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マンション・ホムラの恋愛感情 ~そのマンションは住民に恋している~  作者:
第一章:マンションホムラへ、いらっしゃい
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 三本目の鮎を食べ終え、食器を洗い終え水気をタオルで拭いていたら、消光していた蒼い球体のV字ラインが淡く発光しているのに気づいた。

 無事にホムラの再起動が終わったみたいだ。

 僕は洗い終えた食器を布巾の上に並べ、彼女の元へ向かった。途中水槽の中を見てみたけど、クイーンはまだそこにはいなくて、広大な水がただ張られているだけだった。


「ホムラ。無事再起動出来たんだね。この場合なら、もう一回おはようと言っていいよね」


 V字ラインを白く輝かさせているホムラに向かってにこやかに手を振ってみるけど、


『………』


 彼女から返事はなかった。でも、球体の表面で輝くV字ラインか、下から徐々に白色から桃色変わっているのを見ると、停止状態じゃなくて、一応起動はしているとは思うのだけど。

 もしかして、また起動途中だったのかな?


「困ったな、ホムラに頼みたいことあったのにな。クイーンからはこのマンションからは出るなと言われているから、どうしよう」

『ワタシへの頼み事ですか、何なりと申しつけくださいませ』

「っわ、やっぱり起動していたの!?」


 突如室内スピーカーから響き渡る声に思わず肩をびっくりと跳ね上がらせてしまった。


『申し訳ありません、再起動後も原因が特定出来ずに、自己診断プログラムを起動しておりました』

「原因が分からないって、ホムラ大丈夫なの?」

『現時点では分かりません。ワタシでは解消できない事象と判断いたしますので後ほど、クイーンに診断していただく事にいたします。ですが、現時点ではノイズのようなものでしかありません。マンション管理活動においての支障は認められませんので、このまま起動を継続し、純平様を補佐することを選択いたします。ご用件はなんでありますでしょうか、純平様?』


 本当、大丈夫なのかちょっと不安にはなる。でも、僕も大丈夫だって伝えなくちゃいけない人達がいる。電子的な方法だとホムラへ負担をかけるかもしれないから、僕は一番アナログな方法を選ぶことにした。


「そんなにたいした用事じゃないんだけど、このマンションってはがきとか売っていたりする?」




 ホムラに案内されるまま、平行して滝が流れているエレベーターに搭乗して、僕は最上階から最下層一気に降りた。


『どうぞ、純平様』


 出入り口横に表示されている階層が1Fを示したと思うと、自動で扉が開かれた。ゆっくりと扉をくぐるとそこはエントランスホールになっていた。

 どうしても無機質的になってしまうマンションの中だけど、このホールは自然の香りがしている。

 まず、エレベータと平行して流れていた滝はこのエントランスホールが終点となっていた。エレベータを降りたすぐ横に設置されている滝壺のようなプール構造が、33階から流れ落ちてくる水を受け止めている。

 ちょっとした公演の噴水ぐらいの大きさがあり、もしこのマンションホムラに子供がいたのなら、夏場などには水遊びが出来そうな位だ。

 さらには滝壺の横にはしっかりと手入れのされている樹木が植えられている。水と樹の香りが鼻孔をくすぐるとそれだけで心が休らいでいくのは、人間の生まれ持っての本能かも知れない。

 僕は深呼吸をするようにエントランスホールの空気を吸い込んだ。


『純平様、ご所望の製品が届くまで、後5分との連絡です。少しお時間がありますので、ロビールームにておくつろぎ下さいませ』


 電子音声に案内されるまま、エントランスホールの隣接されているロビールームに向かう。

 そこはエントランスホールと比べると小さく設計されている部屋だった。

 あえて照明の光度を落とした空間には、耳障りにならないよう音量が調整されたBGMが流れ、ソファーとテーブルが整然と配置されている。

 おそらく普通のマンションならこういったロビールームは庭や道沿いに設置されて、窓からは外の景色が見えるように設計されていると思うけど、ここはマンションホムラ。

 ロビールームの側面には全面ガラス張りになっているけど、そこに拡がっているのは緑の庭でなければ、都心の車や人で溢れた道でもない。

 やはりと言うべきかそこにあるのは、多彩な魚達が暮らす水槽だった。

 33階の巨大水槽にはクイーンしかいないけど、ロビールームに隣接している水槽にはまるで水族館に招待されたと錯覚してしまう位に多種多様な魚達が水槽狭しと泳いでいた。


「こっちの水槽には色々な魚がいるんだね」

『こちらは、クイーンが狩りで捕獲なされた生命体の中で、お気に入りの研究対象を飼っている水槽であります』


 昨夜で出会った人魚型宇宙人は、海で溺れかけていた僕を救ってくれた恩人だ。それに麒麟組と呼ばれる組織から守ってくれるためにしばらくの間、僕をこのマンションホムラに監禁という名目で匿ってもくれている。

 水の女王って名前が示すとおり、性格は女王様気質ぽくて上から目線で語る事も多いけど、多分悪い人じゃないはず。

 でも、ホムラのストレートな表現を聞いてしまうと、ついつい幼い頃から映画とかで培われてきた侵略者としての宇宙人像をあの人魚に重ねてしまう。


「そう聞くとなんだか急に物騒なものに見てきてしまうな……」

『ご安心ください、純平様。地球外生命体であるクイーンには国籍がありませんので排他的経済水域は遵守しておりませんが、それ以外につきましては、国際法で捕獲が認められている魚しかこちらには残しておりません』

「いや、そういうことじゃなくて、捕獲って言葉にね、ついつい反応してしまったの。出会ってまだ一日だけど、ホムラみたいな優しい存在を作れるクイーンが悪人じゃないとは思っているんだけどね」

『優しい? ワタシがですか?』

「うん。だってそうでしょう、今朝も僕のために朝ご飯作ってくれたし、今もこうして僕のお願いを聞いてくれている。ありがとうね、ホムラ」


 このロビールームは僕の部屋と違って監視カメラの場所が分かりにくい。何処に手を降ればホムラに真っ正面から見てもらえるか分からず、水槽の前で右往左往しながら感謝の意を示すように手を振る。


『…………純平様は不思議です。ワタシはこのようにプログラムされているだけなのですよ』

「そうだとしても、僕はホムラに感謝しているんだよ」

『ワタシには、純平様の行動が理解出来ません。そして、ワタシ自身も。いまもまた識別不能の電気信号が発生しております』

「本当に、それは大丈夫なの、ホムラ?」

『高粒子演算処理装置の温度も上がっております。まだ危険域には達しておりませんが、このまま温度上昇が続けば強制シャットダウンも考えられます』

「それは大丈夫じゃないやつじゃん!」


 マンションホムラの統合管理システムが強制シャットダウンとかしたらそれは一大事じゃないの。

 今日だってドアの開け閉めの一つからホムラが自動でやってくれていたんだ。そんな強制シャットダウンなんて事態になったら、部屋からすら出られなくなる事態になるんじゃないのっ!


『自己監視システムが正常ですので、問題ありません。それよりも、純平様、ご所望の製品がご到着されたようです。エントランスホールへお越し下さい』


 一抹の不安を覚えながら、エントランスホールに向かうと、そこにはエレベータを降りた時にはいなかったドローンが静かに浮かんでいた。

 四連のプロペラを備えて中央部にはボックスを備え付けている。大手通信販売者が導入を始めた無人配達システムだ。


『受領処理完了。純平様、ボックスをお取り下さい』


 ドローンが僕の手前まで静かに降りてきてボックスを切り離した。床に落とされたボックスを開けると、中に入っていたのは郵便はがきだ。

 僕の持っていたスマホは麒麟組から逃げるために海へ飛び込んだときにショートしてしまい起動すらしなくなった。

 マンションホムラに監禁されていて外に対して連絡手段を持たない僕だけど、両親にだけは無事を知らしておきたかった。

 そのために、ホムラにお願いして通販ではがきを買ってもらったんだ。


「そうだ。ねえ、ホムラ、ここって郵便ポストって設置されていたりする?」

『流石にそのような物をワタシは内蔵しておりません。ですが、郵便集配システムドローンの到着を一時間後に手配しましたので、ご安心くださいませ』


 やっぱり、ホムラは何から何かで完璧だ。エントランスホームのカメラに向かって「ありがとう」と微笑みかけて、僕は細かいことは言えないけど、まずは無事である事を両親に伝えるために筆を取るのだった。


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