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マンション・ホムラの恋愛感情 ~そのマンションは住民に恋している~  作者:
第一章:マンションホムラへ、いらっしゃい
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 僕が目を覚ますとそこはソファーの上だった。

 ソファーといってもベットといっても良いほど広く、僕が悠々と横になれるだけの大きさがあった。

 借家の実家にこんな豪華なものがあるわけがない。

 ここは一体何処だろう? 

 見知らぬ男に襲われていたのは覚えている。

 彼から逃げるように海に飛び込んで、そこでカナヅチの僕は泳ぐことが出来ずに溺れたんだった。

 そっと自分の左手を見る。

 海の中、薄れ行く景色の中で最後に記憶しているのは、蒼い羽を持つ天使だった。


「ここは天国………にしては、人間的すぎるよね」


 ソファーから降りたって辺りを見渡してみて分かったのは、ここは広大なリビングだってことだった。

 僕が住む借家なんかとは格がまるで違う。

 見渡し限りでも有に百畳以上はある広大なリビングには驚きを隠せない。

 リビングだって言い切れるのは、僕が寝ていたソファーを向かうように、小劇場であるかのような巨大スクリーンが設置されているし、ガラス張りとなって外の夜景が見える一角にはダイニングテーブルがあり、そのすぐ横にはシステムキッチンがあるからだ。

 でも真っ白なフローリングには塵一つ落ちていない、システムキッチンにも水汚れさえ見当たらない。

 掃除が行き届いているのかもしれないけど、キッチンには調理器具もなければ、調味料も見当たらず、人間の生活感が全く見えない。

 僕はゆっくりと夜景が見えるキッチンへと歩いて行く。

 ここは都心の高層マンションの一室であるのかな?

 ダイニングテーブルの後ろにはある一面のガラス張りの窓。

 その向こう側には多彩なイルミネーションを輝かせる街が一望出来た。

 右手の奥にはスカイツリーも見えている。

 スカイツリーの場所から、今の位置を逆算しようと地図を頭に思い浮かべていると「コツン」と音がした。

 慌てて音がした方を見ると、そこでやっとこの部屋の異質さに気づいた。


「これは水槽?」


 振り返った先にはまるで水族館にでもやってきたかのような巨大な水槽があった。

 百畳以上はあるリビングの片側側面がガラス張りで外に繋がっているけどその反対側にあるのは壁じゃなくて、全て水槽に面していた。

 巨大な水槽なんて明らかにマンションの中にあるには異質だ。

 しかも、僕が見る限りでは、水槽の中には一匹の魚もいない。

 恐る恐る、水槽に近づいてみる。

 水槽の上への高さは僕がいるこのフロアの天井と同じまでで、5メートル程のしかないみたいだ。でも、逆に底に関してはガラス越しでは終わりが見えないほど深い。

 どうして、こんな巨大水槽がマンションの中にあるのだろうと、ガラスをこんこんと叩いてみる。

 何気ない動作だったけど、


「あらやっと、目覚めたようね」

「へ?」


 まるでその音に引き寄せられるかのように、ガラス越しの水槽の中に美人が現れた。

 水槽の中に人が現れるなんて思ってなかった想像もできなかった僕は思わず腰の抜かして尻餅をつく。

 そのまま情けない恰好で、水槽から後ずさり距離を取る。

 水槽の中に突如浮かんできたのは、薄緑髪のロングストレート美少女だった。ウェーブのかかった薄緑色の髪が水の中にあって、優雅にたゆたっている。

 日本的な顔立ちではなく、彫りの深いシャープな顔つきは欧米的な顔立ちに近い。両の耳には紅い星形のイヤリングをしている。

 水中にいるため、余計な抵抗をなくすためだろうか。身につけている衣服は、黒地に赤と蒼の螺旋が描かれた胸当てのみである。

 限りなく面積の少ない布が、男なら目をそらすことが出来ないボリュームを持つ双胸をかろうじて包み隠している。


「あ、あ……あなたは、一体なんですか?」

「わたくし様の事? 何と言われても、わたくし様はわたくし様でしかないわ。名前的な事を聞いているのなら、人間どもはわたくし様の事を水の女王、もしくはクイーンと呼んでいるわね」


 水槽の中で浮かびながら、クイーンと名乗った彼女は質問の意図が分からないとばかりに小首を傾げている。僕が聞きたいのはそんな事ではないけど、上手いこと言葉が出てこない。

 だって、破壊的とも言える重量を持つ双豊からさらに視線を落としていくと、白い肌にほれぼれするぐらいのくびれが目に飛び込んでくる。でも、問題なのはそのさらに下だ。

 胸は胸当てで覆っていたけど、クイーンのくびれから下は何も履いていなかった。

 いや、正確には何も履けないのかもしれない。

 だって、彼女の下半身は鱗に覆われ、そこに僕達のような足はなくて、代わりに大きな尾ひれがついている。

 尾ひれを小さく動かし続けることで、クイーンは水中の中で沈むことなくずっと同じ位置を保ちながら僕を見下ろしてきている。


「あなたは人魚ですか?」


 やっと彼女を形容するにふさわしい単語が出てきた。


「人魚……? ああ、この下半身の事ね。確かに、あんた達の文化だとわたくし様の姿を形容するには、その言葉が一番しっくりくるみたいね」


 魚の尾ひれを持つ彼女は、我が意を得たりと納得した表情を浮かべると、まるで僕に見せつけるかのように水槽の中でぐるりと一回転してみせた。


「正確に言えば、わたくし様は地球外生命体、つまりは宇宙人よ。でも、こんな姿だし、えら呼吸しか出来ないから水の中でしか生きていけないし、あんた達のいう人魚というのも、性質としては一緒みたいなものね」


 地球外生命体って………そんなさらりと言われても、理性が処理できません。

 でも、クイーンはずっと水の中にいながらもこうしてずっと僕と話している。

 下半身が魚の形をしているのは、どう見ても普通の人間じゃないし、確かに地球外生命体と言われた方がしっくりくるかも知れない。


「それでは今度、わたくし様からの質問よ。あんた、何をしたの?」

「何ってどういうこと?」

「とぼけないで。たまたま海を散歩遊泳していたら、あのバカに拳銃突きつけられているあんたを見たのよ。見たところ、裏社会で生きている人間にも見えないし、少しばかり気になったから、わたくし様が溺れているあんたを助けたのよ。感謝なさい」


 溺れて薄れゆく意識の中で、僕は薄緑色の羽を持つ天使を見たと思っていたけど、それは錯覚で、僕を助けたのは天使じゃなくて薄緑色の髪を持つ人魚だったようだ。


「それは………ありがとうございます。助けていただきまして」

「わたくし様が欲しいのはお礼じゃなくて、答えよ。あいつに直接襲われるなんてただ事じゃないわよ」

「クイーンは、僕を襲った彼のことを知っているのですか?」

「あのバカとは浅からぬ因縁があるからね。で、今質問しているのは、あんたじゃなくてわたくし様のほうなのだけど?」


 水槽の中であからさまに不機嫌そうな顔を浮かべた人魚姫は腕組みをして僕の方を見てきた。

 僕はそっと自分の掌に視線を落とす。僕が襲われたのは触った人の死期を読み取れるこの能力のせいだと思う。

 こんな特殊能力は普通に語ればバカだとか、妄想癖があるとか、中二病とか散々な事を言われるだろう。

 でも、相手は地球外生命体。下手したら僕の能力よりもぶっ飛んだ存在だ。真実を語るに躊躇う理由なんてない。


「ごめんなさい。僕が襲われた理由だけど、僕も正確な事はよく分かっていない。ただ、あの人は僕の力を狙ってきたみたいだった」

「あんたの力?」

「うん。僕はさ、触れた人の死期が色で見ることが出来るんだよね。白だったら死期はまだ全然先。逆に黒に近づくにつれその人の死期は迫ってきて、真っ黒だったらもうその人の先はないって感じでね」


 一瞬、夕凜子の手を握った時に見たブラックホールを塗り潰したような漆黒の色を思い出してしまたっけど、顔には出さないように心の中だけに押しとどめる。


「ふ~ん、いかにもあいつが目をつけそうな面白い能力持っているのね」

「クイーンは、こんなファンタジーな話あっさり信じるんだね」


 流石に地球外生命体とはいえども少しは訝られるかと思ったけど、まるで僕が男だと宣言したぐらいの感覚でさらりと能力を受け入れてくれた。


「直接、わたくし様に触って色を見てもらえば、さらに信用できるのだけど、あいにくあんたは外で、わたくし様は水槽の中でしか生きられないから触れ合えないので、まずは信じることにするわ。それに、この地球って星で生きていれば、魔法使いとか不思議な生物にも何体か出会うモノよ」

「魔法使いって……」


 僕の能力はそんな大層なモノじゃないけど、信じてくれたのなら、あえて訂正する必要なんて無い。


「しかし、その能力であいつに狙われたというのならちょっと厄介ね。ねえ、あんた名前は?」

「あ、そういえば、すみません。まだ名乗っていませんでしたね、僕の名前は、読野純平です」

「ふ~ん。ホムラ、調べられる?」

『かしこまりました』


 不意に部屋の中に僕でもクイーンでもない第三者の声が響き渡った。あまりの突然で、驚きのあまり肩が跳ね上がってしまう。

 挙動不審にリビング内を見渡すけど、視界を遮る物が殆ど無いこの広大なリビング僕達以外には誰もいない。


「探しても無駄よ。ホムラは、このマンション全体を統轄管理するメイド式人工知能なの。あんたやわたくし様のように肉体は持たない、あくまで知能のみの存在よ」


 右往左往して、ホムラと呼ばれた存在を探そうとした僕にクイーンが易しく解説してくれる。マンションを管理する人工知能。今はスマホとかも音声認識で色々な事をしてくれるし、それがさらに発展した形みたいなものなのかな?


「強いて言えば、このマンション全体がホムラ、もしくはそこにある蒼い球体型ユニットがホムラって事になるかしらね」


 クイーンが水槽の中から指さした先には、天井からが電灯のように、バレーボール大の蒼い球体がぶら下がっていた。

 金属質な表面には殆どが蒼一色だけど、唯一掌ぐらいの幅で描かれたV字部のみがクリアパーツが使われて薄乳色になっていた。


「これが、ホムラ?」

『はい、そうでございます、純平様』


 蒼い球体のクリアパーツで作られたV字部が発光して、部屋中にホムラの声が響き渡った。


『それでは純平様、こちらをご確認ください』


 リビングの証明が自動で消灯していき、リビングに設置されて巨大スクリーンに、僕がとても見慣れた地図が投影されていく。


「映し出しているこれって僕の家の周りの地図だよね?」

『そうであります。名字が独特でしたので、簡単に検索できて助かりました。では、続きまして、こちらをご確認ください』


 投影される地図が遠望になり、次いで僕の家の周りを中心に無数の青丸がプロットされていった。


「これは一体何?」

『現時点で、麒麟組の潜伏が予測されているポイントであります』

「麒麟組?」

『純平様を襲いましたかの男性、本城将成が束ねる集団の名前であります』

「しかし、予想以上に張られているわね、あんた。これはここ一日、二日で用意したって数じゃないし、あいつはよっぽどあんたのその力が欲しいみたいね」


 クイーンは水槽の中で、顎に手を当て、何かを考えるようにリビングに映し出されている地図を眺めている。


「ホムラ、あんたはどう思う?」

『このまま純平様を帰せば、家にたどり着く前に麒麟組へ捕縛されるのは確実です』


 蒼い球体に埋め込まれたV字を発光せながらホムラが淡々と述べている。

 本城将成、あのストラップスーツを着込んだオールバックの彼と対峙した時は、拳銃を向けられた。次に彼の仲間と出くわしたとしたら、僕は一体どうなってしまうのだろうか。 想像しただけで、悪寒で身体が震え上がりそうになる。


「これを餌に麒麟組をあぶり出すことも出来るわよ」


 って、クイーン、さらりと物騒なこと考えていませんか?


『純平様の実家の近くにはあまり水源がありませんので、麒麟組をあぶり出した所で得られる成果は低いと予測します。それよりも彼らの目的を特定する方が今後のためになるかと思います』

「なるほどね。じゃあ、これはしばらく、これはここで預かることにしましょうか。このマンションに住民が増える事になるわね、外侵対の奴らに連絡しておきなさい、ホムラ」

『かしこまりました』


 どうやら、本人の意見なんて一切聞かれることなく、僕の処遇は結論が出たみたいだ。


「え~と、すみません。結局の所、僕はどうなるのですか?」


 おずおすと手を上げながら、巨大水槽の中にいる人魚姫に向かって問いかける。薄緑色の髪を持つ人魚は、僕と同じ視線の高さになるように下がってきてくれて、非常にわかりやすく説明してくれた。


「端的に言えば、麒麟組の目的が分かるまでは、あんたをこのマンションで監禁させてもらうわ」


 こうして、僕のマンションホムラでの、ちょっと変わった監禁生活が始まっていった。


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