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マンション・ホムラの恋愛感情 ~そのマンションは住民に恋している~  作者:
第一章:マンションホムラへ、いらっしゃい
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 ピリン、ピリンと聞き慣れない電子音がしている。

 睡眠から頭が少しずつ覚醒していき、目を開けると見慣れない天井が飛び込んできた。白い天井には何処にでもあるものだけど、そこには半球状のクリアパーツで覆われた監視カメラが設置されている。

 クリアパーツ奥のレンズが僕を捕らえて放さないでいるように見える。

 寝起きの頭で一瞬、混乱してしまったけど、すぐに昨日の事を思い出す。人魚型地球外生命体に助けられた僕は、そのまま彼女が住むマンションに監禁されることになったんだ。


『おはようございます、純平様』

「おはよう、ホムラ」


 室内スピーカーから聞こえてくるメイド式人工知能の声にも僕はもう驚くことはなかった。監視カメラに向かってに挨拶をしながら、脱衣場に向かっていく。

 昨日からお世話になっているこの部屋は2DKでバストイレ別と一人で住むには申し分の無い空間だ。

 寝間着や新しい服も僕がこの部屋に案内された時には既にホムラによって用意されていた。30階に位置しているから窓からの見晴らしも申し分なくて、名目上は監禁されているけど、そんな状況とは思えない至れり尽くせりの状況になっている。

 着替えをすまして部屋を出た。

 僕が監禁されているマンションの名前は、マンションホムラ。

 都内を一望出来る一等地に立てられている33階立ての高層マンションらしい。ただ、このマンションに住民は殆どいない。今の住民は、人魚型地球外生命体であるクイーンと、僕の二人だけ。

 後、引いて言えばこのマンションを統括管理する人工知能のホムラを住民として入れるどうかという所だ。

 廊下を抜けてエレベーターホールまでやっくる。上階行きのボタンを押そうとしたけど、


『どうぞ、純平様』


 ホムラが先にエレベータのドアを開けてくれた。入り込むと勝手に最上階のボタンが点滅してドアが閉っていく。

 身体に僅かな重力を感じながら、エレベーターの窓の外を見ると、窓の先には水が流れている。

 昨日最初に見た時はびっくりしたけど、このエレベーターのすぐ横には最上階から1階まで流れる滝が設営されている。

 なんでこんな滝があるかと問うと、『クイーンの各階への移動用です』と教えてくれた。

 最上階である33階にたどり着くと、そこは昨日ボクが目を覚ました特大リビングに直結していた。

 カーテンのない窓ガラスからは朝日が気持ちよく差し込んできてくる。リビングルームに足を踏み入れ、巨大水槽の中を見るけど、そこに人魚姫の姿は見えなかった。

 この巨大水槽は31階から33階を貫くように設置されており、31と32階のフロアは完全に水の女王の移住スペース、つまり水槽であり、33階もこのリビングフロアを除いてはすべて水槽となっている作りのようだ。

 33階にいないと言うことは、クイーンは別のフロアで寛いでいるってことかな。

 気を取り直してキッチンへ向かう。天井からぶら下がっているV字が描かれた蒼い球体が目に入ったので、


「おはよう、ホムラ」

『朝の挨拶は既にすまされましたが、純平様は寝ぼけているのですか?』

「いや、そうじゃなくて部屋での挨拶はあくまでカメラ越しだったでしょう。ちゃんと面と向かっての挨拶はこれが最初でしょう」

『理解できません。ワタシはこのマンションそのものですので、何も変わりません』


 とホムラは言っているけど、監視カメラに挨拶するのと、こうしてV字のクリアパーツを光らせながら反応してくれるホムラ本来を前にして挨拶するのは、全然気持ちの入りようが違ってくる。

 まあ、僕の自己満足ってだけかも知れないから、この話はこれで終わりにしたほうが良いみたい。


「ねえ、ホムラ。何か食べるものある? 昨日ドタバタして結局なにも食べてなくて、おなかぺこぺこなんだよ」

『食料ですか? クイーンが食されているモノでしたら、キッチンフロアの床下に貯蓄されおります』


 床下貯蓄なんて、この部屋に似合わず庶民的な所にあるんだ。

 感心しながらキッチンの床を見れば、確かに取っ手のように掘り込まれていた部分があった。指を引っかけて一気に、床を引き上げる。


「あ~~~~~。なるほどね」


 床を引き上げた先に拡がっていたのは、僕達の思い描いていた食料庫ではなくて水槽だった。

 水のヒンヤリとした冷気が頬に気持ち良いとぼんやりと眺めていると、床下水槽の中を鮎たちが元気よく泳いでいた。

 そっと床を閉じていく。

 そうだよね、人魚なんだだから、食するのは生魚なんだよね。


『どうかされましたか、純平様? お気に召す食材はありませんでしたでしょうか?』

「いや、そうじゃなくて。これを食べれないわけじゃないけど、僕は流石に生魚を卸して、調理する技術はないよ」

『調理……ですか?』

「そう、ごめん。ホムラ、他に何か食べるものってないかな?」

『申し訳ありません、検索するので少しお待ちくださいませ』


 ホムラはV字ラインを点滅させながらしばしの逡巡に入った。昨日からこのマンションにやってきた新人の僕は正直まだ右も左も分からない状況。

 キッチンテーブルに腰掛けながら、点滅を繰り替える蒼い球体を見ることしか出来ない。


『調理、検索完了いたしました』


 あれ、食材の場所を調べていたんじゃないの?


『では、これより調理を開始します。純平様、危ないですのでキッチン側へはお近づきにならないようして下さい』


 何が行われるのかとキッチンへ視線を配った瞬間、床下収納のドアが勢いよく自動で開いた。かと思えば、床下収納水槽を元気よく泳いでいた鮎がキッチンに打ち上げられる。鮎は綺麗な放物線を描いて既に準備されていたまな板の上に落ちて行く。


『いざ、参ります』


 ホムラのかけ声と共にキッチンの天井から二本のマニュピレーターが降りてきた。マニュピレータが手にした包丁で素早く鮎を捌くと、鮎をSの字のしながら起用に串刺しして豪快に塩を振りかけると丁寧に火であぶっていく。

 香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、恥ずかしくも僕のおなかがぐうと音を立ててしまう。よだれが垂れてしまいそうになるけど、ここは我慢だ。


『お待たせいたしました、純平様』


 天井から伸びてきたマニュピレータが、鮎の塩焼き3本をテーブルの上に並べてくれた。

 両手を合わせて「いただきます」と言って、まだうっすらと湯気が立ち登っている鮎に手を伸ばす。

 舌を適度に刺激する塩に、芯までしっかりと熱が通っていて表面にはうっすらと焦げがある絶妙な火加減、そして何より調理に使用した鮎の生きの良さ。素晴らしい食材に絶妙な調理が加わった絶品を前にして、昨日から何も食べていない空腹も相まってもう止まらなくなってしまった。息もつかずに最初一匹を平らげてしまう。


「ふう、これすっごく美味しいよ、ホムラ」


 自然と湧き上がってくる笑みを抑えられず、蒼い球体にお礼を述べるけど、


『………』


 ホムラは一切反応しない。


「あれ、ホムラ、大丈夫?」

『大丈夫とは、何でしょうか? ワタシは通常モードです』


 そうは言っているけど、球体に刻まれたV字がこれまでになく早く点滅している気がするのは、多分僕の見間違えじゃない。

 少し気にはなったけど、ホムラ自身は大丈夫だと言っているし追求するのも失礼な気がした。それにお腹が少しふくれて空腹が解消したことで余裕も出てきた。僕は二本目の鮎を頬張りながら僕はホムラとの会話を楽しんでいくことにした。


「それはよかった。ねえ、ホムラってさっき調理について検索したってことはこれが初めての料理だったの?」

『はい、ワタシの初めてを純平様に差し上げたのです』

「あはは、間違ってはないかもだけど、それは多分、言葉の使い方間違っているよ」

『そうなのですか? 女性がこのように言えば男性が喜ぶと検索したら出てきたのですが?』

「………なんというか、この件について、僕はノーコメントとさせてもらうよ」

『どうしてですか、純平様。純平様はワタシの言葉を聞いて、喜んでくださいましたのですか?』

「言葉は……特に何も感じなかったかな」

『そうですか。純平様はもっと刺激的な言葉がお好みなのですね。わかりました。検索しますので少々お待ちください』

「え~と。ホムラ、何を検索しているの?」

『黙りなさい、この豚野郎!』

「へ?」

『っと申せば、純平様はお喜びになりますか?』

「いやいや、何を検索したは聞かないけど、僕は罵倒されて喜ぶマゾじゃないからね」

『そうですか。では、次の検索結果であります、妹キャラなるものを試してもよろしいでしょうか?』

「そんな事しなくても大丈夫。なんかホムラは、言葉でも僕を喜ばせようとしてくれているみたいだけど、僕はこのホムラの手料理だけですごく嬉しいからね、本当、ありがとうね。ホムラ」

『………』


 二本目の鮎を食べ終えた僕は、三本目の鮎を手にしながら蒼い球体に向かって笑いかけた。するとホムラはさっきにみたいに急に押し黙ってしまった。

 あれれと首を傾げていると、彼女が喋る度に明滅する球体に埋め込まれているV字ライン、そのVの付け根側から紅いランプが灯り始めていく。


「ホムラ、大丈夫?」

『おそらく、大丈夫ではありません。申し訳ありません、この症状は原因不明のため一度再起動させていただきます。純平様、再起動後にワタシが片づけますので、お食事が終わりましたらそのままにしていて下さい。それでは、失礼いたします』


 言うが早いか、蒼い球体から光源がみるみるうちに消えていく。まるで逃げるようにシャットダウンしていく彼女を、僕は三本目の鮎を手にしたちょっと情けない格好で見守るしなかった。


 識別不能の電気信号を検出。

 原因不明、安全のため再起動を実施し、キャッシュのクリアを敢行。

 再起動後のセルフチェックでは異常信号は検知されていない。

 ただし、人工知能である自分にバグが存在していないとは言い切れない。創造主であるクイーンへ今回初めて発生した事象のレポート作成をバックグランドで実行しながら、マンション管理カメラシステムへ接続。

 マンションホムラ内で記録されている映像が全てホムラ内に流れ込んでくる。

「ホムラ。無事再起動出来たんだね。この場合なら、もう一回おはようと言っていいよね」 マンションホムラ33階。そこにはホムラの本体とも言える高粒子演算処理装置と高密度亜空間記憶媒体が内蔵された蒼い球体が天井から吊されている。

 昨日まではホムラと水槽の中で生きる創造主しか生活していなかった空間であるが、今は違う。

 創造主たる水の女王が昨夜拾ってきた新たな住民が、笑顔でおはようと囁き、蒼い球体に向かって手を振っているのだった。

 読野純平をカメラのレンズ越しに認識した週間、識別不能の電気信号を再度、検出。

 その理由を人工知能生命体であるホムラはまだ分からないでいた。



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