第96話 少女と女の間
軌刃の居なくなった後、暗くなった部屋で紀伊は窓から外をみた。
何処からともなく兵士達の号令の声や馬の嘶きが聞こえた。
(軌刃も死ぬこと覚悟してる。)
自爆のことを聞いた軌刃のあの真剣な眼差しを思い出した。
(でも、やだよ!死んで欲しくない。大好きな軌刃・・・お兄ちゃん死なないで。)
「紀伊。」
大芝が部屋の隅に立っていた。
大芝は夕闇で暗くなった部屋の中で青白く光っていた。
「何、それ新しい能力?」
「いいや、隠してたんだ。普通の人間の振りをするためにな。」
紀伊は笑うとそんな大芝の隣に並んだ。
「ねえ、大芝。私、人を愛せるようになってからウザイ子になってる気がする。秋矢様にすがり付いてみたり、怒ってみたり。でもその分、自分の気持ちに素直になれた気がする。」
「無関心でいられるよりも関心を持ってもらえた方が俺はいいな。あの時、花梨にそうしてもらえたら少しは違ったのかもしれない。黙ってしまわれると相手の本心が分からなくて、逆に心配になる。」
「そうだね、花梨様はあんまり本心を見せてくれないね。いつもはぐらかされてる気がする。」
「ああ。それに比べると紀伊なんて分かりやすいもんだ。怒るとほっぺた膨らむか口がとがるからな。」
「また子供扱いして。」
紀伊は大芝と話せることが嬉しく思えて、大芝の袖を掴んだ。
「でも、変わったんだよ。私だって、失うことは恐いはずなのに、何もしないことがいやなの。自分の命を失ってもいいから、誰かを守りたいの。」
「紀伊を成長させてくれたのは、あの青年かな。」
「秋矢様をずっと弟だと思っていたけれど、今のあの人は私よりも何倍も何倍も大人のように思えるの。私のない部分を補ってくれる。それが心強くて格好よく見えるの。」
紀伊は何かすっきりしたような顔をして、大芝を見た。
大芝は薄く光ながら紀伊を見つめていた。
軌刃が出発して三時間ほどした時、秋矢が大広間に現れた。
「父上は各国を潰すおつもりです。今しかありません。」
紀伊は秋矢の側まで歩いていくと秋矢の手を握った。
恐ろしく冷たい手であったが、紀伊は両手でしっかりと包み込んだ。
「さて行くか。」
八鬼が座っていた椅子から立ち上がる。
大芝は腕組みをして立っていたそこへと紀伊は近づいてゆく。
大芝は兄のようでもあり、父のようでもあり、悪友でもあった。
「ねえ、大芝。呪いが解けて全てが終わったら、大芝の骨、納骨してあげるから。どこに持ってけばいい?」
「骨な。今、探してるんだ。でも見つかってもあのくそまじない師にだけは供養させるなよ。地獄に行きそうだから。・・・できれば家族の眠る墓がいいな。」
紀伊と大芝が微笑むと、真壁が口を挟んだ。
「子猫ちゃん。頑張っておいで。ここは軌刃の故郷で、その妹なら子猫ちゃんの故郷にもなるんだから。」
「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいです。」
「軌刃と二人の面倒なら喜んで見よう。二人とも私のお嫁さんにしてあげるから。」
「ええ?それはちょっと、だって私には素敵な夫が。」
紀伊は秋矢の手に力を入れた。
(この人が居れば恐くない、何も恐いことなんて無い。)
「行こうか。」
「うん。」
秋矢目を閉じると、景色が一変した。
そこは見慣れた魔城の中の廊下だった。
三叉路の真ん中に自分達は立たされていた。
「では、私は兄上を復活させます。紀伊と八鬼殿はその通路から入って行けば、鉄の扉があるはずです。透影とあなたは援護してやって下さい。」
(ここで、離れちゃうのか。)
手を放そうとすると八鬼が止めた。
「俺は一人で大丈夫だ。紀伊を君の方に連れて行ってやってくれ。」
紀伊は秋矢と見つめ合うと頷いた。
八鬼は満足そうに微笑むと、二人の背を押した。
「早く、行ってこい。」
紀伊はその声に頷くと、最深部に向けて二人で走り出した。
「鬼族、なんて厄介なだけだな。」
八鬼が呟くと大芝が後ろで笑った。
「じゃあ、何でそんなに笑ってるんだ?」
「さあな。やっとあの魔王に復讐できるからかな?」
「それは俺も同感だな。」
八鬼と大芝はお互い不敵な笑みを浮かべると、地下への階段を下りていった。




