第95話 友情?愛情?主従?
「国王様!」
「何事だ!」
兵士が叫んで入ってくる。
真壁は地図を見ていた顔をあげた。
「国境に魔物です!その数およそ三万!四国に於いても魔物が出現したということです。」
真壁は窓の外に顔を向ける。
「とうとう来たか。全軍出させろ!一歩も我が国に入れるな。」
「は!」
兵士は急いで出て行く、その者と入れ違いに軌刃が入ってきた。
「真壁様!何があったのです?」
「魔城が攻めてきた。三万だそうだ。魔物の力は分からぬ。兵士はこちらの方が多いのだが・・・。」
「魔物ですか。」
軌刃は俯いた。
真壁は地図を見て作戦を立てているようであった。
「私が。」
軌刃は拳を握り、呟いた。
「私を将軍にして下さい!私が前線に出てくい止めます。」
「しかし、お前は魔城に行くんだろ・・・。」
「紀伊も、八鬼殿もおられます。でも、この国には!」
軌刃は真壁をまっすぐに見つめた。
けれど真壁は軌刃から視線を反らした。
「お前は俺の親友だぞ、この国の犠牲になんて、そんなことさせられるか!お前はお前の道を行け!」
「親友だから!ここが故郷だから行くんだよ!お前の治める国が魔物なんかの手に落ちてたまるか!」
軌刃は珍しく感情を爆発させた。
「お前も王なんだったら使えるものはなんだって使えよ!最後の詰めが甘いんだ!」
けれど真壁は冷静だった。
「子猫ちゃんにはどう言うんだ?」
軌刃は一つ息をすると公人の顔に戻った。
「自分で言います。彼女ならば分かってくれるでしょう。」
「わかった。なら、お前を大将軍に命じる。この国のためにお前のその特別な力使ってくれるか?」
「はい。」
軌刃は頭を下げて出てゆこうとした。
真壁はそんな軌刃をまるで恋人のように呼び止めた。
「軌刃、・・・健闘を祈る。帰ってこいよ。」
「は!」
そう言うと軌刃は部屋から出て行った。
真壁はその場に膝をついた。
命令を下したそばから二人の思い出が胸を去来する。
「行くなよ、軌刃。お前は俺の無二の親友なんだぞ、お前がいたから馬鹿なことも出来たんだ。」
軌刃と出会ったのは四歳の時、武道学校であった。
軍人の息子として自分と共に学び、親友になって、何でも話し合ってきた。
でも一五歳になって、出仕しはじめた頃から、軌刃は公人として自分と付き合うようになった。
すごく寂しくなった。
もう一生分かり合えないのかと思った。
けれど軌刃が普通の人間じゃないと知った時、自分にしかその秘密を打ち明けていないと言うことを知って、嬉しくなった。
軌刃にとっての自分が特別だと認識できたからだ。
自分にとっての軌刃はどんな女を抱いても特別な存在だった。
一生振り向いてもらえないとわかっていても、愛しくて頼りたくて、頼って欲しい自分の特別。
そばにいないといけない存在になっていた。
「かえって来い、軌刃。人生、一緒にいろよ。」
軌刃は紀伊を捜した。
紀伊は自分用に与えられた部屋で、長椅子の上で眠ってしまっていた。
何を心配しているのか目からは涙がこぼれていた。
軌刃はそんな紀伊の髪に触れた。
「紀伊。」
呼びかけても反応をすることはない。
「運命だと思ってたんだ。あの人と張り合ってでも欲しいって思ったのに。」
どれだけ愛し合っても実際は兄妹だった。
その現実を正直受け入れられなくて紀伊を諦めるのにどれだけの時間を費やしたか。
正直、兄妹だと言われても紀伊の食べ物の好みも色の好みも何も知らない。
きっと紀伊もそうだろう。
けれど同じ親から生まれたそれだけで願いを諦めなければならなかった。
そして彼女は自分の国を滅ぼそうとしている魔族の男と愛し合っている。
「誰も俺達が双子だってこと知らなかったら、夫婦になれたのか?それとも、やっぱりどこかで気がつくのか?」
「秋矢・・・様。大丈夫。」
紀伊はもう一つ涙を落とした。
軌刃は息を吐くとそんな紀伊の涙をぬぐった。
「考えたって無駄だな。俺達は兄妹。父さんと母さんが守ってくれた兄妹。」
そして紀伊の体を揺すった。
「なあ、紀伊。」
「ん?・・・どうしたの?」
紀伊は無意識のうちに言葉を返した。
「俺、自分の国を守る。だから魔城に行ってやれない。」
暫くの後、言葉を脳内で理解したのか紀伊は目を覚まし、目の前にある軌刃を不思議そうにみた。
「行けないんだ。」
「何で?」
軌刃はそんな紀伊の額に自分の額をくっつけた。
「ここが俺の故郷だから。」
紀伊はその言葉で全て飲み込んだようだった。
紀伊にも故郷があるように、軌刃にも守りたい故郷がある。
それ以上言葉はいらなかった。
軌刃はその時、感じた。
同じ腹の中ですっと過ごしてきた自分の半身と離れていた時間の方が長かったけれど、言葉は要らなかった。
好きな色を知らないけれど言い当てられるような気がした。
「そばにはいられないけど、一緒に戦おう?」
そう言って紀伊は微笑んだ。
その言葉に軌刃も同じように微笑んだ。
「ああ。心は一緒だ。」




