと思う。
『クイーン、純平様。話が脱線しております。それでは、瑞希様へコールを行いますが、よろしいでしょうか?』
「ちょっと待ちなさい、ホムラ」
『何故ですが? 今更躊躇うとは見苦しいですよ、クイーン』
「違うわよ。あいつと話すのはそれは嫌だけど、その前に確認しなければならない事があるのよ」
クイーンは水槽の中で小刻みに手を動かしていく。
昨日教えてもらった情報だとあの水槽内では、彼女が構築した光学電子制御デバイスが内蔵さているらしく、水の女王の動きに連動してマンション内の動かせるようになっているとの事だ。
小さな起動音が鳴り、リビングに設置されている巨大スクリーンにとある地図が映しだされていく。
『クイーン、これは純平様のご実家付近の地図ですね。何故、今このようなモノを映しだすのですか?』
「さっき、キャットフィッシュ取りのついでにそいつの家の様子も見に行ってきたと言ったでしょう。確かに近くに水源がなかったから目の前までは行けなかったけど、嫌な奴らの顔は沢山見てきたわよ」
画面が切り替わりスクリーンに見知らぬ真っ黒なスーツに白いYシャツ、そしてこれまた僕が最後に夕凜子の手を握った時に見た漆黒のような色をしたネクタイを絞めている着たの男の人達が映し出されていく。
「クイーン、この人達は誰?」
「名前はわたくし様も知らないわ」
「え? じゃあなんで意味ありげに映し出したの!?」
『名前はワタシも分かりませんが、所属は分かります。彼らは外侵対に所属の人間です。彼らが純平様の家の近くにいるのは偶然でしょうか?』
外侵対ってさっき教えてくれた、国防省所属外的宇宙侵略者対策チームの事だよね。
僕は確かに人の死期を読み取れる特殊能力を持っているけど、それって宇宙侵略者の対策チームに狙われる理由になるのかな。あんまりそうは思えないけど………。
「こいつをこのマンションで保護している事は、外侵対にも連絡済みだから家の近くにいることは説明がつくかもね。でも、外侵対が着ているのはこの国の文化で喪服って奴で、誰かの葬式に着ていく服なんでしょう。マンションホムラで監禁しているとは言え、無事を伝えている人間の家に行くには不釣り合いな服よね」
言うとおりだ。葬式でもないのにこんな恰好で現れてたら場違いも良いところだ。でも、言い換えればこの恰好なら葬式に簡単に潜り込むことができる。
僕の家の近くで、行われるはずだった葬式、それは、
「夕凜子!」
僕の大切な幼なじみのだ。
これは一体、どういうこと? どうして、夕凜子の葬式に外的宇宙侵略者対策チームなんて組織が関わってくるの?
夕凜子は僕とは違って特殊な能力なんて何も持っていなかったはずなのに。どうして………。
「おお~~~お、さっすが、お水ちゃん。昨日今日でもう、こんな所にまでたどり着いているんだね」
誰っ!?
クイーンともホムラとも違う、初めて聞く女性の声が突然と僕らのいるリビングルームに響き渡った。慌てて振り返ると、僕と水槽の間に、その人は立っていた。
染めているのか、そのツインテールに結ばれた髪は鈍い金色をしていて、焼いているのか肌は小麦色をしている。
くるりとした愛嬌のある目の下は薄紫のメイクが引かれていて、一方で目の上は長いつけまつげが確かな存在感を放っている。
容姿だけ見ればもう制服を着崩していそうな、いかにもギャルって感じの女性なんだけど、着ているのはきりっとしたミニスカートスーツだったりする。容姿と服装のギャップが凄すぎるし、唐突にこのリビングに現れた事も含めて、どこから突っ込めば良いのか、頭の中が大渋滞を起こしてしまう。
「あ、キミが報告のあった、リード君だね。うちは、外的宇宙侵略者対策チーム主任やっている魔法少女の篠宮 瑞希だよ。ミズキぃって呼んでね」
金髪小麦肌の女性は僕に向かってにこやかに手を振ってくれる。え~と、リード君ってそれって僕のことですか?
それに今いま、さらりと魔法少女って単語も出てきたよね。
何、マンションに告白された後に、侵略宇宙人の話を聞かされて、次は伏線もなく、ギャル風魔法少女ですか!っていうか、あなた絶対に少女って年じゃないですよね!
あああ、もう情報の大渋滞どころじゃない。ビックバンしている気がするけど、これ収集つくの?
「人間、心中察するわ」
頭を抱えてリビングに疼くまる僕を水槽の中で浮かぶクイーンが珍しく労いの言葉をかけてくれた。
「ちょっと、お水ちゃん。心中察するってどういう意味かな? 連絡しようとしてもずっと電源が入っておりませんってしか返ってこないから、心配になってうちが様子を見に来たっていうのに」
突然とリビングに現れた瑞希さんは両手を腰に当て人魚姫と向き合っている。突然すぎて全然気がつかなかったけど、瑞希さんの足下には読めない文字が幾重にも刻まれた魔方陣のようなモノが光り輝いていた。
少女かどうかはこの際置いておいて、このスーツを着たギャル風女性が魔法を使えるのは本当かもしれない。
「あんたの馴れ馴れしい距離感はいつまで経ってもなれないのよ」
「う~~~。そうはいってもお水ちゃん、うちらはもう15年以上のつきあいなんだから、そろそろ、うちを受け入れてよ」
「絶対に嫌よ。この15年ずっと外侵対には担当者交代の要望書を送り続けているのだから、大概そろそろ担当変わりなさいよね」
「まあ、そこは、ほら外侵対も万年人材不足だからね。折角、魔法の素質がありそうな子を一人見つけていたんだけど、もう勧誘できなくなっちゃったからね。だから、まだまだうちがお水ちゃんの担当で頑張るよ」
「だから、嫌だって言っているでしょう。まあ、あんたの担当話は今度腰を据えてやるとして、ここにやってきた目的は何よ?」
永遠と続きそうだったまるで痴話喧嘩のようなクイーンと瑞希さんの言い争いだったけど、大人な人魚が一歩引くことで話が進展することになった。
二人が会話している間に僕の方も混乱していた頭がとりあえずは落ち着きを取り戻す位には回復している。
「最初の目的はさっき言ったみたいに、ホムホムと連絡が全くつかなくなったのが心配で様子を見に来たの。ホムホムがあんだけの長時間落ちているなんて珍しいよね」
『その節はワタシがご迷惑をおかけしました。ですが、状況報告をすれば長くなりますので、そちらの件は別途レポートを提出しますので、それでご確認くださいませ』
「OK。うち、あんまり長い報告書を読んでいると眠くなっちゃうから、手短な報告書でお願いね、ホムホム」
『かしこまりました、純平様のなりそめを上手くまとめられるか分かりませんが、精進いたします』
蒼い球体に向かって金髪小麦肌の瑞希さんはよろしくと言わんばかりに手を振って、そのまま僕の方へ向き直ってきた。
改めて見ても、そのギャル風の容姿ときりっとしたスーツ姿のギャップに視界がぐらぐらと酔うような気持ちになってくる。
「二つ目の目的は報告のあったリード君がどんな子かこの目で確かめること。改めましてリード君、うちは魔法少女の篠宮 瑞希だよ。よろしくね」
『瑞希様。検索しましたが、少女という形容は4歳以上16歳以下の女性に対して有効な形容かと思われます。29歳の瑞希様が少女と名乗るのはいかさか不適切だと思われます』
僕の心の声を代弁してくれたかのようなホムラの指摘に、瑞希さんのニコニコ笑顔がぴっきと凍り付いた。
「う、うちだって15年前は少女だったんだもん」
乾いた笑みを浮かべながらとても苦しい言い訳をする瑞希さんだけど、彼女を擁護する存在はこのリビングの中には何処にもいなかった。
「ま、魔法少女って言うのは置いておいて、ようはうちは魔法使いだって覚えておいて。今だってほら、魔法を使ってこのリビングに瞬間移動してきた訳だから、信じてくれるでしょう」
リビングに流れた微妙な空気なんて無かったとばかりに瑞希さんは強引に話を進めていった。
「で、この人間の姿を確認したい外侵対がどうして、喪服姿で実家の周りを歩いていたのかしらね」
クイーンが水槽の中で指を動かしてスクリーンに喪服姿である外的宇宙侵略者対策チームのスタッフをでかでかと映し出していく。
「そこは偶然って奴だよ。リード君も能力持っているみたいだけど、外侵対が張っていたのはリード君じゃなかったんだよ。でも、状況が大分ややこしい事になって、今は逆にリード君がどうしても必要になっちゃんだよね」
瑞希さんはさて困ったといわんばかりに、小指を頬に当てて首を傾げながら、僕の方を満面の笑みで見てきた。
「ってな訳で、明日さ、リード君に是非に紹介したい子がいるんだよね」