お飾り聖女は要らないと、婚約破棄の上国外追放を命じられました。わたくし本物の聖女なのですがよろしいのでしょうか?
「破棄だ破棄、お前との婚約など破棄だ!」
いきなり祭壇の前に現れわたくしの目の前でそう捲し立てるのはこの国の王太子グリフィード殿下でした。
一体どういうことなのでしょう。
わたくしはそのまま頬に右手を当て首を傾げました。
そもそも今日は我が国アイゼンヒルド王国の大事な祭祀。神々や精霊に祈りを捧げる例大祭当日です。
国内外からも客人を招き大々的に行われるこの祭祀は、この聖女宮で行われる祭祀の中でも一番重要な、替えの利かない大事な催しで。
わたくしも今日のこの日のためにとこの数日は身を清め篭ってお祈りを続けておりました。
俗世間のことにはとんと疎くなってしまっているのは否めませんが、このような殿下の物言いには本当に心当たりが無く。
「お前のそういうところが私はずっと気に入らなかった。ほら、何か言ったらどうだ」
ああ。どうしましょう。
「どうかなさったのでしょうか?」
消えいるような声でなんとかそれだけを紡ぎ出します。
「ふん! どうかなさった、だと? とにかくお前みたいなお飾り聖女はもう要らない! 私との婚約も破棄した上で国外追放にしてやる」
はぁ。
お飾り聖女、ですか。
どうしてそう認識なさっているのかはわかりませんが、わたくしがお飾りでいられたとしたらひとえにこの国が平和でいられたからに他なりません。
わたくしの力など目立たないほどに平和が続いたことのあらわれでしょう。
それ自体は喜ばしいことであるのですが。
わたくしセルフィーナ・ファウンバーレンは聖女の職を務めてまいりました。
聖女は公職であり、国の聖域を護る巫女でもあるのです。
そして、上級貴族の息女が結婚までの期間務めあげる聖なる職務でもありました。
わたくしの実家ファウンバーレン公爵家は代々そうした聖女を輩出してきた家系。
魔力的にこの国、そして王家を支えてきた名家です。
幼い頃より家同士の繋がりで決められたグリフィード王子との婚約は、そこには恋愛感情こそなかったものの、幼馴染としての情は感じておりましたし殿下もそうであると思っておりましたのに。
「恐れながら殿下、それはセルフィーナ様を聖女の職から解任するということでしょうか?」
「お前は?」
「私、この聖女宮で筆頭女官を務めておりますテレジアと申します。聖女様の御側仕えとして務めさせていただいております」
わたくしの斜め後ろにいつも控えてくれているテレジア。わたくしにとってはなくてはならない親友とも言えるそんな彼女が見かねて前に出てくれて。
「本日は例大祭を無事に執り行う為、聖女宮のスタッフは一丸となって取りくんでいる最中です。そんな中にあっていきなりの聖女解任とはいささか問題があると思われますが」
「ふん! お前ごときが口を出すような問題ではない。これは国家の大事なのだ。我が学園のクラスメイトであり真の聖女であるリーザ・マイヤー嬢をこの悪女は卑劣な手段で害そうとしたのだ」
はい?
わたくしが?
というかそのリーザなんとか嬢とはいったいどなたなのでしょうか。
あいにくと存じ上げませんが……。
「私は学園で真実の愛を見つけたのだ。しかも彼女は真の聖女であった。こやつはそんなリーザに嫉妬し害そうとしたのだ」
「恐れながら殿下、そもそもセルフィーナ様は公務が多忙の為、殿下が通っておられます学園には足を踏み入れた事がございません」
「社交の場があるだろう、そこでリーザの噂を聞いたのだろうよ。そして数々の嫌がらせにイジメ、果てには毒殺をも企てたとの証言がある。解任追放で済ませてやるのはむしろ温情である」
はい?
わたくし、ここ数年は自身の誕生パーティしかそういう場に出たこともありませんが?
それも、ひな壇にいるだけのわたくしに誰かと話をする暇もありませんでしたけど?
それに。わたくしがこうして公務を司っている最中にあなたは通っている学園で真実の愛を見つけた、のですか?
「恐れながら殿下。セルフィーナ様は公務が多忙の為、ほぼほぼこの聖女宮で御暮らしでございます。社交も公爵邸でのご生誕パーティ以外は出席しておりません。スケジュールは私が管理させていただいておりますゆえ間違いございません。とても他家の御令嬢とのご交流にお時間を割けるとも思えませんが」
「うるさい! こちらには証言者がいるのだ。それに、おいセルフィーナ、何か反論があるなら自分の口で返答しろ」
殿下が真っ赤に激昂し、こちらを睨みつけました。
わたくしは。
モゴモゴと口ごもるだけでなかなか言葉になりません。
「お前はいつもそうだ。何も言わない。何も反論がないと言うことは事実だと認めたと言うことだな!」
あなたは……、わたくしが男性とまともに話ができないと知っていてこんなことを言うのですね。
ああ、もうこんな自分の性格が情けない。
頭の中ではいっぱい反論しているのにそれが言葉となって出てこない。
でも。
わたくしが口答えができないからといってその言いがかりは流石に我慢ができません。
ああ、もう、いいです!
うんざりです!
わたくしはお飾りなんかじゃなく本物の聖女としてこの国をずっと魔力的に護ってきたのに。
あなたが遊んでいる間もずっとずっとお国のためと思って頑張ってきたのに。
はあ。もうどっと疲れました。
「恐れながら殿下」
「もういい! こやつは罪を認めた。そう判断する! 話はここまでだ!」
「しかし」
「うるさい! 例大祭ぐらいお飾りの聖女がいなくともどうとでもなるだろう。なんだったらリーザに祈って貰えば良いのだ。何と言っても彼女は真の聖女だからな。リーザがいればこの国は安泰だ。祭祀の一つや二つくらいどうと言うこともあるまいよ」
殿下は斎場の入り口に佇んでいた少女に手招きして。
「入ってこい、リーザよ」
と声をかけた。
「はい。殿下」
花のような。そんな可憐なイメージの令嬢がテトテトと駆け寄ってくる。
ああ、確かにグリフィード様好みなふんわりとした女性で。
でも、お会いしたことがないのは間違いないようです。
わたくしの記憶のどこを探しても、お見かけした覚えすらございません。
「ねえテレジア。わたくし彼女にお会いしたことあったかしら?」
念のため、小声で隣にいるテレジアの耳元で囁きます。
「いえ、セルフィーナ様。少なくともあなた様が聖女としてここに御入りになった三年前からこちらでは彼女と遭遇した事実はありませんわ」
テレジアもそう返してくれました。
三年前よりずっとわたくしについて予定の全てを管理してくれていた彼女の記憶にもないのだとしたら、お会いしたことがないのは間違いないのでしょう。
であればなぜ?
彼女はそんな嘘をついたのでしょうか?
「初めまして、リーザ、様?」
一応初対面ですしね。そうご挨拶したのですが。
ああ、男性相手でなければわたくしにもこれくらいはできるのですよ?
「ひどいですセルフィーナ様、わたしのことまるで初対面のように振る舞うなんて」
そう言ってグリフィード様の腕にしがみつく彼女。
甘えた瞳で上目遣いに彼を覗き込みます。
「意趣返しかセルフィーナ! まあいい、こうして真の聖女リーザがいるのだからお前はもう用無しだ。とっとと荷物をまとめ出ていくがいい。国外追放の沙汰も公爵家に届いている頃だ!」
わたくしをギロっと睨みつけるグリフィード様。
はあ。もう。
呆れました。疲れました。
わたくしはふうとため息をつき、外に出ようと振り返って。
その時でした。
「取り込み中失礼する。アイゼンヒルドが聖女セルフィーナを放出すると言うのは事実なのだな。であれば。どうか聖女よ、以前からの申し出の通り我が国に来てはもらえまいか」
白銀の美丈夫がそこに立っていました。
彼は隣国ライゼガルド皇国の第六皇子であり、皇国聖女庁長官としての立場で今回の例大祭のために来訪くださっていたのでしたが。
「それはどういうことでしょう? イシュタル殿?」
「いや、言葉のままですよグリフィード殿。そろそろ刻限だと言うのになかなかお呼びがかからないものだから来てみたら面白いものを見せていただいたと喜んでいたところです。世界随一の魔力量を誇ると名高い聖女セルフィーナ様には以前より大聖女として迎え入れたいと我が国の聖女庁より打診をしておりました。デウス正教会の総本山である我が国の聖女庁では各国の聖女宮より優秀な聖女をお招きしております。その一環としてセルフィーナ様には聖女の頂点に立って頂きたいと」
「馬鹿な!」
「今まではそれもやんわりとお断りされていましたし、アイゼンヒルド国王がお離しにならないと諦めていた次第です。しかし状況が変わったようなので」
「そんな、そんなことは……」
ああ。
今まではこれでも王太子の婚約者の身、わたくしの一存ではどうにも、と、やんわりお断りをしておりましたのに。
お父様も国王陛下もお許しにならないと、そう思っておりましたし。
でも。
公爵家に国外追放の沙汰が届くと殿下はおっしゃっておりました。
お父様は激怒なさるでしょうが、もう取り返しはつきませんね。
わたくしも、覚悟を決めるべき時が来たのでしょう。
「ごめん、テレジア。彼に了承の意を伝えてほしいのだけど」
こんな時にもごめんなさいだけど、テレジアの耳元でそう囁くわたくし。
「もう、セルフィーナ様ったらしょうがないですね」
彼女もそうぺろっと舌を出し、微笑んでくれました。
「聖女様はライゼガルドに赴く旨、ご了承とのことです」
テレジアがわたくしに代わってそうはっきりと答えます。
「おお、ありがとう聖女よ。貴女のことはこのわたしが命に代えても守ると誓おう」
そうふんわりとハグをしてくるイシュタル様。
って、近い近い近い!
あうあう、お顔が近い!!
わたくしは真っ赤になって固まってしまい。
その後はもうよく覚えていません。
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聖女の職を解かれたわたくしは例大祭をそのまま王太子たちに委ね、馬車で公爵邸へと移動しました。
テレジアも女官の職を辞してついてきてくれたから、ちょっと嬉しかった。
「はあでもセルフィーナ様、よろしかったのですか? あれ、どう見ても聖魔力なんかカケラしか持ち合わせていないようでしたよ?」
「しょうがないでしょうテレジア。グリフィード様には魔力がカケラも無いのですもの。物事の真贋もわからないのでしょうし」
「それでも例大祭での魔力の奉納ができなければこの国はどうなってしまうのでしょう?」
「今までの蓄えがあると言っても来年の収穫は激減してしまいそうですね。それでも、国王陛下がお父様を宥めてくだされば妹のレティもいることですし、将来的にはなんとかなるんじゃないでしょうか?」
「公爵様、そう簡単に王太子をお許しになるとは思えないのですけど」
「まあその時はその時です。あ、でもレティをグリフィード様にってお話が出るのであればわたくし全力で大反対しますから。彼にレティは勿体ないです」
「ですね。そもそも魔力の全く無いグリフィード様が王太子でいられたのはセルフィーナ様との婚約のおかげだと皆うわさをしておりましたよ?」
うーん。
そんな噂があったのかとちょっと愕然としたわたくし。
でも。
わたくしにはもう関係がないことです。
この国も王太子も、どうなってももう知りませんから。
FIN