第8話 移民
牛人の森。
草が生い茂る場所で幼児のミノタウロスをエレーナが遊ばさせている。
そして俺は背負った赤ん坊を寝かしつける。実にのどかな風景だ。
冒険者を倒しながらでなければ――。
「冒険者の数が減るどころか増えていると思わないか」
大鎌の血のりを拭きながら、エレーナに聞く。
「そうですね。この国にこれほどの数がいるとは思えないです」
瀕死の冒険者にヒールをかけながら、エレーナが答えた。
俺が冒険者を倒して身ぐるみを剥いだ後に、エレーナがヒールで冒険者を助ける。
殺さずに経験を積む。これが二人で話し合った妥協点だった。
「銅製の武器は使わないんですか?」
「この鉄の大鎌のほうがいいな」
「いらないのなら売りません? 私なら街へ行ってもバレないと思います」
エレーナがほこらに積まれた装備を指す。ざっと1000人分はある。装備の山にミノタウロスの幼児が登って遊んでいた。
「それなら、南の街の近くまで俺が運ぼう。ベンノ商会なら信頼できる」
――――――――――
次の日、俺が森で待っていると、エレーナが荷台を引いて帰ってきた。綺麗な服を着ているところを見ると無事売れたらしい。
しかし、着いた荷台を見て俺はがっかりした。
「鉄の装備一式? あれだけ売れば銀の装備も買えただろう」
「それが――」
エレーナの話によると、街には鎧を着ていない冒険者たちで溢れていたそうだ。俺たちが追い払った奴らだろう。戦えなくなった彼らに待っているのは奴隷への道しかない。
可哀そうに思ったエレーナは銅の装備の半分をくれてやったらしい。お人好しめ。
「装備の無い冒険者のほとんどがバンテランドからやってきたと言っていました」
バンテランドは大賢者マリウスが魔王軍を全滅させた大陸だ。
仕事の亡くなった冒険者は転職するか、他の大陸に移るしかない。
俺が相手をしていたのは移民ということか。
「だとしても、半分は売れたのだろう? 余裕で銀装備は買えるはずだ。査定をしたのは本当にベンノだったのか?」
エレーナは何度もうなずいた。ベンノ商会は規模は小さいが、誠実な仕事ぶりで、俺が冒険者時代に一番信頼していた店だ。ベンノに限ってボッタクリはありえない。だとすると――。
エレーナの服をつまむ。
「なあ、お嬢さん。この銀の刺繍の入った神官装備はいくらした?」
「え、あの、その、二つ合わせても銀装備は買えませんでした。ほんとです!」
鉄装備より高いのを買ったな。意外とちゃっかりしてる女だ。
だが、買取値については調べる必要がある。
「ベンノに手紙を書くから、もう一度街に行け」
「はい!」
エレーナが背筋を正して返事をすると、小さな音がした。
「それから――ポケットに入っている小銭を出せ」
次の日から、俺はやってくる冒険者を生け捕りし始めた。