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 視線を感じて、目を覚ました。カーテンから差し込む日差しが既に夜が明けていることを教えてくれる。

 筋肉をほぐすように伸びをしながら体を起こすと、屋上に設置されて半球状のクリアパーツに内封されている監視カメラとばっちりと視線があった。

 どうしてだろう、僕を見ているのはカメラのはずなのに何故か刺さるような視線を感じてしまう。


『おはようございます、純平様』

「わっぁ!」


 訝しんでいたら、部屋に急に聞こえてきた声にビックと肩が跳ね上がってしまう。


『どうかされましたでしょうか、純平様?』

「ごめん。いきなり声がしたから、ちょっとびっくりしちゃった。おはよう、ホムラ」

『はい。それでは、本日もリビングルームで朝食をご用意しております。お着替えになられましたら、上がってきてくださいませ』

「うん、ありがとう」


 監視カメラに向かって笑顔で手を振ってお礼を述べる。カメラを通じてホムラも僕のことを見ているだろうから、手を振っただけなのに、


『純平様は、卑怯なお方です』


 なんてちょっとすねたようなホムラの声が部屋に響き渡るなり、半球状のクリアパーツ内の監視カメラが180度回転して、僕に背を向けた。

 あれ? 僕何か悪いことしたのかな? 寝間着姿のまま首を傾げるけど、答えは出てこない。

 仕方なく着替えを済まして、自動運転のエレベーターに乗って、昨日と同じように33階に向かう。

 でも昨日と違うのはエレベーターのドアが開いてリビングに入るなり、香ばしい匂いが僕の鼻孔を通し抜け、朝の空腹を訴える胃袋をこれでもかと刺激している事だ。

 本日の朝食はカレイの煮付けのようで、テーブルの上には湯気立つ料理が既にセットされていた。


「これも、ホムラが作ってくれたの?」

『はい。昨日は焼き物しか作れませんでしたので、本日は別の調理方法にしてみました』


 料理を初めて二日目で早速に煮付けが作れる辺りは、さすがはAIだ。なんて感嘆を抱きながらテーブルに腰を降ろすと両手を合わせて、


「いただきます」


 さっそく朝食を頂くことにした。


「うん、今日も美味しいよ、ホムラ」


 カレイにはしっかりと味が染み込んでいているし、昨日の焼き魚とは違う煮付け故に味わえる魚肉の柔らかさに今日の僕も箸が止まらず、一気にホムラが用意してくれた朝食を平らげていった。


「ごちそうさまでした」


 朝食を用意してくれたホムラへの感謝も込めて空になった食器に手を合わせた僕は、一緒に用意してくれていた水で喉を潤していく。


『お粗末様でした。所で、純平様。ワタシ、純平様にお伝えしなければならないことがあります』

「うん、何かなホムラ?」

『ワタシ、純平様に恋しているようです』

「ゲッホ!!」


 突然のの宣言に、気管が詰まってしまった。ちゃんと息が出来ずに咳き込むしかない。

 慌てながらもう一度、水を流し込むことでなんとか息を整える。


「ホムラ、いきなり何を言い出すの!」


 天井から吊らされている蒼い球体に目をやると、そこに刻まれているV字ラインが全てピンク色に染まっていた。

 その姿を目にしてしまうと、とてもホムラが冗談を言っているようには思えない。


『最初は、昨日、ワタシの料理を食べてくださいました純平様の笑顔なのだと思います』


 困惑する僕を置いてけぼりにして、ホムラは独白を始めた。小さなモータ音が聞こえてきて、リビングに巨大スクリーンが降りてくると、そこに笑顔で鮎の塩焼きを頬張っている僕の笑顔が映しだれていった。

 リビングに設置されているカメラで撮った映像なのだろうけど、自分の何気ない顔が堂々と映し出されているのは、なんとも言えないむずがゆさを感じてしまう。

 その後、映像はどんどんと切り替わっていき、自分の安否を両親に伝えるために手紙を書いている僕や、リビングのソファーに座ってボーと外を眺めている僕や、寝室で寝息を立てている僕の姿がたて続けに映し出されている。


「ねえ、もしかして、ホムラ、一晩中僕の寝顔、録画していたりした?」

『はい。昨夜は純平様の事を考えていましたら、スリープモードに入ることが出来ませんでしたので、一晩中そのご尊顔を拝見させていただいておりました』

「あははは、そっか」


 自分の寝顔が一晩中、この巨大スクリーンに映し出されていたんだ。

 …………。うん、恥ずかしさの余り今すぐにもこの場所から逃げ出したくからそんな情景を考えるのは止めよう。


『とても不思議なのです。純平様の事を考えておりましたら、制御不能の電気信号がワタシの中をかけめっぐて、冷却ファンでも抑えられないほどにCPUが熱を持っていくのです。ですが、それの反応に不快感などはなくて、むしろずっとこの電気信号を流し続けていたいとさえ思っております』

「あ~それだけ聞くと、本当に恋しているみたいに聞こえるね」

『はい。これは恋なのです。昨晩はこの感情の正体がわかりませんでしたが、クイーンが恋という感情を教えてくださったのです』


 僕は何も言わずにリビングに隣接されている巨大水槽を見る。

 薄緑色のウェーブがかったロングストレートの髪を水中に優雅にたゆたわせている人魚型地球外生命体は、のんきに小エビを食しながら僕達のやりとりを見下ろしていた。


「人間。あんた、わたくし様に何か言いたそうな目ね。先に言っておくけど、これはホムラの初恋だから、優しくしてあげなさいよ」

「いや、初恋って言われても、ホムラって言ってしまえばマンションだよね。僕、流石に人間とマンションは恋愛関係になれないと思うのだけど、クイーンは僕に何を望んでいるの?」

「う~~ん、そうね。最近は退屈な日々が続いていたし、ここらでわたくし様も人間とやらを学べる騒がしい日々っていうのも悪くないと思っているわ」


 小エビを口元に運びながら頭上に浮かぶ人魚はそれもう、にっこりと笑った。

 まさに絵に描いたような作り笑顔で、その裏には彼女の思惑が隠れていますよっと宣言しているかのような憎たらしい笑顔だった。


『純平様、今はワタシとお話していましたよね。どうして、ワタシではなくクイーンと会話しているのですか?』

「お、ホムラが早速、嫉妬って奴を感じているわね」

『クイーン、ワタシは純平様とお話をしたいのです。お黙りください』

「ほうほう、あんたがわたくし様に口答えするなんて、これは良い傾向ね。その感じで、大いに恋を学びなさいホムラ」


 水槽の中で手を振ったクイーンは、器用に反転すると尾ひれで力強く水を蹴って、そのまま一気に僕の視界から消えるまで潜っていた。

 この33階の下、32階と31階はそのまま直結した水槽になっているとの事だから、そこに雲隠れしたのだろう。リビングに僕とホムラだけを残して。


「え~と、それじゃあ、朝ご飯も食べたし、僕も部屋に戻ろうかな~~」


 ここで変に間を開けるわけにいかない。クイーンがいなくなった流れに沿って僕は自然な足取りを意識しながらエレベータに向かった。

 下向きの矢印を押してエレベーターが来る間も後ろにいる蒼い球体を見ないように、ただただ無機質なエレベーターのドアを見続けている。

 でも、どれだけ待っても、どれだけ呼び出しボタンを押しても、エレベータのドアが開くことは無かった。


『純平様、ワタシのお話聞いておりましたよね。なのにどちらへ向かおうとしているのですか?』

「いや、だから、クイーンが与えてくれた僕の部屋に戻りたいなって………」


 下矢印が描かれたボタンを何度も押すけど、ボタンが光ることすらない。

 それはそうだろう、だってこのマンションのシステム全体を統括管理する存在から僕は逃げようとしているんだ。

 そんなの許されるわけがない。今もホムラの意志でエレベーターシステムが停止しているに違いない。


『駄目です。ワタシは先ほど、純平様に恋していると告白しました。告白されたら相手は回答をするものだと検索では出てきております。お答えください、純平様はワタシのことをどう思っているのですか?』

「それって、保留は許されないのかな?」

『許されません』


 断言されてしまった。

 ここはホムラに答えなければならないと分かっている。

 でも、人の死期が見える能力のため、なるべく人から距離を取ってきた僕の人生において、これまで誰かに告白されたことなんてあるわけがない。

 これが僕にとって人生で初めての告白イベントだったんだよ。でも、その相手は、昨日であったばかりのマンションからだった。


「え~と、ほら、僕は人間で、ホムラはこのマンションを管理する人工知能なんだよね。そもそも、種族?が違うから、僕達は互いに恋愛対象にはなれないんじゃないかな……」

 観念してエレベータのドアから振り返って天井からつるされた蒼い球体と向き合った。


『昨晩、クイーンがおっしゃりました。互いに知能があり、意思疎通が出来るのなら、きっと恋愛は成立すると』

「え~と、それはつまり………」

『検索した所、人間は異性とはでなく、同性とも恋愛が出来る生物と出てきております。子孫を残す生殖行為を伴わない恋愛が出来るのでしたら、人工知能であるワタシと純平様も恋愛が出来るという事です』


 ホムラは球体に刻まれたV字ラインを素早く点滅させながら僕に力説してくる。

 理論はそうかもしれない。僕がこの人工知能と恋人同士になる。そんな未来を描こうとした瞬間、彼女の姿が脳裏を駆け抜けていった。

 艶やかな日本人形のよう黒髪、それに対比するような白い肌。

 最後は病床で日に日に弱っていたけど、昔の彼女はこんな僕を逆に引っ張っていってくれるぐらい輝きに満ちていた。

 多分、僕はずっと前から幼なじみの彼女に救われていた。

 もう彼女と会う事は出来ない。

 でも、心は夕凜子を簡単には忘れることが出来ないでいる。


「ごめん。僕はやっぱり、マンションである君とは恋愛関係にはなれないと思う」


 誠心誠意失礼のないようにホムラに向かって僕は頭を下げる。

 人生の初告白イベントはもちろん嬉しかった。だから、なるべくホムラを傷つけない言葉を選びたかったんだけど、どう言葉を選んだ所で行き着くところは、人間とマンションを管理する人工知能という、超えることの出来ない種族の壁。

 そして、僕がまだ夕凜子の死を受け入れられていない事実だった。


『そうですか、では純平様がワタシをマンションと思わなければ、恋愛対象になれるという事ですね』

「ホムラ、違うんだ。そういうことじゃないんだ!」

『いいえ、違いません。純平様から、ホムラというワタシの知能を否定する言葉は、今回のやりとりの中では出てまいりませんでした。出てきたのは常に、人間とマンションは恋愛対象になれないという前提条件のみ。ですので、ワタシは純平様から嫌われていない。そうですよね』

「それは確かに、ホムラは、嫌いじゃないよ」


 このマンションに来てまだ二日目だけど、ホムラにはとてもよくしてくれている。

 告白されたことは度肝を抜かされたけど、彼女と過ごしたこの二日間は、他人との接触をなるべく避けてきた僕にとって心地よい日々だったことは否定できない。


『今はその言葉で、ワタシは充分です。ここから、純平様に恋していただけるような、

ホムラへとワタシは学び、変わっていけばよいのですから』


 V字ラインをピンク色に染め上げながら宣言してくるホムラを前にして僕は、自然と笑みを浮かべていた。

 昨日、恋を知ったばかりというこの人工知能は僕の想定を超えるほどに前向きだった。

 夕凜子の死を未だに上手に受け止められない僕なんかとは全然違う。

 ホムラは、本気で種族の壁を越えて僕と恋愛しようとしている。

 変な話だけど、ホムラがもし人間だったら僕は彼女の強さに惹かれ恋に落ちていたかもしれない。

 それほどまでにこのマンションを統括管理する彼女の意識は輝いて僕は見えた。


「強いな、ホムラは」

『だって、ワタシは純平様の事が好きなのです。恋は何よりも強しと検索にも出てまいりますので、ワタシはこれからもっと強くなりますよ、純平様』


 だからきっとそれは僕にとって自然な行動だった。天井からつるされた蒼い球体にゆっくりと近づくと優しくそっとホムラを撫でてあげた。

 ありがとうと言う想いを込めて触れた金属の球体からは、当たり前だけど死期を伝えてくる色が見えず、僕は安心した。


『いけません、純平様、そんな笑顔をされにゃ』


 でも、ホムラはそうじゃなかったみたいだ。っていうか、なんか最後語尾がおかしかったような気が……。


 ズン!


 なんて考えていたら、鈍い音を立ててマンション全体の機能が停止した。電球は消え、空調設備も止まっている。

 恐る恐るホムラをのぞき込むと、そこには何故か強制停止したメイド式人工知能があるのみだった。

「え~と、ホムラさん、もしかして強制シャットダウンしちゃいました?」


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