第6話 牛人の森
牛人の森には、かつてミノタウロスという種族がいた。実力的には中ボス程度で、中堅冒険者にとっては試練の一つともいえる相手だった。過去形なのは討伐されすぎて、最近ではまれにしか遭遇できないからだ。
「のどかな森ですねー」
小鳥がエリーナの肩にちょこんと乗る。
「そうだな。ここはもう冒険者に見向きもされていない。村人がたまに狩りにくる程度だ。だが、副官ということは、この森に上官がいるはずだ。おーい! 俺はボスから派遣されたゴブリンだ! 誰かいるかー!」
大声で何度か叫ぶと、手斧で木をなぎ倒し、座って待つことにした。
「なんで、メデューサさんはこんなところに派遣したのでしょうか? 死ぬまで働くような環境には見えないですけど――。でも二人で暮らすにはいいところかも。カゲト様、また思い出を作りましょうね」
俺が本物のカゲトと知ってから、エレーナの様子が露骨に変わった。まず様付けで呼ぶようになった。前は犯されたことを、トラウマだと嘆いていたのに、今は憧れの人との甘い思い出です、とうれしげに語っている。
「またギルドに騙された冒険者が来ると思うがな」
「でもDランクやCランクの冒険者は、ゴブリンの巣で大勢、亡くなってしまったんですよね?」
「だったらBランクが来るんじゃないか。俺もそのほうがありがたい。Cランク装備じゃ、ボスには勝てない」
「えーっ! あの怖いオバサンと戦うつもりですか?」
「メデューサはカールと繋がっている。俺の敵だ。勝てる装備を手に入れたらすぐに倒しにいく――いや、俺だけじゃダメだな。お前の成長も必要だ。石化を解く魔法を覚えるまで、ここで経験を積んでもらう」
「それって、人を殺さないと無理なんでしょうか……」
「俺は魔王を倒すため、多くの魔物を殺してきた。今度はギルドを潰すため、その逆をするだけだ。お前も割り切れ」
「でも、ここにくるのは何も知らない冒険者で――」
ガサガサッ!
物音がする草むらを見ると、ミノタウロスの赤ん坊がハイハイ歩きで出てきた。いや四つ足で歩いているから、まだ牛か――。
「まあ、可愛い。この子が森の上官さんでしょうか」
「バブー」
「だったら、平和でいいんだけどな。だが、赤ん坊がいるということは――」
俺たちを大きな影が覆う。
「わだすの子に手を出すんじゃねえべ!」
振り向くと10メートルはある、ミノタウロスが大きな岩を持ち上げていた。
こんな大きな個体は見たことが無い。しかも亜種だ。肌が黒ではなく、白のまだら模様が入っている。
エレーナを抱きかかえ、落としてくる岩を避ける。
急いで命令書を取り出し、ミノタウロスに見せた。
「待ってくれ! 俺はお前の副官だ。ボスに言われてきた」
「んー? ああー、やっとボスが手伝いを寄越してくれたのかい。わだすがこの森の主・モウモウだわさ。んだら、今から頼むべ」
「冒険者が討伐に来ているのか?」
「んなもん、めったにしかこねえべ」
モウモウは赤いエプロンを外すと、10匹以上のミノタウロスの赤ん坊がおっぱいを吸っていた。2匹がコロンと地面に落ちる。
「キャー、かわいい!」
「ほれ拾って抱っこしな。子育てを手伝うんだべ」