第11話 ミルクの力
牛人の森
モウモウが寂しそうな顔をしてため息をつく。
「エレーナがいなくなると子育てが大変になるべ」
「赤ちゃんたちも大きくなりましたし、お兄ちゃんたちもママのお手伝いできるよねー」
「「「はーい」」」
年長のミノタウロスたちが手を上げる。
「冒険者もしばらくはこないはずだ。危険はない」
「結局、おんめは子育てせずに戦いばっかしてたべな。少しは強くなったべか?」
「赤ん坊のおかげで闘気をコントロールできるようになった。柄じゃないが、暗殺者にでもなれそうだ」
「これを持ってけ。わだすからの餞別だ」
モウモウが投げて寄越したのはミルクが入った哺乳瓶だった。
「俺は赤ん坊じゃない」
「命令だべ。おんめを守ることになる。ボスに会う前に飲んどけ」
「カゲト様、あれって!」
大きな光が現れた。あれは移動魔法だ。
中から出てきたのは、目から血を流し、頭から角が4本生えた、見たことがないミノタウロスだった。その後ろにいたのは――。
「ディアナ!」
ああ――、俺が愛した最高の仲間。
今すぐ駆け寄りたかったが、俺と彼女の間には暴れ来っている魔物がいた。
魔物が拳を振りおろすと地面が砕ける。パワーだけならコイツはボスクラスの強さだ。
「みんな下がれ! エレーナは支援!」
拳を避けながら斬撃を加える。だが、コイツはいくら斬られても血を噴き出しても怯まない。
魔物の右拳が俺の鎧にめり込む。大ハンマーで殴られたようだ。
俺の足が止まってしまい、攻撃の打ち合いになった。
「カゲト、ミルクを飲むんだわさ! 命令だべ!」
モウモウは何を言っている? だが、後ろでヒールを売っているエレーナもまだ疲労が残っていて、ツラそうだった。少しぐらい回復の助けになれば――」
転がるように魔物の間合いから出て、ミルクを飲む。
すると俺の体が薄い膜のような光に包まれた。
久しぶりの感覚だ。物理防御、魔法防御、状態異常防御が上がるのを感じる。
ディアナを見る。彼女は戦闘中にいつもこんなバフをかけてくれていた。
「カゲト様、よそ見しないでください!」
魔物の攻撃をガードする。よし、ミルクのおかげで鉄の防具でも耐えられる。
攻撃の打ち合いは続いたが、先に崩れ落ちたのは魔物だった。
「ディアナ。この魔物は何だ? なぜ、お前の治癒魔法で助けない」
「お父様の実験の失敗で生まれた子よ。治癒魔法でも長くは生きられない。だから、この地に連れてきたの。故郷で死なせるために」
「この強さで失敗だと? 大賢者マリウスは魔王でも作るつもりか!」
ディアナは悲しい顔をした。
「変わらないのね。強さのことしか頭に無い――」
ディアナの前に光が広がる。移動呪文だ。
「待て、なぜ俺を裏切った!」
「今もあなたが好きよ。でも世界を救うほうが大切なの」
「俺は勇者になれる。いっしょに世界を救えばいいだろう!」
「勇者じゃ世界は救えない。救世主にはなれない――わかって、カゲト」
そう言い残し、ディアナは光の中に消えていった――。