第87話 真壁の愛する人
次の朝。
「おはようございます。」
紀伊と秋矢が真壁のもとを訪れると、大広間に通された。
そこには王座に座った真壁と、地図の前に立つ軌刃が居た。
「おはよう、子猫ちゃん。」
「おはよう、紀伊。」
二人はそれぞれ紀伊に挨拶すると、秋矢に目を移す。
そんな二人の警戒する目に気がつくことなく紀伊は照れながら二人に紹介した。
「あのねこの人、あの私の幼馴染っていうか、子分っていうか、パシリみたいな子だったんだけど・・・。」
「え?パシリ?そんな風に思ってたの?」
秋矢は悲しげな目を紀伊へと向けた。
「でも、あのね、今はすごく逞しくなった、私の夫の秋矢です。」
紀伊の最後の言葉に秋矢は幸せそうな笑みを浮かべ恥ずかしそうな紀伊と視線を交わした。
軌刃は驚いた顔をし、真壁は面白そうに笑った。
「へえ、その人が子猫ちゃんの夫?どうする軌刃?」
すると軌刃は一歩進み出た。
「初めまして、紀伊の兄の軌刃です。」
軌刃が平静を装い、秋矢に会釈すると秋矢は軌刃に頭を下げた。
「先日は失礼しました。貴方のことは以前から伺っております。」
紀伊の兄に対して礼を尽くす秋矢を見て真壁は咳払いをすると、王座から降りて秋矢の前に立った。
そしてこれ見よがしに王冠の位置を整えた。
「今日は何の用で?」
「あれ、秋矢様、お知り合いなの?」
「ああ、先日一度。その時は父の名代で威圧する形になったんだけど・・・。」
秋矢は少し申し訳なさそうな顔をした。
「今回は?」
そんな表情を浮かべている秋矢に真壁は楽しそうな目を向けた。
「父を倒します。幸い私は父に信用されていますからね。その裏をかきます。恥ずかしい話、父には正面から突っ込んでも勝てるわけがありませんからね。」
「なるほど、魔王の力はそこまで強いか。」
「ええ、このまま放置しておくと本当に人間の血はほとんど消失するでしょう。その前に。」
秋矢の真剣な目に紀伊は圧倒された。
(秋矢様はいつの間にこんなに頼もしくなったのかな。何かあるとすぐすねていたのに。そんな人がみんなのことを考えて動こうとしている。私もなにかできるかな?)
一方、軌刃は静かに秋矢を見据えていた。
そしてその隣で王となった真壁は王座へと戻った。
「あれ?真壁様、王になられたんですか?」
「ああ、まだ妻の座は空席だ。子猫ちゃん、なるかい?」
「遠慮します。もう夫はいますし。」
「おや、残念。」
けれど紀伊はそんな真壁に口元を緩めた。
「真壁様、王になられて貫禄が出てらっしゃいましたね。前は浮ついてらしたけど。」
「軌刃並みにざっくりくるねえ。」
「浮ついたじゃなくて、あれはただのたらしですから。」
「軌刃、そういうなよ。私の本命はいつまでたっても私を見てはくれないんだから。」
「はあ?気持ち悪い。」
「あれ、真壁様にそんな方が?」
紀伊が割り込むと真壁は扇で顔を隠した。
「ああ。綺麗で強い人なんだがな。一向に。なあ、軌刃。」
「殴りますよ。マジで。」
「おお怖い。怖い。」
二人がじゃれていると音もなく兵士が姿を見せた。
「失礼致します。」
「何だ?」
真面目ぶった真壁の声が部屋に響いた。
入ってきた兵士は客の来訪を告げた。
「李国より、軍師殿が参られました。何でも魔城の楽師殿にお会いしたいと。」
「私に?李国の・・・。ああっ!あの人!」
紀伊はその人物を思い浮かべると、真壁に頷いた。




