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ひと夏の君に  作者: 佐藤瑞月
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黒崎一夏がやってくる!

「私が…私が絶対に死なせないから」

夏の始め、蝉の煩くなく音に掻き消されそうな弱々しい声で少女は呟いた。



2017年7月15日に彼女はやってきた。

彼女は長い艶のある黒髪を耳にかけながら自己紹介をした。

「初めまして私の名前は黒崎一夏と言います。一人のいちに、夏でいちかです。東京から来たばっかりで何も分からないので良かったら沢山教えて下さい」といい、深く腰を曲げて行儀の良いお辞儀をした。

これは彼女の雰囲気というのだろうか、凛として物怖じしない姿勢と淡々と何度も言ってきたかの様な自己紹介に僕は違和感を覚えた。

「おし、じゃあ黒崎は席についていいぞ、席は窓際の1番後ろ、ひとつ空いてる所あるからそこに座っててくれ、みんなも転入初日で分からないことがあると思うから助けてやれよ〜。」そう呑気なことを言うと担任は学年主任に畑の水やりを頼まれてたとか言って教室を出た。転入生、いや黒崎一夏はカツカツと履きなれていない少し大きめなローファーを鳴らしながら僕の方へ近づいてきた。

彼女はぎこちない緊張した声で「ねぇ、私ってこの席で良いのかな?」と僕に問いかけた。その時、風がふいて彼女の髪の毛がふわりとなびき、優しい柑橘系の匂いが僕の鼻にのこる。とても安らぐ居心地の良い匂いだ。

「あぁ、多分今日はここでいいんだと思う。」と、僕がそう答えると彼女は眉にシワを寄せていかにも疑問を抱いているという顔をした。そりゃあそうか、彼女からすれば席が合っているかを聞いたのに対してこの答えはあまりにも不自然だからだ。

「いや、その…ここの席は、黒崎さんの席じゃないんだよ、今は学校に来れてないんだけど元々女の子の席でさ、多分1週間もすれば先生も君の席を用意すると思う。」そう彼女に告げると眉が眉間から離れ目を見開いて納得をするかのように頷いた。それもつかの間、彼女は眉間にしわを寄せて僕に問いかける。

「でも、なんでその子はずっと学校を休んでるの?病気?不登校?…もしかして、いじめとか…?」

わなわなと彼女は慌てて表情をコロコロと変えてしまう。ここまで表情が豊かな人はなかなかいないだろう。彼女を落ち着かせるように僕は話す。

「いや、それがわからないんだよ。一学期の初めまでは来てたんだけど急にパッタリと来なくなっちゃったんだ、でもいじめや病気ではないと思うよ。いじめられている様子もなかったし担任も病気とは言ってなかったからね。」淡々と語る僕をよそに彼女は僕の言葉を遮る。

「なら、お見舞いに行きましょうよ!そしたらその子がなんで不登校なのかも分かるし、私もこの席を少しの間気軽な気持ちで使えるじゃない?」

私最高にいいこと思いつきましたと言わんばかりの表情を彼女は僕に見せる。

「でも、家も分からないしそれに、お見舞いとかって先生が行くんじゃないかな?僕たちが行ったとしてもその子にとっては迷惑なんじゃ…」

彼女は僕の言ってることが分かりませんと言わんばかりのおどけた顔をして僕の言葉に続けて言った。

「家なんてさっきの先生に聞けばいいし、その子だって先生が毎日来るよりクラスメイトが来た方が嬉しいと思うわ、あなただって気になるでしょう?彼女が何故学校にこなくなったのか。」

彼女の言葉に僕は反論の余地を無くしてしまった。確かに不登校になってしまったことが気になっているからである。それにたいしたことではないんだが彼女が学校に来ていた頃に筆箱を忘れた日があり、その時に彼女からシャープペンシルを借りっぱなしでいるからだ。いつか返そうと思っていたがなかなか返せずにいて、僕はこのペンを見るたびになぜ彼女は学校に来ないのかと考えるほどに彼女のことを気にしていた。

そんな考えを巡らす僕を横目に彼女は僕に問いかける。

「そういえばその子の友達っているの?いたらいまから誘いに行くわ、一緒にお見舞いに行きましょうって。あなたもそのシャーペン返しに行くんでしょう?」

この女…何故僕が彼女に借りたことを知っているんだ。誰にも言ってないし、ましてや言うようなことでもない。それに転入初日で何故僕の考えがわかるのだろうか…。今、まさに僕の顔は動揺していますと言わんばかりにぴったりと表情が強張っているだろう。僕は動揺と共にじわりと手から汗をかくのを感じた。

「あ、なんでシャーペン借りてるの知ってるのって思っているでしょ、心理学よ、ただの心理学」

そんな僕の動揺してる気持ちを知らずに彼女は続けて言う。「私ね、趣味で心理学を学んでいるの。あなたのそのペンケースの中身が少し見えたんだけど全て同じメーカーしかも同じシリーズの文房具で揃えているのにも関わらず一つだけ女物のペンがあることに違和感を感じてこれは誰かから貰ったもの、もしくは借りたものであると予想したの。そして私が女の子の家に行こうと行った時に動揺を見せてそのペンの方をみたでしょ、それで彼女とそのペンは何か関連があると思ったの。貰ったのか、借りたのかまでは分からなかったけれどプレゼントとして貰うほどの深い間柄なら何故学校を来なくなったのかは知ってるだろうし、同じメーカーで揃えてる君にそのデザインを選ぶのは考えにくいと予想したけど…まぁあなたの動揺を見る限り私の予想は当たってたみたいね。」

この子の冷静的でかつ鋭い洞察力に僕は心底すごいとしか思えなかった。すごいと思うと同時に僕は今彼女からみてどう見えているのだろうか。この感情もすべて見通されているのだろうか。そう考えてると彼女ははっと気づいた顔をして僕に言う。

「安心してね!別に心理学を学んでいるからと言ってあなたの気持ちが全てお見通しな訳ではないの!そんなことより、その子と仲のいい子っているの?」

彼女は僕を安心させるようになだめる。その子と仲のいい子…、ぼくは4月からあの子が誰かと一緒に居るのを見たことがない。いじめとか仲間はずれとかではなくて1人で居ることを好んでいる様に見えていた。お昼だってご飯を食べ終わると毎日図書室へ向かっていたのをよく覚えてる。図書室で彼女を見かけた時に松岡虎之助の小説を読んでいていつか語り合いたいと思っていた。

彼女にそのことを伝えてるとなおさら一緒にいかなければならないと言い、放課後 職員室で彼女の住所とプリントをもらいに行くことになった。

彼女は何なんだろうか…。急に転入してきたと思ったら不登校の女の子に会いたい言い出したり、たかが筆箱の中身をみただけで僕の気持ちまで推測した。それも当たっているなんて…。黒崎一夏は僕の高校生で要注意人物になりそうな予感しかしない。あの推測能力で考えていることが全部バレたら嫌だし…。別に変なことを考えるとかではない。ただ、あの全てを知っているかのような目で見られるのはあまり良い気分にはならなかったからだ。まぁ、あんな美人、今回の件が終われば俺なんかに関わることは無くなるだろう。

そんなネガティブ全開なことを考えているとあっという間に放課後になってしまった。控えめに言って憂鬱だ。彼女と2人で歩くなんて緊張するしなんと言っても話の話題が見つからないではないか。

コツコツと2人のローファーがなる音と五月蝿い蝉の鳴き声が僕の耳に残る。

「あ、そういえば不登校の子の名前って聞いてなかったです。なんて言うんですか?」

思い出したかのように彼女が僕に問いかけた。

小野寺渚(おのでらなぎさ)だよ、小野寺渚。」

確かに彼女に名前を教えていなかったな、さっきのシャープペンシルのことですっかり忘れていた。

すると彼女は名前を知れて嬉しそうな顔をして会話を続けた。

「小野寺渚って言うんですね!どんな子でしたか?友達はいなかったみたいですが…。」

「確かに友達はいなかったけれど、本が好きだったみたいだよ。実は僕も本が好きで昼休みに図書室へたびたび行くんだが彼女はいつも図書室にいてさ、それだけじゃなくていつも松岡虎之助の作品を読んでいるんだ。珍しいと思わない?」

松岡虎之助…そう、彼女はいつも松岡虎之助の作品を読んでいた。松岡虎之助は作家の中でも結構なマイナーな方にいるんだが、推理小説や恋愛小説またほのぼのとした日常を書いた作品など幅広く執筆してる作家だ。僕は松岡虎之助が一番好きな作家で、初めて古本屋で彼の本を見つけて立ち読みした日から彼のファンだ。彼の出した本は全て読んだし、彼のインタビュー記事や彼が尊敬する作家の本まで読むほどだ。

彼女は「松岡虎之助…」と呟くと浮かない顔を見せた。




この作品はカクヨムでも連載しています。





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