私、筆頭聖女(偽物)ですから
「シェリーン・シュタッフルト、これまでよくも王族、そして民を謀ってくれたな!」
自身の婚約者でもある第一王子ロラン・スタロガストが会場中に響き渡る声で語り始めた。
ここはスタロガスト王国貴族学院の卒業式会場。学院内にある大広間には卒業生だけでなく在校生も集まっていた。
その数三百人。突然の断罪劇にロラン殿下へと視線が集まる。
「筆頭聖女としての活動のほとんどが他者の功績だというではないか!他者の手本となる立場の者がなんという慢心、傲慢、恥を知れ!」
そのまま罪を読み上げられた。
遡ること八年前。
十歳の年に教会にある魔力判定の水晶に触った結果、私には光、水、風属性の魔力があると出た。特に光属性の力が強く、目も開けていられないほど水晶が光り輝いた。
「公爵家の力で偽装していたそうだな」
そ、そうだったの?
今、この場にいない両親の事を思い出す。あの時、確か…シュタッフルト公爵である父は鷹揚に頷き、そして母も優しく微笑んでいた。
光属性があると知りテンション高くはしゃいでいたのは私だけ。
報告を聞いた二歳年上の兄も落ち着いていた。つまり、兄も知らされていたということ?
やだ、恥ずかしい、気がついていなかったのは私だけ?
「それから治癒院での活動、魔物討伐での支援…」
次から次へと指摘され、すべて心当たりがあるだけに反論ができない。
正確な日時は覚えていないが、ロラン殿下に読み上げられた場所に居た記憶はある。一緒にいた聖女達のことも覚えていた。
そうね、確かにエレナと一緒に治癒院で治療にあたっていたわ。大工工事の現場で足を粉砕骨折した方の治療にはとても苦労したけど、あれは私の治癒能力ではなかったのね。大量の吐血で肺を患っていたおばあさんも、原因不明の高熱で苦しんでいた幼子も、治療をしたのは私の隣にいたエレナ。
魔物討伐ではローラと後方支援をしていたわ。次から次へと患者さんが来るものだから何人治癒したかも覚えていなかったけど…、ローラの半分しか治癒していなかったなんて。毎回、魔力切れと体力の限界まで頑張っていたつもりだったけど、ローラとは倍ほどの差があったのでは役立たずと言われても仕方ない。
丁寧にひとつひとつ説明されて、確かにあの子と一緒だった、あの時、そんな事があったなんて…と。
「も、申し訳ございません、私、気づきもせずに…」
「シェリーンの筆頭聖女としての地位は剥奪し、私との婚約も解消する。正式な沙汰がおりるまで自宅での謹慎を申し渡す!」
事実だとすれば当然の処分だ。他人の手柄を横取りし、気づきもせずに筆頭聖女などと名乗っていたなんて…。
私は静かに礼をして静まり返った会場を後にした。
やだ、やだ、恥ずかしい、本当に無理、恥ずかしい。
金髪縦ロールの髪を揺らし、とにかく急いで会場から離れる。今日が卒業式で良かったわ。筆頭聖女としての任も解かれるようだし、こんな黒歴史からは一刻も早く逃げるに限る。
『私は筆頭聖女として当然の事をしているだけですわ』
とか、言ってたの、もう、私のばかーっ。
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
『感謝などいりませんわ。聖女として当然のことですもの』
『皆様のお役に立てたのならば良かったわ。皆様の笑顔に私も元気を分けていただきましたわ』
『筆頭聖女の名に恥じない努力をいたします』
聖女らしい態度、言葉を意識してきただけに恥ずかしい。
公爵家の馬車に飛び乗ると真っすぐ王都にある屋敷へと帰り、説明もそこそこに母と一緒に実家を飛び出した。
詳しい話は、馬車の中で。
「まぁ、ロラン殿下にそんな事を言われたの?」
「恥ずかしくて顔から火が出るかと思ったわ。まさかそんな不正と勘違いがあったなんて」
「あらぁ、お父様は不正なんかしていないわよ?」
「では私の魔力が徐々に減ったのかしら」
ともかく自宅謹慎していろと言われたのだ。王都にある屋敷も自宅だが自領地にある城も自宅には違いない。
公爵領までは馬車で二日の距離で、王都に残るよりはましだ。
こういった事があると友人達が心配して『お見舞い』に来ようとするのだが、今回ばかりは顔を合わせたくない。
ロラン殿下が格下である伯爵家のエレナさんと観劇していたとか、平民であるローラさんと学内でいちゃいちゃしていたとか、他にも四、五人のご令嬢達と日替わりで仲良くしていたとか、そんな些細な『お見舞い』とはレベルが異なる。
王族との結婚となれば側室の四、五人、愛人の二、三十人を覚悟していたが、今回は聖女としての能力偽装。
しかも、勘違いで気づかず。
お友達にも『私は筆頭聖女として恥ずかしい行いはできませんもの』と言っていたのに、実は能力が全然、足りていなかったなんて。
テストでのカンニングを見つかるのと同じくらい恥ずかしいわ。
もちろんテストで不正など一度もしたことがないけれど、それくらい恥ずべきことだ。
公爵家の娘として、高位貴族として、そして聖女として、高潔であれ、清く正しく真っすぐ前を向いて生きるようにと心掛けてきたのに。
努力した気になって他人にあまえて、いつの間にか…、道を踏み外していたのね。
しょぼーん…と肩を落とした私に母が明るく言った。
「自宅謹慎なら、私の実家も自宅よね?」
母は隣国、ヴァイマール王国のリューベリク公爵の娘で父が隣国に留学中に一目惚れして結婚に持ち込んだ。友好国なので国交はある。
「そうね、お母様、嫁いだと言っても自宅だわ!」
学園を卒業し、ロラン殿下との婚約も白紙となった今、どこに行くのも自由だ。
シュタッフルト公爵領には兄がいて、突然の帰省にとても驚かれた。が、事情を話すと『仕方ないな』と苦笑された。
「では、二人は一刻も早くヴァイマール王国へ行ってください。後の事は父上と私が対処します」
「お兄様、ごめんなさい…。私、筆頭聖女としてまったく役に立っていなかったのに…、忙しい、大変だとお兄様達にもたくさん迷惑をかけていたわ」
「そんなことは気にしなくていいよ。シェリーンは頑張って努力してきただろう?そんなシェリーを私は誇りに思うよ」
優しい言葉に涙がにじむ。
「そうだ。ヴァイマール王国へ行くのならティナも連れて行って」
「ティナ義姉様も?いいの?」
「新婚旅行の後、どこにも遠出していないからね。それにティナは帰る家もない。それなら女三人、賑やかな旅でもしたほうが楽しいだろう?」
ティナ義姉様は侯爵家の出で男尊女卑が激しく、嫁いだからには婚家尽くせ、旦那に従え、逆らうな、実家はないと思え…と、かなり強烈な家だ。詳しくは聞いていないが、当主である父親には怒鳴られ殴られることもあったとか。
怖いわ。そう考えれば…、いくら私が自分の力を過信していたとしても、いきなり皆の前で罵倒してきたロラン殿下はないわね。
もっと早くにそっと教えてくだされば『私、筆頭聖女ですから』なんて態度はとらなかったわ。筆頭聖女はほぼすべての聖女業務に参加しなくてはいけないのですもの。学業と王妃教育と並行してだから、とってもつらかった。
五番手くらいの聖女ならば治癒院のお手伝い程度で済んだのに。
終わった事を言っても仕方ないわね。
自由の身になったのだから、旅行を楽しみましょう。
「まぁ、お義母様の祖国へ?もちろん行くわ」
「ティナお義姉様も一緒だと楽しいわ」
「リューベリク公爵家には手紙を出しておいたから、途中で迎えが来てくれるわ」
既に使用人達が旅の支度を始めているようで、二日後には出発できるようだ。
「それにしても…、ロラン殿下は女癖が悪いだけでなく暴力的でもあるのね。私の一番、嫌いなタイプだわ」
「私、糾弾されている時は恥ずかしくて、恥ずかしくて…、もう泣きそうだったけど、落ち着いて考えてみたら人前で言わなくてもいいじゃないって」
「そうよね。皆の前で怒鳴るとか最低だわ」
「もともと政略結婚で貴族としての義務みたいなものだったから…、今はとてもスッキリしているの。それに…、お父様達もお兄様も、れ、恋愛、結婚でしょう?私も好きな方に嫁ぎたいわ」
お母様とティナお義姉様がそろって『ふふふ』と笑う。
「ヴァイマール王国で素敵な出会いがあるかもしれないわよ?」
「や、やだ、そんな…、あるかしら?」
三人でのんびりとお茶を楽しんでいる間、兄は執事、侍従達、そして王都で宰相を務める父と慌ただしく連絡を取り、あれこれと指示を飛ばしていた。
私達三人は旅行はなかなかの規模で領地を旅立った。護衛と従者、荷物で馬車が十台以上、連なっている。騎士も五十人ほどついてきた。
多すぎる気もしたが女三人の旅だ。少ないよりは安心だ。
途中、他領地を通ることになるため挨拶をしつつ、町にお金を落としながら進む。
聖女としての活動であちこち飛び回っていたため、中には私が筆頭聖女だったことを知る者もいて。
筆頭聖女勘違い事件は黒歴史ではあるが、隠すほうがもっと恥ずかしいかと思い正直に包み隠さず話していた。
今までは皆に早く覚えてもらおう、探しやすいようにと金髪縦ロールに大きなリボンをつけていたけど、これからはこの髪型もやめていいわよね。
国境に到着するとリューベリク公爵家より迎えが来ていた。百人規模の騎兵隊だ。
そして一カ月の長旅を終えて、無事、リューベリク公爵領に到着した。
「シェリーン様のおかげで我々も助かりました」
騎兵隊の隊長の言葉に他の隊員たちも頷いている。
「途中、魔物に襲われた時はヒヤッとしましたが防御結界も治癒魔法も素晴らしいものですね」
「三日に一度の回復魔法も大変、助かりました」
「お役に立てたようで嬉しいですわ。ここまでありがとうございました」
感謝されるために治癒魔法を使っているわけではないが、役に立てるのならばこれからも聖女…、ううん、治癒師として働きたい。
自宅謹慎が解けた後、また聖女として活動をしろと言われるかもしれないけど、さすがに恥ずかしすぎて無理。
しばらくはヴァイマール王国に居られるように頑張らなくちゃ。
*****
シェリーン達がヴァイマール王国へと旅立った後、シュタッフルト公爵は宰相職を辞すると国王に伝えていた。
既に王都と領地にいる使用人達も紹介状を書くなり退職金を渡すなりして人数を減らしている。もちろん公爵領の運営をいきなり放り出すわけにはいかないが、それも息子が領地の管理人、役員達に引継ぎをして、年に二度、三度、確認をすれば回るように準備している。
「国王陛下よ、我が娘が筆頭聖女ではなかったことは申し訳ないと思っておりますが、仮にも公爵家の令嬢を見せしめのように皆の前で罵倒するとはいかがなものでしょうか」
「うむ、そのことだが…」
「しかし、我が娘の技量が足りなかったことも事実。我がシュタッフルト公爵家は一家揃って謹慎したいと思います」
「え、いや、困…」
「いいえ、国王陛下、温情はいただけません。家族揃って、謹慎で。ではっ」
国王に喋る隙を与えないようにと言い切ると、呼び止める声も無視して謁見の間を出る。そして人目もはばからず走り、公爵家の馬車に飛び乗った。
公爵家としての責任は果たす。が、何故、可愛い娘を酷使し、アホな王子に嫁がせないといけないのか。何故、優秀な息子をアホでクズな無能王子の側近として城にあがらせないといけないのか。
幸い国は安定し争いはないし、仮に公爵領を狙われたとしてもその時はさっさと爵位を返上し国に任せ、妻の母国へと亡命すれば良い。
責任をもって仕事をしてきた結果がこれだ。
ならば仕事などもうしない、王国一の無責任男になってやる。
そして可愛い妻と子供達とのんびり暮らすのだ。
*****
国王が優秀な人材を失い頭を抱えている頃、ロランもまた頭を抱えていた。
愛しの婚約者シェリーンがヴァイマール王国へと旅立ってしまった。これでは簡単に呼び戻せない。
どうして…こうなった。
考えるまでもなく理由はわかっている。
シュタッフルト公爵家とは敵対派閥の子息達やシェリーンの活躍を面白く思っていない聖女達にそそのかされたのだ。
『筆頭聖女として調子に乗っている』
『どちらが偉いのか、最初にわからせないと』
『シェリーン嬢の評価ばかりあがって、あの女は殿下をたてる気がない』
このまま結婚をしてもシェリーンに主導権を握られることになるぞと言われ、そんな気になってしまった。
どうすれば?と聞けば、良い策があると言われ…、最初は無茶な計画だと思っていたのにいつの間にかいけそうな気がしてしまった。
まず、調子に乗るな、反省しろと突き放し、謹慎させてから『反省しているのなら結婚してやっても良い』と褒美をチラつかせる。
王子と結婚したくない女はいない。
その通りだ。自分でも自覚している程度にはそこそこイケメンで背も高く、成績だって…、主席のシェリーンには負けてはいたが、百人の内三十番前後ではあった。
どれをとっても中途半端で微妙だという自覚はない。
ともかく最初にガツン。
しかし…、今ならわかる。高潔で気高く、そして生粋のお嬢様であるシェリーンにはあまく優しく接することが正解であった。と、母である王妃にも往復ビンタをくらいながら説教された。
シェリーンが帰ってきたら素直に謝り復縁をお願いしよう。
なりふりかまっていられない。
しかし…、一年後、ヴァイマール王国の王太子とシェリーンの婚約が発表され、ロランの淡い希望は完全に潰えた。
この発表をもって第一王子ロランの王位継承権は第二、第三王子より下げられ、臣下としての再教育が施されることになった。
*****
軽い気持ちでシェリーンを陥れようとした聖女達も苦労していた。
能力が高く不平不満を言わないシェリーンがどの程度、仕事をしていたのかは誰も把握できていなかった。そのため治癒院では長蛇の列ができ、魔物討伐の現場は怒号が飛び交うほどの混乱をきたし、土地の浄化や教会での奉仕活動も何倍もの時間がかかるようになった。
事情を知った教会関係者達はシェリーンの糾弾に手を貸した聖女達を拘束し、問答無用で働かせた。今までの二倍の時間を拘束してもシェリーンがいなくなった穴を埋めることは難しい。
慈善団体ではあるがまるきりのボランティアではない。
稼ぎがなければ維持できないのだから、キリキリ働いてもらうしかない。
シェリーンを便利に使っていた教会のほうが聖女達…、小賢しい小娘達よりも上手で逃亡する隙は与えられなかった。休憩時間から睡眠時間まで厳しく管理される。
軽い気持ちで行ったことがとんでもない結果を招く。
シェリーンが聞けば可哀相にと聖女に復帰したかもしれないが、隣国の王太子と婚約した今は何もかもが手遅れだった。
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ヴァイマール王国に到着してからひと月ほどは母の実家でのんびりと過ごした。その間にヴァイマール王国の事を学び、自分の治癒能力をどこで活用すれば良いかを考える。
無難なところで治癒院だろう。
スタロガスト王国では第一王子の婚約者として名前も顔も…、金髪縦ロールを見ればちょっかいをかけてくる人もいなかったが、こちらでは他国の貴族令嬢だ。若い女をからかう男は傭兵だけでなく騎士隊にもいる。
やっかいなのは討伐後の気のゆるみで、お酒が入るとどうしても気が大きくなるし、貴族令嬢への気配りもスコーンと抜け落ちる。
その点、治癒院ならば女性の護衛が一人いればおおむね対処できる。
まずは働いて、ヴァイマール王国のことを学び、永住できるように…素敵な旦那様を見つけなくては。
そして身分を隠し視察に来ていた王太子と治癒院で出会い、恋に落ちた。
とても紳士的で優しい人。
「君が平民だとしても…、どうしても結婚したいと思っていたけれど、君ほど気高く美しい人がただの平民であるはずがなかったね」
なんて、やだ、恥ずかしい。
「まさか…、スタロガスト王国の筆頭聖女だったなんて」
「ふふ、それがね、違ったの。私…、とっても恥ずかしいことに勘違いをしていたのよ」
平凡な才能だったのに誰よりも高い能力があると信じていた。
「まさか。君の治癒能力の高さは何人もの治癒師、魔法師が評価している。本物だよ」
「でも…、本当なの。筆頭聖女として活動していた時は家族以外には褒められなかったし、最終的な評価も…残念なものだったわ」
患者さんには感謝されたが、他の治癒師には厳しく指導された。他の聖女の半分も仕事ができていなかったのだから、その扱いも当然だ。
「そっか…。では私がシェリーンを労わり、励まし、あまやかしてあげよう」
両手をひろげ、すっぽりと抱き込まれる。
「可愛くてきれいで頑張り屋のシェリーンはとてもいい子だね」
こ、これは恥ずかしいけど…、悪くないわね。
とても気持ちよくて癒される気がするわ。
他国とはいえ高位貴族の令嬢であり王妃教育を受けていたシェリーンは、ヴァイマール王国の作法や歴史等もすぐに覚えた。
そして王子妃となっても治癒院の慰問を続けたが、聖女と呼ばれる事だけはかたくなに辞退していた。
事情を知る者達は『虐げられた記憶がつらいのだな』『おかわいそうに』と思っていたが、シェリーンとしては『勘違いしていた黒歴史、恥ずかしいわ、これ、一生言われるのかしら』と。
密かに顔を真っ赤にしてもだえていた。
※個人的な理由で誤字脱字報告、感想、レビューなどは閉じています。申し訳ございません。日間総合1位になったので「二度とないかも」とウキウキでスクショ撮りました。閲覧ありがとうございました。☆☆☆アンソロにてコミカライズしていただきました。昭和臭漂うコテコテのテンプレ作文が、お洒落な令和漫画になりました、プロの仕事はすごいです。戸山先生、担当編集さんに感謝°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°