月に照らされた二人
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「おや、ライアン? 何故俺の元へきたんだ?ロゼッタはどうした?」
ライアンは執事から他国の王子とライリーが揉めていると聞きつけ急ぎ彼の元へ向かったが揉め事とはかけ離れた明るい談笑をしていたのだ。
「は? ぼ、僕は兄貴が揉め事に巻き込まれたと思ってここに来たんだが、どうゆう事だ?」
ライアンの心にザワザワと不安を感じた。
(僕は嵌められたのか?誰かはわからないが、まずいな、ロゼッタを一人にしてきたのは間違いだったかもしれないっ!)
「悪い兄貴! アイツを一人にしてきてしまったッ。僕は今すぐにロゼッタの元へ戻るが居なければ兄貴もロゼッタ探してくれっ!」
客間から勢いよくライアンは飛び出しロゼッタを探し回ったが舞踏会とはいえ会場は広く人を探すのは最悪な状態だ。
それでもライアンは諦めずロゼッタを探し続けた。
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ーーードンッ。
ロゼッタはヘルトから逃れるため後ろへ向かって歩いていた時誰かとぶつかってしまった。
「あ? なんだお前。」
(あ、赤い髪の人…じゃあこの人がもしかして“冷徹王子”バージルさん?)
スラリとした高身長、赤く燃えるような鮮かに輝く長い髪は結って右肩に垂らしており、切長の目は凍えるほどの冷たい印象を与えた群青色をしていた。
「ご、ごめんなさいっ! すぐ退きますね! ……?ぐえッ!! い、いだだだ……髪がっ!!」
バージルから離れようとしたが上手いことロゼッタの長い髪が彼の胸元にあるブローチに引っかかってしまったのだ。
(あ、これ使えるんじゃない!このまま一旦バージルさんとバルコニーにいけばいいかもっ!そうすればヘルトさんとは離れられるよね!?)
善は急げだと行動に移したロゼッタはまず逃げないようにグッとバージルの腕を掴み満面の笑顔で告げた。
「絡まってしまったこの髪を解きたいのでご同行をご一緒にお願い致しますわねっ!! ヘルト様申し訳ありませんがこれで失礼いたしますっ!」
(完璧じゃない!バージルさんありがとう…!バルコニーについたら直ぐに開放するからその睨むのやめて~…。)
バージルは何も言わずだったがギロリとロゼッタを睨み続けしぶしぶついていく事にした。
石で出来た白色のバルコニーは気持ちを落ち着けるには持ってこいの場所だった。
外に出た二人は夜空に輝く月の光にまるでスポットライトのように照らされた。
暖かい夜風はザァっと優しく吹きロゼッタの髪を揺らした。
「無理やりここへ連れ出してしまって申し訳ありませんでした。今髪を解きますからっ!」
絡まった髪を解こうと弄りまくるが一向に取れそうになくバージルへ「切れ味の良い何かお持ちじゃないですか?」と投げかけた。
「は? こんなもん使ってどうすんだよ?」
バージルは胸元に隠していた小型の剣を取り出して見せ、それをロゼッタは取り自らの髪を切ろうとした。
「おいおいっ! 待てっ!お前何してんだよっ!」
剣を持つ手首をグッと抑えられてしまいキョトンとするロゼッタに盛大にため息を漏らした。
「え? だってずっとこんな状態じゃご迷惑ですし、いっその事切ってしまおうかなと思いまして!」
「お前なぁー……髪は女の命だろーがっ! 今解いてやるから待ってろ。」
「大変申し訳ございません……。」
ぶっきらぼうに答えながらも絡まった髪を優しく解いてくれる彼に対しロゼッタは、嬉しく思い笑顔になった。
「んだよ。つかお前は俺が怖くねぇのかよ。」
「怖くないですよっ! だって怖い人ならこんなに優しくしてくれないです。もしかして、あの噂を気にされているのですか?“冷徹王子”って聞いた時は怖い人なのかな?って思いましたけど、やっぱり噂は噂ですねっ!」
「そうかよ。変なやつだなお前、能天気つーか。まぁ俺も夜風に当たりたかったからありがとな。」
「能天気ですか? あはは~、否定出来ない私がいます。いえ! 私の方がお礼をお伝えしたいくらいですっ! 中々離れてくれないヘルト様に困っていたので…。」
ロゼッタは照れ隠しか笑いながらポリポリと頬を掻きたてた。
「おいおい……そこは否定をしろよ。ヘルト? あー……あの胡散臭え野郎か。あんなやつに捕まってたお前も大変だったんだな。ほら、解けたぞ。」
同情と哀れみを含めた眼差しを向けながらも絡まっていた髪を器用に解いた。
綺麗に解いてくれた彼に対しロゼッタは満面の笑顔で微笑みかけた。
「凄い! もう解けたんですか!? ありがとうございますっ!そうなんですよー…これが全っ然離れてくれなくてっ!どうしようかと思ってた時にたまたま貴方とぶつかってしまったのでこれは逃れるチャンスだと思っちゃいました。」
コロコロと表情を変え話をするロゼッタを見てバージルは肩を震わせて笑い出した。
「くく、面白いやつだなお前。いくらなんでも顔に全部出過ぎだろ。」
「え? 顔? 私の顔何か変ですか!?」
疑問を顔に浮かべながら両手で顔を抑えどこがおかしなところがないか探り当てるロゼッタに対してツボに入ってしまうバージルだった。
「くくくッ……。大丈夫だ。どこもおかしくねぇよ。お前みたいな女は初めて出会ったな。お前名前は?」
目に涙を浮かべるほど笑ったバージルはくしゃりと解けた笑顔を見せた。
(あ…笑った顔が凄い素敵な人だな~!みんなが彼を求めるのがちょっとわかるかも。)
「ふふふ、もっとそうして笑っていた方がお似合いですよ。あ…ごめんなさいっ! 申し遅れました。私ロゼッタ・グディエレスと申します。」
バッと勢いよく頭を下げた後、お淑やかに名前を告げた。
「俺の事は知ってるかもしれねぇが……。俺はバージル・ディラルドだ。今日お前と出会ったのも何かの縁かもしれねぇな。ここでなんだが、ロゼッタ俺と一曲踊ってくれるか?」
差し出された手を受け取りたいと思う気持ちが溢れたがダメだと手を引っ込める。
何故ならロゼッタはまだダンスが上手く踊れずにいるからだ。
「お誘いありがとうございますバージル様。ですが申し訳ありません、私ダンスがまだ完璧に踊れなくて……。」
暗く曇った顔をし俯き手を下げたがバージルは何の迷いもなく手を取った。
ーーードキリッ。
乱暴なようだけどどこか優しい彼に触れられた手、身体の近さにロゼッタは頬を少しだけ赤らめてしまう。
「んなの関係ねぇだろ。ダンスなんて慣れだ。ゆっくりステップ踏んでやるからそれに合わせろ。」
「は、はいっ!」
室内から聞こえてくる演奏に合わせて一歩、また一歩とゆっくりとステップを踏むバージルに真剣な顔をしてロゼッタも慎重に歩調を合わせていく。
「ふっ。なんだ、やればできんじゃねぇか。完璧な人間なんてこの世の中いねぇよ。」
「そうでしょうか……? 私はバージル様の足を踏んでしまわないか今もヒヤヒヤです…って、うわっ!!」
手を取ったままくるりと華麗に回されたと思ったら今度は腰を支えられロゼッタは仰け反る形になった。
初めて誰かと踊る事に不安を感じていたが今はダンスを心から楽しめもっとこうして過ごしたいなと思ってしまう。
「バージル様お相手ありがとうございましたっ! とっても楽しかったです!ダンスはまだ学び中なのですがさらにやる気が増しちゃいました。」
「言っただろ、ダンスは慣れだって。んなことよりなんでまだ学び中なんだ? 社交界に出るまでには一通り学んでるもんじゃねぇのか?」
「ま、まぁ色々と諸事情がございまして!私の覚えが悪いというのもあるので~……!」
「そうか。あー…、だったら俺がダンスを教えてやろうか?」
提案してくれたバージルに目をこれでもかと輝かせ「宜しいのですか!?」と大声を発した。
「あ、あぁ。構わねぇよ。なんつーかお前といると楽しいな。何人もの令嬢と話をしてきたけどよ、どいつもこいつも金、権力そんなもんにしか興味がねぇの丸分かりでよ。だからロゼッタみたいな裏表ない人間は初めてだ。」
表情が暗く陰るバージルからは人を信じる事に疲れてるようにも捉えられた。
(そっか。世の中の貴婦人達は身分や何よりも権力のことを一番に考えちゃうんだ。)
「バージル様は優しい方ですね。ほら、人付き合いってどうしても疲れてくると顔や雰囲気に出たりするじゃないですか? けれどきちんと一人一人挨拶をして時には談笑をしてって、それが舞踏会では当たり前だとしても素晴らしい事だと思います。」
「この俺が優しいか……。初めて言われたな。いつだって俺の周りには勝手な噂が飛び交って広がってたからよ。」
ロゼッタの言葉を聞き嬉しさと驚きで目を大きく見開き戸惑いの表情をみせた。
「ふふふ、それに噂なんて気にしたら負けですよっ! 言いたい人には言わせておけ。ってものです!」
「はぁー、そりゃそうだよな。深く考え込んでた俺が馬鹿みてぇだった……。言いたい奴には言わせておけか、いい言葉だな。誰から教わったんだ?」
「そうですよ! バージル様が気にする事なんて何もないです。この言葉を教えてくれたのは知り合いのおばあちゃんで色々と知らない私に教えて下さいました。あの、それとお話を戻してしまうのですがダンスを本当に教えて頂けるのですか?」
(本当は病室一緒だったおばあちゃんだけどっ!宮川のおばあちゃんにもう一度会いたいな~。)
ほんの少し寂しく思ってしまったが気持ちを切り替えるため首を振りバージルへと問いかけた。
「そうか、良いばあさんだったんだな。構わねぇよ。俺の屋敷へ行けるよう馬車も手配してやるからロゼッタさえ良ければダンス教えてやるよ。」
「やったー! ありがとうございますっ!バージル様のお屋敷に行けるなんて今から楽しみです!って、そうだ…! ごめんなさい。私、兄に動き回るなって言われてたの忘れてましたッ!あのこれで失礼します!すみませんっ!」
喜びの束の間ライアンとライリーからの忠告をすっかりと忘れていたロゼッタは顔色が一気に悪くなりバージルに謝り、急いでライアンといた場所へと駆け出していった。
「くくく、ほんっとに慌ただしいやつだな。嵐が去った後の静けさってやつか?ロゼッタ・グディエレスか…あいつの事をもっと知りてぇな。」
バルコニーにもたれ掛かりながら夜空に輝く星を眺めバージルはロゼッタにほんの少しだけ心惹かれた。