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「まったく、あんた達は初回から、実に楽しませてくれるわね」
水槽の中でクイーンが笑いながら、僕とホムラを見下ろしている。
僕が触れてしまったがために、ホムラは強制シャットダウン。それに伴いマンションの全システムが停止してしまったけど、僕はホムラの再起動方法なんて教えてもらっていなかった。
僕は機能停止した蒼い球体の下でうずくまって途方に暮れるしかなく、食料到達のために外出していたクイーンが手に見慣れない形のナマズを6匹抱きかけながら戻ってきたのがつい15分ほど前だった。
既にホムラの強制シャットダウンから12時間以上が経過して、リビングの外に拡がる景色は既に夜のとばりが落ち始めている。
あきれ顔のクイーンは捕まえてきた6匹のナマズを水槽の中で放し飼いにすると、僕にすぐさまホムラのV字ラインを指でなぞるという至極単純な再起動方法を伝授してくれて、つい今し方マンションの全システムが回復したのだった。
「ホムラ、マンションの状況は?」
『ただいま、スキャン中です。状況報告までしばらくお待ちください』
「了解。何かあったら、すぐに教えなさい。それと、人間こっちに来なさい」
水槽の向こう側から人魚姫が手招いてくいる。
言われた通りに明滅を繰り返すホムラの側を離れ水槽の方へと歩みよると、ナマズが目の前を通り過ぎていた。
その表面にはごま模様があって、頭が平べったいし、口元から二本の長い髭が伸びている。クイーンのペットとは思えないから、あのナマズも今朝の小エビみたいに食用なのかな?
「あら、このナマズが気になるのね。まあただのキャットフィッシュだし、一匹渡すから今夜ホムラに卸してもらいなさいな」
近くにいたキャットフィッシュと呼ばれたナマズの尾鰭をつかんで差し出してくれる。やっぱり、食用だったんだ。
見た目がちょっとグロイけど、ホムラちゃんと料理してくれるかな………。
「まあ、ナマズのことはどうでも良いわね。狩りに出たついで、あんたの家の周り少し見てきたわ」
「え!?」
「あんた、人の死期が色で見える特殊能力を持っているのよね。その力、周りは知っていたの?」
「周りにはそこまで話していないよ、両親にも言っていないし、正確に知っていたのは幼なじみの夕凜子ぐらいだったと思う。その幼なじみも少し前に死んでしまったけど………」
病室で梨恋の手を握った時に見た自分さえも吸い込まれてしまいそうな黒を思い出した。
覆すことの出来ない人の死期。変えられない未来を知ることに一体何の意味があるというのだろうか。
大切だった人が死ぬと分かっていて何も出来なかった自分の無力さが蘇ってきてくる。
「情報はどこから漏れたとしても、あの状況はちょっと異常だったわね」
「僕の家に何かあったの?」
「あんたの家は平和そうだったわ。ねえ、あんたの手ちょっと、わたくし様に見せなさい」
掴んでいたナマズの尾ひれを手放し、再び水槽内で放し飼いにしたクイーンはその空いた手をそっと水槽に当てた。
その手に重ねるように僕も水槽に触れる。
だけどリビングと水槽を隔てる厚いガラスによってはばかれた二つの手が触れ合うことはない。
「この距離じゃ、わたくし様の死期は読み取れないかしら?」
「うん。直接肌と肌が触れ合わないと駄目だね」
「そう。もしかしたら、あいつらにとってあんたの方はついでだったのかもしれないわね」
水槽のガラスから手を離し、少しだけ距離を取ったクイーンは、凛とした両目で水槽に教えてた僕の手をじっと見てくる。
僅かばかり身を乗り出した恰好だから、女王様のたわわな双球も前に突き出される形になっているトップレスはかろうじて黒地に赤と蒼の螺旋が描かれた胸当てで隠れているけど、見るからに柔らかそうな双球が作り出す谷間がガラス越しのすぐ先にある。
溜まらず生唾を飲み込んでしまいそうになる。
『純平様の体温急上昇を検出。如何なさいましたか?』
「っっっ!!」
ホムラの指摘に僕は声にならない悲鳴をあげた。
やばい、ここで水の女王様の胸元を凝視していたなんてホムラにばれたら、きっとただでは済まないはずだ。
脳脳をフル稼働されて、穏便に済ませるべき言葉を選んでいると、
「こいつはね、ただ男としての本能に従っているだけよ、ホムラ」
「っっっ!」
水槽の中から僕の掌を観察している人魚姫が言い逃れの出来ないそのままずばりな状況を述べる。
またしても声に出せない悲鳴を上げつつ、非難の目で水槽の中にいる人魚型宇宙人を見つけけど、
「ほら、人間はこういうのが好きなのよね」
あろうことか、彼女は双球と黒地の胸当ての間に指を入れて、胸当てを少し下に下げ始めた。
駄目ですよ、それ以上は見えちゃいますから。いくら人魚とは言え、他人に見せてはいけない大事な部分が見えちゃいます。
『検索完了しました。つまり、純平様はスケベで、Hで、いやらしい奴という事ですね』「いや、待ってホムラそれは誤解だ!」
慌てて弁明しようと蒼い球体の方を振り向こうとする。だけど、
「駄目よ、人間。もう少し、あんたのその手をわたくし様に調べさせなさい。いくら今のホムラが恋にお熱だと言っても、強制シャットダウンは異常よ。どちらかというとあんたの他人の死期を読み取るなんて訳の分からない能力が、ホムラには悪影響を与えて、強制シャットダウンさせた可能性が高いのよ。ホムラの対策案講じないといけないのだから大人しくモルモットになりなさい」
水槽の中からは女王様から待ての命令が下された。
何処から取り出したのか、水槽の中でL字のスキャナーみたいな機器を取り出して、僕の掌に向けて紅い光を当てている。
今朝のホムラ強制シャットダウンが僕のこの死期を読み取れる力による副産物かもしれないだなんて言われたら、もう大人しくするしかない。
「ホムラ、スケベでHで、変態なこいつが喜びそうな本いくつか通販で頼んでおきなさい。きっと優しくお礼してくれるわよ」
『かしこまりました、クイーン。それでは純平様、ワタシの方でいくつかセレクトいたしますので、お気に召しましたら………その期待しております』
その一方で、僕の好みに関してはなんかもう修正不可能なレベルで話が進んで行っている。
僕は僅かに涙目になりながら、水槽の中を恨みがましく睨むけど、事態をややこしくした当人は僕の視線など何処吹く風だ。
「ホムラはほら、AIだから、まだ恋と生殖行為との繋がりを上手く理解出来ていないのよね。今は協力的だけど、ホムラがこれから注文する本の真意に気づいた時が今からとても楽しみね」
それどころか、水槽の中で悪魔の笑みを浮かべている。
この人……いや、人魚は本気で、僕とホムラの状況を骨の髄まで楽しむつもりなんだ。時が刻まれるごとに増えていく頭痛の種に僕は一度大きくため息をつくしかなかった。