第9話 元パーティーメンバー・カール視点①
ドミニク武器商会の最上階にある応接室に、武器商人ギルド長・ドミニクが枯れ木のようなジジイを案内してきた。冒険者ギルド長のパパと立ち上がって礼をする。養子縁組仲介役のドミニクが「ランベルト伯です」と紹介した。
「カールと申します。ランベルト伯。いや、父上とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「サインはまだだ。このせっかちな男が、この国で一番の戦士なのか?」
「もちろんです。今は緊張してあがっているだけです。そうだな、カール殿」
僕は渋々、頭を下げた。
貧乏領主が偉そうに。高潔な男らしいが、要は経営能力の無いクズだ。パパが大金を使って支援しなければ、領土を切り売りするしかなかったくせに。
ドミニクが金貨の詰まった箱を持ってくる。
「こちらは持参金になります。最高の戦士に潤沢な金。これでランベルト領の民も救われましょう」
「うむ」
テーブルに置かれた誓約書にランベルト伯がサインをする。
すでに僕のサインは書かれ、誓約のための血を一滴落としていた。
ランベルト伯がペンを置き、重々しくナイフを手に取る。
とろいジジイめ。早く指を切れ! 誓約の血を垂らせ! 僕を伯爵にしろ!
しかし、ランベルト伯の手が止まった。
「外が騒がしいな」
いいだろう。外のことなんて!
使用人が応接室へ飛び込んできた。
「大変です。ドミニク様! 外に冒険者たちが大勢つめかけております!」
「どういうことだ? グスタフ殿」
パパが知るわけないだろ。馬鹿商人。
「俺が教えてやるよ」
鉄の甲冑を着た男が冒険者数名を従えて現れた。
甲冑男が一人の冒険者を指す。
「この冒険者が装備しているのは、ドミニク商会で買った銅の装備だ。ほら、ここに『ドミニク』と刻印がある。ただし、見かけだけで、実際は銅に混ぜ物を入れた粗悪品だ」
ランベルト伯が立ち上がる。
「貴公は不正な商いをしているのか?」
「ランベルト伯。暴徒のたわごとです。耳を傾けてはなりませぬ」
甲冑男が銅の剣を抜いた。
「こちらはベンノ商会で買った銅の剣だ。では、二つの剣で打ち合ってみよう」
甲冑男が冒険者と向き合う。
「何をする気だ。やめろ!」
ドミニクの制止もむなしく、銅の剣同士が打ち合うと、ドミニク商会の剣は簡単に折れた。次に甲冑男が銅の剣で冒険者の銅の鎧を叩くと簡単にへこんだ。
「武器商人ギルド長・ドミニク! お前はバンテランドから渡ってきた冒険者に粗悪な装備を買わせ、強敵のいる森へ送り込んだ。死んでしまえばバレないと考えてな!」
甲冑男が応接室の窓を開けた。外から大勢の冒険者の罵声が聞こえてくる。
「だが、誰も死ななかった。お前はあせっただろう。しかし、生き残った冒険者が装備を奪われていたことを知ると、懲りずに粗悪品を売り続けた。ランベルト伯、その金を受け取れば、あなたの名誉は穢されるでしょう」
「――そのようだな」
ドミニクがランベルト伯の脚にすがりつく。
「ランベルト伯。これは何かの間違いです。説明させてください」
「説明の相手が違うだろうが!!!」
甲冑男が叫ぶ。
僕は思わず剣に手をかけていた。ランベルト伯も目を見開いている。
Bランク程度と見ていた甲冑男から、圧倒的な闘気が発せられたから、驚くのは当然だ。
甲冑男がドミニクの首根っこを捕まえて窓まで引きずっていく。
「グスタフ! カール! 助けてくれ!」
「ドミニク、私は清廉潔白なものとしか手を組まない。同じギルド長として残念だ」
「貴様ぁ! うらぎ――」
ドミニクはそこまで言うと、窓から落とされた。
「カール。仲介役がああなってしまっては、養子縁組も考え直さねばならないようだ」
「そんな! 金がいらないのか! 領土を切り売りことになるぞ!」
「名誉を切り売りするよりはマシだろう。それに君が最高の戦士というのも眉唾ものだ。彼のほうが強いのではないかな。顔を見せてくれないかね」
ランベルト伯にうながされた甲冑男が兜を取る。
緑色の肌。あいつは――。
「カゲト―――!!!」
「伯爵は諦めるんだな、カール」
「下請けごときが僕の邪魔をするだと! 許せない! 許せないいぃっ!」
「興奮するなよ。不正を正しただけだけじゃないか」
「僕を上から見るなあぁっ!」
ランベルト伯が軽蔑のまなざしを向けてくる。
「下種な男だ」
僕は剣を抜いた。
「相変わらず堪え性のない男だ。今日の俺は銅装備じゃないぞ。鉄の剣は一撃なら、俺の技に耐えられる。隣のパパに聞いてみな。俺と戦っていいですかって?」
「……カール。カゲトの一撃は凶暴だ。いや、お前が弱いといっているわけじゃないぞ。万が一ということもある。ここは一度退いてだな」
「パパは黙ってて! 僕は下請けの言う通りには絶対しないっ! 喰らえっ!」
僕は剣を抜き、飛びあがると、一刀のもと斬りつけた。
「カール……、お前!」
カゲトが僕の早業に唖然とした顔をする。
クックック。いいぞ、使われる立場の顔はそうじゃないと。
「これで、僕は伯爵だ」
僕はランベルト伯を斬った剣からしたたる血を、誓約書に落とした――。