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菌類研究室の凶刃  作者: 向陽日向
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解決編① 菌類研究室の凶刃

 三人の研究員が控えていた部屋より一回り大きな部屋に、事件関係者と警察関係者が集まっている。

 昼過ぎに曇天が広がり、気温が低下したため暖房がオンになっていた。


 三人の研究員はアリバイが立証されたことで、冬香が一瞥したときより表情が堂々としていた。挑むような視線を冬香に注いでいる。

 守衛の一本木昭も呼び出されていた。警備制服に身を包み、警備帽を手にしている。サラリとした白髪と皺が浮かんだ顔をLEDライトが照らしていた。


「よぉし、これで全員だぜ」

「ご協力感謝いたします」

 冬香が甲原に頭を下げる。


「それで、犯人は誰なんだよ?」

 腕を組んだ立花が先を急いだ。

「探偵さん、さっきも申し上げましたとおり」と一本木が口を挟んだ。「わしは関係ないぞ」

 三人の研究員が犯行不可能と証明されたことで一本木は落ち着かない様子だ。冬香は彼に小さく会釈を返した。


「一本木さんにも不可能だったことは、監視カメラ映像によって証明されています」

 冬香の一言に一本木はホッとした笑みを浮かべた。それに対し、怪訝な表情を浮かべていた鑑識班の一人が「じゃあ誰なんだよ」と不機嫌な声を上げた。


 甲原は張り詰めた空気を和らげようと暖房の設定温度を一℃下げた。彼らに対するささやかな抵抗だった。

 冬香は顎に手をやって考え込んでいたが、不意に顔を上げて一同に言い放った。


()()()()()()()()


 ガヤガヤと上がる声を聞き流しながら、冬香は事件について振り返りながら言葉を紡ぎ始める。


「まず、現場は密室でした」

 事件当日、研究室に閉じこもって研究をつづけた被害者。内側から鍵をかけたことで密室空間になった。合鍵を持っていた三人の研究員のアリバイは成立。さらにマスターキーを所持する守衛も無関係――。


「この密室は被害者の死体が発見されるまで、崩されておりません」

「そりゃあ、そうだがよ」

 甲原が珍しく苦言を呈した。「なら、どうやって犯人は被害者を殺害したんだ?」


「甲原刑事、私は申し上げました。誰でもありません、と」

 甲原のみならず、全員が黙り込んだ。

「今回の事件の犯人はおりません。犯行を行ったものの正体は、恐らく菌です」

「菌だと? 大腸菌とかピロリ菌とかの、菌か?」

 甲原の確認に冬香はゆっくりと頷いた。


「被害者は後頭部を針のような細い凶器で刺されて絶命していました。てっきり、後頭部から凶器を刺されたと思いました。しかし逆だったのです。被害者は正面、つまり額側から凶器で頭部を刺し貫かれたのです」

 黙り込んでいた鑑識班が互いに視線を交差し合っている。


「おいおい、いくら何でもファンタジーが過ぎるだろう」と甲原が言った。「針を出す菌がいるなんて聞いたことないぞ」

「ええ。私もです。恐らく、新種だと思われます。いかがですか、皆さん?」


 冬香は茫然自失としていた三人の研究員を一瞥した。

 新人の(くすのき)は額に冷や汗を浮かべている。立花が「いるわけないだろう」と言ったのに対し、佐知は「完全には否定できません」と言った。

 冬香に注がれていた視線が、今度は佐知に集中する。


「新島博士はこれまでにいくつもの新種の菌類を発見しています。昨夜も意気込んでおられました。だから、もしかしたら先生は最期に新種を発見されたのかもしれません」

 話が一段落したとき、「だいいち」と甲原が後を継いだ。


「後頭部に血が付着していただろう?」

 甲原が鑑識班の面々に顔を向けると、慌てた様子で一人が頷いた。

「凶器を引き抜いた証拠じゃないのか?」

 あくまで犯人説を唱える甲原だった。日頃から人間を相手にしているのだから当然の反応だ。冬香は「確かにそうですね」と一旦は頷いた。


「もしそうであれば、その際、背後の薬品棚や首筋に血痕が付着したと考えられます」

「そうだろう? いくら何でも菌がヒトを刺し殺すなんざ――」


「では、甲原刑事に一つ問題です」

 冬香はいたずらっ子の笑みを浮かべ、人差し指を立てた。

「後頭部から刺したとして、何故現場のシャーレの蓋が()()()()()()()めくれあがっていたのでしょうか?」


 冬香は鑑識から借りていた現場写真を見せた。犯行時、顕微鏡のステージに載っていたシャーレが写っていた。蓋を凶器が貫通した跡がはっきり写っている。衝撃を物語るように蓋がめくれあがっていた。外側に向かって。


「なっ――」

 息を呑んだ甲原に畳みかけるように冬香が続けた。

「もし、後頭部から凶器が侵入してここまで貫いたのなら、蓋は外側ではなく内側にむかってめくれあがるはずです」


 はじめは冬香も目を疑った。何度も自身の推理を否定した。

 しかし、シャーレ蓋に残された痕跡は紛うことなく真実である。つまり、凶器は後頭部から迫ったのではなく、シャーレ側から迫ったのだ。


「おかしいと思ったんです」と冬香は全員が何とか理解しただろうタイミングで口を開いた。「こんなに大胆な犯行なのに、とても繊細だったから」

 彼女の言葉を理解できず、全員が視線を交わし合った。

「凶器の先端が、シャーレ蓋と培地の間で止まっているんです」

 冬香は再びシャーレの写真を指さした。めくれあがった蓋と綺麗な培地が写っている。


「偶然にしては出来すぎです。それならば、狙うしかありませんよね。つまり犯人は凶器を突き刺して、こう、グリグリと刺し進んだことになります」

 冬香が何かを掴み、捻るように刺しこむ仕草をした。その様を想像した佐知が口元を押さえた。立花と楠は眉間に皺を寄せている。


「そうすれば当然、痕跡が残るはずです。いかがですか鑑識の皆様、そのような痕跡はありましたか?」

 面々は揃って首を振った。

「しかも、シャーレ蓋に残った痕跡と矛盾する。仮にそうだとしたら、蓋は内側に向かってめくれていなければ不自然です」

 つまり、と冬香はポンと手を叩いた。


「凶器はシャーレから発生して、観察中だった被害者の頭を貫いたのです。後頭部や背後の薬品棚の血痕は凶器を抜いたときではなく、まさに貫かれた瞬間に飛び散ったのです」

 暑いですね、と冬香は言って甲原に室内温度を下げてもらった。


「シャーレから針状の凶器が出現する……ギミックがあれば可能かもしれません。ですが、厚さ数センチの培地に仕込むのは困難でしょう。仮にシャーレ外にギミックがあったとしましょう。しかしその場合、シャーレ底を貫いていなければなりません」

 冬香は三度シャーレの写真を示した。一同は言われなくても察していた。案の定、シャーレの底は綺麗なままだった。


「つまりシャーレ内から凶器が発生した可能性が極めて高い。このような現象を可能にするギミック――目を覆いたくなるかもしれませんが、被害者が観察していたサンプルの中に針状の凶器を発生させる新種の菌類がいたとしか考えられません」


 冬香は証明終了とばかり、一同を見渡してからこう結んだ。


「従って、今回の事件の犯人はいません。犯行を行ったなにものかの正体――それは新種の菌類です。菌類に動機を訊くことは出来ませんので、事故……ということになるのでしょうか甲原刑事?」

 甲原は天井の一点を呆けた表情で見つめていた。

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