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第9話 運命の出会い 後編

目が覚めると寝台の上にいた。

小太りの男が机に向かって何か書いていた。

「あ・・・の・・・。」

いまだに気分の悪い頭を押さえながら体を起こす。

「ああ、気がついた。ここは医務室です。」

昨日も紀伊の診察に当たった小太りの医者は紀伊の所まで歩いてきて、額に自分の手を当てた。

「熱もないし・・・。やっぱり貧血でしょう。」

紀伊は少し視線をずらした。

何故か布で区切られた隣が無性に気になった。

医師は原因不明の紀伊の病を不思議そうに首をかしげながら背を向けると書面に何かを記入し始めた。

(少しだけ。)

紀伊は医者に気付かれないように手を伸ばすと布を少しあげてみた。

布の向こうには自分ときっとそうは年の違わないであろう少年が横たわっていた。

「あなたは近衛隊長の部屋で倒れていました。何であんなところで?」

医師の声であわてて視線を元に戻す。

けれど伸ばした手と体はそのままだった。

「近衛・・・隊長?」

医師は軽く頷きながら、紀伊の隣に横たわる少年を指す。

「彼の部屋で二人が倒れてまして。これは敵襲かと彼の部下が君たちのことを騒ぎ立てて。でも外傷もないし。分からないなあ。」

そう言って薬師は頭をかきながら紀伊のもとから離れ、机の書類を持った。

「あの、すいませんが、ちょっと書類をもって出かけてきますからあの、失礼しますが・・・。あの、しばらく休んでいてください。お茶でもお菓子でも食べておいてください。」

紀伊は何故この医師がここまで自分に怯えているのか理解できぬまま背中を見送った。

「お菓子と・・・お茶?」

それよりも隣の人が気になった。

再びそうっと布をあげて覗いてみる。

苦しんでいるわけでもなく気持ちよさそうに寝息をたてていた。

茶色い髪に長いまつげ。

そして程よく日に焼けた肌。

(触れてみたい・・・。)

紀伊はそう感じるのと同時に手を伸ばしていた。

「届かない・・・。っつう。」

あと少しという僅かのところで届かなかった。

(もう・・・ちょっと!)

意地になって手を伸ばすと、フッと男の目が開いた。

「!」

紀伊は驚き伸ばした手を引っ込めようとした。

けれど重心が狂いドンという音と共に自分が座っている寝台から前のめりに倒れた。

(恥ずかしい・・・。)

紀伊は自分の鈍さと行動があまりに恥ずかしく、顔を上げられなかった。

むしろ気がつかないで欲しかった。

けれど、

「大丈夫ですか?」

男の声が頭上からした後、男の足が布団から出、床についた。

男は何故か前のめりに倒れ起きあがらない女を心配して横に来る。

「あの、起きられますか?どうしてそんなことに?」

心配そうに紀伊の側にかがみ込む。

「はい、大丈夫です。少し発作が。あの、ご心配なく。こうしていれば治るんです。」

紀伊の苦しい言い訳を信じたのか、起こそうと伸ばされた男の手が止まる。

紀伊は床に手をついて、体の筋力全てを使い、ゆっくりと体を起こした。

「ご無理なさらないで、具合が悪いなら、そのままで。」

「い、いえ。もうよくなりましたから。」

紀伊は恥ずかしかったが、顔を上げた。

そして呆けた。

(何、この人!)

紀伊が男の顔を見た瞬間体の中を電気が駆けめぐった様に感じた。

見慣れた神がかった美しさではない、けれど端正な顔だった。

その中で大きな瞳だけが、まだあどけなさを残していた。

(胸苦しい。)

胸が異常なほど体を打ち付けていた。

相手に聞こえるのではないかと慌てて胸を押さえると自分の鼓動の高さに自分自身が驚いた。

「あな・・・たは?」

相手がそう問いかけた。

相手の顔もまた驚きが浮かんでいた。

紀伊は質問されたことに気がつくと慌てて、声をだした。

「紀伊です!あ、あの、えっと、楽師なんです。あの、魔城の。」

「魔城の・・・。」

相手はそれだけ呟くと黙ってしまった。

紀伊は魔城を出して相手を怖がらせたのではないかと少し後悔した。

けれど相手は暫く黙った後、何か思い出したように寝台の上で正座をして紀伊を見つめた。

「私は軌刃(きは)と申します。忍軍隊長の軌刃です。あの、お見知りおきを。」

「軌刃・・・さん・・・。」

紀伊は相手の名を口に出すとまた胸が激しく鼓動を打ち始めた。

紀伊はただじっと相手の顔を見ていたし、相手もまた紀伊の顔をただ見ていた。

その中でも二人はその瞳に惹かれるようにただ見つめ続けていた。

どれほどそうしていたのか、軌刃が視線を反らすと、その先にある扉が開き医師が戻ってきた。

「おや、軌刃隊長、気がつかれましたか?」

「ええ。俺、何でここに。」

「倒れてらしたんです。そこのお嬢さんと一緒に。」

「倒れて?」

軌刃が再び顔を紀伊へとむけて紀伊は始めて我に返った。

「最近軌刃隊長、激務ですからね。あの方といると。」

「あ、そうですね。はい・・・。」

「あの、私稽古があるのでこれで失礼致します!」

紀伊は自分が馬鹿みたいに男の顔にただ魅入っていることに気付き、更に恥ずかしさが去来し寝台から飛び出た。

「あっ、はい。お送り致しましょうか?」

軌刃がその言葉に反応し、少しあわてた風に立ち上がる。

「結構です。もう大丈夫です!」

紀伊は少し着崩れた衣服を治すと、逃げるように扉に手をかけた。

「あ、あの失礼致します。」

そしてそのまま部屋から駆け出た。

(何この感覚・・・?)

未だに心臓が激しく鼓動していた。

(私の体の中で何かが弾けた・・・みたい。)

紀伊はふうと息を吐き、その場に座り込む。

(もしかしてこれが恋・・・。)

紀伊はそんなことを考えた自分と、一つとして医務室でいい格好ができなかった自分が恥ずかしくなってその場で頬を押さえて首を振った。

(さっきの私、格好悪い。だからあの人驚いてばっかりいた。)

「大丈夫ですか?」

侍女が道に座り込んでいた紀伊の様子を見て、声を掛けてくれた。

「え?あ。・・・大丈夫です。」

紀伊はその侍女の声すらさっきの軌刃という男の声に聞こえて過剰に反応すると、逃げるように侍女にペコッと礼をして、部屋へ戻る道を探し始めた。


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