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第83話 ごめんて何?

「・・・捕まったか。」

「どうしたの?」

紀伊はお風呂から出ると窓の縁から遠くを見つめている周に声をかけた。

周は紀伊が風呂に入るときと同じ場所で同じ姿のまま、半時以上窓から外を見ていた。

「何かあるの?」

「ううん。」

紀伊が一緒に覗こうと外に目をやろうとすると周は紀伊の方を向き直り、紀伊を引き寄せ自分の上に座らせた。

「石鹸のいい匂い。」

「くすぐったいよ。」

周に首元を嗅がれ、紀伊の顔が赤らんでゆく。

紀伊は周と手を絡ませると、瞳を外へとやった。

「何?何か外で見えるの?喧嘩?」

「別に、なんてことなく外見てた。」

けれど周の瞳はいつもよりの鈍かった。

紀伊はそんな瞳を覗き込むと外へと視線を送った。

けれど外には夜の市街が広がっているだけでこれといって特別なものはなかった。

「ん?何か心配事?」

「・・・大丈夫。何でもないよ。」

紀伊は何故かその弱々しい言葉で逆に不安になった。

「何かあるの?何か隠してるの?」

「隠してないよ、何も。」

周が紀伊の顔を見ることは無かった。

紀伊はもう一度周の顔を覗き込んだ。

また周は視線を反らした。

(言ってくれないと不安になっちゃうよ・・・。)

紀伊はうつむいて、寝巻きの薄い着物をぎゅっと握った。

周は一度そんな紀伊に何かを言おうとしたが、口を閉じるとただ辛そうにしている紀伊から視線を反らした。

そのせいで紀伊が顔を上げるとまた顔を反らしている周を見ることになった。

(大芝だってふらっと現れて、消えて。大切な人だったのに、信頼するようになってたのに、大好きだったのに。もうあんな思いしたくないよ。)

紀伊は耐えられず目に涙をためながら、周に訴えかけた。

「もう嫌だよ。好きな人がいなくなるの。ねえ、教えてったら。」

「紀伊。泣かないで。ごめん。でも、何があっても紀伊だけは守るから。」

(ごめんって何?)

答えの意味が分からなかった。

(どういうこと?消えちゃうってこと?私の側にいてくれないってこと?)

紀伊の頭の中で湧き水のように次々と疑問符が浮かんでゆく。

もう誰も失いたくなかった。

「周、嫌だよ。ずっと側に居てよ。私を好きって言うんだったら居なくならないで、私を一人にしないで!」

紀伊は泣き叫んで座ったままの周に抱きついた。

周はそんな紀伊の背中に腕を回しながら、たった一言苦しそうに呟いた。

「紀伊、愛してるよ。それだけは真実なんだ。」

「そんなこと知ってるから、一緒にいてよ。」

紀伊は周の気持ちが全く分からなくなった。

ただ出会ったばかりの周のことが好きで、好きでたまらないそれだけしか今の紀伊には無かった。

逆にそこまで取り乱す自分にどこかで驚いていた。

(こんなに気持ちの中を掻き乱されるなんて。今までこんなに人にすがったこと何て無かったのに。こんなに不安になったこと何て無かったのに。家族なら多少のことがあったって、関係は壊れない、けど恋人は違う。何か些細なきっかけで壊れていってしまいそう・・・。)

紀伊はその恐怖に怯えながら小さな声で呟いた。

「周・・・。大好き。誰よりも好き。」

紀伊は周の顔を見なかった、見れなかった。

しかし周の腕の力が籠もったことを感じて、紀伊は少しだけ嬉しかった。

紀伊はそのまま体中で周の腕の中で温もりを感じながらただ泣いた。


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