第82話 抗えないなかでの一つの希望
「砂鬼?」
巳鬼は何か感じて顔を上げた。
「あの馬鹿が!竜など使いおって!」
すると扉が激しく開いた。
その場に居た巳鬼が静かに振り返ると扉には男が三人立っていた。
巳鬼は杖を持ち立ち上がった。
「何の用だ・・・。」
「無駄な抵抗はするな。一歩でも動けば殺す。」
冷たく男が言い放った。
「巳鬼!」
外で剣の練習をしていた時鬼が異変に気がつき家へと戻ろうとした。
その声に反応し一人がゆっくり後ろを向いた。
「あなた!逃げて!」
巳鬼が慌てて叫んだところで魔城の者たちの力は彼ら以上であった。
瞬間的に移動した男に捕えられ時鬼は土の上にねじ伏せられた。
そして巳鬼の喉にも剣が当たっていた。
「お前たち、分かっているな。」
目の前に立った男を見て、柳糸と紅雷の二人は身構えた。
そこには自分達が一番恐いと思っていた幹部と、そして初めて見る男が立っていた。
「遊びの時間は終わりだ。今すぐ戻るか、ここで死を選ぶかどちらだ?」
秋霖の側近、碧が冷たく声をかけた。
柳糸と紅雷は顔を見合わせ戦おうかと一瞬迷った。
けれどその迷いが命取りになった。
二人の手首は黒雷に握られピクリとも動かなくなっていた。
「親父!何で!」
紅雷がすがるように父に声をかけるが、黒雷は後ろの女に見えないように目を閉じ諦めるように諭した。
結局、彼らも又大きな力に逆らうことは出来なかった。
「ここが・・・、見つかってしまったのね。」
花梨が呟くと、透影が部屋の入口に目を移した。
そこにも二人の男が立っていた。
「秋霖様がついに動かれました。」
霜月が花梨に頭を下げる。
花梨は覚悟を決めたように立ち上がった。
「秋涼は?あの子はどうしていますか?」
「地下で。捕らわれています。」
「そう。地下にいるのね。」
花梨は秋涼が生きていることに少し喜んでいるようだった。
「それで、あなたたちは殺しに来たのか?」
透影が無表情なまま尚浴に問いかけた。
彼女は武器も術も使う気がないのか無防備だった。
「お前への命令は出てはいない。お前は逃げるといい。」
尚浴の言葉に透影はため息をついた。
「本当にお前は甘いな・・・。」
透影の言葉に尚浴はいつものように笑顔で返した。
「これも惚れた弱みってやつさ。お前は逃げて、紀伊を助けてやって欲しい。紀伊に今、全てがかかってる。いや、紀伊のそばにいる人にかな。」
花梨と透影は思いも寄らぬ言葉に顔を見合わせた。
「紀伊は我々の娘と言っても過言ではありません。あの子の力になって欲しいのですよ。あと紀伊を殺しでもしたら柳糸たちが黙ってはおりませんからね。」
霜月は紀伊のためというよりも自分の子である柳糸や、その他の子どもたちがこれ以上刃向かうことはして欲しくないようであった。
「そうね。紀伊が死ねば、あの子達は騒ぐでしょう。・・・親も大変ね。」
花梨は頷くと自分から霜月の傍へと寄っていった。
「では、透影、面倒ごとをお願いするけれど。」
「承知いたしました。あの娘は今、この馬鹿な外務官の命令で平争です。私も向かうとしましょうか。」
「馬鹿ってなあ・・・。こっちだって命令で仕方なくだな。それにあの人のことはお前だって知ってるだろう?」
「透影どういうこと?」
「いいえ、ご心配なさいませんよう。紀伊のことは私が。」
「よろしくね、頼んだわよ。」
「また、花梨様まで俺を無視ですか・・・。」
花梨はそんな懐かしいもの達との会話を楽しむと笑みを浮かべたまま二人に連れられて消えた。
一人残った透影は淡々と荷物を背負うと館を後にした。




