第88話 成仏できない幽霊
しばらくして茶色の髪をした軍師が入ってきた。
その人一人で部屋の空気が締まるような威圧感を伴って。
男は紀伊を一瞥すると真壁に挨拶して、紀伊に話しかけた。
「久しいな。」
「はい、ご無沙汰しております。」
「皆捕まったそうだな。全く。」
「・・・はい。」
黒い軍服に身を包み、虎の様に鋭い目を光らせる八鬼の顔からは厄介ごとを起こしたのはお前のせいだといっているのが読みとれた。
紀伊もあえて何も言うことはなかった。
「どうするつもりだ。まさか戦いに行くというのではあるまいな。ただの自爆行為だ、あんな老人は死なせておけ。」
八鬼ははなから馬鹿にしたように声をかけた。
「紀伊には行かせません。俺が一人でやります。」
秋矢の声が響いた。
八鬼は冷たい目を秋矢へと向けた。
「お前、魔城の者か?お前も退治屋がらみか?」
「いいえ、俺は魔城の中枢にいます。俺がやります。」
紀伊は慌ててその言葉を否定しようとした。
(私だって、いくってば!)
「隣の紀伊の顔見てみろよ。かなりご不興みたいだぞ?」
どこからともなく声が聞こえた。
紀伊の気持ちを代弁してくれるよく知っている声だった。
その声の主にはいつも助けられたし、守られた。
けれど目の前から消えてしまった人。
「どうして・・・?ここにいるの?」
周りを見回してその人の存在を探した。
するとスウッと影のように後ろに何かが現れた。
「大芝!」
紀伊は叫んでまるで犬のように駆け寄った。
大芝もまた愛犬を撫でるように紀伊の頭をポンポンと二回優しく叩いた。
「この国で食事でもしに来たか?」
真壁が武器に手をかけながら問いかけ、軌刃もこの不審者から王を守ろうと懐に手を入れていた。
「別に。この国民は皆、うまそうな体をしてはいるがな。そんなことをしたら泣く奴がいるから。」
大芝はフワッと笑っただけだった。
「成仏できなかったの・・・?」
隣で紀伊が涙をためてたずねると、大芝は諦めたように笑った。
「ああ、何度目を覚ましても魔城の森だ。もう最悪だよ。消そうと思っても消せない。この呪い、解くためにも俺もあのくそ魔王を倒すぞ!」
一年ぶりに会う大芝は前と何も変わらなかった。
紀伊が見つめているのが分かると大芝は再びフワッと笑った。
紀伊はそんな大芝を見つめて、大声で泣きだした。
「うわあああん!会いたかったよお!」
紀伊は大芝に抱きついた。
「おうおう、そんなに会いたかったか。何なら俺をこれから父親代わりにすればいいぞ!あんなクソ秋涼よりも優しいだろ?」
「き、紀伊?何だよその男!」
秋矢は紀伊を引き剥がそうとし、大芝はそんな紀伊の頬を伸ばして遊んでいた。
それを遠巻きに見る軌刃は複雑な心境のようであった。




