旦那様が好きすぎるので後宮を作りたいのに、妃は君だけでいいと言われます
私の旦那様、レギウス・カッサラーニ皇帝陛下は最高の男性だ。
顔も良ければ仕事もできる、帝位争いで一度は島流しにあったこともあるのに生き延びて遠泳で祖国に返り咲き、帝位を奪い返して乱れた国を平和にできるくらいすごい。
お母様譲りの金髪のサラサラの髪も、お父様譲りの鋭い青の眼差しと形の良い唇も、祖父譲りの長身も、元女騎士の祖母譲りの武勇も、ご先祖全ての叡智が濃縮された最高の頭脳も全てが全てが最高で。
私は陛下が大好きだ。
だからこそ私は旦那様に毎日訴えていることがある。
「旦那様! 後宮作りましょう!」
「断る」
◇◇◇
旦那様は今日も後宮づくりを断った。
「一夫多妻制の国は数あれど、一夫一妻制の国は滅多にないですよ。その上たった一人の皇帝陛下に溺愛されているなんて、ハッピー極まりないではございませんか」
「そんなに簡単な話じゃないのよマッサマーラ……私は妃として真剣に国を憂いて進言しているのよ」
「聞きましょうか」
侍女のマッサマーラに入浴の手伝いをしてもらいながら、私は浴室で頬を膨らませる。マッサマーラは35歳くらいで、私と同じ黒髪の綺麗な女の人だ。
「マッサマーラみたいな優しい人が、後宮に入ったら嬉しいのにってことよ」
「ご冗談をおっしゃらないでください。私はもう結婚も出産も要りません」
「まだ若いじゃない」
「何をおっしゃいます。あなたの母だとしても、おかしくない年齢ですよ」
「うーん」
マッサマーラは過去に色々あって、もう独身を貫きたいらしい。
「ライラ様。陛下にたった一人の妃として愛されて守られて、それ以上の幸せはございませんよ」
「そうだけど……だからこそ、よ……」
私は今夜も旦那様とハッピーな夜を過ごす。それは嬉しい。嬉しいんだけど。
「陛下みたいな最高のお方が、私が妊娠できるだけの数しかお子を作れないなんて、世界の損失がすぎるわ……陛下には政令指定都市を形成できるくらい子供を作ってもらわなければならないのに」
「政令指定都市って。100万人は夢が高すぎますよ。そんなにいたら離宮と王宮繋ぐ橋も壊れますよ」
「100万人の子供たちとそのママ友で集まって、100万人で陛下を讃える一大祭典を開くのが私の夢なのよぅ……」
「側室をママ友って言う皇妃、歴史上存在したのかしら」
マッサマーラは私の長い髪を解いてくれる。黒髪で緩くウェーブがかかった髪はくるぶしほどまで伸ばした自慢の髪だ。政略結婚で嫁いだ時、撫でてもらったあたりの髪を切りたくないのでこうなった。
「この髪もねえええ……ベッドに横たわっていると陛下が『ベッドシーツの波間を揺れる、君の髪はまるで昆布だ』って褒めてくださるのよおおお」
「陛下の褒め言葉にうっとりできる才能をお持ちの方も、そうそういないと思いますけどねえ?」
「陛下は私が欲しい言葉を適切なタイミングで適切な眼差しで適切な発声で伝えてくださっているのよ。だから100万人の側室にはそれぞれ別の愛の囁きができるわ」
「買い被りすぎじゃないですかね〜。だって陛下のこと、女性はみんな怖がってますよ」
「どうして?」
「反乱で島流しに遭った後、南の島で五年サバイバル生活やった末に逆襲して帝位を奪還した皇帝なんてみんな怖いですよ」
「ああ、今の陛下も、出会った時の陛下も最高だったわ……」
私は最高だった運命の出会いを思い出す。
私が出会ったとき旦那様は20歳、私は9歳。11歳も年上の人で私はまだ幼かった。2メートルくらいありそうな身長に、腰にボロボロのズボンをまとって。髪も鬚も伸び放題、全身は日焼けして真っ黒で、海で採りたてのタコを鷲掴みでちぎって食べながら、海からのっそのっそと上陸してきたのだ。
当時の私は貴族の実家から捨てられて、亡き母付きだった元使用人の夫婦を義両親にして、海の家で働いて暮らしていた。
海辺で綺麗な貝殻を拾っていたら、出会ったのが旦那様だ。
出会った瞬間、全身をクラゲに刺されたような刺激を感じた。
「私は運命を感じたのよ……。あの瞬間、あの時、私はこれほどまでにかっこいい男性、ううん人類、いいえ生き物、旦那様以外にはもう二度と会えないって」
「スケールクソデカですね」
思い出すだけでうっとりする、海の家で暮らした一年間。
当時はまだ旦那様は陛下じゃなくて、身分も隠していて、レギさんという名前で呼んでいた。
義両親と私と陛下で、毎日海に行ったりヘチマを育てたり、ゴーヤを育てたりして暮らした最高の日々だった。陛下は大工仕事も最高なので海の家を最高のログハウスにしてくださったし、陛下は商売も最高なので、毎日取る昆布も貝も魚介類も、ヘチマも、それまでの売上の数倍のお金に変えてくれた。
「私、レギさんのお嫁さんになりたい!」
「そうか。覚えておいてやろう」
「わーい! レギさんが旦那様! 嬉しいな!」
「こらこら気が早いぞ」
何かとアピールする私に、レギさんは頭を撫でてにっこりと優しい笑顔で笑ってくれた。
今思えば義両親はレギさんが貴族なのではと薄々気付いていたようで、
「無理を言うんじゃないよ、きっとレギさんはいつか帰るべき場所に帰るのだから」
と、私を窘めた。
かと思えば他の日には、義両親二人で辛そうな顔をして、
「本来ならお嬢様は、わしらの娘というには恐れ多いあまりに尊い身分だ。こんな生活ではなく、良い暮らしをしていただかなければならないのに」
「『レギさん』に……娶ってもらえればありがたいけれど……わたしたちでは高貴な身分に嫁がせるような教育もできなかったし」
と、話しているのも耳にした。
ーー聞いた時は本当は、ちょっと寂しかった。私はーー二人を、血が繋がった父や実家よりずっと、愛しい大好きな父さんと母さんだと思っていたから。
そんな日々を過ごして一年。運命の時がやってきた。
「ねえレギさん、今夜はなに食べたい? 焼き魚? 蒸し魚? 刺身?」
夕日を浴びながら、レギさんは私を見て立ち止まった。
「……レギさん?」
「一緒の時間、本当に幸福だった。私は島で一度死に、海を渡って君と共に過ごす日々で生まれ直すことができた。……こころから感謝している」
「難しい言葉たくさん言われてもわかんないよ」
私はその時、もう10歳。わかんないなんて嘘だった。
でも分かりたくなかった。綺麗な顔をして、何かを決断したレギさんを知らないふりしたかった。
レギさんは優しい目をして私に問いかけた。
「……君は、今も私の妻になりたいと思っているか?」
「思ってるよ! すごく思ってるよ! 結婚式? 今すぐやろう!」
「性急だな話を聞け」
そう言ったところで、彼はふっと微笑んだ。
「……いや、性急であるに越したことはないな」
そして彼は、浜辺に落ちていた綺麗なピンクの貝殻を手に取り、私の手に乗せた。パチン、と光が弾け、私の小指にピンクの指輪としてはまる。
「えっ!? ……魔法!? えっ……」
魔法を使えるのは一部の人だけだ。
私が呆然としていると、彼はしい、と唇に指を立て、微笑んで頭を撫でてくれた。
「私は焼き魚がいいな」
「了解!」
なんだか秘密を共有できてすごく嬉しかった。
それ以上のことはお腹が空いたから考えないことにして、私はレギさんと手を繋いで帰った。ワクワクしてその夜は幸せな夢を見た。
レギさんと海辺で結婚式をする夢だった
ーーそして、翌朝レギさんは消え。
入れ替わるように、遠い宮廷で皇太子殿下の軍が兵をあげ、皇位を簒奪した前皇帝陛下の叔父さんの勢力から皇位を奪い返した。
その戦いの中で私を追い出した実家も没落したり消息不明になった。
実家が皇位簒奪にかかわって莫大な富を得ていたことや、反対した私の実の母を毒殺したのだということも、後で知ることになるのだけれど。
貴族社会ではいろんなことがあっていたけれど、海の家での暮らしは不気味なほど静かだった。なんとなく、この生活の終わりを義両親も分かっていたのだと思う。
ーー2年後。12歳になった私を迎えにきたのは、『レギさん』だった。
薄汚れていた金髪は顔が映りそうなくらいぴかぴかに輝き、日焼けで真っ黒だった肌はそれなりの日焼けしてない色になって。青い瞳はあの夏の日の海のように綺麗でーー絹の豪奢な衣装を纏っていても、レギさんは変わりなく、かっこよかった。
レギさんの隣に立つ、管理官の偉い人が私に告げた。
「レンジェス侯爵家息女にしてカッサラーニ皇帝陛下の婚約者、ライラ。本日より後宮にて暮らすことを命じる」
レギさんはその後人払いをして、私に跪いて手を取った。
「迎えに来た、ライラ。私と結婚したいという気持ち、今も変わりないか」
「……もちろんです、レ……陛下!」
「陛下か。……君に陛下と言われると、くすぐったくて嬉しいな。努力の甲斐が報われる」
ーーだが君に言われるなら旦那様がいいな。
後でそう耳元で言われたので、私は陛下を旦那様と呼んでいる。
普通の夫婦みたいに。
◇◇◇
それから私の生活は激変して、現在に至る。
形としては、反逆者側の家柄の娘だった私を一夫一妻の正妃として娶ることで、国の反乱因子を落ち着けるための政略結婚。そして毒殺されてしまった私のお母様の忠義への返しでもあるらしい。
難しい事情は、いくらでもあるけれど……。
私にとっては恋愛結婚、ううん、運命婚、ううん……あるべき形に収まった、最高の結婚で……。
「はあああ…………本当に最高だったわ……。私たちの出会いは分厚い本になってほしい。舞台化してほしい。岩に刻んでほしい」
「私の耳にはタコですけどね」
「はああ陛下最高……陛下の子孫、未来永劫全人類に行き渡るまで繁栄してほしい」
「はいはい」
そんなこんなであっという間に湯浴みは終わり。
旦那様の寝室に向かうと、旦那様は本から顔をあげ、「ん」という言葉と共に私に大きく腕を広げてくれた。
「旦那様ー!」
太ももに座ってぎゅっと抱きつくと、旦那様は男らしくて、すごくいい匂いがする。旦那様の腕に包まれて、髪を撫でられながら思う。私はとっても幸せだ。
「旦那様ぁ」
「なんだ?」
「……後宮作りましょうよ……」
「断る。君がいれば、私はそれで十分だ」
「でもどうして、まだその…………その、お作りにならないんですか?」
「君がまだ幼いからだ」
旦那様は私の頭を撫でて、少し困ったふうに笑う。
「まだ君は13歳だ。妃教育も含め、学ばなければならないことが多い。栄養をつけて体も心も立派に育ってからで構わない」
「幼すぎますか……」
「そう唇を尖らせるな。皇帝の妃をやるのならば、子をなすことだけが務めではない」
「ではやはり、後宮を」
「嫌だ」
「えー」
嬉しい。嬉しいけれど、勿体無い!
◇◇◇
side レギウス
ライラが5秒で熟睡したのを見届けたのち、レギウスは奥の執務室で仕事の続きを始めた。
程なくして部屋の外、マッサマーラが膝をつき、陛下の執務室に頭を下げた。
「陛下。妃殿下に後宮をしつこく進言している侍女は抑えました。ドレッシス子爵息女とその侍女、それにデネコボラ侯爵息女が紹介した侍女たちです」
「そうか」
「いかが致しましょう」
「処理せよ。……妻を通じて再び帝位を脅かそうとする輩は、許さぬ」
「は」
マッサマーラは冷徹に返事を返す。明日には城壁の向こうの堀に、名も知れぬ遺体が上がることになるだろう。
ライラのことをレギウスは愛している。
今はまだ正直、妹のようにしか思っていないが、いずれ彼女にも妃として子を為してもらうのは決まっている。
その時に彼女が幸福に安心して家族を持てるように、子供を育てられるようにするのが、レギウス・カッサラーニ帝の目下の目標だった。
廊下の向こう、首を垂れたままのマッサマーラに尋ねる。
「マッサマーラ」
「はい」
「まだ、……母親だと名乗り出てやらないのか?」
「私は侍女です。母親ではありません」
頑ななマッサマーラに、レギウスは声に出さず苦笑いする。
マッサマーラはかつて嫁ぎ先ーーライラの生まれた侯爵家だーーで毒を飲まされた時、咄嗟に娘を逃し、名を捨て身分を捨て顔を整形し、侍女として前簒奪皇帝の時代から宮廷に潜入している女だった。
「母親と名乗り出れば、ライラも喜ぶだろうに」
「私の願いは、皇帝皇后両陛下の安寧、ただそれだけでございます」
「娘夫婦の間違いではないか?」
「……」
無言で返すマッサマーラの圧に、レギウスは揶揄うのをやめた。肩をすくめる。彼女には頭が上がらない。彼女と彼女の実家無くしては帝位奪還は難しかった。政治的にも忠臣として信頼している上に、愛しい妻のたった一人の肉親ともなれば、大切にしたくもなるのは当然だった。
「ライラは幸せにするよ。皇位奪還に大きな功績を上げた、侍女のためにもな」
マッサマーラを下がらせたのち、レギウスは灯りを消して再びライラの眠るベッドへと戻る。
ライラは布団を跳ね除けて、大の字になって寝ていた。
「レギさん……大好き……」
寝言でふにゃふにゃふにゃと笑う彼女は、まだ妃というより子供だ。
けれど指輪のはめられた手を握ってやれば、嬉しそうに頬擦りしてくる。
「どうかまだ、幼くいてくれ。ライラ……」
ーーレギウスは、ライラが後宮を作りたがっている理由をわかっている。
幼い頃に実母を失い、実家を追い出され、慎ましく暮らしていた生活も、「レギさん」との結婚で失った。
唯一の肉親マッサマーラは、愛娘ライラの身の安全を思い、生涯実母であることを秘匿し通すつもりだ。
ひとりぼっちの妃というのがーーまだ幼い彼女は、寂しいのだろう。
そして夢を見るのだ。後宮という場所で、同じ男を愛する女たちが仲良く子供を育てる、あたたかで幸福なハーレムを。
ーーそんなものは野生の雌ライオンの世界くらいにしかない。
人間が作るハーレムというものが、どれだけむごたらしく残酷なものか、レギウスは亡き父帝の代で引き起こされた、あまたの惨劇で嫌なほど知っている。
「君が心も体も大人の女になり、後宮の意味を本当に理解する日がくる頃までに、私は早く宮廷を安定させなければ。……まだ安定しないまま、君を本当の妻にしてしまっては……私が斃れたとき、君もマッサマーラも死なせることになる」
レギウスは妻はライラしかいらないと決めている。
たった一人の妻を守るため、レギウスは寂しがっていようとも、ライラを広い後宮の中に、何も知らない無垢な少女のままで閉じ込める。
全てをレギウス・カッサラーニ帝の手中に収めるまでは。
ーーレギウスもまた、島流しに遭った苦労ゆえに、喪失をひどく恐れる男だった。
「また明日。明るい笑顔で、私に朝を教えておくれ」
ライラの頬に口付けて、レギウスは彼女を抱いて眠る。
ーー二人の後宮が二人の子供でいっぱいになる未来を、二人は同じベッドで夢を見た。
ちなみに気になる育ての義両親は王家御用達海の家から成り上がり、今では全国458店を所有するホテル王となった。ホテルは帝国内の反主流派の監視も兼ねているので忙しく、今は妃から離れているが、将来はやさしいじいじとばあばとして、ライラ妃の元へ帰ってくるのだが、またこれは別の話である。
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