表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
菌類研究室の凶刃  作者: 向陽日向
3/5

調査編② 凶刃の持ち主は

「甲原さん、いつもありがとうございます。アフロディーテ探偵事務所所長の冬香です」


 冬香(ふゆか)は控え室に入り、甲原と部下に一礼した。

 甲原とは何度か顔を合わしている。決まって不可解な事件の解決を依頼されるのだ。このような事件が大好物な彼女にとって、願ったり叶ったりだ。


 今日は研究所ということで、シックな服装で参上した。黒髪ボブをゆるやかにまとめ、白ブラウスに黒パンツスーツというOL風な見た目だ。甲原の背後で取り調べ中らしい三人の研究員たちがチラチラとこちらを見ている。


「今回も色々事情がありそうで」

「察してくれて助かる。どうも不可解なヤマでな」

 早速、冬香は今回の事件の概要を聞いた。部下の彼は被疑者である三人の研究員のアリバイを調べに飛び出して行ってしまった。


「俺は三人の中の誰かだと思うんだよな」と甲原は小声で言った。「特に立花。被害者とは犬猿の仲だったらしい」

「まあまあ甲原さん、先入観で捜査をするのは致命的ですわよ?」

 うぐっ、と痛いところを突かれた甲原は呻く。

「ひとまず現場を見せてください」


 昼過ぎ、鑑識班の捜査はおおむね終了していた。

 冬香は甲原に先導され、事件現場となった新島研究室に入った。


 鑑識班が設置した番号札により、足の踏み場がごくわずかになっている。雑務で残っていた鑑識班が冬香の登場に怪訝な表情を浮かべている。探偵になってからというもの、どの現場でも同じ顔を向けられるため慣れてしまった。


「ここがガイシャが発見されたエリアだ」

 数台の顕微鏡が並ぶエリアだ。既に被害者の死体は運びだされている。

 中央の顕微鏡付近に番号札が集中していた。ここに被害者が倒れていたらしい。

 被害者が死の間際まで覗いていた顕微鏡はそのままになっていた。大手メーカー製の最新機種だった。


「被害者は後頭部を針のような細い凶器で刺されたのよね?」

「ああ。証拠もある」

 甲原は顕微鏡の対物レンズを指差す。両目を近づけて覗き込むレンズで、右側のレンズに穴が空いていた。


「後頭部から刺されて、ここまで貫通したというの?」

 冬香は思わず口元に手をあてた。数々の死体を見てきた自負があったが、このような死体は初めてだった。


「サンプルもこのザマだ」

 殺害時、テーブルに載っていたシャーレがデスクに置かれている。蓋に穴が空いていた。相当の力でここまで達したのだろう、外側にめくれあがってしまっている。シャーレ内には微生物を培養させるための黄土色の培地が広がり、繁殖した菌類が直径数センチ程度のコロニーをいくつも形成している。シャーレ底には穴は空いていなかった。


 培地にも穴はない。凶器が触れた形跡もなかった。

 ――蓋と培地の間で止まったというの?

 冬香は首を捻った。蓋と培地の間はわずかに数センチ。被害者の頭部を貫くほどの力で刺し込まれた凶器が、この僅かな隙間で止まるようなことがあるのだろうか。

「偶然だろ」甲原はそう言って、エリアを離れた。ひとまず気に留め、冬香も甲原に続いた。


 冬香は次に、被害者の観察を始めた。

 既に運び出されてしまったため、鑑識班が撮影した写真を借りることにした。鑑識班はしぶしぶといった様子だったが、慣れっこの冬香は特に気にせず堂々と受け取った。


 冬香の目を引いたのは被害者の後頭部だ。凶器が刺さった箇所から血が流れ、首裏から肩にかけて赤く染めている。鑑識班の見解は、凶器が抜かれたことによる出血とのこと。刺さった凶器は栓の役割を果たすので、不用意に抜くと出血することは冬香も知っていた。甲原もこの点には頷いている。


 ――まさか、そんなこと……。

 あり得ない。いやしかし、現場の状況から浮かび上がった事実は一つの真実を示している。


「どうだい、なにかわかりそうかい?」

 今回ばかりは望み薄と甲原は声音を低くして言った。

「あの、甲原さん」と冬香は言った。「今回の事件の真相、わかったかもしれません」


「なんだと!?」

 甲原はひっくり返りそうになった。

「ただ、たとえ目を疑うような真実だったとしても……」

 冬香はじっと甲原を見つめた。

「受け入れてくれますか?」


 その後、甲原の部下により三人のアリバイが完全に立証された。昨日十八時三十分過ぎ、守衛室前に設置された監視カメラに帰宅する三人の姿が映っていたのだ。ちなみに個々が証言した内容の裏も取れた。


 三人に犯行は不可能だった事実が判明したことで、真っ先に守衛に疑いの目が向いたが、本人は頑なに否定した。監視カメラの映像がそれを裏付けた。


 事件が暗礁に乗り上げるかと思われた矢先、

「関係者を全員集めてくれますか? 甲原刑事」

 美人探偵、冬香が自信を湛えた表情でそう切り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ