第79話 打倒秋霖用の神様?
その日は宿屋に泊まった。
紀伊は相手が風呂に行ってなかなか出てこないことを確かめると例のごとく紙を取り出した。
秋涼に渡せなかった手紙はもうかなりの厚みになっていた。
紀伊はそこに初めての恋人について書くことにした。
気持ちを硯に乗せて墨を用意すると、一度息を整えた。
そして筆を握って、紙の上に筆を置いた。
秋涼様、私は今平争へ向かっています。
その道の途中ですごく格好いい男の人と出会いました。
ものすごく私の好みです。
きっと顔も性格も秋涼様に似てるからかな。
天が私に授けて下さった打倒秋霖用の神様かとさえ思いました。
でも一緒にいると彼の方が私よりも知らないことが多くて、今では弟といるような感覚です。
彼は周という名前で、出会って二週間、何と、何と、何と!恋人になっちゃいました。
本当の恋人なんて初めてなので、今ちょっと戸惑ってますが、でも少し嬉しいです。
「ふうん。秋涼様って人にそんなに似てるんだ。打倒秋霖用の神様って何さ?ってか、弟ってひどくない?せめて頼りがいのある、とか・・・。」
紀伊は隣から聞こえた声に驚き飛び跳ねた。
顔を向けると横から周がのぞき込んでいた。
「何!見たの?」
紀伊がすぐに隠し、これほどないというくらい強い瞳で周を睨み付ける。
一方、周は紀伊の視線など気にせずその手紙を読みたそうにウズウズしていた。
「なあなあ、見せて。見せてくれたら紀伊の大好物の肉まん十個買ってやるから。」
紀伊はそんなことで妥協しなかった。
けれど周は好奇心満々に紀伊に願い出た。
「じゃあ、肉まん十個に、あんまん三個!」
「何を言われても!これは絶対駄目!」
紀伊はそう言い放つと紙を鞄の中に直し、布団に倒れこんだ。
周も嬉しそうに紀伊の隣に腰掛けた。
「なあ、紀伊。俺のこと本当に好き?」
「何、いきなり?」
「だって嬉しいって書いてくれてたんだ、俺すごい幸せでさ。」
紀伊ははにかんで笑う周の存在に照れてしまった。
(周って何て素直なんだろう・・・。可愛い。)
そんな紀伊の微笑を見た周も目じりを下げた。
慌てて紀伊は布団にもぐった。
「でもさあ、俺の方が年上に見えるだろ?なのに、弟はないんじゃないの?」
「だって、周と喧嘩してる内容って魔城の弟分としてた喧嘩に似てるんだもん。…何してるのかな、今頃秋矢様。」
「今は別の男のことじゃなくて、俺のこと考えてよ。」
周は髪から垂れる雫を拭いていたが、布団の中でもそもそ動く紀伊を見てもう一度笑みを浮かべ上から乗った。
「俺も紀伊、大好きだから。」
「分かってるよ。」
照れたような紀伊の声が布団の下から聞こえると周は顔を崩してそのまま布団に倒れた。
「ダメだ!俺、この幸せかみ締めたまま今日寝る!」
「え?もう寝るの?」
「起こさないでね!俺、こんなに幸せなの初めてかも!これ夢だったら俺、発狂するから。じゃあね、お休み紀伊。」
「あ、うん。」




